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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第二章

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2人は両片想い




 翌日の新聞はこの調印式の事が書かれていた。

 それを読んだ国民達はお祭り騒ぎとなった。


 王太子殿下の婚約者は救世主だと言って。



「 王太子殿下の婚約者が我が国とマクセント王国を救った! 」


「 王太子殿下の婚約者は、ガルト王国のムニエ語とヤンニョム語を話せる優秀な伯爵令嬢だった 」


「 値切りの伯爵令嬢は採掘事業の金額をも値切った! このお金は国民の税金だからと言って! 」



 他国の王太子殿下とのダンス中に転倒すると言う失態を犯してしまった事から、我が国の恥だと言われ、公爵令嬢待望論まで出ていた世論は一転した。



 調印式には新聞記者がいた事から、事の顛末を事細かに新聞に載せていた。


 そして……

 チャンスとばかりに彼等の取材にランドリアとカールは協力した。


 ソアラの落ちた評判を挽回する為に。


 ソアラが6つの言語を話せる才女だと言う事も、カールは取材で話した。

 ルシオから聞いた話だが。



「 嫌だわ 」

 新聞を手にしたソアラは呟いた。


 ()()()()()()()()だなんて、貴族にとっては恥でしか無い。


「 貴女は凄く良い事をしたのだけども……何だか嘲笑されてるみたいだわ 」

「 もうちょっと言いようがある筈よ 」

 ソアラは一緒に新聞を読んでいた母親のメアリーと嘆くのだった。


 普通を何よりも好むフローレン家の人達は、兎に角注目を浴びる事を良しとしない。

 彼等の家訓は『 出る杭は打たれる 』なのだから。


 王太子の婚約者となった今では今更な事なのだが。



 そんな冷静なフローレン家とは裏腹に、ソアラは国民からは熱狂的に支持される事になった。


 頭の良い優れた彼女が王国を救ったのだと。


 そして、そんなソアラを選んだと言われているエリザベスも賞賛される事になった。


「 王妃陛下には先見の明がある 」

「 婚約者が王妃様のお気に入りならば、王室も平和になる 」


 王妃と前王妃との確執は国民達も知っていた事で。



 力を持たないフローレン伯爵家ではルシオの御代には後ろ楯にはならないと、ノース一族の一部の者達からは王室の未来を危惧する者もいたが。


 ソアラは国民達からの圧倒的な支持と言う力を得る事になった。



 王太子ルシオにとっては……

 それは何よりも強い後ろ楯になるのだった。




 ***




 ドルーア王国とマクセント王国の調印式は終わった。

 色々と問題はあったが、取り敢えずは前に進める事で皆は大いに喜んだ。


 この日の夜はお祝いの宴が開かれた。

 これからの関係性をより良くする為にゼット商会の面々もを招いての壮行会だ。



 ゼット商会の面々は皆が平民である事から、小さな会場での簡易的な立食パーティーとなった。


「 ゼット会長達の元へ行きます。きっと通訳がいないから困っている筈だわ 」

 パーティーが始まるや否や、ソアラはゼット商会の皆の所へ行くと言う。


 彼等を見れば……

 ガツガツと王宮の料理を食べていた。



 そうなのである。

 ムニエ語が話せるロイド・バッセン伯爵がいなくなり、一番困った事は通訳がいないと言う事だった。


 マクセント王国の宰相も通訳を探していると言っていて。


 ソアラは自分が通訳をすると張り切っているが。



 調印式に至るまでのこれまでのやり取りも大変だったが、本当に大変なのはこれからで。

 あらゆる細かい打ち合わせを程にしなければならないのだ。


 現地に出向く事は必須。


 そんな激務をソアラにやらせる訳にはいかない。

 彼女はこれからもお妃教育をしなければならないのだから。


 今は一旦中断をしているが。



 ソアラがゼット商会の皆の所に行く前に、ゼット会長が2人に近付いて来た。


「 あんたが王太子殿下の婚約者だとはビックリだぜ 」

 片手に酒の入ったグラスを持った彼は、既にほろ酔い加減だ。


 何を食べたのか髭にソースをべったりと付けて。



「 それに……まさかヤンニョム語を話せるなんてなぁ 」

 あれはガルト王国でも貴重な言語なんだぜと、彼は嬉しそうな顔をした。


 ソアラは髭にソースが付いていると言って、ゼット会長にナプキンを渡したりして、ゼット会長の話す言葉を何の違和感も無しに受け入れていたが。



 ルシオはある事に気が付いた。


「 おい! ……お前達は……共通語を話せるのか!?」

 ルシオは、ソアラに顎髭のソースを拭いてくれと言っているゼット会長から、ソアラを自分の方に引き寄せた。



「 あったりめーよ! 共通語が話せなくて世界を渡れるかってーの 」

 俺の部下達も皆話せるぜと、悪びれも無く言うこの男にルシオとソアラは顔を見合わせた。



 ゼット会長や皆が共通語を話せるならば、通訳など必要無い事で。


 国王陛下までもを謀った罰は後から下すとして……

 ルシオはひと先ずはそれを聞いて安堵するのだった。



 後から罰を下される事も知らずにゼット会長は楽し気だ。


 2つの国を相手にする大事業を手掛ける事になり、彼等は上機嫌だった。


 最初の金額よりは大幅に値切られたが。

 それでも遣り甲斐のある仕事だった。

 これが成功すれば名声が上がり、他国からも依頼される事になるのだから。



「 俺達はよぉ~王太子殿下と女官(あんた)が恋仲じゃねぇかと心配したんだぜ~ 」

 婚約者が女官(あんた)で良かったと言って、グラスに入った酒を飲みほした。


 顎にはまだソースを付けたままに。



 そんなに態度に出ていたのか?


 あれでもかなり抑えていたのにと、ルシオは指で頭をカリカリと掻いた。



 王太子として……

 感情を顔や態度に出さないように訓練して来た筈なのだ。


 だけどソアラの前だとどうにも上手くいかない事にも、ルシオは気付いている。


 仕方無い。

 ソアラは僕の婚約者だ。

 自分の想いが態度に出ても何ら問題は無いのだ。



「 わたくし達は婚約をしておりますが…… 」

 その時、ソアラが口を開いた。


 ゼット会長の顎髭に付いたソースを拭こうとしながら。

 絶対にカピカピになるだろうと気になって仕方が無い。



「 殿下とわたくしは恋人同士ではありませんわ 」

「 えっ!? 」


 恋人では……無い?



 ルシオは固まった。




 ***




「 あらら……ルシオちゃんが固まったよ 」

「 ……殿下……我が国の王太子殿下にちゃん付けは止めて下さい 」

 フレディとシリウスは彼等が話す斜め後ろにいて、ずっとそのやり取りを見ていた。


 酒を酌み交わしながら。



「 ね? かなりの拗れ具合だろ? 」

「 ……… 」


 女性のディランとして、ソアラの悩みを聞いていたフレディは、ルシオの気持ちがソアラに届いていないのではと思っていた。


 ルシオがソアラに想いを寄せているのは間違いないと確信しているが。

 彼等も会議中のルシオの所為を見ていたのだから。



「 殿下があれだけ好き好きアピールをしておられるのに? 」

「 そう。何故だかソアラちゃんには伝わっていないんだよね 」

 フレディはそう言って肩を竦めた。



 恋愛経験の豊富なこの2人には分からなかった。


 ルシオがまだソアラに、自分の気持ちをちゃんと言葉にして伝えていないなんて事は、彼等にはあり得ない事なので。



「 だけど……ソアラ嬢も殿下の事を好きなんですよね? 」

 彼女は何故恋人じゃ無いと言ったんだろう?と言ってシリウスは腕を組んだ。


「 そう。()()()()が、ソアラちゃんの気持ちを聞いたからね 」

「 もしかして……これが……()()()()ってやつですかね? 」

「 うわ~面倒くさ~ 」


 フレディとシリウスは……

 結局、ゼット会長の顎髭のソースを拭いてあげているソアラを、切なそうに見ているルシオを見ていた。


 固まったままのルシオを。



「 なあ? ルシオちゃんには婚約者が2人もいたよな? ハーレム状態だと思っていたのだが? 」

「 殿下は、彼女達とはしっかりと距離を置かれていましたよ 」


 シリウスはフレディに説明した。

 ルシオとアメリアとリリアベルとの関係を。



「 どちらか1人を選んだ時に、選ばれなかった方の事を考えていたみたいですね 」

「 なる程ね……じゃあ、公爵令嬢達には手を出して無いんだ 」

 だから婚約者が一人に決まった事で、ソアラちゃんには押せ押せなんだなと言って、フレディはクックと笑った。



「 私ならあの奇麗な公爵令嬢達の両方頂いちゃうけどな 」

 ドルーア王国では側室を迎える事が出来るのは王子が生まれない場合だけである。


 マクセント王国も一夫一妻制ではあるが、ドルーア王国とは違って王族にだけは側室が認められている。



 現国王にも側室が何人かいて、フレディには腹違いの王子や王女が沢山いる。


 王妃が産んだ第1王子であるフレディが王太子となっているが、スペアである王子が沢山いる事から、自由気ままに他国へ遊びに行ったりも出来ていると言う。


 本来ならば、腹違いの王子達との後継者争いがあってもおかしくない状況ではあるが、王妃がフレディの他に第2王子も産んでいる事もあり、今の所は上手くいっていると言う。


 何よりもフレディ自身が、頭も見目も良く切れ者である事から、彼が国王になる事を周りの重鎮達から切望されているのであった。



 しかし……

 自国の港が奪われるような事になれば、その立場が危うくなる事は否めなかった筈だ。


『王太子の資質無し』と揶揄する輩も出て来て、新しい王太子を望む声が上がり、国が揺れるのは必須だ。


 スペアの王子達がいる事は良い事だが、それだけに隙を見せれば国が混乱する事になる。



 フレディにとっても……

 マクセント王国にとっても……

 ソアラは救世主となったのだった。




 ***




 僕達は恋人では無いのか?

 婚約をしたのに?


 ルシオはソアラとの正式な婚約が決まった事から、ソアラとイチャイチャ出来ると思っていて。


 2度目の口付けも近い内にと思っていて。


 ソアラも自分の事を好きだと思ってくれていると思っていて。


 だから……

 当然ながらソアラも自分達は恋人だと思ってくれていると思っていて。



 それは何故かと言えば……

 ソアラは自分の婚約者だからで。


 恋愛経験の無いルシオは……

 何だか分からなくなって頭を抱えるのだった。



 2人の関係は王命によって結ばれた婚姻だ。


 婚約をしていても想いを伝え合った訳では無い。

 お互いに好き同士であるのに。



 そして……

 自分に自信の無いソアラは自惚れる事は無い。


 何事も仕方無いと諦める事で、自分を鼓舞して生きて来たソアラには、ハッキリと口に出して言わないと伝わらないのである。



 ましてや以前ルシオから……


 この結婚は、愛の無い結婚だと()()()()と思っているのだから。













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