平気で嘘付ける人
その翌月、確かに十五日には遅れた家賃を頂くことができたのでやれやれと思っていたが、月末、嫌な予感的中。H山さんはもう直接うちにやって来ず、ショートメッセージを送って来た。
「月末は収入がないので振込できないのですみません。手元に現金がありません!」(原文まま)
何、そのビックリマーク。もう完全に開き直っている。
「次はいつになりますか? H山さんの方から支払いますと約束されたはずですよ。せめて次回いつになるか、またいくら払えるか、具体的にお願いします」
で、「月末には振り込み予定。努力します」と返信。これで完全に一か月遅れることになってしまった。とまあ、この後の予想はあらかたできそうだ。
ところが、H山さん、僕の想定をはるかに超えて来た。翌月、いくら電話しても連絡が取れず、部屋に行っても鍵がかかったまま。二日経ち、三日経ち、僕の心配をよそに時間だけがどんどん過ぎて行く。もちろん毎日電話もしたし、部屋を訪ねても行ったけれど、その度にがっかりするだけだった。
一週間が経とうとしていた頃、H山さんからメッセージが届いた。
「脳梗塞が再発したのでOT前病院に入院しています。来週退院予定。ご迷惑かけます」
疑うわけではないが、わざわざ見舞いのプリンまで買って、真夏の暑いさ中、額の汗をタオルで拭いつつ病院まで行った。何だか病人をいじめるようで多少気が引けたが、いやいや、うちも商売です。さて病院に着いて、院内案内でH山さんの部屋を尋ねた。
「申し訳ございませんが、当院にはそんな人は入院していませんよ」とあっさり返り討ち。仕方がないので、また炎天下の道をとぼとぼ帰って、その夜息子と二人でプリンを食べた。息子一人が得することになった。その時思った。ああ、この人、平気で嘘付ける人なんやなと。
そんなこと最初から分かっていたはずだ。いかに僕が甘いか。四〇一号のおばちゃんの「くくっ」と言う笑い声が聞えた気がした。
当然、H山さんに、病院に見舞いに行ったけれどいませんでした。とメッセージを入れると「先週、急遽退院して今は知り合いのうちにいます」との連絡が。
ピンと来た僕は、すぐにH山さんの部屋を訪ねました。当然、インターホンを鳴らしても出ません。そこで取り出しましたよ。合鍵! 大家さんが持つ最終兵器みたいなものだ。 ガチャッと鍵を開ける。そしてドアを手前に引こうとしたら、ガチン! と止まった。な、な、なんと、内側からチェーンロックが掛かっているではないか。チェーンロックは中からしか掛けられない。つまり、中に居る。僕は外から「H山さーん」と呼んでみたが、梨のつぶてだ。メッセージに、「いらっしゃることはわかっていますよ」と入れたが返信はない。でもまだこの時、僕は、もしかしたら中で倒れているのでは? などと甘いことを考えていた。H山さんにしてみれば、僕が合鍵を持って行くと端から想定済みだったにもかかわらず。どこまでも甘い僕。そこで電話を掛けてみた。虚しく留守電のメッセージが流れた。仕方がないので再び、「着信拒否ですか? だんだん悪質になってきましたね。わかりました。こちらにも考えがあります」とメッセージを入れると「悪質も何も悪意はないです。月末に支払いますと書面を渡したはずです」とのこと。嘘をつくことに悪意を感じないのだからどうしようもない。段々と関係悪化が表面化しつつある。
さて、H山さんからのメッセージに頂いた通り、努力してもらうべき月末がやって来た。この時点でH山さんの滞納は二ヶ月だった。47,000円×2 94,000円。
無理でしょ。どう考えても。一ケ月分の47,000円でさえ払えない人がその倍なんて払えるわけはないでしょう。
果たして、H山さんからの振込は一月分の47,000円だけでした。そしてすぐに、残りは来月末に払います、とのメッセージが来た。
本当は完全に一ヶ月分の未払にもかかわらず、取り敢えず半分のひと月分だけでも払ったことで、何となくまあ仕方ないかと思わせる。それがテクニックなのだろう。――まあええか。そう思ってしまう僕も素人。絶対に借金取立人にはなれない。
そして翌月末、払ってくれるのかとほんの少しだけ期待した。確かに振り込みはあった。その金額は予想をはるかに下回る、たった14,000円だった。
「残り八万円はまた来月にお支払いします。今は手元にこれしかありません!」とビックリマーク付きのメッセージ付き。
と言うことは、翌月末は八万+47,000円で127,000円の支払いになる。これはもはや物理的に無理だろうと考えて、「分割で良いので払って下さい。そうでないと役所に相談しますよ」と半分脅すようにお願いしたところ、まるでそれ(分割)を待っていましたとばかりに即承諾していただいた。実はこれがH山さんのおそらく、うちに来る前にも他でも散々使って来た手だった。そうやって転々と賃貸を渡り歩いて来たのだろう。
もう後は梨崩し。こちらは毎回記録を残していたので、滞納分はきっちりわかっていた。そんなことが約一年続いた。いよいよもうアカンと思い、意を決して次のメッセージを送りました。と言うか遅すぎた感満載。
「その場しのぎでウソをつくことはやめてください(怒)こちらもあてにしますから。これ以上遅れるようでしたらもう区役所に訴えます」
「わかりました。そうしてください」
とうとう開き直りだ。おそらく、H山さんは次に住むところを探し始めていたのかもしれない。もう逃げる気満々だ。だから役所に言うならどうぞご自由にと言うことだ。そして僕は、ここでようやく重い腰を上げ、区役所の生活保護担当に相談しに行った。これは、悪質賃借人対お人よし大家さんの戦いだ。
続く




