絶望の色を知っている 「己を恨んでいい」
「ミク。お前が裏切るからだ」
「裏切る?どうしたのゼロくん。そんな突拍子もないこと言って]
「あっ!ミクが装置を破壊してないから?ごめん!手こずってて!」
「ミク」
「…あはは。何を言っても意味はなさそうだね」
「………ああ。そうさ。私は裏切り者だよ」
「あっさり認めるんだな」
「忘れたかい?私は人をよく観察しているんだ。ゼロくん。君の顔は、確信している人間の顔だ。なら、無駄なことはしないさ」
いつもの柔らかな雰囲気、取り付く島だらけのミクはそこにはおらず、飄々とした、先の見えない深い夜のような、そんな別人がそこにいた。
「どうしてわかったのかな?ヘタはしてないと思うんだけれど」
「俺が未来から来たからだ」
「未来?…嘘は言ってなさそうだね」
「なるほど。つまり、あの日、君から感じた違和感の正体はそれなんだね」
「なら、私の目的はもうわかっているのかな」
「あぁ」
「ナツヤと死ぬためだ」
「へぇ。本当に。未来から来たんだね」
「それで、未来の私は目的を果たせたと考えてもいいのかな?」
「いいや。失敗した」
「はは。私は裏切りが下手なんだね」
「違う。裏切りには成功した」
「…どういうことかな」
「ナツヤは死んだ。だがお前は生き残った」
「彼が私を庇ったということかな」
「半分正解だ。そして半分間違いでもある」
「ナツヤはお前を庇った。そして殺された。しかし、お前は殺されずに生かされた」
「お前を気に入っているやつが『異能』所有者側にいるんだろう。お前は殺されずに生かされて、その者の下に送られることとなった」
「なるほど。つまり私はその誰かの奴隷になったというわけかな」
「それで?話はそこでは終わらないだろう?」
「あぁ。お前はその後、クーデターを起こした。そして失敗し、無惨な状態で殺された」
「だろうね。それで君は何らかの方法で過去に戻ってきたと。どうやって私の裏切りの中で生き延びたんだい?」
「勘違いしているようだが、俺の知っている未来では、俺はお前らと共に脱出を目論んでいない」
「俺が知っている未来は、お前とナツヤの二人だけで脱出しようとした。まあ、その腹心。お前はそうではないのだから、ナツヤの独り相撲だったわけだが」
「はは。大体読めてきた」
「となると、君は実は、装置の場所を全ては把握していないんじゃないかい?」
「そうだ。装置の場所は機密情報中の機密情報。いくら俺が未来から来たと言っても、関わりがなければ把握するには無理がある内容だ」
「つまり他の2つはブラフ。そしてここだけが本当なのは、私が君の知る未来でここを破壊したからだね」
「恐らく、私はナっちゃん…ナツヤに3つある装置を1つだけだと偽ったのだろう。ナツヤにこの脱出計画を信じ込ませるためだけに」
「そして1つだけを無意味に破壊し脱出をはかった結果、《鳥籠》は通常通りに発動し、私たちの計画は私の目論見通りにそこまでは進んだと」
「そんなところじゃないかな。違うかい?」
「ああ。全くその通りだ」
「この話は他の二人も事前に知っていたのかい?そうは見えなかったけれど」
「いいや、知らなかった」
「お前に怪しまれる可能性が上がるだけだからな」
「はは。その判断は正しいよ。君はともかく、他の二人は顔に出やすいからね」
「それで、他の二人はまだ知らないのなら、ここで俺を殺して作戦を続けるか?」
「それは…無理だろうね。君を殺した時点でハレはもう使い物にならなくなる。そんな中ではナツヤも作戦に乗らないだろう」
「それに、君はその可能性も考えて、対策を練っているのだろう?」
「あぁ。そうだ」
「はは。すべては私という魚を釣るための作戦で、私は狙い通りに餌に食いついたというわけか」
「釣られた魚の辿る末路は、まあ、そういうことだろうね」
「いいや。俺はお前をどうこうするつもりはない」
「この先に行う本当の脱出作戦において、お前は必要なコマになる」
「私がそこでも裏切るかもしれないのに?」
「それはない。お前は裏切らない」
「ここから逃げたいというその気持ち自体は、偽物ではなく本物だからだ」
「お前が逃げることを諦めて、死を選んだのは、それが不可能だと察したからなんじゃないか」
「…」
「次の作戦は、望みは絶たれるものではない」
「…なら、その作戦とやらを聞かせてくれるかい」
「もちろんだ。だが、その前に、お前は話さなきゃいけない相手がいるんじゃないか」
そう言うと、俺の背後にあった人の気配が、足音を立てながら近づいてくる。
「ハッ!陰気。己がいることに気がついていやがったか」
「ナっちゃん…」
「ミク。テメェは___」
◇◇◇
〜〜〜
私には色んなモノが見えていた。
きっと誰も気にしないようなこと。
その一つ一つが脳裏に刻み込まれていく。
受け取る情報量の多さ。
その多さと比例して、人は悩み考え苦しむもの。
だからこの日常は苦痛でしかなかった。
洗脳するための教え。
使い捨てにするための教え。
反抗させないための教え。
そう捉えることができてしまった私は、この先の未来が暗闇でしかないことも知ってしまう。
だから行動が必要だと感じた。
かつて旧人類が新人類に行ったように、数さえあれば無能が異能に勝ることもあるのだから。
きっと、気がついている人がいるはず。
彼らを率いてジェネシスを乗っ取ればいい。
だから私は沢山の人たちに声をかけた。
親しみやすいようにフレンドリーに。
話しやすいように茶目っ気に。
打ち明けやすいように優しく。
__けれども、そんな人はいなかった。
…はは。私も彼らのように在れていれば、どんなに幸せだっただろうか。
知らなければ苦しむこともなかったのに。
そんなときにナツヤが現れた。
◇◇◇
ナツヤは特別だった。
彼の持つ能力が常人のそれではないからなのか。
彼の見ている世界は、他の人の見ている世界とは違っていた。
「己はジェネシスの在り方を認めねェ」
その言葉を聞いたとき、初めて自分が一人ではないことを知った。
確かに、私を友と呼ぶ人は沢山いた。
けれども、本当の意味で、私と同じ方向に目を向けてくれる人はいなかった。
だからナツヤは私にとって特別だった。
彼となら或いは___
__そんな淡い期待はすぐに打ち砕かれる。
そう、私自身によって。
私が私自身の期待を打ち砕く。
『できるわけがない』
私が私にそう言い聞かせる。
『不可能だろう』
私が私にそう囁く。
『夢物語だ』
私が私をそう諦めさせる。
この程度の戦力では『異能』になんて到底敵わない。
万が一、クーデターに成功したとして、『異能』を手放した新人類が旧人類に勝てるはずがない。
なら逃げる?どうやって?
私は知っている『異能』の《鳥籠》を。
それにここから出ることができたとして、外の世界で生き永らえることができるだろうか。
ジェネシスの外は旧人類の世界。
つまり、敵地だ。
新人類からも追われるかもしれない。
なら旧人類に寝返ればいい?
スパイだと疑われて殺される可能性のほうがよほど大きい。
考えれば考えるほど待っているのは絶望だ。
知れば知るほど広がるのは真っ暗な未来だ。
見えれば見えるほど諦めることが正しく感じる。
なら、少しでも良いエンディングを私は求める。
妥協の、落とし所の、終極を。
ナツヤ。ううん。ナっちゃんと迎える終極を__
〜〜〜
◇◇◇
「ミク。テメェは__」
「己を恨んでいい」
「え…?」
ナツヤの思わぬ発言に、ミクは戸惑いの声を漏らす。
「テメェが諦めちまったのは己が理由だ」
「だからテメェは己を恨め」
「それは違うよ。私が…ミクが諦めたのは、ミクの責任だよ」
「あァ。確かに最後に諦めたのはテメェだ。それは否定しねぇ。そしてその姿勢は気に入らねぇ」
「うん…」
「だけどよォ、テメェを絶望させた要因に罪がないとは言えねぇ。つまり己だ」
「テメェがいつどの瞬間から諦めちまったのかは分かんねぇよ。でもな。それはテメェの一番近くにいたのに、テメェに希望を見せられなかったやつが悪りぃんだ」
「己が『異能』にすら勝る存在であれば、テメェは諦めなかったかもしれねぇ」
「…あァそうか。己も諦めちまってたのかもしれねぇな。あれだけ抵抗を口にしていたのに、『異能』には勝てねぇって、そう言ったのは己自身だ」
「だから___」
ナツヤは片膝を地につける。
「己は誓う」
「ミクがどれだけ絶望しても、絶対に諦めさせたりしない。そんな希望の存在になることを」
「ミクを楽園へと導く。騎士になることを」
「不可能を可能にする。そんな漢になることを」
「そして、終極を必ず共にすることを」
「己は誓う」
「それって…」
ミクが溢した言葉を敢えて無視したのか、ナツヤは誓いを続ける。
「だから、ミクは己を信じろ」
「己はミクが信じた己を信じる」
「おい。陰気。テメェが証人になれ」
「…あぁ、わかった」
「これは己との誓約だ。ミク、テメェも誓え」
「…ナっちゃん」
「なんだ。まだ足りねェか」
「ううん。十分。十分過ぎるよ」
「わかった。信じる」
「誓います。もう、絶対に諦めないから」
ミクの頬を一筋の涙が伝う。
「あれ…?ごめん。そんなつもりじゃ」
ナツヤは立ち上がり、何も言わずにミクを抱き寄せた。
◇◇◇
「えっと、ごめんなさい。話は大体わかりましたし、驚きとか色々と言いたいことはあるんですけど、自分これ省かれたってことです?」
「違う」
「まあ、いいですけど」
「あ〜ちょっと拗ねてる?もう可愛いなぁハレちゃんは!」
「こ、こっちにこないでください!」
「鳥肌が!鳥肌がぁ!」
「おい陰気。あれ止めなくていいのか?」
「あれは俺には止められない。何なら騎士さんが止めればいいんじゃないか。不可能を可能にだっけか」
「殺されてェか?」
「冗談だ」
「おいミク。そろそろやめてやってくれ。話が進まない」
「ん〜?あー、俺の女に手を出すな!って感じ?嫉妬かなー?ここゼロくんの部屋だもんね!あはは!ごめんね!やめるやめる〜」
「えっと、あの、その、自分はゼロさんならいつでもウェルカムと言いますか…」
「そうじゃない」
少しの溜息のあと、俺はわざとらしく咳払いをして場を落ち着かせる。
「まあいい。ひとまずこれで悩みのタネもなくなったことだ」
「あー、ごめんね。これからはちゃんと協力するから…」
「…明日からは、練習でもなければブラフでもない、本当の脱出作戦の準備に入る」
「早速だが、その作戦会議を今から始める」
◇◇◇
「それでゼロくん。どうしてミクだけ連れて行くのかな?」
「ナツヤは喧嘩っ早い。ハレは普段は物静かだが、これから会う人物のことを考えるとファーストコンタクトのメンバーには相応しくない」
「この先はスクール施設の中でも『異能』を持つ生活者しかいない。トラブルの火種は事前に避けたいからな」
「ふーん。ハレちゃんが駄目ってことは、女の子なんだね?まったく。ゼロくん透かした顔してる割にはやっぱり女の子好きなんだね〜?」
「…お前も置いてくるべきだったかもしれない」
「あはは。冗談だよ。やるときはやるよ。メリハリのある女だからね。ゼロくんならわかるよね?」
「こういった表現の仕方は違うかもしれないが。お前は、もう大丈夫だと思っていいんだな」
「…うん。ごめんね」
「いや、それよりもお前のその態度は、無理してるんじゃないかってことだ」
「あー。そういうことね。ゼロくんってば結構優しかったり?」
「それも大丈夫。確かに、今の私は昔の私とは違う。最初は演技だったと思う。でもね」
「このミクも、ゼロくんの前で見せた私も、今はもう、どっちも本当のミクだよ」
「だから無理してるとかはないよ」
「そうか。ならいい」
「お前を連れてきた理由は、顔合わせを円滑に行うため。そしてお前のその観察眼が欲しいからだ」
「それに、言うまでもなく今回のコンタクトはお前の友人を通してのものだ。理由はその3つだ」
「うん。わかったよ。頑張るね」
◇◇◇
鼓動が鳴り止まない。
この脱出作戦は何度も白紙に戻した計画だった。
そう。
この脱出作戦には、とある避けて通れぬ要素があるからだ。
そしてそれは俺が最もこの世界で恐れること。
その要素の扉が、今、開こうとしている。
本当はこの要素を含まない作戦を取りたかった。
しかし、この要素を含まない作戦に、成功の現実味はなかった。
この要素が、《鳥籠》を突破するためには必要不可欠であるという結論は、いつまで経っても否定することができなかった。
今からでも考え直すべきなのではないか。
何かまだ気がついていない方法があるのではないか。
そんな淡い期待を持ってしまうほどに、俺は追い詰められている。
「えっと待ち合わせ場所はここだったかな?」
「お相手さんはまだ来てないみたいだけど」
「…」
「なんだか、ゼロくん緊張してる?」
「ああ、すまない。気にしないでくれ…とは言えないな。何かあればお前に頼る」
「うん。わかった。ミクに任せて!」
彼女なりの意思表示なのか、変なガッツポーズをしながら返事をするミクに、少しの心強さを感じる。
しかし、心臓の鳴り響くスピードは落ちる気配がない。
___これから会うことになる人物。
かつて最も再会を望んだ人物であり
そして今、最も出逢うことを避けたい人物だ。
そう、彼女こそが、俺が___
終極を望む理由だからだ。
「ごめんなさい。少し、遅かったかしら」
「私に会いたいなんて言う人は、珍しいことだったから」
「えっと、初めましてでいいのよね?」
「私は『1E000007』。あなた達は?」