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軽い脳梗塞

 食えない、生きる気力もない、楽しみもない、身内も居ない、となるとその結果、考えるだけでも恐ろしい結末が待っています。はい。孤独死ですね。

 ちなみに、孤独死の男女割合ですが、8:4で圧倒的に男性が多いのです。男の方が、力は強くても、精神的にいかに弱いかがはっきりわかる数字です。

 あれ、〇×さん、最近見掛けない。と思った時にはすでに遅く、「あの、大家さん、お隣から異臭が」と言うことは割とよくあると大家さん仲間から聞きます。幸いなことにうちはまだありませんが、こういう人を住まわせていると、いつそうなってもおかしくはない。非常にハイリスクです。朝から晩まで目を光らせておかないといけません。

 そんな時、ふと思うことがあります。「僕は、この人の保護者じゃない」と。ただの一介の大家さんですよ。なぜ生活困窮者の支援をしなければいけないのか。私は家族でもなんでもない。しかも我が身を切ってまで。そう思いませんか?

 そんな時、母ならどうしているでしょう。昔、母の経営していたアパートでは、ろくでもない人を追い出していたことは知っています。でも本当に困った人がいたらどうでしょう。たぶん「情けは人のためならず」と言うに違いありません。きっと自分に、あるいは自分の子供たちに返って来る。そう思って人助けしただろうと思います。まあこれも背に腹は代えられないと、将来のこともよく考えずに入居させた僕にも責任はあります。

 そして世の中には人の善意を良いことにその上に胡坐をかくような人種も少なからずいることは確かです。こう言う人たちは嘘をつくことに何の躊躇いも罪悪感も持たない。それも結構な年齢の方たちです。この人はこの年までいったい何を学んできたのだろうと首を傾げたくなる。まあ何も学ばなかったから今になってこうして困っているのでしょうね。でもそんな人たちも行政は見捨てない。本当に日本は素晴らしい。涙が出ます。いろいろな意味で。


 さていよいよここからが本題です。家賃滞納もいろいろな方がいました。やむに已まれぬ事情の方から、こいつは絶対あかんと思うような人まで。何例か挙げてみたいと思います。

 


 2、H山さんの場合 


 今から七、八年ほど前のこと。四〇六号室にH山さんと言う七十近い男性が入居して来た。四階の北向き1DKはうちのマンションの中でも人気がない。エレベーターなしの階段四階、バストイレユニット一体式、そして日当たりの良くない北向き。よくこれだけ悪い条件を揃えたものだと感心する。悪徳K工務店がうちの将来のことなど何一つ考えず、儲けを優先して、取り敢えず、やっつけで作ったことがはっきりわかる。そんなだからバブルで弾けてあっさり倒産したのだろう。おっと、息を吐くように愚痴が出てしまいます。申し訳ない。で、話を戻しましょう。そうそう、不人気な四階の1DKです。 

 ここは一度空いたなら、半年埋まらないこともざらにあった。そして入居者はほぼ男性の一人住まいに限られてくる。こんな悪条件の部屋に好き好んで住みたいと思う女子はほぼいない。居たとしたら、逆に変……いや、要注意人物認定だろう。

 その時も四〇六号は、半年空いたままになっていた。そこへいつものSホームさんから電話がありました。Sホームさん、他社と比べて仕事は迅速なのですが、どうも今一つ客層があんまりよろしくない。

「オーナーさんオーナーさん、四〇六号室に応募があったんですけれどもね……」

 Sホームさんは、言葉尻を濁しながら、何か含みのある言い方をする。

「六十五才の男性の方なんですが……」

「はい、何か?」

「ちょっと持病があって」

「持病ですか」

「ええ、それでね、今、生活保護受けてはるんですわ」

 来た! 生活保護! 思わず心の中で叫んでしまった。

「ああ、大丈夫です。今は保護受けてはりますけどね、体が良くなったら必ず職場に復帰するて言うたはるんですわ」

「はあ、持病て何ですのん?」

「軽い脳梗塞らしいですわ」

「軽い、脳、梗塞……」

 あかんやないか! 軽いも重いもあるかいな! そんなん絶対一生保護決定や。電話を持つ手が震える。いやいや、ちょっと待ってよ。

「あの、それ、うち、四階階段ですけど大丈夫ですか?」

「ああ、片手に軽い麻痺があるらしいですけど、歩くのは支障ない言うてはります」

 もうこの時点で不安しかない。

                                  続く

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