鳥籠への抵抗 「嫌がらせだ」
『己も混ぜてくれよ』
せっかく、ゼロさんのお部屋に二人で…なんて理想的なシチュエーションだったのに、邪魔が入ってしまいました。
「『2E125728』…?」
「あァ?そうだが。なんだ?陰気。バツの悪そうな顔しやがって」
いきなり出てきたこのオラオラしている方は、『2E125728』というらしいです。
どうやらゼロさんの反応を見る限り、好ましくない方のようですが…。
そうだ。
なら自分が追い払えば、ゼロさんからの好感度も上がるかもしれません。
「なんですか君、いきなり馴れ馴れしく。自分とゼロさんは忙しいんです。早急に散りなさい」
「…?……それ、己に言ってるのか?」
「ハハッ!ハハハッ!これは傑作だ!己にそんな口を聞いてくるやつがまだいるとはなぁ!」
「いいぜェ。色目。本当は冷やかし半分だったが…その態度、気に入った。そこの陰気と一緒に、己に協力させてやるよ」
「気に入らなくて結構です。自分にはゼロさんがいればそれでいいので」
「それと色目ってなんですか。あとゼロさんを陰気呼ばわり…?訂正してください。後悔しますよ」
「はぁ…」
「『2E125728』、『2E125080』。二人共落ち着け。ひとまず部屋に入ろう」
ヒートアップしそうだった自分たちを、ゼロさんは優しく宥めました。
…まあ、ゼロさんが落ち着けと言うならば、いいでしょう。
◇◇◇
「それで『2E125728』。どこから聞いていた」
「大して聞いてねェよ。まあ、ここから脱出しようとしてるってことぐらいだ。それよりもテメェらは己に感謝したほうがいいぜ?」
「君に感謝することなんて、ないと思いますが?早く出ていってもらえますか?」
「イキがるのは許してやるが、色目。特にテメェは己に感謝しろ」
「陰気はともかく、テメェのでけェの声はよく響いてたからな。己が人払いしておいてやったから、他に聞いてるやつはいねぇだろうが」
「聞こえてたのか…」
「ハッ!当然だろうが。己の直感が働いてなけりゃ、今頃テメェらは捕まってたぜ?」
「…ありがとうございます」
悔しいですが、この人のおかげで救われていたのは事実のようです。
「つまり『2E125728』。お前は、以前からスクールから逃げることを考えていて、そんなときに俺と『2E125080』が話し合っている現場に偶然居合わせ、直感とやらでそういう話が始まると察して、人払いを済ませたあとに、予想通りその話に達していた俺たちに接触してきた…そういうことでいいんだな」
「ヘェ。やるじゃねぇか陰気。大体その通りだ」
「うーん。なんだか都合が良すぎませんか?なんですか、偶然に直感って」
「まァ、偶然ってのは陰気の間違いだ。己たちはある程度事前に予想がついていた。だが直感は直感だ。それ以上でもそれ以下でもねぇよ」
「たち?」
他にも誰かいるんですか?
もう増えないでほしいんですけど。
「ん?あァ。そうだな。まあもう裏は取れてんだ。そろそろ入ってきていいんじゃねぇか?そこにいんだろ?」
入ってこなくていいです…。
◇◇◇
「はじめましてー!ミクでーす!よろしくね!」
うわ。苦手なタイプだ…。
「えーと、そっちの男の子は…」
ミクと名乗ったこの女は、ゼロさんの頬を見ます。
自分たちスクール生活者は、頬にコードが刻まれているためです。
ちなみに、自分がジェネシスを出てからの生活で一番大変だったのは、このコードを隠すことだったりします。
それは新人類の証でしたから。
「『2E125000』か~。うーん。ゼロが多いから『ゼロ』くんかな!」
えっ。『ゼロ』…?
「あぁ。『ゼロ』だ。よろしく頼む」
「わっ!すぐに使ってくれるんだね!嬉しいなー!」
「ちげェと思うぞ。前からこいつはゼロって呼ばれてるみたいだ」
「あれ?そうなの?ふーん。不思議な気分」
「あぁ。まあ、気にしないでくれ」
ゼロさんは複雑そうな顔をしながら返事をしました。
もしかして、ゼロさんの名前は…
「そっちの可愛いくてセクシーな子は『2E125080』か~。なら『ハレ』ちゃんかな?」
「いやその、いきなりそんな名前をつけられましても…」
「いいんじゃないか。ハレ。いつまでもコードでは呼びにくい」
「!…まあ、ゼロさんがそう言うなら」
「わかりました。今日から自分はハレです」
「わーお。二人共すぐに使ってくれるんだね!嬉しいな~。どこかのナっちゃんも二人を見習って使ってくれればいいのにー?」
「うるせェよ。何がどこかだ。名前言ってんじゃねーか」
へぇ。ちょっと嫌そうですね。
いいことを思いつきました。
「えっとミクさん。この人にはどんな名前をつけられたんですか?」
「んー?気になる?気になってくれるんだね!いいとも教えましょう!」
「ナっちゃんは、『2E125728』だから、『ナツヤ』だよ!沢山呼んであげてね!」
「そうなんですね。良い名前じゃないですか。ナツヤさん…ぷぷ」
「色目。テメェ…」
「あれあれ?お二人結構いい感じ?でも駄目だよハレちゃん。ゼロくんが嫉妬しちゃうから!」
えっ!ゼロさんが嫉妬!?
「はぁ…」
「してない」
自分が期待の目を向けると、心底嫌そうな顔でそう呟きました。
ちょっとショックです…
◇◇◇
「それで。ナツヤとミクは何故スクールから逃げるつもりなんだ?」
「お前たち二人は能力が高い。『試験』に落ちた先の未来を恐れるならまだしも、お前らであれば確実に合格できるだろう。一体なぜだ」
昂りつつある空気に落ち着きをもたらすために、ゼロさんが露骨に声を低くして訊ねました。
「仕方ねェ。教えてやるよ」
ほんと偉そうですね。この人。
「己が逃げる理由。それは__」
「嫌がらせだ」
「新人類への嫌がらせ。わかりやすいだろ」
「テメェらがどう思っているかなんて知ったことじゃねぇが、少なくとも己は、ジェネシスのこの在り方はおかしいと感じる」
「『異能』があるかないか。ただそれだけで、捨て駒前提のゴミとして生きさせられてるんだ」
「他のやつはそのことに気がつくことすらないか、或いは薄々感じ取っていても、諦めて受け入れてやがる」
「己は認めない。そんなことは。だから抵抗する」
「己は強い。この世代の誰よりも」
「でもな。だからこそわかっている。悔しいが、そんな己でも、『異能』には勝てねぇだろうよ。それが無能の定めだ」
「だが、だからといって、そこで運命を受け入れるのはちげぇ」
「『異能』はなくとも、己は新人類にとって有用な駒であることは違いねェ」
「だからこそ逃げる。己を失ったという損害を与えてやる」
「それが己にできる最大の抵抗だからだ」
へぇ。
ただの上から目線の生意気なガキだと思ってましたけど、ちゃんと自分の立場を理解してるんですね。
少し、認識を正す必要があるかもしれません。
「ミクは面白そうだからかな!」
「それにナっちゃんがそうしたいなら応援してあげたいし!」
こっちは何も考えてなさそうですね。
◇◇◇
「二人の考えはわかった。協力しても構わない」
自分としては不服ですが、まあいいでしょう。
ジェネシスから出たあとに別れればいいです。
どうにかなると楽観視していましたが、まずこの場所から出ること自体が難関ですからね。
話を聞く限り、二人はそこそこ使えるそうですし、ここは甘んじて受け入れましょう。
「自分も異論はありません」
「あァ?最初っからそう言ってんだろうが」
「はーい。よろしくねー!」
ゼロさんは自分たちの意思を確認したあとに、ゆっくりと口を開きます。
「では早速だが、作戦を練る…とまではいかないが、最初に共有しておくべき事柄をいくつか伝える」
「まず時期だが、どれだけ遅くとも『試験』が行われる前だ」
「知っての通り、『試験』をクリアすると戦闘員としてジェネシスから出ることになる」
「その隙に逃げる者がいないように、『試験』後には位置情報を常に発信し続ける機械を体内に取り付けられる。故にタイムリミットは『試験』だ」
「だが、そこまで時間をかける気はない」
「1ヶ月後。1ヶ月後に脱走する」
「それまでに準備をする」
「陰気。1ヶ月でできるものなのか?」
「あぁ可能だ。既にある程度の計画は頭の中でできている。それはまた後日伝えよう」
「そして次が重要だ」
「この脱出作戦において、俺たちに立ちはだかる最も大きい壁は…」
「『異能』の《鳥籠》だ」
◇◇◇
それから少しの話し合いのあと、自分たちはそれぞれ解散する運びとなりました。
今、部屋には自分とゼロさんの二人だけです。
あぁ、ついにその時が来るんですね?
「ハレ」
ゼロさんがこちらを真っ直ぐに見つめます。
「はい」
どうしましょう。
緊張しています。
いくら今の身体では経験がないとは言えども、既に何度もそういうことは知ってきているはずなのに…。
「ハレ。確認しておきたいことがある」
「はい。なんでしょうか」
もしかすると、ゼロさんは初めてで、色々とやり方がわからないのかもしれません。
そうとなれば、自分が手解きしてあげなければいけませんね!
「もしも、何らかのトラブルが起きて、今回の作戦が破綻することとなっても、最終的にお前と逃げることができたのであれば、それで構わないと考えてもいいか?お前の認識を聞いておきたい」
「え?…えぇ。そう考えてもらってもいいですけど」
どうやら全然違ったようです。
でも、ゼロさんは何を気にしているのでしょう。
先程までは、結構自信満々に話していたように思えましたが、いざとなると少し不安に思ってしまったのでしょうか。
そんなことを考えていると、ゼロさんは改めてこちらを見ました。
あぁ、やっぱりそうですよね?
どうしましょう!鼓動が凄いことになってます!
「そうか。ならいいんだ」
「はい」
「じゃあ、今日はもう寝るから。さっさと自室へ帰ってくれ。明日からは忙しいからな」
「嫌です」
◇◇◇
嫌がるハレを無理矢理追い出し、漸く静かになった部屋。
俺は椅子に座り、軽く伸びをすると、今日一日を日記に書き記し振り返る。
「ターニングポイント。なのかもしれないな」
ハレ。ナツヤ。ミク。
まさか、たった一日でこれほどまでに状況が変わるとは思っていなかった。
遠回り、あまりに遠回りではあるが、終結に至る道が見えてきた。
この先に目にすることになる光景を想像すると、胸がとても苦しくなる。
だが、あとは突き進むだけだなのだ。
やるべきことは決まったのだから。
そう。ここから最初に、まずすべきことも。
1ヶ月後の脱出作戦を、失敗させるのだ__