表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/7

幕間

国名が飛び交うので、説明を挟んでおきます。


〈アルテンシオン王国〉

シャルロッテの母国。

広大で豊かな領土を持ち、農業によって栄えた国。

今では様々な商工業も盛んになり大陸一と呼ばれるまでに発展した。


〈エルベルク帝国〉

シャルロッテが嫁いだ国。

シャルロッテとユリウスの政略結婚によって国力を上げる。


〈アステリオ王国〉

エルベルク帝国の隣国。

エルベルク帝国と対等な国力を持ち、エルベルク帝国の侵略を謀っていたこともある。


尚、王国(帝国)を省いて表記している場合もあります。

 大陸に名を轟かせる大国であるアルテンシオンとの婚姻は、衰退しつつある国力を上げるためにも、エルベルクにとって欠かせないものだった。そして、関係を結びたい我が国は、王国に王女との婚姻を打診した。

 そのために、何でも条件は呑むと言った。エルベルクも豊かで広大な領地を有すが、アルテンシオンと比べれば、どうしても劣ってしまう。だが、それだけに婚姻に賭していて、それくらいの必死さがあったのだ。

 そうして提示された条件は予想外であり、多少驚きはしたが、それまでのことだった。条件とあらばそれくらい請け負う。

 そんな、熟さなければならない任務のように思いながらも、どこか軽く考えていた節があった。そんな気持ちであり――はじめは、彼女を本気で愛することになるとは思ってもみなかった。


 俺は、帝国で唯一の跡継ぎであり、我ながら蝶よ花よと育てられてきた自覚がある。


 それが一変したのは、12を過ぎたときだっただろうか。


 侍従の一人が、俺の暗殺を企てたことがあった。未遂に終わったが侍従は投獄され、程なくして処刑が決まった。その侍従を信頼していた俺は、脅されて致し方なかったという背景も鑑みて、情状酌量の余地があると、彼の助命を皇帝に奏上した。

 しかし、何よりも軽んじられることを厭う皇帝は、赦そうとはしなかった。そればかりか、主であった俺自身の手で彼を殺せと言った。赦しを乞う侍従と、射るような皇帝の眼差し。


 ――結局俺は、皇帝の掌で踊らされる皇太子にしか過ぎなかった。


「ククク……それでこそ、我が息子だ」


 返り血を浴びた皇帝は愉快そうに喉を鳴らしていた。俺は、初めて犯していまった殺人という行為に、何故か罪悪感を感じなかった。

 

 それから皇帝は俺に汚れ仕事ばかりを課した。その時から、皇帝は俺をただの皇太子ではなく使える皇太子()と見るようになった。


 ――冷酷な皇太子殿下。

 ――無慈悲で血も涙もない。


 駒としての生活は、俺にとっては地獄であったが、悪行の抑止力となったのもまた事実ではあった。だからこそ皇帝は、俺が冷酷だからと貴族から避けられるのを静観していた。


「――ねえねえ、聞いた?この前皇太子様が、使用人の腕を斬った話」

「ああ、それね。私も聞いたわ。皇太子様にだけは関わりたくないわ」

「女子供にも容赦がないだなんて、流石は冷酷な皇太子様よね」


 その使用人の女は、主たる皇帝に刃向かったため、脅しとして剣を向けただけだった。実際に腕を斬り落とした訳では無い。

 とはいえ、時に真実とは尾鰭のついた噂によって掻き消されることもあるのだ。

 咎めることは容易いが、城のメイドを罰することができるほど、この城内で俺の自由はない。

 必要とされることはあっても、愛されることはない。それが、俺だった。



「――ユリウス!」 


 シャルロッテは、そんな俺の前に現れた太陽のような、陽だまりのような姫だった。感情がわかりやすく、冷酷無慈悲という呼び名を与えられた俺などとは正反対な彼女に、羨望と言うよりも守りたいという気持ちが膨らんでいった。

 そうして気づけば、彼女にだけは、冷酷無慈悲だと恐れられたくないと心の底から願うようになっていた。






 そんな折、アステリオ王国の訪問は急遽決まった。早く帰りたいという気持ちから、気づけば馬車ではなく馬を走らせていた。無傷で帰ることすら危ぶまれる道のりだったので、却って小回りの利かない馬車より良かったのかもしれない。

 そうして、アステリオには予定より早く着いたものの、すっかり日が沈んでいた。国王手ずから本日は夜も遅いからと大広間に通されたかと思えば、宴会が始まった。


「ユリウス殿下、今宵は楽しんでくれ」

「……有難きお言葉でございます」


 席に着くことを許されたのは、俺と侍従の2人のみ。他に宴会に出席しているのは、アステリオの重鎮ばかりだ。饗される立場ではあるが、こちらの無礼を見過ごすつもりはないのだろう。

 探るような目つきや嫌な視線ばかりを感じる。下手な動きは止めておいた方が良さそうだ。


「ユリウスさま、お酒を注がせていただきますねぇ」


 媚びた目で、アステリオの第一王女だという女は豊満な体を押し付けながら酒を注ぐ。

 これが王女とは笑わせてくれる。どうしても、同じ王女であるシャルロッテと比較してしまう。 


 ――王女にわざわざこのような真似をさせて、どうするつもりだ?


 視線を前に移せば、下卑た笑みを浮かべたアステリオ国王の姿がある。


 ――そうか。

 

 このまま既成事実でもつくって王女を嫁がせようとしているのか。

 エルベルク帝国では、皇族にのみ一夫多妻制が認められている。今回、アステリオを訪問した理由である公務とは関係がないが、あわよくば王女を皇妃にと目論んでいるのだろう。

 アステリオ王女が皇妃になった暁には、国力を上げているエルベルクを我が物にしようとでも謀っているのだろうか。

 大国アルテンシオンを婚姻したことで味方につけたエルベルクを、敵とするより味方にした方が良いと判断したのだろう。侵略も計画していたと噂されるアステリオが最近おとなしいと思えば、そのような企みがあったのか。

 はじめは道具としてしかシャルロッテを見ていなかった俺が言えたことではないが、そんなアステリオの態度は気に障る。


「……申し訳ありませんが、本日は体調が優れませんので、今夜は失礼させて頂きます」


 立ち上がった俺に、王女もそして国王も意表を突かれたように驚いていた。


「そうなのか?この後、異国から来ている踊り子の舞踏を共に観賞しようと思っていたのだが……」

「お心遣いに感謝いたします。ですが、無礼を働くわけにはいきませんので、辞退させていただきます」


 招かれた立場で無礼だのと囁く声が聞こえるが、それすらもどうだって良い。

 ただ、妻を大切にしているというのに、このような真似をするアステリオ王国に腹が立つ。


 誰から何を思われ、言われようと、俺はシャルロッテ以外に妃を娶るつもりなど無い。

 滞在期間に与えられた自室へと廊下を歩きながら考える。

 結婚の条件についてと記された手紙は、もう不要だ。帰ったら、真っ先に捨ててしまおう。

 そして、シャルロッテが俺の最愛であると皆に示してやろう。


 そう、思っていたのだが――


「まさか」


 1週間後、無事に帰国した俺は、執務室で立ち尽くしていた。


 帰ってからは、気兼ねなくシャルロッテに会いに行けるように溜まった書類を片付けてしまおうと、真っ先に執務室へと向かったのだ。

 先程侍女を介して、シャルロッテが執務室に書類を運んだことを聞かされていたので、それらしき封筒が机に置かれていることをまず確認した。

 そして、アルテンシオンから秘密裏に送られてきた封筒を捨ててしまおうと抽斗を開けたとき、拭いきれない違和感を感じた。

 抽斗の最奥に仕舞っていたはずの封筒が、書類の一番上に置かれていた。そして、開封した形跡もある。まるで、手紙を読んでしまい、慌てて封筒に入れ直したかのように。

 皇太子の執務室に入る者はそう多くはない。そうなると――


「シャルが、これを見たのか……?」


 シャルの気持ちがどうであれ、これを見れば俺は心の底から愛していないと受け取られてしまう。


「最悪だ」

 

 こんなことになるくらいなら、もっと早くに捨ててしまえば良かった。そうすれば、シャルロッテに知られることもなく、何事もなく日々を送れたというのに。


 ……いや、今更後悔してももう遅い。今考えるべきは、如何にしてシャルロッテの信用を取り戻すかだ。


 それから俺は、シャルロッテに避けられていることを感じながらも、夜だけは共に過ごすようにした。それでも、中々本心を打ち明けられないのは、シャルロッテがそもそも俺を愛していなかったら、などと考えてしまったからだ。


「こんなにも弱い人間だったとはな……」


 シャルロッテの考えもそうだが、俺には今どうすべきかわからない。ただ、シャルロッテをこれ以上裏切るような真似はしたくない。

 だから今朝も、目を覚まそうとしないシャルロッテの髪を一束掬い口づけて、囁く。


「シャル、愛している」


 起きる気配もないことを確認して、そっとベッドを下りる。

 身支度と朝食を素早く済ませた後は執務室向かい、溜まった書類と向き合う。  

 夜になればシャルロッテに会える。そう思えば、幾らでも書類を片付ける気になれた。


「――皇太子様」


 休まずに書類の署名と確認をしていたその時、扉の外から侍従の声が聞こえた。公務中には余程のこともなければ声を掛けないように命じている。

 だからだろうか、漠然とではあったが嫌な予感を感じ取った。それでも出来るだけ冷静に問い掛ける。


「……どうした」


 しかし、再び侍従の声が聞こえた瞬間、目の前が暗くなったような気がした。


「皇太子妃様が、――お倒れになられました」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ