滑走路の日々 「うん。好きだよ」
ゼロさん。ナツヤさん。ミクさん。
そして自分ハレの4人で、このスクールから脱出することが決まりました。
作戦自体はシンプルです。
『異能』を用いた警備システム《鳥籠》を破壊する。
ただそれだけです。
◇◇◇
〜〜〜
「この脱出作戦において、俺たちに立ちはだかる最も大きい壁は、『異能』の《鳥籠》だ」
「えっとゼロさん。『異能』の《鳥籠》ってなんですか?」
「簡単に言えば警備システムだ。侵入者からこのスクールを守るためのな」
「だがそれと同時に、俺たちをここから逃さないためのシステムでもある」
「そして重要なのは、これは単なる『異能』ではなくシステムであることだ。お前たちは研究施設を知っているか?」
「あります」
「聞いたことはあるよ~」
「知らねェ」
「『異能』研究施設『NOTE』。新人類最大の武器である『異能』を、如何にして有効に活用するかを最大のテーマとした研究施設だ」
「そのNOTEの研究テーマの一つに、『異能』を永続的に利用する仕組みの開発があった」
「『異能』はとても便利な能力ではあるが、『異能』の所有者の死と共に『異能』も消失してしまう」
「死という確かなタイムリミット。それがある以上は、『異能』を用いた超高度な世界作りというのは実現不可能な訳だ」
「『異能』がなくとも機能する世界を作った上で、『異能』を上乗せして効率を上げる。精々がその程度」
「しかし、それでは既に発達した世界を持つ旧人類には追いつけない。『異能』という旧人類を圧倒する力を中心とした超高度な世界作りをしなければ、旧人類には勝てない」
「そして辿り着いたテーマが『異能』を永続的に利用する仕組みの開発だ。『異能』に依存することが許される仕組みづくりと言い換えていい」
「そんな中で生まれたのが、朽ちていく肉体と『異能』を切り離すことで、永続的な利用を可能とする方法だ」
「言うまでもなく『異能』は、五感と同じように肉体と結びついてる」
「それを消失ならまだしも、切り離して利用するなど到底不可能な話だ」
「だが彼らは成し遂げた」
「再現性のない偶然なのか、或いは方法を確立したのか、いずれにせよ彼らは『異能』と肉体を切り離すことに成功した。その一例が《鳥籠》だ」
「だが最初に言ったように、《鳥籠》は既に『異能』とは呼べない。そもそも人の肉体に在らざる能力だからこそ『異能』なのであって、肉体から切り離した時点でそれはもう旧人類でも再現可能なテクノロジーだ」
「旧人類で言うところの感知センサー。それが今の《鳥籠》だろう」
「故に、《鳥籠》は『異能』を持たない俺たちにも攻略が可能だ。勿論、簡単とは言えないが」
「ちなみに少し話は遡るが、『異能』と肉体を切り離すことに成功した例は恐らくそう多くはない」
「仮に多くの成功例があるのなら、俺たちが戦地にて所持することになる装備に対して、まずは還元するだろうからな」
「やはり一部の成功例は偶然の産物だったのか。或いは特定の条件が揃わないと再現できないのか。そんなところだろう」
「なァ陰気」
「テメェ、少し知り過ぎなんじゃねぇか」
「…」
「テメェの話した内容は、こんな場所に孤立させられている己たちが知り得る範囲を超えている」
「テメェは、NOTEと関わりがあるんじゃねぇか…?」
「ナツヤさん。何にキレてるのか知りませんが、ゼロさんに殺気を飛ばすのはやめてください。ゼロさんは」
「大丈夫だハレ」
「はい」
「ナツヤ。俺はNOTEとは関係を持っていない」
「テメェはそんな言葉だけで己に信じろと?」
「あぁそうだ。何の証明もできないがな」
「ハッ!舐めてんのか陰気」
「まあまあ、いいじゃん?ナっちゃん落ち着きなよ〜」
「ミク。テメェは黙ってろ」
「ゼロくんは嘘をついていないよ」
「ミクはさ。相手の心を読むのが得意なんだ〜」
「もちろんこれは『異能』なんかじゃないないんだけどね?観察力っていうのかな~」
「表情筋の動き方だったりだとか、仕草だとか、目の動きだとか、声の抑揚だとか、そんなところからのただの推察なんだけれど」
「もしかして、自分がゼロさんに逃げることを持ちかけるのを予想できていたってのは、そういうことなんですか?」
「ハレちゃんだーいせーかーい!」
「まっ。そんなミクが断言すると〜。ゼロくんは嘘をついていないね。他に隠してることはあるだろうけれど…少なくともNOTEと関係がないってのは本当」
「それにナっちゃん。無いことの証明は普通無理だよ。悪魔の証明ってやつ?」
「チッ。わかったわかった。信じてやるよ」
「へぇ〜。ゼロさんにあんな態度を取っておきながら、その程度で許してもらえるとでも思ってるんです?」
「ハレ。やめろ」
「はい」
「つーかよォ、ミク。テメェそんなことができるなら、己が雑魚どもで遊んだりしてねぇこと、わかった上で己に突っかかってきてんのか?」
「んー?それはー?どーだろー?」
「目ェ逸らしてんじゃねぇぞテメェ…」
「あのー、イチャつくならさっさと帰ってもらっていいですか?不愉快です」
「イチャついてねぇよ色目。テメェ…本当に必ず」
「あははー、じゃ、そろそろお暇させてもらおうかな〜?あとでイチャつこーね?ナっちゃん」
「テメェも悪乗りすんじゃねーよ!」
「…まァ、とりあえず今日の話は終わりってことでいいんだな?なら帰るが」
「イチャつくんですね?」
「だからちげェよ!」
「ま。君たちの事情なんてどうでもいいんですけどね。自分もゼロさんとイチャつくので忙しいですし」
「ハレ。お前も帰れ」
「嫌です」
〜〜〜
◇◇◇
朝の準備を整えてから部屋を出ると、まずは点呼から始まります。
点呼が終わると朝食の時間です。
メニューは外の世界に比べると質素です。
まあ、自分とゼロさんを除くと外の世界の食事を知っている人間はここにはいませんから、絶対評価の上では質素ではないんでしょうが。
朝食を終えると、次は座学の時間のため講堂へと向かいます。
内容は正直つまらないです。
まあ、そんなんだから自分は『試験』に落ちるんでしょうが。
その後は昼食の時間です。
メニューの質は言うまでもないです。
その後は訓練の時間です。
訓練は肉体的に厳しいものばかりなので、つまらないどころか大嫌いです。
やっぱり自分は、ゼロさんのためでないと頑張れないのかもしれません。
まあ、そんなんだから自分は…と、これはさっきも言いましたね。
訓練が終わるとシャワーを浴びる時間になります。
まともに医者がおらず、病に弱いジェネシスでは、特に衛生面は重視されます。
シャワー…まあ、今は関係ないんですが。
サッパリしたあとは夕食です。
メニューは…これもさっき言いましたね。
調理することが許されるのなら、ゼロさんにはもっと美味しいものを食べさせてあげたいのですが…。
その後は就寝時間になるまで自由時間です。
監視の目がないわけではないですが、自由と言うだけあって、普段と比べるとやはりかなり緩いです。
その自由時間を利用して、自分たちは作戦の準備を進めます。
怪しまれないために基本的にはバラバラに行動するのですが、自分はほぼゼロさんと一緒にいます。
準備は三段階あります。
まずは《鳥籠》を破壊するための準備。
《鳥籠》は3つの監理装置によって発動されていると聞きました。
3つのうち1つでも機能していれば、《鳥籠》は何らその精度を落とすことなく発動するので、3つすべての破壊が必要です。
ちなみに管理装置はスクール内のどこかの部屋に隠されているそうですが、ゼロさんはそれを知っているそうです。
なので、装置を破壊するための練習や、周囲の状況把握、当日のシミュレーションをします。
なお、破壊の際にはゼロさんがどこからか持ってきた爆発物を使います。
ちなみに破壊する際のフォーメーションは、3つの装置を自分、ゼロさん、ミクさんが破壊。
ナツヤさんは有事の際の保険として待機です。
それぞれの持ち場に駆けつけられるように、経路の確認などをしているそうです。
二段階目の準備は、逃走経路の確認です。
こちらはそのままの意味ですね。
最短ルートなのか、或いはリスクを最小限にまで抑えるルートなのか、色々と話しました。
結果、スピード感が最も大事だという結論に達し、最短ルートで脱出することになりましたが、こちらも保険をかけて、何かあった際に使えるようにリスクを抑えたルートも頭に入れておくことになりました。
最後の準備は、ジェネシスを出たあとに生き延びるための準備。
自分たちはここから逃げ延びたとしても、外の世界では旧人類に追われる立場です。
場合によっては新人類からも追われるかもしれません。
そのため生き方を考えなければいけません。
考えた上で、生き残るための能力を身に着けなければいけません。
なので、ここは各々の判断による内容になりますが、それぞれ外の世界で生きるための準備をしています。
…まあ、自分の場合は既に問題ないですが。
勿論、ゼロさんも含めて。
◇◇◇
ある日、ゼロさんは「今日は俺に近づくな」と告げました。
絶望して死にそうでしたが、それを察したゼロさんが「逃げるために必要なことなんだ」と頭を撫でながら言ってくれたのですぐに立ち直りました。
と、まあそんな感じで、手持ち無沙汰になってしまったので、仕方なく自室に帰ろうとしたところ、部屋の前に人影が見えました。
「あっ!ハレちゃんおかえりー!」
「なんですかミクさん。待ち伏せですか」
部屋の前で待っているなんてストーカーですか?
…自分が言えたことじゃないですが。
「あはは。そんな感じかな」
「それでストーカーさんは何の用ですか?」
「うーん。せっかく友だちになったんだし、ハレちゃんのこともっと知りたいなーって!女の子同士だし?」
「結構です」
「あぁー!まってよ!ドア閉めようとしないで!あっ!じゃあこれならどうかな?ミクのこと教えてあげる!」
「もっと結構です」
「あれれ?うーん。じゃあ仕方ないなー」
そういうとミクさんは、自分が閉めようとしたドアを無理矢理こじ開けました。
可愛い顔してなんというパワー…
◇◇◇
「部屋に入れてくれてありがとうね!」
「無理矢理入ってきただけじゃないですか」
「あはは。ハレちゃんってゼロくんにはあんなに従順なのに、他の人には結構ドライだよね〜」
「何か悪いですか?」
「ううん。悪くないよ。きっとハレちゃんは今が本当のハレちゃんで、ゼロくんは特別なんだよね」
「まあ、そうですが」
「へぇー、じゃあゼロくんがミクたちとも仲良くしろって言ったらどうするの?」
「…頑張ります」
「そうなんだ。ならゼロくんにお願いしてみよっかな?そう言ってくれない?って」
「追い出しますよ」
「あははウソウソ!嘘だから!そんな怖い目しないで!」
「…それで、さっさとしてください。君の話を聞けば、満足して帰ってくれるんでしょう?」
「うーん。そうだね」
「ちなみにハレちゃんはミクに質問とかある?聞きたいことは?」
「ないですが」
「あはは!本当にドライだね」
「あ、でも」
「ん?なになに!?いっていって!」
「うるさいですね…。まあ、じゃあ、ミクさんはナツヤさんのこと好きなんですか?」
「わーお。結構凄いところ聞きたいんだ?」
「いえ別に。強いて言うなら、です」
「あはは」
「うん。好きだよ」
「ミクはね」
あ、これ長話になるやつですね。
好きな食べ物とかにしておけばよかった…。
◇◇◇
ミクは誰かを知るのが好き。
自分で言うのもあれだけど、記憶力が結構いいんだ。
だから、少なくとも普段から目にする人たちの顔は全部覚えてるつもり。ただコードで覚えるのは味気ないから、名前をつけてるんだけどね。
でもね。ナツヤ。ナっちゃんは違ったの。
覚えてなかったの。誰かわからなかった。
何年もスクールにいて、絶対に何度も顔を合わせているはずなのに、誰かわからなかった。
まるで急に現れたみたいに。
だから気になったんだ。
あ、これは恋愛とかではなくて、純粋にね。
それからウザがられるぐらいにナっちゃんに話しかけてたら、ある日、ナっちゃんが急に「ミク」って呟いたの。
そこで気がついたんだ。
ミクは、他人に興味はあったけど、自分にはあまり興味がなかったんだって。
だから、自分に名前をつけたこともなかった。
「ミク」って名前は、ミクがいつも人に名前をつけてるから、それに影響されて、多分、特に何の他意もなく、ナっちゃんがミクのコードを見て適当に言っただけなんだろうけれど。
ミクは、それが凄く嬉しかった。
自分に興味を持ってくれたんだって。
きっとミクに興味を持ってくれた人はそれまでにも沢山いたんだろうけれど、初めてそれに気が付かせてくれたのがナっちゃんだった。
ナっちゃんてね。
普段はあんなのだから勘違いされやすいんだろうけれど、話してみると本当は凄く優しいんだ。
まあ、確かに何度か暴れたことはあるけれど、それも殆どは誰かが誰かをイジメてたところに出くわしたからとか、或いは誰かがミクに何かしようとしてきたからとか、そんなことがきっかけのことばかりで、ナっちゃんが自分から手を出したことは見たことがない。
ナっちゃんはいつも言ってる。
「抵抗しなくなったときに、諦めたときに人は死ぬ」って。
ナっちゃんは信念を持って行動してる。
それって、凄くカッコいいと思う。
自分は空っぽだったから、それが明るく見えた。
だから憧れたのかな。
それで思ったんだ。気がついたの。漸くね。
ミクはナっちゃんが好きなんだって。
◇◇◇
「っていう感じなんだけれど」
「なんかボーッとしてない?ひどいなー、恥ずかしいのに頑張って話したのにー!」
「あぁ、ごめんなさい。ボーッとしてたわけじゃないんです。驚いちゃって」
「自分とミクさんは全く別の人種だと思っていましたが、むしろ似ているのかもって」
「あと恥ずかしがってる割には楽しそうに話してましたよね!?」
「あはは。ま、恥ずかしくはないかな」
「でもそっかー。ハレちゃんはミクと似ているんだ?どういうところがなのかな?」
「それは…内緒です」
「ふーん。じゃあ無理矢理でも聞き出そうかなー!」
「あっ!やめてください!触らないで!やめて!そこ弱いんです!まだ慣れてないから!」
「あはは!会ったときから思ってたけど、ハレちゃんって大きいよね〜!」
「わかりましたから!いいますから!」
「へぇ〜?本当に〜?ウソっぽいな〜」
「嘘じゃない!本当です!心読めるみたいなこと言ってましたよね!?あとそれ触り方が変だから!」
「あはは。冗談だよ」
「はぁはぁ…やっと解放してくれました…」
「それで、どこが似てるのかな?」
「いや、やっぱり似てないです…」
◇◇◇
あの暴挙から、かなり時間が経った頃。
「それで、ハレちゃんはなんでゼロくんのことが好きなの?」
「ゼロさんは自分のすべてだからです」
「わーお。凄いね。思ってた以上」
「うーん、ハレちゃん可愛いな〜!」
自分は、ミクさんがその身体を突然動かすたびに、ちょっとビクつくようになりました。
さっきの出来事が未熟なこの身体には相当に衝撃だったのだと思います。
でも、色々と話してみて、悪い人ではないんだろうなということはわかりました。
…それとこれとは別ですが。
「それで、そろそろ就寝時間ですよ」
「わっ!本当だね。うーん楽しかったなー!今日はここで寝よっかな?」
「安心して寝られないのでやめてください」
「あれ?これもしかして、何もしなかったら寝てよかったってことかな?」
「そういう意味では…」
「あはは。冗談だよ。じゃ、また話そうね〜!」
そうして嵐のようにミクさんは去っていきました。
◇◇◇
そんな日々を過ごしていると、1ヶ月とは早いもので、いよいよ決行日を迎えました。
自分たちは最後にそれぞれ作戦を確認したあと、まずは《鳥籠》の装置を破壊するために、持ち場へとつきました。
決行まで残り10分程度。
そんなときにゼロさんが自分の持ち場へとやってきました。
「あれ?ゼロさん?どうかしましたか?」
「あぁ。トラブルだ。作戦は中止。お前は自室に戻れ」
「えっと、何があったんです?」
「…後で話す。必ず」
「俺を信じろ」
ゼロさんは真っ直ぐな目で自分を見ました。
そう言われてしまえば、素直に従うしかありません。
◇◇◇
この脱出作戦の失敗は確定している。
それは準備段階にミスがあったからとか、そういった次元の話ではない。
この作戦は、重大な矛盾を孕んでいる。
つまり、最初から失敗の運命にしか辿り着かない作戦だ。
何故、その事実に気が付きながら、作戦を立てて、準備をし続けてきたのか。
それは___
◇◇◇
〈作戦開始時刻から数分後…〉
「よう」
俺はある人物へと声をかけた。
「あれ?なんで、ここに?」
いつものようにその人物は、柔らかい笑みを浮かべて俺を見た。
「作戦は失敗だ」
「えっと…?」
その人物は、誰とでも打ち解けることができるほどの、とても明るく包容力のある優しい女。
一言で彼女を表すのなら、「善」だろう。
「聞こえなかったか。この作戦は失敗だ」
「いや、お前が失敗させる」
「ミク。お前が」
「俺たちを裏切るからだ」