伯爵令嬢のお妃教育
「 麗しのルシオ王太子殿下の婚約者はソアラ・フローレン伯爵令嬢に決定! 」
「 選んだ決め手は、王妃陛下が気に入ったからだと国王陛下が微笑んだ 」
「 あの、王室御用達店で値切った令嬢が王太子妃に! 」
「 貧しいシンデレラは、家族に新しい邸宅をもたらした 」
翌日はそのビッグニューに国中が湧き上がった。
フローレン家の新居にも沢山の人々が押し寄せて来て。
家族の身の危険も感じる程に。
これを懸念してフローレン家の引っ越しの後に婚約を発表したのである。
新しいフローレン邸はセキュリティがバッチリなので、家の中までは外の騒がしさは分から無い程に広い。
最近まで住んでいたタウンハウスにも沢山の人々がやって来ていて、警備員が追い払うのに苦労をしてると言う。
そしてこのニュースは世界にも広がった。
そもそも慣例であった公爵家の令嬢と婚姻を結ぶ事を止めた時点で、ドルーア王国の王太子の妃になるのは誰なのかと、他国からも興味を持たれていたのだった。
他国の王族からは、お祝いをする為に来国したいと言う書簡が次々に王宮に届いていた。
《《あの》》王妃が気に入っていると言う伯爵令嬢を、是非とも拝顔したいと言うのが本当のところだ。
伯爵令嬢が王太子妃になる事は世界では希な事で。
ましてやルシオ王太子が美丈夫だと言う事はかなり有名だ。
ドルーア王国では、公爵家の令嬢が王太子妃になりやがては王妃になる事が、代々決まっていると言う事から今まではスルーしていたが。
そうで無いのならば……
他国から自国の王女との婚姻の話が出るのは当然の事だと言えよう。
王子と王女は……
国と国との《《政治的な駒》》である事はどの国も同じなのだから。
ルシオとソアラの婚姻は、停滞していた国の外交を動かした。
近年は船の発達もあって、世界各国が外交に勤しんでいる。
ドルーア王国もようやくその仲間入りを果たす事が出来そうだと、政府関係者は諸手を上げて喜んでいると言う。
だだ……
世界から目を向けられたと言う事は、国の骨格を試される事にもなるのだが。
弱い国と判断されたのなら……
強い国に狙われると言う恐れもある事は否めないのである。
***
正式に王太子の婚約者となった事で、ソアラのお妃教育が本格的に始まった。
伯爵令嬢であるソアラは淑女教育をされてはいたが、妃教育となるとそれはもう別次元の教育をしなければならない。
国のファーストレディとなる事は女性達の手本になる事で。
常に誰かから見られていると言う生活が待っているのである。
食事のマナーはソアラは備わってはいるが、食べる姿勢は勿論だが、普通に椅子に座る姿や立ち姿でさえも美しくなければならない。
他国の王族や要人達との関わりが密になる事から話術も必要だ。
兎に角、結婚式までのこの一年と言う期間にやる事が多いのだ。
生まれた時から王妃になる為に教育を受けていたアメリアやリリアベルにはしなくても良い教育を、ソアラは受けなければならなかった。
教える方も。
やる事の多さに何から教育をしたら良いのかは手探りだ。
現王妃であるエリザベスも先代王妃であるビクトリアも、アメリアやリリアベルと同じ様に生まれた時から王妃になる為の教育を受けて来た。
ずっと公爵家の令嬢が王太子妃になっていたドルーア王国では、伯爵令嬢が王太子妃になるなど前代未聞の事なのである。
午前中にマナーや姿勢の講義を受けて、午後からはエリザベスから妃としてのあり方を教わると言うハードな日々をソアラはこなしていた。
まあ、午後からのエリザベスからの講義はお茶会を兼ねての事で。
そこにはルシオが顔を覗かせたりする事もあった。
エリザベスとのお茶会は主にソアラからの質問が多い。
お茶会なのに……
懸命にメモを取る姿にエリザベスは目を細めるのだった。
そして……
ダンスの練習は早急にしなければならなかった。
やはりワルツしか踊れないのは致命的で。
他国との外交が活発になった今は、他国の王族の前で踊らなければならないのだから。
勿論、ルシオと練習をしていたが。
王太子となれば公務が忙しく何時も王宮にいる訳でも無く、ソアラにはダンスの講師が付く事になった。
「 駄目だ! 僕が教えると言ったろ!? 」
「 覚え初めは忘れないうちに詰めて覚える事が大事です 」
近いうちに他国の王族が婚約のお祝いに来ると言う。
なので尚更急がなくてはならないとカールは言う。
「 だったら、ゴンゾーに頼め! 」
ゴンゾーはルシオやカールにダンスを教えている王宮専属のダンス講師でオネエだ。
年のせいか腰を痛めていて。
今は養生中なので彼……彼女は使えない。
ダンスの講師が登録されている登録書を見れば、若い男性が殆どだ。
なので若い令嬢が教わる場合には、家の者は細心の注意を払うらしい。
身体を密着させる事で恋愛感情が生まれる場合もあるのだから。
それを狙って下位貴族の令息が講師になると聞く。
中には、未亡人や夫婦仲のよろしくない夫人達と、ダンスレッスンを名目にパトロンになって貢いで貰っている講師もいるらしい。
男慣れをしていないソアラなんて危険しかない。
ましてや僕以外がソアラに密着するのは許さない。
あの細い腰を抱いて良いのは僕だけだ。
「 殿下……王太子妃になれば他国の王太子や王子と踊らなければならないのですよ 」
「 ……… 」
まるでルシオの心の声が聞こえたかのようにカールが言う。
ダンス講師の登録書をペラペラと捲りながら。
「 それでもこんないやらしい顔をした男達は駄目だ! 」
年令とダンス歴が記入されてある登録書には、姿絵が貼り付けてあって。
派手な夜会服を着た男が、歯をキランと輝かせて快活に笑っている。
皆はこれを見てダンス講師を決めるのだ。
勿論、男も習う必要があるので男のレッスンもある。
しかし……
何故かイケメンは予約がいっぱいで、直ぐには呼べず順番待ちらしい。
「 これが殿下なら申し込みが殺到しますよね 」
「 ………… 」
「 殿下は講師レベルにダンスがお上手ですからね 」
「 もう、良いよ。やはり僕が教える。ソアラは筋が良いからあまりダンスの時間を取れなくても直ぐにマスターするだろう 」
ワルツだって直ぐに上達した。
何よりも……
新しいダンスを必死で覚えようと懸命になってる顔が可愛いのだ。
あの顔を他の男には見せたくない。
「 女性がいますよ 」
「 えっ!? 女性? 」
女性の講師は珍しい。
登録した日を見てみると、最近登録したばかりで。
姿絵を見ればとても美しい顔をしている。
きっと男からの依頼が多いだろうにと、ルシオとカールは思った。
「 彼女に依頼しよう! 」
こうして……
ソアラのダンスの講師が決まったのだった。
***
ソアラは自宅からお妃教育に通っている。
それはタウンハウスと違い警備員が増え、出掛ける時は馬車で行き来出来るようになった事で、安全が確保出来たからであった。
馬車も置けないタウンハウスは、二軒隣の家からも庭が覗けると言う狭さだった事から、プライバシーの確保が出来なかったのである。
ルシオからは宮殿にいるように言われたが。
流石に何時までも王妃陛下の侍女を付けて貰うのは忍びない。
少なくとも正式な侍女が決まるまではと、ソアラは言った。
「 それに……結婚までの1年を少しでも家族と過ごしたいわ 」
ソアラにそう言われたらルシオは首を縦に振るしかなかった。
嫌々だが。
そして……
ルシオの留守の時にソアラのダンスのレッスンが行われた。
翌日にソアラからその様子を聞けば、レッスンはフローレン邸で行ったと言う。
「 彼女が王宮に行くのは嫌だと言ったのよ 」
王宮は怖くて行けないからフローレン邸に来ていると、執事のトンプソンがソアラを王宮まで迎えに来たのだと。
まあ、彼女が平民だとしたらそう思っても不思議ではない。
王宮は平民達には足を踏み入れにくい場所である事は確かなのだから。
ルシオはそう思いながら珈琲を飲んだ。
本当は全部自分で教えたかった。
ソアラを自分色に染めたかったなどといやらしい事を考えて。
今は王宮のサロンで2人で向かい合ってお茶をしている所だ。
エリザベスとのお茶会が終わる頃にルシオがやって来て、そのまま2人でお茶をしていると言う。
「 で? どうだった?上手く踊れたか? 」
「 ええ、とても教え方が上手だったわ 」
ソアラはそう言って嬉しそうな顔をした。
僕よりも?
……と聞きたい所だが、女性に嫉妬をしても仕方がない。
「 彼女はね…… 」
ソアラが言いにくそうにしていて。
言っても良いのかしらと呟いている。
「 何? 」
「 あのね……シリウス様の恋人なんですって 」
ソアラはウフフと言って口元を押さえた。
「 えっ!? 」
まさかここでシリウスの名前が出て来るとは思わなかった。
登録書にあった彼女の姿絵を思い浮かべれば大層美しい女性だった。
あの時……
クリスマスパーティーの時に、シリウスと一緒に庭園に消えたと言われていた令嬢は、彼女だったのかと想像出来た。
「 それでね。シリウス様も彼女と一緒に我が家に来たのよ 」
とても仲良しだったわと言ってソアラはクスクスと笑う。
「 !? 」
何だって!?
シリウスがソアラの家に!?
ルシオは飲んでいた珈琲で噎せた。
ゴホゴホと咳をして。
口元を手の甲で拭った。




