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最後の一枚




 国家間の決め事を行う為の調印式。

 それはある種のショーである。


 両国の友好の証として、国民の前で華々しく行われるのだから。



 ドルーア王国とマクセント王国との共同で行われる鉱山の採掘事業の調印式が、この春に行われる事となった。


 ドルーア王国の国民は勿論の事、マクセント王国からも、沢山の人々が調印式が行われるドルーア王国の王都の街に集まって来ていた。


 街は人々で溢れ返り、あちこちの店では浮かれた人々が、飲めや歌えのお祭り騒ぎをしていた。



 両国の未来を掛けての共同事業は、両国の貴族達への様々な儲けだけでは無く、労働者となる平民達にも沢山の賃金が与えられる事になる。


 両国の国民達は期待と夢に胸を膨らませるのだった。



 会場は舞踏会も行われる王宮の大広間。

 沢山の貴族達が見つめる中で調印式が今から行われる。



 サイラス国王陛下と、マクセント王国の国王の名代のフレディ王太子殿下が会場に入場して来た。


 国王の立場としては自国から離れる事は出来ない。


 なので、他国で行われる調印式や戴冠式、王太子の結婚式などは国王の名代として、大抵は王太子が出席する。

 王太子が婚姻をしていれば、王太子夫婦が出席する事になるのだ。



 長々とした司会の紹介が終わり、サイラスとフレディが席に着いた。


 いよいよ調印式が始まる。



 宰相であるランドリアが、書類を見ながら決まった事を読み上げて行く。


 その後にお互いが一枚の書類にサインをするとその書類を交換して、また各々の書類にサインをする。


 ドルーア王国とマクセント王国が保管出来るように、同じ書類が2枚用意されているのである。



 会場には、多くの貴族や新聞記者や絵師達が詰めかけていて、2人がサインをして行くのを静かに見守っている。


 新聞記者や絵師達はサラサラとペンを走らせて。



 調印式は粛々と行われて行った。




 ***




 通訳としてこの場にいるロイド・バッセン伯爵は、2枚の書類を手にしていた。


 調印式が行われる上座には両陛下と王太子殿下と婚約したばかりの令嬢。

 そしてマクセント王国と王太子と、両国の大臣達が周りにいるだけだった。



 会場を見渡しても()()()()はいない。


 バッセンは最後の賭けに出た。


 ()()()()がこの場に居なければ、この偽りの書類を他の書類の中に忍ばせようと。



 ロイド・バッセン伯爵は、前国王の御代でのウエスト政権の財務部の部長であった。


 彼は伯爵と言う低い身分だったが、その優れた頭脳を前公爵に認められ、王族の財布と言われる身内しかなれない財務部の部長にまで上り詰めた。



 やがてドルーア王国とマクセント王国との共同での鉱山の採掘事業の話が持ち上がった。


 母親がガルト王国のムニエ地方の出身地である事からムニエ語が話せた彼は、通訳を兼ねてそのプロジェクト事業の中心的存在として尽力したのであった。



 しかし、前国王が病に倒れ彼の志半ばでこの採掘事業は頓挫した。


 そして……

 サイラス王太子が即位して国王になると、前政権であったウエスト一族は、新しく宰相となった新王妃の実の弟であるランドリアに一掃された。



 この事業だけはどうしても自分にやらせて欲しいと、彼は何度もランドリアに頭を下げて懇願したが……


 彼は全く聞く耳を持たずに前政権を切り捨てた。


 サイラスが王太子時代には、あれ程尽力したと言うのに、彼もあっさりとウエスト一族を切り捨てたのだった。



 ドルーア王国の重鎮だったウエスト一族はいきなり職を奪われ、皆は路頭に迷う事になった。


 財務部の部長だったバッセンは、ウエスト公爵家の執事となったが。

 


 彼は……

 サイラス国王もランドリアも恨んでいた。


 そんな理不尽な事をされても尚、サイラス国王に忠誠を尽くすウエスト公爵だったが。

 バッセンがそう出来なかったのは、彼の血の半分が、ガルト王国の血だからなのだろう。



 そんな過程を経て、彼はドルーア王国を陥れようとしたのだった。

 もう、自分の家族は彼の母方の祖国であるガルト王国に移住させている。



 バッセンの目的はドルーア王国と、マクセント王国の港にあった。

 この2国の港は採掘予定の鉱山を挟んだ場所にある。


 バッセンはドルーア王国だけでは無く、マクセント王国の港までもを手に入れようとしていたのである。


 港の権利をガルト王国の国王に謙譲する為に。



 その計画が……

 1人の女官によって台無しにされたのだった。



 その女官が会議に加わったせいで、かなり()()()()()とゼット会長達が嘆いていた。


 これまでは、ゼット会長の言い値のままに話が進んでいたが。



 バッセンは2枚の書類を、こっそりと書類の束の一番下に入れた。


 その書類には共通語の文面の下にヤンニョム語で、『 港の所有の権利をロイド・バッセン伯爵に譲渡する 』と追加で書き入れていた。

 小さな文字で。


 ヤンニョム語は、ムニエ語を話す部族よりもっと少数民族の人々が話している言葉であり、その文字の形は象形文字みたいで、一見では文字には見えないのだ。



 あの女官がヤンニョム語を話せるとは思わないが。

 聡い彼女ならば……

 書類に書かれた余計な文様に気付く事があるかも知れないと用心をして。



 国王やマクセント王国の王太子にサインさえして貰えれば、港は自分のものになる仕組みになっている。


 サインをされた書類をこっそりと持ち帰り、ガルト国王に渡してガルト国王に譲渡すれば、ガルト王国での自分の地位は確立される事になると思って。



 自分の能力に自信があるバッセンは、ウエスト公爵家の執事では満足出来なかった。

 王族の右腕になりたい事が野心家の彼の、心の片隅にあった想いである。



 その想いは年老いても消える事は無かった。

 今回の通訳の話は彼の最後の野心を掘り起こした。


 そして……

 自分が高い場所に行けば行く程にバッセン伯爵家の名声も高くなり、息子達の未来も確立されるのだと考えて。




 ***




 人は何事にも最後の一つになると気が緩み、これまで何事も無かった事に安堵する傾向にある。


 それがずっと同じような書類にサインをするだけの作業ならば尚更だ。



 最後の1枚。

 ランドリアが読み上げる。


 港を採掘作業専用の場にする事が書かれた文面を。


 確か……

 似たような文面を読み上げたような気がするが。


 それでもこれで沢山あった書類が終わるのだと言う思いから、読み上げた書類をサイラス国王とフレディ王太子の前に1枚ずつ置いた。



 もう少しだ。

 後1枚だ。


 あの書類にサインがされれば、纏められた書類の束から最後の1枚だけを取り出せば良い。


 通訳をしている自分が、念の為に確認をすると言えばそれは容易い筈だ。


 バッセンはその後直ぐに、ガルト王国に向かって旅立つ予定にしていた。



 最後の1枚に安堵する皆達だが……

 バッセンだけは激しい緊張感に襲われていた。


 身体がガタガタと震えるのを抑える事が出来ない。


 最後の1枚。



 2人がサインをしようとした所で……


 ずっとルシオ王太子の横に座っていた彼の婚約者が立ち上がり、サイラス国王の前に置かれている書類を覗き込んで来た。



「 !? 」

 何故?

 王太子の婚約者が?


 バッセンは意味が分からなかった。

 勿論、会場にいる皆も。



 すると……

 王太子の婚約者がその最後の一枚を手に取り、何かを国王陛下とフレディ王太子殿下に囁いた。


 ルシオ王太子もそこに加わり、4人で話をする姿に会場は次第にザワザワとし始めた。



 そして……

 王太子殿下の婚約者が真っ直ぐにバッセンを見据えた。


 2人の視線が交わる。



「 ドルーア王国のマーニル港とマクセント王国のホルテン港を、貴方に譲渡する事は出来ませんわ! ねぇ……ロイド・バッセン伯爵? 」


 王太子殿下の婚約者がヤンニョム語でそう言った。



「 ば……馬鹿な…… 」

 バッセンはヨロヨロと椅子から立ち上がった。



「 お前が……あの女官? お前は……ヤンニョム語まで話せるのか!?」


 バッセンは、ソアラに指を差したままに固まった。



 指を差されたソアラは……


 少し目を細め……

 そしてニヤリと笑った。














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