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Y田さんの場合③ 公示送達

 そして栽培の道具やその他、おそらく捜査対象となっている物はすべて押収して行った。いわゆるガサ入れと言うやつだろう。でもまだ多数の家具諸々が残っている。これを勝手にこちらで処分することは「自力救済」と呼ばれる違法行為だそうだ。自分で自分を救済する? 助けたらダメなのか。と言うのも、借主が戻って来て賠償請求される可能性もある。それどころか、他人の所有物を勝手に触って器物損壊で逆に訴えられる場合すらあるとのこと。そんなアホな! 相手は犯罪者ですよ。大家さんは、いったいどこまで理不尽な目にあわされるのか? 大体Y田さんと連絡すら取れないではないか。そんな時はどうするのかと言えば、これが実に面倒だ。ちょっと引用文を載せてみる。

 

 ――本人が見つからない場合には、滞納賃料の支払いと明け渡しを求める裁判を起こさなければなりません。夜逃げした場合には相手は行方不明ですが、相手の居場所がわからなくても「公示送達」という方法を利用して裁判を起こすことが可能です。公示送達を利用すると相手は裁判には出席せず、反論もしないため、こちらの主張がすべて認められることになります。具体的には、相手に対する未払い賃料の支払い命令と、物件の明け渡し命令の判決が下されます。

 そして物件の明け渡しを認める判決が出たら、それを使って「強制執行」をする必要があります。強制執行とは、明け渡しの手続きです。裁判所に申し立てをして執行官に現地に来てもらい、荷物を持ち出してもらうことができます。

 持ち出された荷物は競売にかけられ、売却代金は申立人に支払われます。

 強制執行の手続きが終わったら、あとは自分で残置物を処理して清掃します。

こうして室内を整えたら、次の入居者を募集することも可能になります。


 おそらく、このことにかかる費用はすべて大家さんの負担になるのだろう。お金のこともそうだが、かかる手間と時間を考えたらこれほどバカバカしいことはない。何度も言うようだけれど、相手は犯罪者だ。

 昔住んでいた下宿に泥棒が入って、通帳と印鑑を盗まれ、なけなしのお金すべて盗られたことがあった。その時も被害届を出して、鑑識がうちにやって来て、部屋を指紋検出のポンポンするやつで白い粉だらけにされておまけに仕事も休んで、警察署まで何度も足を運んで、そして犯人逮捕されましたが、残念ながらお金は戻りません。ご愁傷様、チャンチャン。だったが、今回もあれとほぼ等しい。被害者は泣き寝入りするしかないのか。

 これは大変だと思っていたら、幸運なことに今回は、連帯保証人であるY田さんの身内の方と連絡が取れた。その人は兄と名乗っていたが、本当かどうかはわからない。

 この保証人と名乗るお兄さんに、放棄だけでなく、家財道具の引き上げも頼んだところ、それは申し訳ないけれど、そっちでやってください、と済まなそうに言う。

 そして「部屋の現状復帰費用も掛かりますが……」と、やんわりと聞いたところ、向こうの態度がコロっと変わった。「それなら部屋の道具を含めた権利を放棄しませんよ、それでもいいですか?」 と、まるでヤクザが穏やかに脅迫するように言われてしまった。ああ、違う。脅迫するように、ではない。相手は本物だった。

 連帯保証人の契約及び家財の所有権放棄に関して言えば、おそらく警察に「あんまり無茶するな、後始末はちゃんとしろよ」とでも釘を刺されているのだろうと予想する。だから一応のところ、放棄と言う筋は通したが、費用までは知った事ではないと言うことなのだろう。

 仕方がないが、ここが限界だった。前述のとんでもなく手間と費用の掛かる行政手続きを省くことができただけでも良しとするしかない。実際のところ僕は、最悪、拘置所への面接まで覚悟していたのだから。

 紹介したSホームさんもこれを持って不幸中の幸いと思ってくださいといつもの飄々とした口調で僕に言う。と言うか、根本原因はSさんの調査不足ではないのか、と思ったが、今後のこともあるので「もう少しお調べ願いますね」で留めておいた。ああ、どこまでも僕は弱いなぁ。母ならビシッと言っているに違いない。

 それ以後、Y田さんに会うことはもうなかった。会いたくもないけれど。

 しかしながら、後遺症とも言うべきダメージが部屋そのものに残ってしまった。それは前述に警察に呼ばれて部屋に入った時に真っ先に感じた『湿気』について。

 道具をすべて運び出し、その後の部屋に入った時、僕の落胆は頂点に達した。天井も壁も床も、まるですべてが水浸しになったみたいにクロスがすべて浮いたり剥がれたりしている。隣の202号の姑さんが、「夜な夜な玄関から水が流れ出る」と言っていた理由がはっきりした。

 湿気はその下の壁材もフローリングもすべてを侵し、リフォームするにはとんでもない費用と乾燥に要する時間が掛かりそうだった。リフォーム屋さんは、「ここまで酷いのは久しぶりに見ました」と驚いていた。

 ざっとその費用、頑張って値切っても八十万円ほど掛かる。これうちが負担しなければならないのか? 大赤字だ。

 この部屋の家賃は月七万円なので取り返すのに約一年も掛かる。つまり一年は一円も儲けにならないと言うこと。 改めて思う。入居時の審査って本当に大事。そしてこれを機会に、僕は特殊保険に入った。孤独死や今回のような犯罪に巻き込まれたとか、いわゆる通常ではない損害を被った時の為。掛け金は月々五千円ほどで、まあ使わないに越したことはないけれど、これも地震保険と同じで転ばぬ先の杖である。

                                     続く


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