そこからの続き
フローレン家の家訓は『 出る杭は打たれる』である。
自分達が問題を起こさなければ、打たれる事は無く争いも起こらない。
家族は争う事を好まない人達だった。
ソアラも自分からわざわざ問題を起こす事なんてしない。
少し位嫌な事があっても、自分が我慢すれば良いと何事も自分の中に納め、仕方無いと自分の中で完結して平静を取り戻すのが常であった。
ただ……
ソアラは他人の理不尽な事には、立ち向かう勇気は兼ね備えてはいるが。
扉の向こうが怖い。
殿下とルーナが同じ部屋から出て来る姿は見たくない。
心が削られる。
何時もなら、支度を終えたらルシオが迎えに来るのを待っているのだが。
今朝は早く部屋を出ようと思った。
「 ソアラ様? まだ朝食へ向かうのは早い時間ですよ? 」
「 殿下のお支度はまだ終わってはいませんでしょうに 」
サマンサ達が部屋を片付けながら、ドアから外の様子を伺っているソアラに声を掛けた。
「 殿下のお越しを待ちわびていらっしゃるのね 」
「 わたくしは、お2人を見てるとキュンキュンしてしまいますわ 」
「 正しく……真実の愛ですわ 」
サマンサ達は、ルシオがソアラの吐瀉物を手で受け止めた事にいたく感激をしていて。
特に若いドロシーは、殿下のその行為が尊いと言って萌えているのだった。
しかし……
ソアラは殿下のお支度と聞いて、胃がキリリと痛んでいて。
今朝もルーナが殿下のお支度をしてるわよね。
「 散歩がてらに食堂に向かいます 」
ソアラはそう言ってドアを開けて、廊下に飛び出して行った。
今なら誰もいないから行けると。
「 お散歩には殿下もお誘いして下さいね~ 」
「 ……はぁい 」
返事をしたものの……
ソアラは向かいのルシオの部屋のドアをノックしないで、早足でその場を後にした。
昨日は執務室とサロンしか行ってないので、離宮の勝手が分からない。
サロンは食事の準備中だから、行けば邪魔になるだけだし、執務室には鍵が掛けられ騎士達ががっちり守っている。
そうだわ!
庭園に行こう!
昨日の朝も今朝もウォーキングはしてはいない。
何だかムズムズする。
すれ違った離宮のメイドに、庭園に出る扉の場所を聞いてソアラはそこへ向かった。
庭園に続く廊下の奥から、ざわざわと騒がしい声がすると思ったら、そこにはビクトリアがいて……
ビクトリアの横にはルーナがいた。
ビクトリアの腕にはルーナの手が回されて、ビクトリアを支えるようにして歩き、2人の後ろには侍女が2人付いて来ていた。
どうやら散歩に行っていたようだ。
良かった。
今朝は殿下のお支度をしていたんじゃ無いのだわ。
ソアラはホッと胸を撫で下ろした。
カーテシーをしてビクトリアに挨拶をする。
ルーナはビクトリアの腕を絡めたままで。
「 ソアラは今から歩きに行くのかしら? 陛下は今、行って来た所なのよ 」
「 ルーナがね。歩く事は健康に良い事だからと、わたくしを連れ出してくれたのよ 」
「 ソアラはね、毎朝歩いていますのよ 」
ルーナの言葉が突き刺さる。
ソアラにはビクトリアとウォーキングをすると言う考えは無かった。
自分は何時も歩いていると言うのに。
本当に気が利かないとはこの事で。
「 ルーナ嬢は明るくて、思いやりがあって本当に素敵な令嬢ですわねぇ 」
「 若いお嬢さんなのに、こんなにも気配りが出来る人はそうはいませんよ 」
ビクトリアの侍女達がルーナを誉めちぎる。
ビクトリアの何人かの侍女は、ビクトリアがウエスト家から連れて来た侍女で、彼女達はビクトリアよりも年上ばかりだ。
年寄りばかりの中だからか、ルーナは一際輝いて見えた。
普段からキラキラしてはいるが。
「 ルーナ! お祖母様を連れ出してくれたんだね。礼を言う 」
「 殿下!? 」
「 ルシオ様…… 」
王太子殿下の登場に、皆が一斉にカーテシーをする。
ソアラは侍女達の横に移動をしてカーテシーをした。
黙って出て来たから罰が悪い。
「 お祖母様、お早うございます。良い朝を過ごしましたね 」
ルシオはビクトリアの元へ行き、ビクトリアの手の甲に唇を寄せた。
「 ええ……これからも朝の散歩をしようと思うわ。これもルーナが連れ出してくれたお陰よ。彼女は本当に気配りが出来る優しい令嬢ね。 」
「 気遣いの出来るルーナは、侍女にピッタリだと思います。だから……ルーナはソアラの侍女になる為にに、侍女養成学園にも通ってくれてますからね 」
「 まあ!? ルーナは本気で侍女になるのね? 」
ルーナ嬢ならピッタリですわと、離宮の侍女達がうんうんと頷いた。
そうだとも、そうで無いとも言わなかったが……
ルーナは天使のように微笑んでいた。
殿下は……
ルーナ嬢と呼んでいたのに、いつの間にかルーナと呼んでいるわ。
随分と親しくなったのね。
ルーナが称賛されればされる程に……
側にいる自分が、明るくもなく、思いやりもなく、気配りの出来ない令嬢だと言われているような気持ちになる。
自分の居場所がどんどんと無くなる気がして。
皆がルーナに注目するのをソアラは独り立ち尽くして見ていた。
こんな場面ではソアラにその続きは無かった。
大体は独りでそっと消えるか、皆がソアラを残して立ち去るかだ。
その時……
ルシオが侍女達の横で立っているソアラの手を取った。
ルシオが近付いた事で、侍女達がキャッと頬を染めてルシオを見上げている。
ルシオを見れば……
窓から注がれた朝日が彼の黄金の髪を照らしていて。
無駄にキラキラと輝いていた。
「 じゃあ、僕は今からソアラと庭園を歩いてくるよ 」
ルシオはそう言ってソアラの手を取った。
「 あら? ここで待ち合わせをしてたの? 」
随分と仲良しねと、ビクトリアはクスクスと笑った。
「 当たり前だよ。僕達は恋人同士なんだからね 」
ルシオはソアラに言い聞かせるような素振りで、ソアラの手を引いて庭園に向かって歩いて行った。
ソアラが、自分達は恋人同士だとはどうしても言ってくれないので。
しつこく言ってみるルシオだった。
ルシオの婚約者になってからは……
ソアラには何時も続きがあった。
王子様がそこから連れ出してくれると言う続きが。
***
「 どうして先に行ったの? 」
「 ……… 」
「 庭園を歩きたいのなら言ってくれたら良かったのに 」
庭園の小路を2人で歩きながら、ルシオがちょっと拗ねたように言った。
サマンサが知らせに来たのだと言って。
「 ……ちょっと早く支度を終えましたので…… 」
殿下の部屋にルーナがいると思ったからだとは言えない。
「 それにしてもルーナには畏れ入るよ。まだここに来て2日目なのに、もうお祖母様とあんなにも親しくなっているんだからね 」
彼女のコミュニティ能力は凄いと言って、ルシオは嬉しそうな顔をした。
「 お祖母様は彼女を気に入られたようだな 」
「 ええ……ルーナは本当に素敵な子よ 」
ソアラはそう言って、空を見上げた。
ソアラは自分を恥じていた。
今朝もルーナがルシオの部屋にいると思った事を。
ルーナは王太后陛下を気遣い、朝の散歩に行ったのだわ。
そして……
王太后陛下の事を思って朝早く起き、健康の為にと言って歩く事を勧めた。
そう。
殿下の言う通りに、まだここに来て2日目だと言うのに。
それは……
私にはとうてい真似の出来ない事。
健康の為に毎朝ウォーキングをしているのは自分なのに、それを王太后陛下に教えようとも思わなかったのだから。
ルーナは皆の為に行動の取れる子だ。
そう……
殿下の側で侍女の仕事をするのも私の侍女になる為。
それなのに……
私は醜い嫉妬をしている。
ルーナといれば何時も自分が惨めになって行くのだ。
殿下も……
王太后陛下に気に入られているルーナの方が良かったと思ってるかも知れない。
ソアラは……
ルシオから愛情を注いで貰っている事は、痛い程に分かってはいる。
しかし……
やはり、あのポンコツな出逢いがソアラを苦しめていた。
本当はルーナの方が良かったと思っているのでは無いのかと。
自分の知らない所で、2人が会っているのを知ってしまったから余計に。
そして……
王命によって決められた婚約は……
王命によって無かった事にも出来る事を、ソアラは危惧していた。
自分もアメリアやリリアベルのように切り捨てられるのでは無いかと。
ルシオの事を好きになればなる程に。
その時が来るのが恐くなってしまっていたのだった。
そして……
ソアラがそう思っている事をそっくりそのままルーナも思っていて。
あの王子様との夢の様な出逢いは、ルシオが自分の事を好きだからだと思っていて。
アメリアやリリアベルとの婚約が簡単に取り止めになったのだから、ルシオとソアラの婚約も破棄出来るのだと。
あの時……
ルシオがしたポンコツな所為は、それ程罪深いものだったのであった。




