それぞれの想いを抱いて
「 彼女が僕の婚約者候補になるソアラ・フローレン伯爵令嬢だ! 」
自宅のサウス公爵家に向かう馬車の中でアメリアは思いを巡らせていた。
ソアラ・フローレン伯爵令嬢は紺色のドレスを着ていた。
きっとルシオ様がプレゼントしたもの。
誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントは何時も贈られて来てはいたが……
わたくし達には一度も贈られる事の無かったルシオ様の瞳の色のプレゼント。
正式な婚約者になればプレゼントして貰えると思い、その日が来るのを心待ちにしていた。
アメリアにとっては……
ピンクのドレスよりは遥かに価値のある贈り物だったのだ。
新しい婚約者候補となった令嬢は、聞いた事もない伯爵家の令嬢だった。
お妃教育として入内した事から、その実態は分からずにいたが。
やがて、とても可愛らしい顔をした令嬢だと言う噂が流れて来た。
だけど……
今宵ルシオが肩を抱いて紹介した令嬢は……
噂程の可愛らしい令嬢では無く、ごく普通のありきたりな顔の令嬢だった。
新しい婚約者がこのピンクの令嬢ならばスルーした。
あんな顔だけの令嬢など話す価値も無い。
アメリアはソアラと話してみたいと思った。
彼女が暴漢からリリアベルを守ってくれた事を聞いていた事もあって。
そして……
話してみたいと思う理由がもう1つあった。
遠巻きに、ルシオと挨拶をしている彼女を見ていると……
納税の時に謁見の間にいた女官だと分かった。
何故お妃教育で入内した彼女があそこにいたのかは気になったが。
ドルーア王国で最高位貴族の当主である、父親や執事達を前にしても対等にやり合っていた女官。
女だからと……
女官ごときがと仕事に関係無い事を言われて揶揄されようとも、堂々と胸を張り自分の意見を主張していた女官。
素敵だと思った。
アメリアはあの時の女官の事がずっと心に残っていたのだった。
落ち着いていて柔らかな彼女のその人となりは、とても好感が持てた。
その上……
グーパンを暴漢に食らわす程の勇敢な令嬢。
リリアベルは恐怖のあまり何があったのかは覚えていないと言っていた。
彼女に背中を押されたと思ったら建物の中に入っていたのだと。
その理由が知りたくて彼女に聞いたのだが。
その話は楽しくて……
時間の経つのも忘れた。
控えめでいて芯のある彼女。
頭が良いだけでは無くきっと広い博識があるのだろうと思った。
もっと色んな事を話したいと思う程に。
ルシオ様は……
そんな彼女が居ないと探し回り、わたくしが彼女を呼び出した事に激怒した。
わたくしが……
彼女を戒めたと思ったからだ。
あのピンクの令嬢と……
2人だけで夜の庭園に入ると言う失態を犯したのも彼女を思うあまりの事。
わたくしとリリアベル様の前では何時も用意周到で、あんなに取り乱したルシオ様なんて初めて見たわ。
そして……
彼女はリリアベル様を守り、わたくしもまた守ってくれた。
アメリアに激怒するルシオの前に、両手を広げて立ったソアラにアメリアは感動していた。
その勇気ある姿に。
ルシオがそんな彼女だから好きなのだと思ったら……
アメリアの瞳からボロリと大粒の涙が溢れた。
雪が降る街中をガタゴトと揺れる帰りの馬車の中で……
アメリアは泣いた。
ルシオに別れを告げられた時も泣かなかったアメリアだったが。
諦めると言いながらも心の何処かで待っていた。
「 やっぱりアメリアが良い 」
そう言って肩を抱き寄せてくれる事を。
彼女に向けたような甘い顔でそう言ってくれる事を。
一緒に馬車に乗っていた侍女がそんなアメリアの姿におろおろとしていて。
幼い頃から厳しい淑女教育をして来たアメリアが……
こんな風に泣いたのは初めての事だった。
その夜。
父母が帰宅するのをアメリアは待っていた。
傷心のアメリアを他所に夫婦はご機嫌だった。
王太子とシンシア王女を、アメリアが嗜めた事が痛快だと言ってテンションが高かった。
「 エリザベスの苦虫を潰したような顔を思い出したら、お父様と飲むお酒が美味しくて…… 」
この夫婦も政略結婚だが、似た者同士でそれなりに仲良しだ。
王太子妃を巡っての争いに敗北したお母様は、この辛い気持ちを乗り越えたのだわ。
でも……
アメリアは自分の母親よりはマシかも知れないと思うのだった。
ライバルであるリリアベルも自分と同じ境遇なのだからと。
「 お父様、お母様! わたくし領地へ参りますわ 」
王命が撤回されるかも思って王都に残っていたが……
もうその可能性も無くなった。
お父様とお母様はわたくしの縁談を模索しているようだけど……
今更他の男との結婚なんて考えられない。
我が国の最高の男の代わりになる男なんて、この国には何処にもいないのだから。
これからの自分を見つめる為にも、アメリアは一旦王都から離れようと思った。
何よりも……
幸せそうな2人の姿なんて見たくも無い。
わたくしにもどす黒い心がある。
そのどす黒い嫉妬に歪むそんなみっともない姿を皆には見せられない。
わたくしは……
我が国の最高位貴族の公爵令嬢なのだから。
そうしてアメリアは……
サウス家の領地に旅立って行ったのだった。
***
リリアベルはルシオから別れを告げられた日から、幾日も泣き続けていた。
それだから……
ルシオがソアラを婚約者になる令嬢だと目の前で宣言しても、それ程のショックを感じなかった。
ルシオに肩を抱き寄せられて並ぶ2人……
そんな2人を見ている自分の姿の想像が出来ていたからで。
それがアメリアでは無かっただけの事なのだから。
そう……
リリアベルはルシオが選ぶのはアメリアだと心の何処かで思っていたのだ。
何よりもあの日ソアラに助けられた事に恩を感じていた。
このクリスマスパーティーで、ソアラに感謝の言葉を言うつもりだった。
あれから2人が会う機会は無かったからで。
しかし……
ルーナを見ていたらそれ所では無くなった。
リリアベルはやたらとルーナが気になった。
フローレン伯爵夫婦の挨拶回りに付いて回って、会場にいる皆によく気が付く令嬢のアピールをするルーナ。
やたらとルシオとの距離が近いルーナ。
ソアラを庇うふりをしてマウントを取るルーナ。
学園時代に言われていた通りのあざとい女だわ。
しかし……
あの男爵令嬢と同じ様にルシオに腕を絡ませている所を見ても……
あの時みたいに注意をする事が出来ないのが歯痒い。
わたくしはもう……
ルシオ様の婚約者候補では無いのだから。
あの男爵令嬢と同じ学年でもある事から、リリアベルは彼女がルシオに近付くのを全力で阻止していた。
アメリアのハンカチが有名だが……
いくら注意をしても止まないルシオへの異常な執着。
ルシオに向かって突進して行く彼女の足を引っ掻けて倒したりと……
リリアベルはかなり裏で頑張っていたのだ。
だけど……
自分がルシオの婚約者候補では無い今はそれが出来ない。
それをする立場では無くなったのだから。
だからあの時……
アメリアがルーナをあの男爵令嬢と同じだと言った時は痛快だったと言う訳だ。
年明けの新年祭では、国民に向けて王太子の婚約が正式に発表される事になる。
今回の身内に先に紹介したのもそれに向けての事だろう。
「 お父様! お母様! わたくしの縁談を進めて下さい 」
リリアベルが王宮から帰宅した両親に言った。
「 勿論だとも 」
「 お父様は、既に家柄の良い侯爵令息を見繕っておりますのよ 」
2人はそう言ってリリアベルを抱き締めた。
「 では、わたくしは良い殿方が見付かるまで、領地に行っておりますわ 」
「 その方が良いですわね。サウス夫人もアメリア嬢を新年祭には出席させたく無いと仰っていましたわ 」
母親はアメリアの母親と学園時代は友人だった令嬢だ。
普段はアメリアの母親の悪口を言っているが……
集まると対エリザベス王妃となり、一致団結をすると言うおかしな関係だ。
「 舞踏会の華達がいないのは寂しいが…… 」
父親が残念そうに言う。
リリアベルの兄がいるイースト家では、リリアベルを目にいれても痛くない程に可愛がっている。
アメリアとリリアベルは正に舞踏会の華だった。
ルシオと踊る美しい姿には……
皆がうっとりとしていたものだった。
「 婚約が決まったら戻って来ますわ 」
今度はわたくしの婚約者と2人で舞踏会で踊りたいと言うリリアベルを、母親はもう一度抱き締めた。
「 今までよく耐えてきたわね 」と言って。
今までは常にアメリアの次の2番手にルシオ様と踊っていた。
しかし……
これからはわたくしとファーストダンスをしてくれる婚約者が出来る。
ルシオと同い年のアメリアとは違い、リリアベルはそれ程までにルシオと一緒にいた訳では無い。
この婚約者候補には2歳年下のリリアベルはやはり不利な立場だったと言えよう。
だけど……
その分やはりアメリア程の悲しみは無かった。
こうして各々の想いを抱いて……
アメリアは王都から南にあるサウス領地に向かい、リリアベルは王都の東にあるイースト領地に向かった。
***
ドルーア王国は国の中心にある宮殿を守る様にして、四家の公爵家の領地がある。
王国が建国された時に……
その領地を統治する事でその名が付いたと言う。
その西の地にあるウエスト家の嫡男シリウスが、クリスマスパーティーに出席していた。
「 そなたの国は面白いですわね 」
シリウスと一緒にいる令嬢がクスクスと笑う。
彼女はシリウスと一緒に庭園に行ったと言われていた令嬢だ。
膝を突いてソアラに挨拶をしたシリウスは……
その令嬢と一緒に事の一部始終を見ていた。