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もうこんなとこ出て行きます

 一階、管理人室に、三人入ってもらい、僕を含めて四人の話し合いとなる。Y澤さんは、今回の件に関してはT田さんが言うように部外者だったが、事情をよく知っている第三者的立場で話を聞いてもらうようにした。とは言え、個人的にとても頼りにしていた。

 テーブルを囲んで四人が座り、話し合いは始まった。

「S口さん、ほんまに臭い出してはりませんね?」

 開口一番。僕はS口さんに尋ねた。

「ええ、大家さんもうちに入って見てもらいましたよね? そんな臭いどころか、私、部屋で煮炊きすらしませんから」

 その時突然、T田さんが立ち上がり大声で怒鳴った。

「お前! 嘘つくな! わかってんねんぞ。舐めてるんちゃうか!」

 最初からとんでもないテンションの高さに圧倒された。今にも掴みかかりそうな勢いだ。

「ええかげんにしてください。あんまり失礼やないですか。娘さんに手を挙げているのをわたしが咎めたこと、根に持ったはるんですよね」

 平素おとなしいS口さんが声を荒げる。

「なんやて! お前、もうこのマンションから出ていけ! くっさい臭い垂れ流して、ほんま迷惑なんじゃ」

「あ、あんまりやわ。わたしが何したって言うんですか」

 とうとうS口さんは泣き出してしまった。若いヤンママが物静かなお婆さんをなじるのは、どう見ても頂けない。

「ちょっとT田さん、あなたにそんなこと言う権利はないです」僕は言う。

「大家さん、まるでわたしが悪者ですねえ。最初からわたしを疑ってはるんですよね? せやからこんな部外者まで呼んで」

 T田さんはY澤さんを睨みつけて吐き捨てた。

「こんな部外者て何ですか? あなたほんまに懲りへん人やな。うちであんだけ揉め事起こしとってから」

 Y澤さんもかなりお怒りだ。

 ああもう、これ、どうしたらいいのか。収拾付かない。

 泣いていたS口さん、急に立ち上がった。

「わかりました。もうこんなとこ出て行きます。怖くておれません。すぐに引っ越します」

「おお、そうかやっと出て行く気になったか」

「T田さん!」

 そしてS口さんは逃げるように部屋を出て行ってしまった。僕はすぐ追いかけた。

「S口さん、出て行くのはT田さんですから」

 僕はS口さんを何とか説得しようとするが、S口さんはもう頑として聞き入れない。

「家主さん、やさしい心遣い有難うございます。でも、やっぱり出て行きます。すみません、ホンマに怖いです。すみません」

 僕はもう済まない思いで一杯だった。思わず泣いているS口さんの肩を抱いてしまった。

「しゅ、主人が生きてたらこんなこと絶対言われへんかったのに……」

 生前、あれほどご主人のDVで悩んでいたS口さん。やっぱりそんなご主人でも頼りにしていたんだと思った。

 

 そしてS口さんは一週間も経たずしてマンションを出て行ってしまった。僕は自分の不甲斐なさを心から恥じていた。

 それから一ヶ月もしないうちに、T田さんが、いろいろ迷惑を掛けたから自分たち親子もここを出て行くと言って来た。

 もう僕は引き止めなかった。ホッとしていた。

 結局、三階の1DK二部屋がいっぺんに空いてしまうことになった。まるで嵐が過ぎ去ったみたいだ。

 ただ、T田さんの娘さんの将来が心配だった。あの部屋を出て行く時の僕を見つめる不安気な表情が忘れられない。しかしそれは僕が何とかできることではない。無理にそう思うことにした。

 ――しかたないしかたない。あんたはやるだけのこと、やった。

 母が言った気がした。

 Y澤さんと大家さん情報を共有できたことが今回の事件で唯一のプラスだった。その後、Y澤さんの話によると、T田さんはこの街からどこか遠くへ引っ越して行ったらしい。次でもやはり問題を起こしているのかもしれない。

 しかたない、しかたない……。

                                    続く

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