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ワルツと伯爵令嬢




「 王太子殿下の婚約者にソアラ・フローレン伯爵令嬢を選んだ理由を、我々国民にお聞かせ下さい 」


 ロイデン侯爵とドルチェ侯爵を先頭に、他の侯爵達も国王サイラスの前に跪いて頭を下げた。



「 お前達! 場をわきまえないか! こんなめでたい場で行う所為では無いぞ! 」

 婚約発表をした今にするような事では無いと、声を荒らげるのは宰相ランドレアだ。



 今回は、王太子の婚姻に関係の無い前王妃の実家であるウエスト公爵は素知らぬ顔をしているが。

 サウス公爵とイースト公爵はニヤニヤとしていて。


 事の成り行きを静観をする事に決めたようだ。

 いや、寧ろこうなる事を望んだのだ。


 今回の王太子の婚約者候補の解除に、一番口惜しい思いをしたのはサウス公爵とイースト公爵なのだから。



「 この場だからこそ、我々国民が納得の行く説明をして頂きたい 」

「 へ………陛下に説明をしろと言うのか!? なんと不敬な…… 」

 ランドリアの怒りをはらんだ声が会場に響き渡る。



 いつの間にか楽士達は楽器を弾くのを止め、ホールで踊っていたカップル達の姿はもうそこには無かった。


 会場の皆はザワザワと異常な雰囲気になっていた。

 ここにいる貴族の大半が理由を知りたいと思っているのだ。



「 よい 」

 サイラスが片手を上げてランドリアを制した。

 その途端に会場は水を打ったように静まり返る。


「 そなた達は余の決めた事が不満なのだな? 」

「 畏れながら申し上げます 」

 ロイデン侯爵がそう言って顔を上げた。



「 フローレン伯爵令嬢が王太子妃になると言う事は、やがては我が国の王妃となる存在です。公爵令嬢達が婚約者とならないのならば、次は侯爵家から選ぶのが物の道理では無いのでしょうか? 」


 2人の後ろに跪いている侯爵達はうんうと頷いている。



「 殿下の婚約者には……これと言って秀でた所は見受けられません。ダンス一つ踊れない様を見たからには、王命によって選ばれた理由を知りたいと思うのは当然な事であります 」


 ドルチェ侯爵の核心を突いた発言に、会場の皆も同調した。


 こんなワルツしか踊れない令嬢を選んだ理由は何なのだと、会場はまたザワザワと騒がしくなった。



 ロイデン侯爵とドルチェ侯爵は、数ある侯爵家の中でも一番力があると言われていて。

 ドルーア王国の4家の公爵家に次ぐ大貴族だ。


 アメリアとリリアベルが婚約者候補を外されて直ぐに、ルシオが彼等の令嬢であるマリアンとミランダとデートをしたのも、この2家の力を有力視したからである。



「 ドルチェ侯爵! 王太子妃となる令嬢への無礼は許しませんぞ! 」

 ランドリアが声を荒らげると、サイラスは少し離れた場所で一緒にいるルシオとソアラを見て微笑んだ。


「 では余が説明をしようかの 」

「 陛下! 理由など説明をする必要はありませんぞ! 」

 王命に意を唱える者には罰しか無いと言って、ランドリアは侯爵達を睨み付けた。



「 陛下! 我が国の未来の為にも我々が納得する理由をお聞かせ下さい 」

 最早後には引けないと、ドルチェ侯爵は跪いた姿勢から土下座をした。


 ロイデン侯爵は少し躊躇った後に、ドルチェ侯爵と同じ様に土下座をした。


 後ろで跪いていた侯爵達の中には、立ち上がり周りで見ている皆の中に消える者もいた。

 罰則を受けてはたまらないとばかりに慌てふためいて。



「 宰相! そう息巻くのでは無い 」

 サイラスは柔らかな顔をしてランドリアを嗜めた。


 サイラスは快活なルシオとは違って物静かな男で。

 必要な事以外は話さず何時も穏やかである。


 裏を返せば……

 本心が分からず、何を考えているのかが読めない人物だと言えるのだが。



「 侯爵達の令嬢達も素晴らしい令嬢だ。誰を選んでも立派な王太子妃となり王妃となるであろう 」

「 だったら! 我が娘を選んで頂きたい! 」

「 いや、我が娘の方が王太子殿下に相応しいですぞ 」

 土下座をしている侯爵達が頭を上げ、自分達の娘の優れている所を口々に言い出した。


 顔が美しいとかダンスが得意だとか。

 やれ社交的だとか。



「 それを言うなら私どもの娘の方が……」と、他の候補達からも自分の娘や親戚の娘を自慢し出した。


 呆れ果てて言葉も出ないランドリアを他所に、サイラスは楽し気に侯爵達の自慢話に耳を傾けていた。



「 では、そろそろフローレン伯爵令嬢を選んだ理由を言っても良いかな? 」

 皆が一通り自慢し終わった頃にサイラスは言った。

 とても愉快そうな顔をして。


 皆は慌てて頭を垂れた。



「 それはの、()()()()()()()()()()()()()からだ 」

 サイラスは自分の横の椅子に座るエリザベスを見た。


 エリザベスは扇子をずっと広げて自分の口元を隠して、この騒ぎを静かに見ていた。

 彼女は国王の側では何かを発言する事は無い。



「 !? 」

 土下座をしている侯爵達だけでなく、会場にいる者の全員がエリザベス王妃を見た。


 皆も勿論知っていた。

 前王妃であるビクトリアとエリザベスの確執を。


 ビクトリアは公の場でもエリザベスを平気で罵る事をしていたのだから。



 ()()()()()()()()()()


 確かに……

 王妃と王太子妃の関係が良好なのは好ましい事だ。


 それは他国に対してもだ。

 前政権下では、王妃と王太子妃の確執があった為に来国してくる王族は少なかった。


 王妃と王太子妃の仲が悪いと知れ渡っている国を、わざわざ訪問しようとは思わない。

 やって来るのは大臣達が殆んどであった。



 それ程までに前王妃ビクトリアとエリザベスの確執は激しいものだった。

 外交にも影響する程に。


 なので……

 前国王が崩御して政権が代わるや否や、宰相になったエリザベスの弟であるランドリアが、ウエスト公爵家に関わる全ての人物を排除したと言う。


 引き継ぎも無しに断行したそれが仇となり……

 ポンコツ政権と揶揄される所以となったのだが。



 エリザベス王妃の気の強さは筋金入りだ。

 ライバルに勝つ為にサイラスに夜這いをして寝取った程の豪傑だ。


 自分の娘が彼女に気に入られなければ、またもや嫁姑の激しい確執が始まるのだ。



 だから……

 気の強い王妃が()()()()()な王太子妃を選んだのだと皆は思った。


 今はまだ良いが……

 ルシオ王太子の御代には、こんな秀でた所の何も無い大人しい王妃で成り立つのか?


 社交界にも出ずに……

 ダンスさえまともに踊れない暗い令嬢が、外交をこなせるとは思えない。



 サイラスの言葉は……

 貴族達に新たな波紋を呼ぶ事になったのだった。



 静まり返った会場を見渡したサイラスは、少し離れた場所にいるルシオとソアラに目をやった。


 皆もルシオとソアラに視線を向けた。

 2人は手を繋いで佇んでいた。



 王太子も彼女の事を気に入っていると言う話は、既に聞き及んでいたが。


 しかし……

 こうして手を繋いでいる所を見るとやはりそうなのだと皆は思った。


 2人の周りにいる令嬢達が悔しそうな顔をしているのが目についた。



「 王太子! 皆は納得したようだ。仕切り直しとして、()()()ともう一曲踊ってはどうかな? 」

 サイラスは敢えて婚約者と言う言葉を強調した。



 ルシオは頷くと……

 人垣が割れる中ソアラを連れて会場の真ん中に歩いて行く。



 そうして流れて来た曲は……


 また、ワルツだった。




 ***




「 ソアラ……大丈夫か? 」

 ルシオは、本人を目の前にしてのあの蛮行に(はらわた)が煮えくり返っていた。


 侯爵達に声を上げようとするのを、ルシオの手を握ったソアラが何も言わないようにと言って握り締めていたのだ。



 そんな2人の事を、侯爵令嬢達が悔しそうな顔をして見ていたと言う。


 傍らから見れば……

 ずっと仲良く手を繋いでいるとしか見えなくて。



 ワルツも4度目となるとソアラは上手く踊れていた。


「 大丈夫ですわ……()()()()()()()

 ソアラはそう言ってクルリとターンをした。

 とても優雅に。



 あら!?

 今、ドレスがふわりとしたのじゃ無いかしら?

 ルーナのように可愛らしく。


 ソアラはもう気持ちを切り替えていた。

 貴族達からの反発があるのは想定内なのだからと。



 そう。

 ソアラにとっては……

 スルーされる事も、誰かと比べられ哀れみの目で見られる事も日常茶飯事な事だった。


 彼女は全てのそれに対処するスキルを持っているのである。



「 ソアラ……慣れてるとは? 」

 あんな失礼な事を言われたのに慣れてるとはどう言う事だ!?


 ルシオはソアラが泣き出すと思っていた。

 普通の令嬢ならばとてもじゃ無いがあれに耐えられない筈だと。



「 それよりも……次は別のダンスを教えて下さいね 」

 勿論、ソアラは慣れている原因を言うつもりは無い。

 なので話題を切り替えた。


 ルーナといる時は何時もこんな事を言われていたなんて……

 誰にも言いたくは無い事で。


 特に……

 好きな殿下(ひと)ならば尚更だ。

 そんな惨めな自分であった事は知られたくも無い。



「 うん……頑張ろう。ソアラなら直ぐに覚えられるから 」

 ルシオは健気にそう言って笑ったソアラに胸が苦しくなった。


 こんな事に慣れてる訳が無いじゃないか!

 ソアラは無理をして笑っているのだと。



 それからは……

 ルシオは踊りながらソアラの頭に何度も口付けをした。


 皆に見せ付けるように。


 会場からキャアと言う黄色い声が上がる。



 そして……

 ダンスのステップに余裕が出ていたソアラはそれに気が付いた。


 えっ!?

 殿下が私の頭に?

 さっきからの黄色い声はそれ!?



「 殿下! 人前で止めて下さい! 」

「 人前でなければしても良い? 」

「 なっ!? 」

 甘い顔をして自分の顔を覗き込んで来るルシオに、ソアラは慌てふためいた。


 真っ赤な顔をして。



 何時も近いが……

 今回はかなり近いのだ。

 まるで口付けをされるようで。


 会場はキャアキャアと女性達の声で大騒ぎになった。

 ノース一族が大いに盛り上げていたのだった。



 そうして……

 慌てたソアラはまたもやルシオの足を踏んでしまい。

 ルシオにクスクスと笑われると言う。



 とても楽しそうな王太子と婚約者がそこにいた。


 ワルツは……

 その後何度も演奏された。


 勿論、2人が踊る為に。



 こうして波乱の婚約発表の新年祭の舞踏会は終わった。


 人々に様々な懸念を与えて。




 ***




「 面白いねぇ。そなたの国は…… 」

「 他国の王太子にこんな茶番を見せる事になろうとは…… 」

 シリウスはずっと眉間をゴシゴシと揉んでいる。


 シリウスは、秘密裏に滞在中の隣国マクセント王国の王太子フレディと一緒に、この舞踏会に参加していた。

 勿論、フレディは女装をして。



 ルシオ王太子の婚約発表があるからと聞いて参加していたら……

 この茶番劇が繰り広げられたと言う。


 これはフレディが懸念していた事だ。

 身分の低い家から王太子妃を選んだのなら、貴族達から反発が起こるのは必須だ。



「 彼女を選んだ理由が王妃が気に入ったからだなんて…… しかもワルツしか踊れない王太子妃 」

 王妃は彼女の何処を気に入ったと言うのか。


 勿論、前王妃と現王妃の関係が最悪だった事は、フレディも聞き及んでいる。

 現王妃の色々も。


 隣国であるドルーア王国の噂は、マクセント王国にも届いているのである。



 ()()王妃が気に入っている令嬢。

 王室御用達店で値切っていた令嬢。



「 正式に彼女に会うのが楽しみだな 」と言って、フレディはクックと笑った。















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