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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第二章

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嬉しい嫉妬

 




 彼女の着ていたドレスは母親のドレス。

 邸には馬車が無い事から何処に行くのも徒歩。

 彼女には侍女すら居ない。


 そんなソアラはルシオの中では可哀想な令嬢だった。

 ソアラにドレスや装飾品を贈ったのも、その哀れみの気持ちがあったからで。



 伯爵家は高位貴族に入る。

 だからこそソアラの境遇が哀れに思えたのだ。


 勿論、金持ちの男爵家もいれば貧乏な侯爵家も伯爵家もいる。


 頭では分かってはいるが……

 フローレン家は自分の周りには全くいない貴族だった。


 彼等は文官の家系を誇りに思っていて、自分達の生活に何の不満も無いようだった。



 舞踏会や夜会に出なくても、侍従や侍女がいなくても、馬車が無くてもそれが普通だと言う。


 些細な事で笑い合っている皆の毎日が楽しそうで。



「 普通の生活をして普通に生きている()()()()()()()()()()()()()()()

 以前そう言ったソアラの顔が忘れらなかった。


 こんな普通の家族がこの国には沢山いるのだと。


 そして……

 こんな家族の毎日を守らなければならないと思うのだった。



 ルシオは国民の生活を見る為に、定期的に街への視察を行っている程に熱心に政治に取り組んでいる。

 時には地方へ行き領地への視察に出向いている。



 ソアラとの出会いは……

 上流階級の世界しか知らなかったルシオにとっては、とてもセンセーショナルなものだった。


 彼女の前向きな考え方、勇敢な姿、物事の捉え方の全てが斬新で。


 出逢った時から……

 どうしょうもなくソアラに惹かれるのだった。



 そして……

 ソアラが王宮から居なくなり気付いた事がある。


 ソアラに会いたいのだ。

 彼女の事を想わない日はなくなっていて。

 毎日顔を見ないと何か忘れ物をしているようで。


 会うと嬉しくて……

 一緒にいると楽しくて仕方が無い。


 だから……

 何とか時間をつけて彼女の元に足を運んでいる。



 こんなに会いたいと思うのなら……

 これはもう恋でしかない。


 僕は……

 ソアラを好きだ。



 母上が選んだソアラを……

 父上の王命によって決められた婚姻だったが。

 それは2人の出会いの切っ掛けに過ぎなくて。



 アメリアとリリアベルに対しては決して知る事の無かった感情が、ソアラに対しては溢れてくる。


 きっと選ばれたのがソアラだからで。


 カールの勧めで以前にデートをした侯爵令嬢達には、絶対にこんな想いを抱かない自信がある。


 ソアラだからこそこんなにも愛しく思うのだと。




 ***




 引っ越しの翌日であるこの日は、ソアラは昨日適当に本棚にいれた本達を整理し直していた。


 王宮では大晦日から新年にかけて宮中祭祀が行われ、ルシオは明日から宮殿に缶詰となる。



「 暫くは殿下に会えないのは寂しいけれども 」

 一人言を言ったソアラに後方から返事が返って来た。


「 嬉しいな。そう思ってくれてるんだ 」

「 えっ!? 」

 ソアラが声のする方に振り返ると、腕を組んだルシオが扉の縁に凭れて立っていた。



 立ってるだけで……

 こんなに眩しくて麗しい殿方がこの世にいるなんて。


 目の前にいるルシオにソアラは暫しみとれてしまい声を出すのを忘れた。



 トンプソンからソアラの部屋まで案内されたルシオは、風通しをよくする為に開けられていた扉から、ソアラが熱心に本棚を整理する姿を見ていたのだ。


 ソアラの一人言に嬉しそうに笑って。



「 殿下……どうして? 」

「 君にダンスを教えると言ったろ? 」

 そうだった。

 昨日に殿下から言われていた。


 一昨日は会いに来てくれて。

 昨日の引っ越しではここまで送ってくれた。

 馬に乗るのは怖かったが。


 そして……

 今日はダンスのレッスンの為にわざわざこうして来てくれて。


 こんなにも自分の事を大切に思ってくれてる殿下には感謝しかないと、ソアラは胸が熱くなるのだった。



 2人はフローレン邸のダンスホールに向かった。


 そうなのである。

 この邸宅は元侯爵家の屋敷だった事から、夜会用のダンスホールがあるのだ。


 勿論、公爵家程の規模は無いが……

 小さなパーティーを開くには十分の広さのホールだ。



「 フローレン家でも夜会を開けますね 」

 使用人達は喜んでいるが。

 勘弁願いたいとダニエルとメアリーは苦笑していた。


 そもそも夜会に行かないフローレン夫婦に、夜会など開ける筈は無いのだと。



「 宜しくお願いします 」

 ソアラはドレスの裾を持ってルシオに膝を折った。


「 新年祭までには新しいダンスを覚えるのは無理だから、以前2人で踊ったワルツを完璧にしよう 」

「 はい 」

 ワルツしか踊れない自分が情けなかった。


 そのワルツでさえも、辛うじてステップが踏める程度なのだから。



 アメリア様やリリアベル様は、きっと何曲も踊れる。

 皆の前で踊る為に殿下と練習をしたのだ。


 そう思ったソアラは……

 何故だかよく分からないが、胸がしくりと痛むのを感じた。



 お辞儀をしてお互いに手を合わせた所で、ルシオからグイっと腰を引き寄せられた。


 えっ!?

 前に踊った時はこんなにも密着はしなかったのにと、息が掛かる程の距離にソアラはドギマギとして。


 心臓の音が殿下に伝わりそう。



「 ワンツー……スリー……行くよ 」

 ルシオの掛け声と同時にステップを踏み出した。


「 ここで右……そして次に左 」

 ルシオがてきぱきと指示を与えていく。


 踊りやすい。


 勿論殿下のリードが上手いのだけれども……

 何故だか前の時よりもスムーズに踊れてるような気がする。



 ソアラがそう思うのは当然で。

 前に踊った時とは違って、ルシオはソアラに遠慮なしに密着してるのだから。


 ダンスは密着した方がステップをスムーズに踏みやすいのだ。



「 ソアラ……僕の目を見て…… 」

 足元ばかり見ていたソアラの頭上でルシオの声がした。


 ソアラが顔を上げると、とても綺麗な顔がソアラに向けられていた。

 その瞳を見つめると……

 綺麗なサファイアブルーの瞳の中に自分の顔があった。


 ずっと鳴り止まないでいる胸の鼓動が、更に大きくなっているのが自分でも分かる。



 その時……

 バイオリンの音がホールに響いた。


 えっ!? トンプソン!?

 貴方……バイオリンを弾けるの?

 貴方……一体何者!?


 その瞬間。

 よそ見をしてしまったソアラは、ルシオの足を踏んでしまった。


「 ご……ごめんなさい! 」

「 大丈夫だよ 」

 慌ててルシオを見上げれば柔らかな眼差しが降って来る。


 ヒールを履いてる訳ではないが……

 痛いとも言わずに優しく微笑んでくれたルシオにまたまた胸がキュンとした。



 こうして2人は……

 トンプソンが奏でるバイオリンのメロディと共に数曲を踊った。

 トンプソンは時々音を外していたが。



 踊り終えると拍手が巻き起こった。

 ホールには家族や使用人達が集まって来ていた。


「 素敵…… 」

「 王太子殿下のダンスが見られるなんて…… 」

 特にクロエとノラは赤らめた頬に手を当てて涙ぐんでいた。


 フローレン家にいて良かったと言った。

 辞めなくて良かったと。

 いや、辞めたいと思っていたのかと呆れるが。


 平民である2人は貴族の世界の夜会や舞踏会には行けない。

 王太子のダンスなど到底見る事など出来ないのである。



「 1時間位しか相手は出来ないけれども 」

 ルシオは午後から来客があると言う。


 そんなに忙しいのにと、申し訳ない気持ちでいっぱいだったが。


 ソアラは素直にルシオの好意を受け入れて、ダンスの練習を頑張った。


 新年祭では、一緒にファーストダンスを踊るルシオに恥を掻かせないようにと。




 ***




 生まれつきの運動神経もあってか、ソアラは直ぐに上達した。

 貴族令嬢なので特別な運動などはした事は無いが。

 ウォーキングを毎朝してる位で。


 それに……

 唯一踊れるのがワルツだけだった事もあって、少し練習しただけでスムーズにステップが出せるようになった。



 勿論、他のダンスも覚えなければならないのだが。

 新年祭の時の舞踏会ではワルツだけで良いとルシオは言った。

 ステップがこんがらがってしまっては大変だからと。



 トンプソンが奏でる最後の曲が終わると、向かい合っている2人は手を離して丁寧にお辞儀をする。

 何度も弾いてくれたトンプソンは流石に疲れていて。


「 これだけ踊れるなら自信を持って良いよ 」

 ワルツは緩やかなダンスだが、何曲も踊るとソアラも肩で息をしていた。


 踊る事に()()()()()ルシオは平気そうだが。



 すると……

 ソアラは気になっていた事を呟いた。


「 殿下は他の令嬢と踊る時も、こんなに密着して踊るのですか? 」

「 !? 」

 ルシオがソアラを見れば何だか不機嫌そうな顔をしている。



 ルシオは思わず手を口元にやった。

 顔がニヤケるのを隠す為に。



 これは嫉妬?

 ソアラは嫉妬してくれてる?


 ルシオはその場に立ったままで嬉しさを噛み締めていた。


 ソアラの事を好きだと気付いたら……

 やはり彼女も自分の事を好きでいて欲しいと強く思ってしまうのだ。



 ソアラはルシオの返事を求めていた訳では無かった。

 モヤモヤとした事を言ってみただけで。


「 有り難うございました。……殿下? 」

 ルシオの顔を覗き込んで来るソアラに……

 デレた顔を見られたくないルシオが顔を背けた。



「 どうかしましたか? 」

「 いや、何でも無い ……さっきの質問だが…… 」

「 お嬢様! 終わる直前のステップは間違えておりましたよ! 」


 トンプソンがバイオリンを持ったままに、ツカツカとルシオとソアラの側にやって来た。


 バイオリンを弾ける事にも驚いたが、ダンスにも覚えがあると言う彼は、何度もソアラの不味さを指摘して来ていて。



「 本当? 気が付かなかったわ 」

「 殿下がお上手ですからね…… あれ? 殿下? どうかなさいましたか? 」

「 ………いや、何でも無い 」

 今度はトンプソンがルシオの顔を覗き込んで来た。



 ソアラが嫉妬してくれたのが嬉しくてたまらないルシオは、平静を装おうとして深呼吸を繰り返して。


「 お嬢様に何かしましたか? 」

 トンプソンが怪訝な顔をしている。


 このトンプソン。

 何だかカールに似ていて嫌だと思うルシオだった。















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