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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第二章

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君を恋ふ

 




 波乱のクリスマスの夜だった。


 今宵は公爵家の面々の前でソアラとの正式な婚約を発表した後に、ソアラにプロポーズをしようと準備万端でいたのだが。


 思い描いていたシナリオ通りにはいかなかった。


 それでも……

 ソアラにきちんとプロポーズが出来た事がルシオは嬉しかった。



 あの最悪な出会いをやり直したかった。


 そもそも最初から間違っていたのだ。

 いや、間違った自分が一番悪いのだが。


 ソアラから何気に距離を置かれているのはこのせいだと思っていて。


 

 ルシオは国民からは()()()()()()と言われている程の美丈夫だ。


 勿論、自分でもその様相には自信がある。

 女性達から秋波が送られて来るのは、王太子と言う立場だけでは無いだろうと思っていて。


 だからこそ女性関係には人一倍気をつけて来た。

 学園時代には()()男爵令嬢との事があったから余計に。



 そんな自分だから……

 ソアラからは嫌われてはいない。

 多分。


 彼女の顔にそっと自分の顔を近付ければ、恥じらいながらも嬉しそうにポッと頬を赤くするのだから。


 だけどもその先に進めない。

 あの口付け以来……

 2人の間には何の進展も無くて。



 ソアラは男慣れしていない清楚な令嬢だ。


 きっと自分の()()()()()()にショックを受けているのに違いないと思い、そのわだかまりを彼女から取り除いてあげれば……


 そうすればソアラとの距離が近付くのだと。



 ルシオは中々自分を受け入れずにいるソアラに受け入れて貰いたかった。


 早く言えばソアラとイチャイチャしたいと言う事で。



 プロポーズの場所を選べなかったのが残念だが。

 それでもソアラは頷いてくれた。


 僕の妃になってくれると言ってくれたのだ。


 ルシオもまた……

 ソアラから貰ったクリスマスプレゼントの、白いハンカチを胸に抱き締めて眠ったのだった。



 出会った時はルーナの可愛らしい顔を喜んでしまったが。


 間違いだと気付いた瞬間から、ルシオはルーナには何の感情も持ってはいなかった。



 国王サイラスは、ルシオがソアラに想いを寄せていると言う事を感じとれたからこそ、ソアラとの婚姻の王命を下したのだ。


 勿論、自分の側近に調べさせ、ソアラ・フローレン伯爵令嬢と言う者が未来の王妃に相応しいと決断したからで。


 ここが……

 自分の保身の為にソアラを選んだ、邪悪な王妃エリザベスとは違う所なのである。

 ソアラに白羽の矢を立てたのはエリザベスだったが。



 そう。

 ルーナがいくら頑張っても彼女は王太子妃にはなれない。


 婚約者がいるルーナが選ばれる筈は無いのに、何故か家族皆が勘違いしていると言う。




 ***




 朝になると……

 昨夜からの雪が積もり、辺り一面白銀の世界だった。


 この日からソアラは自宅に帰る事になっていて。

 近々行われるフローレン家の引っ越しの為に、年末年始は新居で過ごす予定になっている。



 なのでソアラとは暫くは朝の散歩は出来ない。

 しかし、雪が積もれば毎朝の散歩は出来ないのは必須。

 ドレスがびしょ濡れになるからで。


 なのでソアラが朝の散歩をしないとは思ってはいたが、ルシオは何時ものように早起きをしてソアラが来るのを待っていた。



 昨夜は早寝のソアラにとってはベッドの中に入るのはかなり遅い時間になった。

 今朝は寝ていてくれたら良いとも思いながら。



 すると……

 ソアラがやって来た。

 女官の制服を着て。


 女官の制服のドレスはふくらはぎ位の丈で、普通のドレスよりは丈が短い。

 足を隠す丈の長いブーツも国からの支給品だ。



「 ……雪が積もっているのに来たんだね 」

「 殿下が来ているかも知れないと思って…… 」

「 僕も……君が来るような気がして…… 」

 モジモジと恥ずかし気に話す2人の会話は甘い。



 今朝は何時もの朝よりもかなり甘いぞ。


 そう言えば……

 昨夜は正式に婚約者として紹介されたのだと、お喋りなメイドが興奮しながら言っていた。


 王族専用のドアを守る警備員達は……

 2人の甘々な雰囲気に悶絶するのだった。



 空はまだ暗いが……

 どうやら今日の天気は良さそうだ。


 どちらからともなく当たり前のように手を繋ぐ。


 足を一歩前に出すと、サクッと聞こえる雪の音を楽しみながら、2人でゆっくりと雪が積もった道を歩いて行った。



 すると……

 小道の途中でルシオが立ち止まった。


「 この先に続く道がこれからの僕達の進む道だ 」

 前に伸びる真っ白な雪道を指差してルシオが言う。



 ソアラはコクリと頷いた。


「 後ろを見てごらん? 」

 ソアラが振り返ると積雪の上に2人の足跡があった。


「 これからは2人でこの()()足跡を残して行こう 」

「 ……はい 」

「 ソアラ…… 」

 ルシオは手を繋いでいたソアラの前に回り込んで、ソアラの両肩に手を添えて優しく見つめた。



 そして……

 顔を上げてルシオを見つめて来るソアラの頬に手をやろうとした瞬間。


「 殿下! わたくし頑張りますわ! しっかりと努力を致しますわ! 」

「 えっ!? 」

 ソアラはドンと自分の胸を叩いた。



 アメリアからも言われたのだ。

 努力をしなさいと。


 何よりもそれが嬉しかった。

 彼女からも……

 殿下に相応しく無いから辞退しろと言われると思っていたからで。



 グーパンの話を真剣に聞いてくれた事も嬉しかった。

 勿論、彼女はグーパンとは無縁だろう。


 彼女は我が国の最高位の公爵令嬢に相応しい素敵な令嬢だった。

 到底こんな自分が彼女みたいにはなれる筈も無いが。



 努力します!

 殿下に釣り合う妃になる為に。


 2人の足跡をこの国に残そうと言ってくれた殿下の為にも。


 そして……

 何よりも国民の為に。


 ソアラは改めて積雪の上についた2人の足跡を見やるのだった。



 ここは……

 ソアラを抱き締めて優しく口付けを交わす場面。


 タイミングを逃したルシオは……

 宙に浮いた手を自分の頭にやりカリカリと掻いた。



 中々シナリオ通りにはいかなくて。

 あの咄嗟のキスはどうやってしたのかと考え込んだ。


 皆はキスをしたい時はどうやっているのかと。


 2人の令嬢と付き合ってきて、女慣れをしている筈なのに……

 全く経験の無いルシオは頭を悩ませるのだった。



 このポンコツ王太子は分かってはいなかった。

 愛の無い結婚と言われたと思っているソアラが、距離を置くのは当たり前で。


 婚約者になったからと言って次に進める訳が無い。


 ソアラと恋人同士になりイチャイチャしたいのなら……

 好きだと言う気持ちをお互いに伝え合わなきゃならないと言う事を、彼はしていないのだから。



 ソアラとの婚約を王太子自身が発表した事で、 様々な人達の色んな想いが交差する中。


 それでもこうして2人は歩み始めた。



 ドルーア王国の未来を背負って。




 ***




 ソアラは年末の引っ越しの準備の為にその日の午後に、ルシオに見送られて実家に帰って行った。


 その後は新年にかけて実家に滞在する予定だ。

 その間2人が会えるのは、明後日に行われる両家の顔合わせのお茶会の時だけである。



 思えば強引な入内だった。

 ソアラは勿論、フローレン家の皆の気持ちを無視して、王家の都合だけを押し付けただけの。


 家だって……

 長年住んでいた家なのに否応なしに無理矢理引っ越しをさせるのだから。



 この日、公務が終わったルシオはソアラの部屋に向かって歩いていた。


 居ないと分かっていても。


 何時もと変わらない廊下やソアラの部屋のドアが何だか無機質で。

 ひっそりと静まり返っている。

 勿論、侍女達も今日からこの部屋には居ない。



 朝の散歩で2人で庭園を歩いた事を思い出す。


 2人で小さな雪だるまを作り、途中からは雪合戦をしてお互いに雪まみれになった。


 毎年雪が積もると弟のイアンと雪合戦をしていたと言って、ソアラが本気で雪玉を投げて来る。


 当たると嬉しそうな顔をするソアラが可愛くて。 


 勿論、か弱い令嬢の投げる雪玉が当たっても、騎士達と一緒に鍛えているルシオは痛くも痒くも無いのだが。



「 ソアラ……君に……会いたい 」

 思わず呟いた自分の言葉に驚いた。


 朝に会ったばかりだと言うのにと苦笑する。


 公務で一日中会えない事は程にある。

 ルシオの公務が終わる時間には早寝のソアラは既に寝ている時が多いのだから。



 それでも同じ宮殿にソアラがいると思ったら、それだけで嬉しく感じていて。


 今、ここに彼女が居ない事がこんなにも寂しい。


 僕の中で彼女はいつの間にこんなに大きな存在になったのだろう。



 あの時……

 ソアラがアメリアを庇う為に自分の前に両手をいっぱいに広げて立った。


 唇を噛み締めてキッとした瞳で自分を見つめて来るソアラに、ルシオの心臓がドクンと跳ねた。 



 ソアラは何時もルシオが想像も出来ない事を遣って退ける。

 その度に、ルシオには今までに無かった感情が湧き上がるのである。


 それが何なのかが分からなかったが。


 ルシオは……

 もう、ソアラに対する感情の正体に気付いていた。



 この時間ならもうベッドの中だな。

 本当に可愛い。


 クスリと笑ったルシオは……

 踵を返して王太子宮の自分の部屋に向かった。
















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