全てがソアラの為に
貴族の令嬢が結婚する時には、嫁ぎ先には実家で自分に遣えて来た侍女も一緒に同行する事が常である。
主の世話をする侍女は、主と常に一緒にいる事から、その関係性は姉妹以上と言われている。
特に令嬢の侍女と言う存在は重要で、何でも相談したり悩みを打ち明けたりと親友みたいな関係でもある。
エリザベスも、小さい頃から彼女の侍女をしている公爵家の侍女と共に王宮に嫁いで来ており、その侍女は今では王妃宮の侍女長をしている。
勿論、アメリアやリリアベルがルシオと結婚すれば、彼女の侍女も一緒に王宮に来る事になっていた筈だ。
しかし……
ソアラには侍女はいない。
彼女には親身になって遣えてくれる侍女がいないのである。
今から探すのがとても困難になるだろう。
王太子宮の侍女長であるルシオの乳母でもあったバーバラが、戸惑っているのは正にそこだった。
ソアラの侍女を早々に決める事を任されているのだが、中々ソアラの侍女を決められずにいるのだ。
そんな時に……
ルシオからピッタリな人材がいると提案されたのだった。
***
「 ソアラ?大丈夫か? 」
「 !? 」
ルシオに抱き止められているルーナを、ぼんやりと見つめていたソアラに、手を差し出して来たのはブライアンだった。
私……尻餅を付いているわ。
ドレスを着ているから勿論見えはしないが、足が左右に開いている。
慌てて閉じたのだが、恥ずかしさに顔が熱くなる。
「 ブライアン……有り難う 」
騎士であるブライアンは、護衛としてこの旅に同行する事になっている。
……多分。
詳しい事はソアラには分からないので。
たまたまソアラの直ぐ横で跪いていたブライアンが、ソアラに手を差し出して立たせてくれたのである。
経理部に……
ルシオが来た時の事をソアラはふと思い出した。
ルシオのルーナを見る瞳は輝いていた。
嬉しそうに微笑みながら、殿下はルーナの前で跪いて、彼女の手の甲にキスをしたのだわ。
私と間違えて。
それをこのブライアンも見ていた。
そして……
今、ルシオがルーナを抱き止めている。
久し振りに見たルーナは、やはりとびきり可愛らしくて、キラキラしていて。
やはりこの2人はお似合いだと思ってしまう。
アメリア様やリリアベル様に匹敵する様相なのは彼女位だろう。
あの時は2人の間に割って入って、ルーナは自分の婚約者だと言ったが……
ブライアンはそれをせずにソアラに手を差し伸べて来た。
「 ルーナは……ソアラの侍女になるのか? 」
ブライアンは眉をしかめながら、ルシオに謝罪をしているルーナを見ていた。
頭をペコリと下げて、顔を真っ赤にしたルーナはとびきり可愛い。
「 ……ブライアンは聞いて……」
無いの?と言い掛けた時に、ルシオがソアラの前に立った。
「 ソアラ!大丈夫か? ブライアン!礼を言う。ここは良いから任務に付け! 」
「 御意 」
ブライアンは馬に乗る為に、踵を返してこの場から立ち去って行った。
ルーナの方を見もしないで。
「 ソアラ! ごめんなさい。久し振りに貴女に会ったから、つい嬉しくて…… 」
怪我は無かったのかと言いながら、ルシオとソアラの間に入って来てたルーナは、ソアラの腕に自分の腕を絡ませた。
心配そうな顔もやはり可愛らしい。
「 貴女の侍女になる為に、侍女の養成学校に通っているのよ 」
「 えっ!? じゃあ、ブライアンとの…… 」
「 ルシオ様が、ソアラの侍女になって欲しいと言って来られたの 」
ブライアンとの結婚はどうなったのかと、聞こうとするソアラの言葉を被せるようにして、ルーナは少し声のトーンを大きくした。
相変わらず声もとて可愛らしい。
「 気配りも出来るし、人当たりも良く、誰にでも優しいルーナ嬢は侍女に向いてると思ったんだ 」
何よりも彼女は君の親友だからと言って、ルシオはルーナと目を合わせてお互いに頷き合っている。
「 ………そうなの……ね 」
ルーナはブライアンと結婚するんじゃ無いの?
マーモット侯爵家に嫁がずに私の侍女をすると言うの?
嫡男でない彼は家を継がなくて良い存在だから、お気楽で良いと結婚を楽しみにしていたでしょ?
ソアラはずっと混乱したままで。
まさかルーナが侍女になるなんて思ってもみなかった事だ。
「 この旅が決まった時に、ルシオ様から急遽呼び出されてお願いされたの 」
まだ一人前の侍女では無いんだけれどもと言って、ルーナはルシオを見ながら肩を竦めた。
その所為が格別可愛らしい。
「 無理を言って来て貰ったんだ 」
ルシオの顔は緩んでいる。
可愛らしいルーナを見ていると、誰もが自然と笑顔になる。
それは何時も見ていた光景で。
「 でも……ルーナは結婚…… 」
「 ねぇ? わたくしもソアラと一緒に馬車に乗っても良いかしら? 」
ソアラに何も言わせたく無いのか、ルーナはお喋りを止めない。
「 殿下! そろそろ出立のお時間です 」
カールが懐中時計を見ている。
周りにいた皆は各々馬車に乗り込み、騎士達は馬に乗って馬車の前にやって来た。
辺りにはパカパカと蹄の音が鳴り響いている。
「 えっと……それは…… 」
「 ルシオ様。ソアラと積もる話をしたいの。ソアラの話も色々と聞いてあげたいし 」
ルーナはそう言いながらルシオの腕に手をやった。
人に何かをお願いする時の彼女の所為だ。
こんな風にお願いされて、駄目だと言った殿方をソアラは見た事が無い。
ルシオが困った顔をしていて。
ソアラはルシオがどう言うのかを見ていた。
その時……
1人の女性が近付いて来た。
「 貴女はこっちよ! 」
「 キャア!?」
ルシオの腕に手をやったルーナの腕を、バリッと剥がしたのはバーバラだった。
「 貴女はわたくし達と乗って貰うわ 」
「 えっ!? 」
「 王太子殿下の専用馬車には、侍女は乗れませんから 」
「 わたくしは……侍女ですが……特別な侍女ですわ 」
ソアラの親友よと言うルーナの腕を掴んだバーバラは、ニッコリと笑ってルーナを見た。
「 殿下は今日と言う日をそれはもう楽しみにしておられたのだから、邪魔をしてはいけませんわ 」
お2人が快適に過ごせるようにするのが、我々侍女の務めですと言って。
「 でも…… 」
「 貴女には、馬車の中で侍女の心得をしっかりとお教え致しますわと言って、バーバラはルーナの腕をグイグイと引っ張って歩いて行った。
ソアラがルーナを見やると、彼女は侍女達が乗る馬車に無理矢理押し込まれていた。
優秀な侍女は力持ちなのである。
「 バーバラのやつ…… 」
この旅を楽しみにしていると指摘され、そんなに態度に出ていたのかと、ルシオはポリポリとこめかみを掻いた。
「 僕達も早く乗ろう 」
ソアラは黙って頷いた。
2人が馬車に乗り込み、見送りの者が馬車の扉を閉めると、先頭にいる騎士に向かって手を上げる。
「 しゅったーつ!! 」
騎士の号令で皆は動き出した。
こうしてビクトリア王太后の離宮へと行く旅が始まったのである。
***
ソアラには自分の気持ちを打ち明ける存在が必要だと、ルシオは思っていた。
本来ならば自分の侍女を王宮に連れて来るのだが、ソアラには侍女はいない。
今、彼女の世話をしているのは王妃の侍女達だから、早急にソアラの専属の侍女を決めてあげたかった。
世話をするだけの侍女ならば直ぐに見付かるが、その侍女がソアラの心の拠り所となる侍女になるかどうかは分からない。
「 困りましたわ。ソアラ様のお友達で侍女になりたい令嬢はいないのかしら? 」
「 ソアラの友達…… 」
バーバラの嘆きに、ルシオはルーナの事を思い出した。
彼女はソアラの幼馴染みだ。
職場まで同じの気の合う親友だと、以前ルーナから聞いていた。
何でも話し合える仲だと。
ソアラが王宮にいた時に、ルーナを呼んでお茶会をしたらどうだとルシオはソアラに言った事がある。
ソアラの世話をしている侍女達から、仕事ばかりさせてると睨まれた時に。
だけどソアラはそうしなかった。
その時は「 お気遣い有り難うございます 」と感謝をされたが。
きっと遠慮をしたのだろう。
何事も遠慮がちで、何事にも慎ましやかに生きているソアラなのだから。
「 ソアラの侍女になる事を考えてはくれないか? 」
ルシオは駄目元でルーナに聞いてみた。
ルーナにはブライアン・マーモット侯爵令息と言う婚約者がいる。
ルーナが女官として王宮で働いている事から、マーモット家は女性が働く事には寛大なのだろうと予測される。
貴族の中には、貴族令嬢が働く事を良しとしない輩もいるのだ。
そして……
王族の侍女になる事は名誉な事である。
侍女になるには侍女養成学校に行き資格を必要とするが、そこを卒業したとて王族の侍女にはなれない。
王族の侍女になるには、然るべき人の推薦を要しなればならないのである。
「 気遣いの出来るそなたは、きっと侍女に向いてると思う 」
「 ソアラの侍女ですか!? ……なりたいですわ。ソアラと離れてずっと寂しかったのよ 」
わたくし達は、幼い頃からずっと一緒にいた親友ですものとルーナは言って。
「 わたくしは……ソアラの力になりたいわ 」
ルーナがそう言ってくれた事がルシオは嬉しかった。
ルーナ嬢には感謝しかない。
「 そなたになら、ソアラも癒されるだろう 」
2人はお茶を飲みながらテーブルに向かい合って話をしている。
ここは王太子宮にあるサロンである。
「 そうだわ! わたくしが侍女になる事は内緒にしましょ! 」
ソアラをビックリさせたいのとルーナは、クスクスと笑った。
「 ソアラは何事にも動じないでしょ? 」と言って。
確かにそうだ。
ルシオも、ビックリしたソアラの顔をみたいと思った。
彼は色んなソアラを見たいのだから。
ルシオがお願いした事だからと、侍女養成学校などの資金はルシオのポケットマネーで支払った。
王太子の推薦があるルーナは、侍女養成所では特別待遇だった。
未来の王太子妃の幼馴染みであり、親友である彼女が侍女になるのだからと。
最高の講師達が、マンツーマンでルーナを教えると言う。
それからルーナは……
早く王宮の侍女の仕事に慣れたいと言って、程に王太子宮に通った。
ルシオにお茶を出したり。
王太子宮の中を知りたいと言って、ルシオにあちこちを案内をして貰ったりと。
ソアラが財務部の部屋で調査の仕事をしている時間にだ。
財務部の部屋は国王宮にあるので、王太子宮にいるルーナとソアラは出会う事は無かった。
そして……
ルーナはこの旅にも同行する事になった。
まだ、侍女の資格を取った訳では無いが。
ソアラのお伴にとルシオがルーナにお願いしたのだった。
「 特別だよと言って 」
ルーナが侍女になってくれると知れば……
ソアラはどんなに喜ぶだろうか。
ルーナと楽しそうに話すソアラの顔が目に浮かんだ。
今回の旅で……
ソアラがお祖母様に酷い事を言われるだろうから、気遣って上げなさいと母上から言われた。
ソアラにとっては辛い旅になりそうだ。
せめて旅の道中だけでも、少しでもソアラを楽しませたい。
ルーナが侍女になってくれると知れば……
ソアラはどんなに喜ぶだろうか?
ルーナと楽しそうに話すソアラの顔が、ルシオの目に浮かんだ。
全てがソアラの為に。




