相当アカンやつ
⒊焼け太りならぬ濡れ太り
遅くなったが、次に前述の洗濯機の注意すべき点について書いてみたい。
うちでは、洗濯機は、居住者に購入をお任せしている。と言うか、普通、家具付きの物件でもなければ、洗濯機は付帯設備ではない。そして特筆すべきは、うちのマンションは、洗濯機置き場、つまり洗濯機を設置する洗濯機専用の防水パン(以後洗濯パン)が戸内(室内)にあると言うことだ。これは今でこそ当たり前となったが、うちが建った頃には、分譲や高級賃貸でもなければ室内洗濯設備はそうそう普及していなかった。猫の額ほどのベランダの隅っことか、もっと古い市営とか公営の賃貸物件なら玄関横の戸外共用部分に無理やり洗濯機を置いてあるマンションなどもあった。
前を通れば洗濯機がジャブジャブ回っていたりして、あ、今いらっしゃるんだ、などとわかったりもした。とっても昭和だ。だから夜間遅い時間とかに洗濯機を回すと隣から「煩い!」と苦情が出たり、凍りつくような真冬の風雨にさらされながら洗濯をしたりしなければならなかったが、幸いうちは部屋の中にあったので洗濯にそこまでの苦痛を強いられることはなかった。当時はこれもセールスの一つになっていた。
いやいや、昭和の庶民の風景を書いているのではない。どうも話しがあちこちに飛んで申し訳ない。これと言うのも僕が思いのままに筆を走らせているからに他ならない。洗濯機に話を戻そう。
洗濯機は、居住者に購入をお任せしていると書いた。さてそこで、購入する時、一番考慮することは、やっぱり価格だろうと思う。同じ機種なら少しでも安い所で買いたいと思うのが人情だ。でもここで注意して頂きたい。最近のネットショッピング等に散見されることだが、業者が入り口まで持って来てくれるけれど、設置はご自分でお願いします、と言うパターンだ。
価格を低くする理由だろうとは思うが、よほどDIYに自信のある方以外は、洗濯機の設置はできるだけプロに任せる方がいい。また搬入に訪れる業者が設置までしてくれることも多いけれど、最近業者の質の低下が甚だしく、本当に素人みたいな人がやって来る。テレビとかオーディオとかならまだいい(いや良くない!)けれど、洗濯機に関して言えば、設置にかなり専門的な技術を必要とする。注水もそうだが、一番危ないのは排水。注水は目に見えるので洩れていればすぐわかる。それに今は蛇口と注水口を繋ぐジョイントが改良されているので、カチッとはめるとまず洩れることはない(昔は三、四本のビスで平均的に締める必要があった)。しかし排水に関しては、普通、一度設置してしまったら洗濯機の下に隠れてしまうので、たぶんもう見ることはない。
さてそこで酷い失敗例を一つ書いてみたいと思う。
僕は大家さんだけれど、管理人も兼ねているので一階の101号室に住んでいる。ある日、うちの洗面所の洗面台の前の床が濡れていた。場所的に、きっと顔を洗う時に、子供が水をこぼしてしまったかと思い、すぐに雑巾で拭いた。濡らしたら拭いておけと文句を言ってやろう、などと思った。でも子供に聞いたところ、「僕知らんで」と言う。ウソつけと子供を疑う僕はダメ親である。
暫くして、風呂に入ろうと洗面所の扉を開けて電気を付けると、やっぱり洗面台前の床が濡れている。おかしいと思いつつも再び脱いだ下着で拭いて、それを洗濯籠に突っ込んで、そして気にすることなく風呂に入った。その時点で、おかしいと思うけれど気にしない僕も相当おかしい。すぐに気付けよ! そして風呂に入っている時、突然洗面所の照明が消えた。その瞬間、パチっと音が聞こえた気がした。この時点で相当ヤバイのである。にもかかわらず、僕が風呂に入っていることを知らずに子供が電気を消したと思った。
「おーい、入ってるで」と言っても返事はない。当然だ。誰もいないのだから。慌てて風呂から出ると、洗面所だけでなく、玄関もキッチンもすべて真っ暗だ。
これはブレーカーだと思い、配電盤の落ちているブレーカーを上げると、一瞬照明が灯るが、またすぐにパチンと落ちた。「何っ?」である。ようやく、ピンと来た。漏電だ! 気付くの遅過ぎるやろう!
懐中電灯を手に慌てて洗面所に戻る。床を照らすとやっぱり水溜りができている。上を見上げた。暗い天井を懐中電灯で照らす。と、ポツリ、顔に点滴があたった。驚愕のあまり腰を抜かしそうになった。洗面所の天井にかなり広範囲に茶色いシミが広がっていた。そのシミはよく見ると、天井はおろか壁にまで及んでいる。なぜ気付かない!
これは! すぐに思った。ほとんどの建造物は配管の関係でどの階も同じ間取りになっている。うちのマンションももちろんそうだ。と言うことは? 僕は慌てて服を着て(ここまで素っ裸で懐中電灯片手にうろついていた!)、階段を駆け上がり、二階の二〇一号室を訪ねる(大丈夫、服は着ている)。
するとなんと、二〇一号室の玄関ドアの下の隙間から廊下にまで水が大量に漏れ出しているではないか。これは相当アカンやつだと確信した。チャイムを押すが反応がない。こんな非常事態に留守なのか! 合鍵を持って来ようかと振り向いたその時、コンビニ袋を片手に提げた二〇一さんが丁度階段を上がって来た。二〇一さんは二人の子供さんを持つ、三十代のシングルマザーさん(美人)。
「こんばんは、大家さん、何かご用ですか?」
自室の前に突っ立っている僕に不審な目を向ける。子供連れでのんびりお買い物かなのか。一体どれぐらいの時間家を空けていたのだろう。僕は言葉に詰まる。
「いや、あの」
僕は玄関前の水溜りを指差す。
「え? うちですか?」
いやいやいやいや、あなたの所以外にどこがあるのか。ドアの内側から通路まで水がどんどん溢れ出ているではないか。二〇一さんの顔色が見る見る変わる。慌てて鍵を開けて戸内へ。阿鼻叫喚! 玄関も廊下もリビングまで大量の浸水だ。原因は洗濯機の排水管の抜けだった。恐るべし! 最新型の大容量洗濯機。
通常、洗濯パン側の排水ドレンと洗濯機の排水ホースは、エルボと言う専用のL字型をしたソケット(L字だからではなくelbow・英語の肘に似ているからだそうだ)で繋ぐのであるが、以前ここに住んでいた人が引っ越す際に間違ってうちの洗濯パン付属の専用エルボを洗濯機といっしょに持って行ってしまった。これが事故の発端だ。
続く




