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お隣から酷いにおいがするんです

 それから数日後。今度はT田さんから逆に苦情の申し入れがあった。

「大家さん、お隣から酷いにおいがするんです」

「におい?」

「ええ、きつい唐辛子みたいな。皮膚がヒリついてね、目が痛くなるぐらいです。何とかしてください」

「お隣って三〇六ですか?」

「ええ、そうです。それ以外にいません。娘も頭が痛くなるほど臭いんです」

「わかりました。確認します」

 そう言って僕はさっそく三〇六のS口さんを訪ねた。

「ええ? 臭い? 唐辛子? 何ですかそれ。うちはそんなもの置いてませんよ、家主さん。疑うんやったら中入って見てください。どうぞ」

 言われるままに室内に入る。確かに、唐辛子どころかS口さんは弁当屋で働いているので、家で料理は一切しないらしい。そこで僕は再び三〇五のT田さんのところへ戻り、見たことを報告した。

「嘘です。あいつ、嘘ついてます。キムチでも漬けてるんやと思います。あれは絶対キムチの唐辛子です」

「いや、私、部屋まで入って見ましたけどそれらしいものはありませんでしたよ。どこかほかと違いますか?」

「いいえ、絶対にお隣ですよ。それとも私が嘘ついてるとでも言いたいんですか?」

 もうT田さん、半ギレ状態で目つきも鋭くて怖い。

「いいえ、そんなことは。そしたらこうしましょう。今度、もし臭いがしたらすぐ私の携帯に連絡ください。来ますから」

「わ、わかりました」

 その場は何とか収まった。しかし根本的にまだ何も解決していない。また僕は心に重しを抱えてしまった。

 翌日、今度はS口さんから電話があった。

「家主さん、すみません。また聞いてもらいたいことがあって。今いらっしゃますか?」

「私がそっちまで行きましょうか?」

「いいえ、ここへは来ないでください。今から行きますので」

 来るなということは、隣に聞かれたらまずい話だろう。気が重い。

 しばらくしてS口さんがやって来た。ちょうど夕食の用意をしていたが、火を止めて僕は応対する。子供の夕食が遅くなってしまう。仕方ないか。

「あの、家主さん、T田さんね、私の顔見ると、喧嘩腰で怒鳴りはるんです。私もう怖くて」

「例の臭いの件ですか?」

「ええ、実は、私、少し前に、娘さんを大声で怒鳴って、あんまり汚い言葉やったから、それがうちにまで聞こえて来て、もう我慢できなくなって私、ちょっと注意しに行ったんです。それからですわ。矛先を私に向けて来はったのは」

「ああ、やっぱり行きはったんですか」

「親とは思えへんような言葉でね、『お前、何するんじゃ、もう死ね、とっとと死ね』とか大声でね、小学生の娘さんに向かってですよ!」

「ホンマですかそれ」

「ホンマもほんま。たぶん怒鳴るだけじゃなくて手も出してはるんと違いますか」

「わかりました。すぐに何とかします。S口さん、もう何言われても無視してください」

「わかりました。けど、私にも『お前、クサいんじゃ!』って何回も言うから私もカチンと来てね、私は何もしてません、ってちょっと言い返してしまったんです」

「わかりました。早急にお話ししに行きます」

「お願いします」

 

 翌日の朝、庭に水を撒いていると、T田さんの今年小学五年になる娘さんと玄関でばったり出くわした。今から登校するようだ。僕が挨拶をすると、娘さんは「おはようございます」と、とても小さな声で挨拶を返した。

「あの、聞きたいんやけど、お母さんが言うみたいな、唐辛子みたいな臭いする?」

 僕がそれとなく尋ねると、娘さんは一瞬、困ったような表情になる。

「もしそんな悪臭出してたら注意しに行かないとダメなので、正直に教えてくれない?」

 娘さんは僕の目を見ずに、頷き、消え入りそうな声で「はい」と答えた。これは嘘だなとすぐにわかった。なんだか小さに女の子をイジメているようで大変後味が悪い。言わされているのだろう。T田さんに対して、それも尋常ではないほど怖がっているに違いない。子供にここまで言わす親ってかなり危ない。正直に答えたらどんな仕打ちが待っているのかわからない。しかし、現時点でT田さんが嘘を付いている証拠もないし、娘さんを虐待していると言う証拠もない。

 

 そこで僕はT田さんがうちに入居時、不動産屋へ出した入居希望書を確認してみた。そこには前住所が記載されていた。ハイツY澤。聞いたことがある。賃貸マンションのようだ。しかも娘さんの通う小学校のすぐ傍だった。なぜT田さんはそこを出たのか。僕は興信所の探偵よろしくそのマンションを訪ねてみることにした。きっとそこに何かヒントがあるような気がしていた。

                                     続く

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