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3話

「ふぁ……」


 シャルロッテはいつもと同じ時間に目覚め、ふと違和感を感じる。右隣に目を向けると、いつも眠たげに目を覚ます皇太子様が居られない。


(そっか、ユリウスは居ないのよね……)


 2人で秘密裏に城下町を訪れた日から1週間が経った今日は、国外での公務の予定があり、ユリウスは昨夜のうちに城を出ていたのだった。


 いつもであれば自身を包み込んでくれる温もりが無いことに、シャルロッテは若干の寂しさを感じる。


(って、別に寂しくなんかないわ。ただ、慣れないだけで……)


 シャルロッテは、無意識に胸元のネックレスを握り込む。

 そして、いつしかユリウスが側にいることが当たり前になっていたことに気づいた。

 1週間後には帰ってくるというのに、あの温もりを恋しく思ってしまう。


「――ハンナ、わたくし宛ての書類を全て運んで」


 気を紛らわすために、シャルロッテは無理矢理笑顔を作り、ハンナに声を掛ける。


 シャルロッテの公務は書類関係がほとんどだ。子を成すという最大で何よりも大切な役目は、シャルロッテの体も考慮してまだ果たさないという約束をしてもらっているので、シャルロッテに今できることはそれくらいだった。


 シャルロッテはベッドから下りて寝室の隣に位置する自室に移動する。それから身支度を侍女の手を借りて素早く終わらせると、シャルロッテは書類が用意してある机の前に座る。


 いつもと仕事内容も、その量も大差はない。ユリウスが不在だからといって、皇太子の公務を皇太子妃(シャルロッテ)が行うことはないらしい。

 ハンナが運んで来た書類や封筒を一つ一つ丁寧に確認して、公務を終わらせていく。

 そして最後の封筒を手に取るが、何かが引っ掛かって、シャルロッテは手を止める。


(これで最後みたいね。でも…………あれ?)


「……これは、ユリウスのものではないかしら?」


 宛先には皇太子殿下とあり、近隣国の紋章の判が押されている。皇太子妃のシャルロッテが確認していいものとは思えない。


「ユリウスは仕事でいないけれど、執務室に持っていった方が良さそうね」


 ハンナと確認し、シャルロッテは自ら封筒を持って部屋を出る。

 ハンナに頼もうと思ったのだが、皇太子宛ての大切なものであるため、侍女に任せるのは良くないと言われてしまったのだ。

 シャルロッテは城内を散策したことがないため、皇太子の執務室が何処にあるかもよくわかっていないが、何年も城に勤めているハンナの案内で難なく辿り着く。


(こんなに立派なところでユリウスはいつも公務をしてるのね)


 彫刻の見事な扉を見上げ、シャルロッテは息を呑む。扉の前には騎士が配置されていたが、曲がりなりにもシャルロッテは皇太子妃なので、すんなりと通される。

 だが、侍女のハンナは入ってはいけないということなので、シャルロッテは一人で執務室に入室した。


「さてと机の上に置いておけば良いのかしら?」


 シャルロッテは呟きながら、部屋の突き当たりにある机のもとまで進む。

 だが、机にはいくつもの手紙が広げられていて、返信のためと思われる羽根ペンなども転がっている。そして、よく見るとそれらの手紙の送り主は全て同じ国からのものだとわかる。

 つい、文を読みかけてしまうが自分などが勝手に見てはいけないような内容が書いてあることに気づいて顔ごと視線を逸らす。


「っ、あ、危ないわ……」


 その時、扉の外からハンナの声が聞こえ、ビクリと体を強張らせる。

 

「――皇太子妃様、大丈夫でしょうか?」


 手の内の封筒に視線を向けると、無意識のうちに手に力が入っていたのか、封筒がやや歪な長方形になっていた。シャルロッテは手の力を抜きながら扉の外に向かって声をかける。


「だ、大丈夫。もう少し待ってて」


 ハンナから声をかけられたこともあり、慌てながら、抽斗を開ける。机の上には手紙が折り重なっているし、安全性を考えたらそこが一番相応しいと思ったのだ。

 そんな風に、軽い気持ちでシャルロッテは机の一番上の抽斗を開けた。その中は机上ほどは乱れておらず、シャルロッテは抽斗に仕舞われた書類たちの一番上に封筒を乗せた。


「これで良し。あとはユリウスが帰ってきた時に言えば…………――えっ」


 そう言い聞かせながら、シャルロッテは視界に映り込んだ物に、眉を顰める。

 シャルロッテの視線の先には、数々の書類に埋もれ、わずかに覗いている崩された書体のサインがあった。封筒に記されたそのサインは、辛うじてリチャードと読むことが出来る。


 ――そして、そのサインをよく見ていたシャルロッテならばわかる。


「間違いないわ。これは、お父様がユリウスに宛てたもの。……それも、私的な目的で」


 知っている者はあまり居ないが、父リチャードは2種類のサインを使い分けていた。公務で使用する際は読みやすく、且つ書きやすいサインだが、私的に送る書類には名を読みづらい程崩した書体のサインを用いている。また、公のものであれば国の紋章の判が押されているはずだが、これにはそれがない。


「お父様は何て書いたのかしら……」


 シャルロッテには関係ないことだし、勝手に見るのは良くない。けれど、隠すように保管されていたことがどうしても気になり、シャルロッテは躊躇った末に思わず封筒を手に取ってしまった。

 罪悪感を殺すようにして手早く開けた封筒の中には、1枚の手紙が入っていた。

 シャルロッテは最初こそ声を殺して読んでいたが、途中からは出したくても声が出せなくなっていた。


『ユリウス殿


急な連絡となって済まない。

無礼を承知で、用件だけ手短に伝えようと思う。


一月も前の話になるが、婚姻の対価として条件は可能な限り聞くと言われたことは覚えて居られるだろうか。

今回はそのことについての頼みもあり、こうして私的に書を送らせていただいた。


単刀直入に言うと、娘のシャルロッテを大切にして頂くことが、こちらが提示する条件だ。

とはいえ、エルベルク帝国では一夫多妻制が採択していると聞いている故、シャルロッテへの愛を強要するつもりはない。ただ、表面上だとしても愛や信頼関係を築いて頂ければ充分だ。

我が娘は恥ずかしながらロマンチストであり恋愛結婚というものに憧れているのだ。

この条件を呑み、シャルロッテを愛のある結婚だと騙し続けてくれるのなら、我が娘との結婚を承諾しよう。


                リチャード』

 

 カサリ。

 シャルロッテは手紙を取り落とした。 

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