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人は老いる

  第4章 賃貸住宅業とは


 さて、ここまで我がマンションの三十年の歴史を振り返って、様々な出来事を思いつくままに書き連ねて来た。まるでオムニバス形式のちょっとした小説みたいだ。事実は奇なりとは良く言ったものだと思う。

 まあよく次から次へとこれだけいろいろなことが起こるものだ。我が家も入れて十六戸。十六世帯。三十年もあればいろいろなことが起きて当然か。こうやって出会いと別れを繰り返すのだろう。

 若いカップルに子供が生まれ、家族になり、その子が大きくなって、やがて出て行く。またあるいは、入った時は元気だった中年夫婦も、どんどん年を取り、最初は四階ぐらい苦も無く昇り降りできたものが、やがて手すりを持たなければ階段すら昇り降りできなくなった。次第に身体も自由が利かなくなって、やがて人生を終えるのだろう。

 人は老いる。管理人室にいると、当たり前だが、それをまざまざと見せつけられる。幸いなことにうちで人生を終えた人はまだいない。しかしこの先、そんな人が現れたとしても、この超高齢化社会では、何の不思議もない。いや、僕自身が、もうそんなに若くない。四階まで上がるのが少々苦痛になりつつある。そう考えると、マンションの歴史は、人の歴史であると認識する。

 そして人は、自分の家や家族を守るためには、鬼になることができる。自分の領域を侵す者には容赦はない。それもまざまざと見せつけられて来た。

 うちはマンションだが、人の住む家である。だから家を貸しているわけだ。じゃあ家ってなんだろう。

 

 最後に、少しいい話を書いてみたい。

 二〇一一年七月二十四日にテレビのアナログ放送は終了して地デジに移行した。うちが建った当初、まだ世の中はアナログ放送だった。そしてこの辺りには三階以上の建物はほとんど存在していなかった。

 テレビの電波は、東の生駒山から飛んで来ていた。と言うわけで、うちが建ったために、うちの西側の一帯に生駒山からのテレビ電波が入りにくくなってしまうので、うちの屋上に共同受信アンテナを立てて、うちから見て西側の一帯にテレビ電波を供給していた。この共同受信アンテナが大問題だった。

 当然ながら屋上で風雨にさらされているアンテナは、劣化が早い。また台風などで、アンテナの向きが変わったりすれば、途端に受信状態が悪くなる。するとテレビ画像が乱れたり、最悪まったく見られなくなったりするわけだ。

 途端に僕の携帯が鳴る。

「テレビ、映らへんねんけど!」

 これはおそらく電話して来た人だけでなく、うちのマンションの住人すべてと、マンションの西側一帯がすべて同じ状態となっていると言うことだ。

 もう大変である。特に問題なのがずっと家にいる老人たちだ。別に在宅老人たちが悪いといっているのではないが、つまり高齢者にとってテレビは命とも言える。すべての情報源であり、娯楽であるわけで、そいつがプッツリと中断すればもうパニックだ。食い入るように見ているドラマや、スポーツ中継など、もっともクライマックスで、プツンと切れたら、見ている人間もプツンと切れる。どうなってるねん! とお叱りを受けてもおかしくない。

 それはある年のゴールデンウィーク(以後GW)だった。これがまたタイミングよくGWなどに壊れなくても良いだろうに。得てして事故とはそう言うものである。ヒマな、いや言葉が悪い。余生を楽しむ独居老人たちは、みんな家でテレビを見ている。たとえ大型連休の真っ昼間でも関係なく、だ。

 生憎、雨だった。その年のGWはずっと五月雨。僕は子供連れで映画を観に行っていた。上映中はもちろんマナーモードにしているが、映画終盤の良いところで、携帯がぶるぶる震えた。表示は四〇一のおばちゃんだった。僕も震えた。良いところなのに、仕方ない。僕は慌てて外に出る。

「にいちゃん!」

 来たっ! 一気に気持ちが萎える。

「はい。何でしょうか」

「あのな、テレビが映らんようになった言うて、ここらの人みんな出て来てえらいことになってるでぇ」

「すみません、戻ります」

 そう言って僕は、映画も中座を余儀なくされ、慌ててうちに戻った。


「ああ、帰って来はったわ。大家さん!」

 待ち構えるように複数の住人たちが詰め寄って来た。みんな険しい表情だ。

「今朝からもうずっとテレビ映らないんですよ」

「はい、すみません、すぐ業者に連絡しますので」

 僕は方々に平謝りだ。テレビ見られないだけでそこまで大騒ぎするのか。テレビってそんなに大事なのか。僕自身、あまりテレビを見ない方だった。しかしその感覚は世間とはかなり解離していたのだと気付く。高齢者にとってテレビは命綱とも言えるのかもしれない。今や世間はインターネット中心になりつつある。それでも高齢者にとってテレビはなくてはならない情報源なのだろう。

 それで急遽、いつも来てもらっている電気屋にその旨を伝えたけれど、生憎の連休で、すぐに動けないと言われた。まあそうだろうな。

 しかしこちらは急を要する案件である。今まさに僕の目の前に、目の色の変わった怖い人たちに詰め寄られているわけで、来られない、直らないでは申し開きができない。それで八方手を尽くしたけれど、結局最後はいつもの電気屋に無理を言って紹介してもらった別の業者に来てもらうことになった。やれやれだ。

 それでも五月五日の昼下がりのこと。無茶なお願いだと思った。そして待つこと数時間。やって来ましたDXアンテナさん。末端の業者じゃない、メーカーさん直々じゃないですか! GWでも緊急時のサービスは動いている。さすがメーカー。でも僕は頭の中で電卓を弾いていた。絶対高いな、これ、と。

                                     続く


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