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自主管理はつらいのである

   第二章 実践変 自主管理は辛いのである


  ⒈ 上手(じょうず)しとくねん


 さて僕が大家さんになって今年で早、二十五年になる。未だに大きな借金を抱えて青息吐息の僕にとって、とてもではないが大家業一本ではこの時点までやって来られなかった。だから本業はフルタイムで別にある。そしてこれは私事になってしまうけれど、ワケあって男手一つで子供を一人育てて来た。  

 家事、育児、仕事、大家さん……つまり僕は体がいくつあっても足りないほど多忙だった。実際のところ、どうしても大家業がおろそかになってしまうのは否めない。きっと借金を返しきったら、気が抜けてぽっくり死んじゃうんじゃなかろうか。そんな気すらする。

「悪い、すまん、俺、忙しいねん」

「お前、ホンマに付き合い悪いな」

 今まで何度このやり取りを続けて来たことか。仲の良い友から夜遊びのお誘いもそれなりにあったが、金もヒマもない僕にはいつもこんな調子で断るほかはなかった。それでもめげずに誘ってくれる良い友達たちではあるが、大抵の事情を知らない(大家が儲かっていると思っている)人たちは「そんなもん無理せず、マンションの管理を業者に委託すれば済むことだろう」と、さも当たり前のように言う。

 ちょっとムカつくが、まあ僕の身を案じて助言してくれているのだろうし、確かに正論ではある。

 けれど、良く言えばボランティア大家さん、悪く言うなら銀行と国の借金スレイブ大家さんの僕に、マンションの管理を業者に任せる費用なんてとてもではないが捻出できない。下手すればボランティアどころか、不意の修繕費などを本業の方の稼ぎで捻出、いや、それもできないときは、子供のために貰った児童扶養手当にまでこっそり手を付ける始末だ。ホントに最低の親である。

 と言うことでこの三十年、孤軍奮闘、たった一人で立ち回って来た。いわゆる自主管理大家ってやつだ。自主管理はつらいのである。本当にいろいろな問題が起こった。小さなことから大きなことまで。そりゃあ十五世帯も住んでいたら様々なトラブルが起こってもおかしくはない。この章では、どのようなトラブルに遭遇し、それをどのように切り抜けて来たか、それをいくつか書いてみたいと思う。 

 

 まずトラブルで一番多いのは屋内外の電気、ガス、水周りなどの設備等に関するトラブルだ。やれテレビが映らないだの、エアコンが効かないだの、蛇口が水漏れがするだのと、築十年目を過ぎる辺りからこの手のトラブルは激増する。

 これらのトラブルは、マンションに限らず、まあどこでも普通に発生する。一般的な持ち家でこう言うトラブルに見舞われた時、たぶん奥さんが旦那の尻を叩くなり、あるいは多少のDIYに心得のある人なら、ホームセンターにひとっ走りするなりして、できるだけ費用を掛けずに自分たちで何とか対処するのだろうが、うちは賃貸マンションである。住まいのトラブルは、ほとんどが電話一本で解決! しかも今は携帯があるから本当に便利だ。困った時に電話一本である。その電話はもちろん僕の携帯なのだけれども。

 トラブルは出物腫れ物、時を選ばない。真夜中であろうが、平日のお昼であろうが、はたまた盆であろうが正月であろうが関係ない。店子の携帯には僕の電話番号がちゃんと登録されている。何でも大家さんに相談だ。

「ちょっと大家さん、○○が☓☓で、早く何とかしてください!」

 その度に、僕は、「はいわかりました。ご不便お掛けして申し訳ない!」と速やかに対応しなければならない。こう言うふうに聞けば、かなり大変だと想像されるかもしれないが、実は管理する側に取って、数あるトラブルの中で、この手のトラブルが一番楽だ。いや、比較的に楽な方である。なぜなら物理的な問題だから、ほぼほぼ金銭的に容易に解決可能だ。

 その解決の秘訣は、簡単に言えば、常日頃から専門業者と懇意に付き合うこと。電気なら電気屋さん、水周りなら水道屋さん、ガス器具関連はガス屋さん、小修理なら建具屋さん。そんなの当たり前だと思われるかもしれない。そう、かつてこの国ではそれが当たり前だった。しかし、今やそうではない。

 こんな思い出がある。昔、うちがまだ二階建ての木造アパートだった頃のこと。アパートには共用の洗濯場があり、電気洗濯機が二台備え付けられていた。それはもう僕が生まれる以前から使われていた。脱水機などなくて手回しローラー付きと言うとても古い洗濯機であった。そしてある時、一台が壊れたのを機に、母は最新式の二層式洗濯機に二台一気に買い換えると言う英断を行った。本当は母が自分で欲しかったらしいが、それでも当時の金額を考えると英断だったのだろう。その頃はインターネットなんてなかったけれど、それでも新聞広告などで、家電量販店のチラシがよく入っていたので、僕は母にそのセール品を勧めた。

 ところが母は僕の意見などまったく聞き入れずに、近所の、いわゆる街の電気屋さんで、量販店のチラシで見た同じ商品を、何万円も高い、ほぼ定価で購入を決めた。

 なんで? 勿体無い! 僕は疑問を通り越して、その母の所業に怒りさえ覚えた。母は首を傾げる若い僕に一言、大阪弁でこう言った。

 ――上手(じょうず)しとくねん。

 今ならわかる。目先のお金ではないと言うことだ。その電気屋さんは息子さんの代になった今でも、僕が困った時には電話一本で駆けつけてくれる。生きたお金の使い方なのだろう。電気屋に限らず、母の代で懇意にしていた業者さんは、未だにとても頼りになる人たちである。

 今でも母の「上手しとくねん」を僕は大切に守っている。ジャパネットやamazonではこうは行かない。血の通った人間同士、本当に義理って大事だと感じる。

                                    続く

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