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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第三章

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90/140

値踏み




 ドルーア王国には四つの公爵家があった。

 代々王家の王太子には、この四つの公爵家から令嬢が嫁ぐ事が決められていた。


 そして……

 国王が身罷り王太子が国王に即位すると、王妃の実家が政権を担う事も決められていた事であった。


 しかしそれは……

 議会で話し合われた訳でも無く、永い時の中での四家の公爵家の利権による慣習に過ぎない事だったのだが。



 遺された王妃は王太后となり、新王妃の実家の政権の邪魔になるからと、王太后は離宮へ移る事も決まっていた。


 何代か前の国王は……

 永く独りで過ごさなければならない母親の為に、母親の実家に程近い場所に離宮を建てた。


 そして次の御代の国王が、次々に母親の為に母親の実家に程近い王家の所有する土地に離宮を建てて、王家の所有する離宮は四ヶ所になった。



 なので……

 今の王太后であるビクトリアは、自分の実家であるウエスト公爵領地に程近い離宮に住んでいる。


 この離宮は西の離宮と呼ばれている。



 その西の離宮の正面玄関で、シリウス・ウエスト公爵令息がルシオとソアラを出迎えた。


 シリウスはビクトリアの弟の孫である。

 なのでこの西の離宮に彼がいても不思議では無い。



「 殿下、ソアラ嬢。お待ちしておりました 」

「 ああ、遅くなった 」


 先触れで騎士達が先に到着してはいたが、どうやら殿下は、ここにシリウスがいる事を知っていたみたいだとソアラは思った。



「 王太后陛下が首を長くしてお待ちですよ 」

 ソアラにそう言ったシリウスに、ディランさんは?……と言い掛けてソアラは口を噤んだ。


 ソアラはディランの事を思い出していた。



 背が高く大柄の彼女といると何だが安心出来て、旅好きで色んな事を知っている6歳年上のディランは、ソアラにとっては姉のような存在だった。


 短い期間の関係だったが何でも相談出来る存在だった。

 彼女の的確なアドバイスはソアラの心の癒しになっていたのだ。



 しかしだ。

 ディランは……

 まさかまさかの隣国の王太子殿下が女装した女性だったのだ。



 もう……

 ディランはいないのね。


 ルシオと話すシリウスを見ながら、ソアラはそっと瞳を伏せた。



 ***



 早朝に宿を出発して、午後の早い内に到着する予定だった。

 しかし、昨日に嘔吐したソアラを気遣って、何度も休憩を挟んだ事から、離宮への到着は夜の7時と言う遅い時間になった。


 ソアラは本当に申し訳無い思いでいっぱいだった。



 そして……

 この離宮には、ウエスト老公爵やウエスト家の親戚達も来てると言う。


 ウエスト老公爵は前政権下では、宰相だった男だ。

 ビクトリアの弟でシリウスの祖父に当たる。

 今は当主の座をシリウスの父親に譲り、領地で暮らしている。



 その父親の当主の座も執事の犯した罪によって、まだ結婚もしていないシリウスが引き継ぐ事になっていて。


 シリウスはその関係もあって、ここに来ているのだろうとソアラは思うのだった。



 皆がソアラを見に来たのは一目瞭然だ。


 エリザベス王妃陛下が選んだと言う令嬢(ソアラ)を、ウエスト家の面々が()()()に来たのである。


「 マイク達も来ているのか? そうか……手っ取り早くて良いな。ソアラ行くよ! 」

「 ………は……い 」

 ルシオはソアラと共に離宮に入って行った。



 王宮は国王宮と王妃宮と王太子宮の3つの建物に分かれている。

 そしてその中央にある建物に政治の中枢の部署があり、ソアラのいた経理部もその中央にある。


 離宮は、その王妃宮をそっくりそのまま建てた宮殿だった。

 永く王妃宮で暮らした王太后が、戸惑う事の無いようにと。


 

 正面玄関に入ると、頭を下げて待っていた離宮の侍女達に客間に案内をされた。


 離宮の侍女達は、ビクトリアが王妃の時から仕えていたかなり年配の侍女達ばかりだった。



「 あら!? 本当に王妃宮と同じだわ 」

「 変な錯覚をしますわね 」

「 何だか帰って来たみたいですわ 」

 そう言って驚いているのは、王妃宮で侍女をしているサマンサ、マチルダ、ドロシー達の3人だ。


 王宮の客間に滞在しているソアラは、王妃宮には行った事は無かった。



「 王太子宮とは随分と違いますね 」

 ルーナがこれ見よがしに王太子宮との違いを話し出した。

 壁の色が違うとか窓の形が違うとか。



「 国王宮と王太子宮とはそんなに違いは無いわ 」

「 そうなんですか!? ルシオ様! 帰城したら国王宮に()御案内をお願いしますわ 」

 バーバラの説明に、ルーナは前をカールと歩くルシオに話し掛けた。



「 ああ、時間が出来たら 」

「 楽しみにしておりますわ 」

 問われて振り返ったルシオが、ルーナに素っ気なくそう言ったが。


 ソアラの胃がキリリと傷んだ



 ルシオに用意された部屋には、侍従部屋と侍女部屋が各々併設されていて。

 この部屋はサイラスとルシオが泊まる仕様になっている。


 廊下を挟んだ向かいにある部屋が滞在中にソアラが泊まる部屋だ。


 ソアラの部屋の横にある侍女部屋にはサマンサ、マチルダ、ドロシーが入る事になり、ルシオの部屋の侍女部屋には、バーバラと王太子宮から来ている侍女が2人と、ルーナが入る事になった。



「 わたくしは、やがては王太子宮で仕事をするのですから、王太子宮の侍女様と一緒に仕事をしたいですわ 」

 ルーナはまだソアラの本当の侍女では無い。

 侍女養成学校に通う侍女見習いだ。


 侍女の勉強をするならそれも良いかも知れないと、バーバラはルーナの申し出を了承した。



 王太子夫妻は結婚したら王太子宮に2人で住む事になる。


 なのでルーナがソアラの侍女になれば、今いる王太子宮の侍女達と一緒に仕事をする事になるのだからと。



 その話を部屋に入ってから、ソアラはサマンサ達から聞いた。

 彼女達はルーナが熱心だわと感心していたが。


 ソアラの胃は更にキリリと傷んだ。



 バーバラ様が決めた事なら仕方無い。

 ソアラは何も言わなかった。


 この時、何も言わなかった事に……

 後悔する事になるとは思わずに。




 ***




 旅の疲れを落とす為に湯浴みが終われば、その後はビクトリアの元へ出向き、ルシオがソアラを紹介をする事になった。


 本来ならばもっと早くに到着し、ビクトリアとゆっくりと夕食を取る予定であったのだが。

 年老いたビクトリアは既に夕食を済ませていた。



 慌ただしく支度を終えて、ソアラはドロシーに連れられて応接の間に向かった。


「 王妃宮と同じだから目を瞑ってでも歩けるわ 」と、彼女はおおはしゃぎだ。



 ソアラは髪を乾かしたりと支度に時間が掛かる為に、ルシオは先にビクトリアの元へと出向いていた。


「 遅くなりました 」

 応接室のドアを開けてお辞儀をすると、ソファーに座りビクトリアと談笑していたルシオが、直ぐにソアラの側へやって来た。


 ソアラの手を取って自分の腕に絡ませた。



 応接間には、ビクトリア王太后とマイク・ウエスト老公爵と数人の男達がいた。


 ビクトリアとマイクは姉弟。

 他の老人達は、先の政権の重鎮だったウエスト一族の者達。



 シリウスはここにはいなかった。


 ソアラは何だか少し心細く感じた。

 この場では知った顔はルシオだけだったのだから。



 ルシオがビクトリアの前までソアラを連れて行くと、ソアラはカーテシーをした。


 ディランに教えられた通りに……

 カーテシーはとても優雅に出来るようになった。



「 お祖母様。彼女が僕の妃、王太子妃になるソアラ・フローレン伯爵令嬢です 」

「 頭を上げなさい 」

「 はい 」

 深く頭を下げたままのソアラが頭を上げると、ビクトリアはじっとソアラを見つめていた。


 金髪に青い瞳。

 我が国の国王陛下を産んだ母親である。

 そして……

 ルシオ王太子の祖母。



 5年前まではドルーア王国の王妃だった御方だ。

 流石にそのオーラは健在だった。


 5年前はソアラは15歳。

 デビュタント前なのであまりその姿を見る事は無かったが。


 そして……

 ソアラはデビュタント後も社交界には出てはいない事から、あまり貴族達からは知られてはいない存在だった。


 だから……

 ビクトリアだけで無く、老公爵達もソアラを上から下までジロジロと見ている。



 目線を下げたままのソアラに視線が突き刺さる。

 暫く沈黙が続く。


 きっと。

 この普通顔に驚いてらっしゃるのだわ。

 アメリア様やリリアベル様とはあまりにも違うこの普通顔に。



 その時ソアラの頭上でルシオの声が響いた。


「 ね?先程言った通りの可愛さでしょ? 」

「 !? 」

 殿下はなんて事を言うの!?

 王太后陛下が言葉に困ってるではないか!?


 周りの皆も唖然としている……と思う。

 後ろが見えないから分からないが。



「 それに……頭が良くて聡明で……ソアラは最高の王太子妃に、いや王妃になるよ 」

 ねっ?と言ってルシオはソアラの顔を覗き込んで来た。


 ウギャーッ!!

 ソアラは頭の中で下品な声を上げてしまった。


 5年前まで王妃だった御方になんて事を言うの!?

 ソアラは堪らずにルシオを見上げた。


 視線が交わう。

 ルシオはとても柔らかな瞳をソアラに向けて。

 


「 本当の事だよ。君は我が国や隣国のマクセント王国までもを救ってくれたんだから 」

「 その事はシリウスから聞いてるわ 」

 ビクトリアは目を細めてソアラを見た。


「 大儀だったわね 」

「 畏れ多い事でございます 」

 冷たい瞳は何を意味しているのかは分からない。



 それからは、ウエスト老公爵達がルシオとソアラに順番に挨拶に来た。


「 ソアラ・フローレン伯爵令嬢だ。どうだ?可愛らしい令嬢だろ? 」

「 はい……()()に可愛らしい御令嬢ですね 」

「 ……えっと……とても頭が良いと聞いてますよ 」


 皆が言葉を選んでいるのがひしひしと伝わって来る。


 ソアラはニコニコと嬉しそうに、可愛い可愛いと言うルシオを恨めしく思うのだった。



「 そこへお座りなさい 」

 一通りの挨拶が終ると……

 ビクトリアがそう言って2人に長椅子に座るように促した。


 ルシオが長椅子に座るとソアラも横に座った。


 すると……

 ルシオはソアラの直ぐ横に座り直した。

 ピッチリと身体を付けて。


「 ? 」

 椅子の座る位置を間違ったのかしら?


 ソアラは少しお尻を上げて横に移動した。


 すると……

 ルシオもお尻を上げて、またソアラにピッタリと身体を寄せて座った。


「 ? 」

 ソアラはまたお尻を上げて横に寄った。

 もうソファーの手摺の位置まで来た。


 ルシオはまたソアラにピッタリと身体を寄せて座る。


「 !? 」

 一体何なの?と、怪訝な顔をしてソアラがルシオを見れば、ルシオは甘い顔でクスクスと笑っていて。



 その時……

 テーブルを挟んで2人の前に座っているビクトリアが、声を上げて笑った。


 オホホホホホ……

 扇子を広げて身体を小刻みに揺らして。


「 ………… 」

 ソアラは、何故ビクトリアがこんなに笑っているのかが分からなかった。


 何か粗相をしたのかと、青ざめながらルシオを見れば、とても楽しそうな顔をしていて。



 一頻り笑ったビクトリアは、もう寝る時間だわと言って席を立った。


 ビクトリアの後に続く離宮の侍女達もクスクスと笑っていて。



「 じゃあ、僕達もこれで失礼する。彼女を休ませたいんだ 」

 豪華なサイドボードの上にある置時計は、既に9時を過ぎていた。


 皆が頭を下げる中、ルシオはソアラの手を引いて応接間を後にした。



「 あの……わたくしは上手くご挨拶が出来ていましたか? 」

「 ああ、上出来だよ。お祖母様も楽しそうだった 」

 いや、楽しそうと言うよりも……

 あれは大笑いをしていたと思うのだけれども。



 兎に角……

 最初の挨拶を無事に終えた事にソアラは胸を撫で下ろした。


 何よりも……

 シリウスがこの離宮にいてくれた事が嬉しかった。



 この後、2人で軽い食事をした。

 既に就寝時間が過ぎたソアラは、コックリコックリと寝ながらの。


 体調がずっと悪かった事と、極度の緊張感が解けて安心したからだろうか……


 ソアラは限界だった。



 食事は体調の悪いソアラに消化に良いものをオーダーしていたので、用意されていたのは野菜スープとミルク粥だった。


 ルシオはスプーンにお粥を掬って、せっせとソアラの口に運んでいる。


「 ソアラ。あーんして 」

 言われるままに口を開けて、モグモグゴックンするソアラに、ルシオは蕩けそうな顔をしていて。



 そんな2人を……

 離宮のメイドやスタッフ達、バーバラや他の侍女達が壁際に立って見ていた。


 ウフフと顔を綻ばせて。



 勿論、ルーナもそこにいた。













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― 新着の感想 ―
[一言] ソアラが後悔する事が起きる…もうそれを考えると 眠れそうにありません…くぅぅルーナめぇぇ…
[一言] 女は女の悪意に敏感なはずなのに…。 侍女さんたち早く気付いて! ルーナの距離感おかしいでしょ! 侍女にもなってない使用人が王太子に案内してとか気軽に話し掛けるとかおかしいから! 弁えろと注意…
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