おい、こら、出て来い
うちに戻ると、僕の住んでいる管理人室の前に数人の居住者さんたちがいる。
マダムも四〇一の情報屋さんもいる。警戒心が強いのか、野次馬根性が強いのか、あるいはその両方なのか、とにかく僕の帰りを首を長くして待っていた。
「あ、家主さん」「ああ、にいちゃん」「オーナーさん」 呼び名も様々。性格を表している。
「はい、どうしました?」
「三階、えらい大声でもめとるわ」
四〇一のおばちゃんが空かさず言う。僕はとりあえず皆には部屋に戻るように言い、そしてY澤さんと二人で三階へと上がった。戻ってと言ったのに、しっかり後からついて来る住人たち。やっぱり、この方たち、根が野次馬なんやと思う。
三階に上がると、今まさに、T田さんが、隣のドアをドンドンと叩いている最中。
「おい、こら、出て来い!」
まあなんとガラの悪い。
「どうしました?」
「あ、大家さん」
いきなりテンションが下がった。そして僕の後ろにいるY澤さんの顔をちらりと見て、「こいつ何しに来たんや」と言う忌々し気な表情だ。僕は、付いて来てもらって正解だと確信する。
「いや、あの、前から言うてますが、悪臭が酷くて、それで苦情を……」
「今ですか? その悪臭」
「そうですそうです」
「別に何も感じませんけど」
「いや、私の部屋に入ったらすごい臭いがするんです」
「じゃあちょっと部屋に入ってもいいですか?」
「え、あ、はい」
後ろの野次馬たちはもう興味深々だ。面倒くさい人たちだなあ。
「あの、皆さん、ここは私が対応しますのでどうぞお引き取り下さい」
そう言うと、不承不承、野次馬たちはぞろぞろとその場を後にした。この人たちきっとヒマなんだろうな。ワイドショーとか噛り付いて見ている口だと思った。
そしてT田さんがドアを開ける。僕は一歩玄関に入って驚いた。玄関からリビングの突き当りまで、ダンボール箱が無数に積まれていた。箱には、某有名引っ越し屋のロゴが。まるで昨日うちに引っ越して来たみたいだ。いやもうT田さんはうちに来て半年以上経っている筈だ。これは一体どういうことなんだろう。
「荷物、すごいですね」
「ええ、まだ箱開けてません」
「半年以上ですか?」
「ええ」
この人やっぱりちょっと変だ。
ダンボールにばかり目が行っていたが、よく見ると、床は埃まみれ。掃除とかしてなさそうだ。僕は靴を脱ぐことに酷く抵抗を感じていた。
ゆっくり鼻で息を吸ってみる。
「んー僕には何も感じられません。臭いますか?」
「あ、さっきまでしてたんですけど……」
「T田さん」
Y澤さんが声を掛ける。T田さんのY澤さんを見る目つきがさらに険しくなった。
「あんた、こんなとこまで何しに来たんですか? 部外者のくせして、もうわたしらに構わんとってください」
この二人、深い因縁を感じる。
「いいえ、そういうわけには行きませんよ。あなた、ここでもまた同じことやってはりますね」
「あんた関係ないって言うてるやろ、娘も聞いてるから、ちょっと場所変えてもらえますか。それとS口さんとも話したいんで」
「わかりました。うちの部屋へ来てください。S口さんも呼びます。話し合いしましょう」
僕は怖がるS口さんを説得して、僕、S口さん、T田さん、そしてY澤さんの四人で話し合いをすることにした。部屋から出る時、小学生の娘さんが奥のリビングでじっとこちらを見ていた。不安気な、その表情が印象に残っている。きっとこの子が今、一番の犠牲者なのだろうと感じた。
続く




