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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第二章

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香水の主

 



 ロイド・バッセン伯爵は捕縛された。


 観念した彼は……

 一旦港を自分のものにしてから、ガルト王国の国王に献上するつもりだった事をあっさりと白状した。


 勿論、ガルト王国の国王はこの計画には無関係だと言う事は強く主張した。



「 私が苦労して成し得た事業を、途中から手掛けただけのノース公爵の手柄になるなんて許しがたい事だった 」


 港を奪い、採掘事業を台無しにして、その責任をノース公爵に負わして、宰相の座から引きずり下ろしたかったのだと。


 ランドリア宰相はこの事業の最高責任者である。



 この事に一番心を痛めたのは、サイラス国王とウエスト公爵だった。


「 陛下! ロイドを止められ無かった事は、ひとえに私の責任であります 」

 ウエスト公爵はサイラスの前で土下座をしていた。



「 どうか……私の首を刎ねて下さい 」

「 メイソン! 余がお前を裁ける筈が無いだろ? 」

 ウエスト政権下でのサイラスの側近は、このメイソン・ウエスト公爵だった。


 今のルシオとカールの関係だ。


 サイラスにとってランドリアは、エリザベスの弟と言うだけの関係で、幼い頃から側にいたのはメイソンだった。



 サイラスがエリザベスの進言を呑んだのには訳があった。


 彼は……

 政権が王妃の実家が担うと言う、長年に渡るこの悪しき慣習を自分の御代で終わりにしようと、常日頃から考えていた。


 政権が代わった事で……

 自分達の政治が起動に乗るまでには5年もの歳月を要した事が、国の発展を遅らせたと考えていて。



 そして……

 ルシオとカールを見ていたら……

 自分達のようにはしたくは無いと言う思いがあったのだ。


 そんな事を考えていた頃に、エリザベスが婚約者候補であったアメリアとリリアベルを外して、ソアラを選ぶと言い出したと言う訳である。



 ロイド・バッセン伯爵のやろうとした事は間違いだったが。

 この事を期に、貴族達からもこの悪しき慣習の是非を問う声が上がった。


 そして……

 ソアラを選んだエリザベスに賞賛が集まる事になった。



 ソアラの存在がドルーア王国を変えた事は間違い無い。


 突然に娘の婚約者候補を下ろした事を厳めしく思っていた公爵家の面々達も、ドルーア王国の未来を考える切っ掛けになったのだった。



 それでもウエスト公爵は責任を取らなければならなくて。

 彼はウエスト公爵家の当主を退き、家督を嫡男であるシリウスに譲る事に決めた。


 勿論、今直ぐにでは無いが。



 こうして……

 フラフラしていたシリウスは、本格的に自国に腰を落ち着かせる事になった。


 彼もそろそろ家の事をしなければならないと思っていた事から、丁度良いと言えばそうなのだが。


 いきなり家督を継ぐとなった事に頭を抱える事になるのだった。




 ***




 フレディ王太子殿下御一行様が、予定よりも早く帰国する事になった。


 ドルーア王国で新聞沙汰になった事で、マクセント王国にもこの事件が伝わっていた事から、早く国王陛下に詳細を報告しなければならなくて。


 自国の港も危うかったのだ。

 きっと首を長くして王太子の帰国を待っている事だろう。



 なので……

 王宮では急遽舞踏会が開かれる行われる事になった。


 他国の王太子殿下の帰国をハイさよならと言う訳にはいかないのだ。

 ゼット会長達はあの壮行会の後に直ぐにガルト王国に帰国したが。


 準備をする宮殿のスタッフ達はバタバタだったが。


 急遽行われたのにも関わらず、舞踏会には多くの貴族達が集まった。

 取り分け令嬢達が着飾って。


 未だ婚約者もいない、美丈夫である王太子殿下のお眼鏡にかなうようにと。



 フレディは先ずはエリザベスと踊った。

 来国した時の舞踏会ではルシオの婚約の祝いも兼ねて、婚約者となったソアラと踊ったが。


 まだ王族では無いソアラとは普通は踊らない。


 公務である親睦のダンスを踊る事は、予めその予定を側近達によって伝えられている。



 エリザベスもサイラス以外と踊るのは久し振りだ。

 王太子妃時代は何度か踊る事があった。


 その度にビクトリア元王妃に揶揄されたのだ。


「 今宵の夜這いお相手はこの王太子なのかしら? 」

 ビクトリア元王妃は公の場でそれを言うのだ。

 国王やサイラスが直ぐに戒めても、言ったもん勝ちで。


 エリザベスは当時を思い出しただけで身体が強張るのだった。



「 王妃陛下……どうか致しましたか?」

「 ちょっと昔の事を思い出しましたわ 」

 エリザベスもダンスは得意である。

 初めて踊るフレディとも上手く合わせられる程に。


 王族であるには外交の手段としてのダンスは必須だ。

 サイラスと釣り合う為に必死で練習した。

 ライバルのナタリー・サウス公爵令嬢に負けない為に。



 ダンスが終わると……

 エリザベスはフレディに悲しそうな顔をして微笑んだ。


「 王太子妃を選ぶ時には、王妃のお眼鏡にかなう女性である事も大事よ 」

「 ………肝に銘じます…… 」

 勿論、フレディも2人の不仲説は知っている。


 フレディはエリザベスに向かって丁寧に頭を下げた。



 ファーストダンスが終わるとフリータイムだ。

 普段なら沢山のカップルが、ホールの中央にやって来て踊り始めるのだが。


 この日はフレディの元へ令嬢達が殺到した。


 令嬢達の目がハートになるのは当然で。

 その精悍な顔もそうだが、フレディは女性の扱いが巧みで。


 女性に扮している事から女性を熟知しているのである。

 王太子であるにも関わらず、女性が喜ぶ事を言って楽しんでいると言う。


 1人ずつの目を見つめ、褒め称えて天にも昇る心地にさせるのだから。


 皆が陥落した。



 そして……

 シリウスの周りにも令嬢達が集まっていた。

 甘いマスクである彼狙いの令嬢達が、彼の側にいるだけで陥落している。


 彼がいつになく不機嫌そうにしていてもだ。



 そんな2人の横でルシオとソアラが踊り出した。

 ソアラがワルツ以外に踊れる唯一の曲だ。


 ルシオはフレディとシリウスよりも背が高く、その顔の美しさは彼等よりも格上だ。


 好みの問題もあるが……

 麗しのルシオ王太子殿下と呼ばれている程には、ルシオの方が美しい顔をしていると言えよう。



 アメリアとリリアベルと言う産まれた時からの決められた婚約者がいたからこそ、これ程までの美丈夫と言うにも関わらず、ルシオは彼等のようにはならなかったのだ。



 そんな彼は……

 大好きな婚約者(ソアラ)に、恋人じゃないと言われて悩んでいる。


「 ねぇ、ソアラ……僕達は婚約したんだよね? 」

「 ……? そうですよ 」

「 だったら恋人……じゃないのかな? 」

「 恋人とは……シリウス様とフレ……ディランさんみたいな関係の事を言うのですわ 」

 フレディ王太子殿下と言いそうになって、ソアラは慌てて言い直した。


 シリウスの恋人はディラン。

 ここで他国の王太子殿下の名前を出す訳にはいかない。


 彼等の恋は秘密の恋なのだから。



「 殿下とわたくしは婚約者同士と言うだけですから 」

「 ………? 」


 ルシオはさっぱり分からない。


 婚約者は恋人では無いのか?



「 だから……」

「 !? ご……ご免なさい 」

 ソアラがルシオの足を踏んでしまい、これ以上は聞けなくなってしまった。


 モヤモヤしたままに曲が終わり、ソアラはルシオに向かってカーテシーをしている。



 ダンスはまだまだだが、カーテシーは本当に綺麗に出来るようになった。


 これもディランに教えて貰ったのだとソアラが言っていた。

 短い間だったが、ディランは彼女にとって良い講師だったらしい。


 シリウスが一緒にいた事は気に食わなかったが。



 ソアラが働いていた経理部を辞めさせ、無理やり引っ越しまでさせて寂しい想いをさている事を、ルシオはずっと気に病んでいたのだ。




 ***




「 ソアラ嬢! 私と踊って頂けませんか? 」

 踊り終えたルシオとソアラの元にやって来たのはフレディだった。


「 ルシオ殿、ソアラ嬢とあの時のリベンジダンスを踊っても宜しいでしょうか? 」

「 ……ああ……彼女が良ければ…… 」

 本当は嫌だが。


 ピクリとしたルシオの眉を見てフレディが眉尻を下げた。



「 では、ソアラ嬢。今から私と踊って頂けますか? 」

 フレディはそう言って、ソアラの前に手を差し出した。


 髪色は金色の巻き気では無く漆黒だが、そのエメラルドグリーンの瞳の奥にはディランがいて。


 本当にディランだわ。


 ソアラはクスクスと笑った。



「 はい。喜んで 」

 ソアラはフレディの手に細くて白い手を重ねた。


 フレディは楽士達に合図をした。

 もう一度今の曲を弾いて欲しいと。



「 今まで教えたダンスの復習よ。どれだけ踊れるか師匠である私に見せてね 」

 フレディがディランの声でニッコリと笑った。



 2人が踊り出した事で踊りを踊っていたカップル達が壁際に寄った。

 談笑していた人々も話を止めて2人を見つめた。


 以前は……

 踊り出して直ぐに彼女は転倒したのだと。

 何だかとてもハラハラして。

 頑張れ頑張れと、応援したくなっていた。



 ソアラは僕としか踊ってないのに。


 なので……

 また緊張のあまりに転倒したらと、ルシオも不安で堪らない。


 2度も転ぶなんて不憫でしか無い。



「 そなたのお陰で我が国の港を奪われずに済んだ。礼を言う 」

「 あら?今度はフレディ王太子殿下なのですね 」

 ソアラはクルリとターンしながらクスクスと笑って。


「 それでは、ソアラちゃんに何かお礼をさせてぇ 」

 フレディの低い声が途中からディランの高い声になるのが可笑しくて、ソアラは笑いが止まらなくなった。



「 ……… 何だ!? 」

 何故あんなに楽しそうなんだ?


 それに……

 2人の息がピッタリだ。

 もう、長く踊っているかのように。


 僕とソアラも、まだその域には達していないと言うのに。



 そうして曲が鳴り終わり、ソアラがフレディにカーテシーをした。


 フワリとドレスが広がった。


「 うん。カーテシーは合格ね 」

 とても綺麗だわとフレディが目を細めた。


 会場はワッっとどよめいて、パチパチと拍手が起こった。


「 とても上手に踊れていましたわね 」と皆は口々にソアラを褒め称えた。

 安堵したような顔をして。


 周りで見ていた貴族達は、すっかり親のような気持ちになっていた。



 嬉しそうな顔をしているソアラの手を取って、フレディはソアラをルシオの元へ連れて行った。


「 大事な()()をお返しするよ 」

 フレディはわざと恋人を強調して言ってみた。


 ソアラがどう反応するのかと思って。



「 あら!? 恋人ではありませんわ。わたくしと殿下は婚約しているだけですわ 」

 ソアラはこの場でも()()を否定した。


 その言葉を聞いてルシオはまた固まった。



 やっぱり拗らせている。

 この2人、面白過ぎる。


 クスリと笑ったフレディは、踵を返して令嬢達が待ち構えている中へと入って行った。

 キャアキャアとピンクの声のする中へ。


 次は令嬢達と踊るようだ。



 ソアラとフレディ殿。

 2人はとても親しいように感じる。


 いつの間に?


 確か……

 採掘事業の会議の時には、2人の接触など無かった筈だ。


 マクセント王国の大臣達とは、通訳や彼女の経理のスキルで懇意にしていたが。

 フレディ殿とはずっと離れていた。



 それに……

 彼とのダンスはまだ2度目。


 ましてや1度目のダンスの時は、踊り出して直ぐにソアラは転倒したのだ。



「 今度は転ばなかったわ 」と言って、ソアラは胸を両手で押さえながら息を弾ませている。



 ソアラからは……


 以前に嗅いだ香水の香りがした。










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