突然のプロポーズ
「 アメリア! 理由も聞かずに怒鳴って悪かった 」
アメリアの去り際にルシオがそう言った。
振り返ったアメリアにルシオが片手を上げると、アメリアはニコと笑ってもう一度カーテシーをした。
その顔はとても柔らかなものだった。
アメリアはルシオの婚約者候補であったが……
同い年である2人は、友達であり生徒会を3年間も一緒にやりきった同士でもあった。
ソアラはそんな2人を素敵だと思った。
そこには信頼と……
何よりも2人が共に過ごした永い永い時間があるのだと。
自分とルシオの間には無い時間が。
そして……
ソアラのそんな友達がルーナなのである。
彼女は幼い頃から誰にでもフレンドリーな令嬢だった。
ソアラにも抱き付いて来たり、腕を絡ませて来るのだ。
ルーナはソアラには無いものばかりを持っていて。
それを羨ましく思っていたものだった。
だからと言って……
私の婚約者の腕に手を絡ませるのはどうかと思うが。
そんなルーナだから……
学園時代には令嬢達から何度もハンカチを落とされていたのが今なら分かる気がする。
自分の好きな人や婚約者に、必要以上にフレンドリーなのは誰だっていい気はしない。
婚約者であるブライアンと揉めている所に何度か遭遇した事がある。
勿論、犬も食わないとばかりにそそくさと立ち去ったので、喧嘩の原因がそれなのかは分からないが。
泣いているルーナの側に行き、ソアラはそっと肩を抱いた。
ソアラは長女。
泣いている子はほっとけないのだ。
背の低い彼女の泣く姿には庇護欲が湧く。
その大きな瞳からは大粒の涙がポロポロと零れ落ちるのだから。
「 ソアラは誤解をして無いわよね?私は本当にソアラを心配して…… 」
「 ええ……分かっているわ 」
「 ……有り難う…… 」
ソアラは握っていたハンカチでルーナの涙を拭いた。
ソアラを呼び出す為に、アメリアがハラリと落としたハンカチだが。
「 皆様……お騒がせ致しました。楽しいクリスマスを台無しにしてしまいました事をお詫び致します 」
ソアラはそう言って遠巻きに見ていた人達に頭を下げた。
事はと言えば……
全ての原因は自分なのである。
一度までならず二度までも騒ぎを起こしてしまったのだ。
内輪だけの楽しいクリスマスパーティーだと言うのに、初めて参加した場違いな自分がやらかしたのだと、皆の視線を浴びながら頭を下げた。
「 いや、僕の勘違いで騒がした。許せ!皆はこの後の時間も楽しんでくれ 」
ルシオが片手を上げながらそう言うと……
皆は頭を下げて会場に戻って行った。
流石は王太子である。
その統率力は持って生まれたもの。
「 ルーナも会場に戻りましょう 」
ソアラはルーナと一緒に会場に戻った。
会場の中は騒ぎに気付かなかった者達が陽気に楽しんでいる。
お酒もかなり入り、歌ったり踊ったりと音楽に合わせて楽しげにしていた。
今は夜の10時だが、勿論宴はこれからも続く。
どの夜会も深夜の0時位まではお開きにはならない。
勿論帰るのは自由だが。
「 父上の所へ行って来る 」
見ればエリザベスも会場に戻って来ていた。
ルシオは騒ぎの報告をする為に2人の元へ行った。
そう言えば……
お父様とお母様は?
もう帰ったのかしら?
ソアラがキョロキョロとしていると……
「 あっ! フローレン伯爵夫婦は既にお帰りになっておられます。先程受け付けの者がそう伝えて来ました 」
ソアラ嬢に伝えて欲しいと言っていたとカールが教えてくれた。
「 ソアラのお父様とお母様は相変わらず早寝なのね 」
「 ……それが我が家よ 」
既にルーナは泣き止んでいた。
ルシオがこの場を離れると同時なのが気になるが。
良かった。
お父様もお母様もきっともうベッドの中ね。
フローレン家としてはそれが普通。
就寝時間は夜の9時なのだから。
そう思ったらアクビが出そうになり、ソアラは慌てて口を押さえた。
「 僕達も引き上げよう 」
何時のにか戻って来ていたルシオが、そんなソアラを見てクスリと笑って。
父上達にもそう言って来たと言いながら、ソアラにエスコートの手を差し出した。
「 でも…… 」
ソアラはルーナを見やった。
このまま戻って良いのだろうかと。
「 カール! ルーナ嬢を頼む 」
「 えっ!? 」
「 ルーナ嬢。この後も楽しんでくれ!今宵は色々と感謝する。マーモット騎士には僕から説明しておく 」
ルーナの名ばかりの婚約者であるブライアンは騎士だ。
王宮での宴には騎士は全員任務に当たる事から、きっと何処かにいる筈だ。
ブライアンはソアラの幼馴染みだ。
ルーナと2人で庭園に行ったのは、お互いにソアラを心配したからだと言えば分かってくれるだろう。
ルシオは爽やかな笑顔をルーナに残して、ソアラと一緒に王族専用の扉の向こうに消えた。
「 そんな……他に親しい人はいないのに…… 」
公爵家の集まりに伯爵令嬢であるルーナにも親しい人はいない。
「 だったらお帰りになりますか? 馬車まで送りますよ 」
カールが淡々と言った。
***
「 叱られましたね……おもいっきり 」
「 ……… 」
「 数日後の新聞に載りますかね? 」
「 ……… 」
2人はソアラの部屋に戻る王宮の廊下を歩いていた。
何気に元気の無いルシオの手をソアラが引いていて。
皆の前では決して見せない顔である。
ルシオの足取りは重かった。
アメリアとリリアベルとの関係は、選ばれなかった方の事を考えて距離を保って来た。
選ばれなかった方は、別の子息と結婚をしなければならない事を思慮したからで。
それは国王サイラスからも言われていた事だった。
自分もそうしていたと言って。
なので……
ルシオは今までは女性関係にはノースキャンダルの王子だった。
それが……
新しい婚約者とその幼馴染みの令嬢との三角関係が取り沙汰されるかも知れないのである。
貴族は余程の事件でない限りは新聞には載らないが…
王室の事は些細な事でも新聞沙汰になる。
婚約者候補である2人を外した事は、大きなニュースとなって国民の間を駆け巡った。
あらぬ噂が国民の間で広がっているのも、以前行った視察で知っていた。
その別れた婚約者候補のアメリアに、他の令嬢と庭園にいた事を叱責されたのだ。
これがどんなニュースになるかを思えば……
「 皆の理想の王子様が台無しだな 」
そう言ってルシオは苦笑した。
そんなルシオを見てソアラはクスクスと笑うのだった。
「 君も誤解した?」
「 ……ええ……少しだけ 」
「 ……今は? 」
「 私を心配して探してくれていたのだから……殿下とルーナには申し訳無いと思っています 」
そもそもソアラは知らないのだ。
ルシオとルーナが庭園にまで探しに行った理由を。
シリウスと一緒にいたのではないかと疑った事は言いたく無い。
ソアラはそんな女性では無いのだから。
「 君が誤解して無いのならそれで良い 」
ルシオはそう言ってソアラの手を握り締めた。
「あの男爵令嬢の時は大変でしたね 」
「 ………勿論、君も知っている……よね? 」
「 ええ……有名でしたもの 」
ルシオが3年でソアラが1年の時の事だ。
何だか不思議な感じがする。
ソアラも同じ時を学園で過ごしていた事が。
ノースキャンダルのルシオ王太子にも唯一の汚点があった。
それがあの男爵令嬢の事だった。
度が過ぎるルシオへの接近に、アメリアからハンカチを落とされ戒められた彼女は、学園のある部屋に話があると言ってルシオを呼び出した。
これを最後に纏わり付くのは止めると言って。
ルシオが部屋に行ってみると……
彼女は上半身裸でルシオに抱き付いて来たのだ。
アメリアと一緒にその部屋に行かなければ……
とんでも無い事になっていた。
1人で令嬢に会いに行く訳にはいかないと、アメリアを連れて行った事が幸いした。
烈火の如く怒ったアメリアが……
公爵家の力を以て男爵家そのものを潰したと言う。
この事は勿論これはルシオとアメリアだけが知る事で。
もし王室に知られるような事になれば……
不敬罪で爵位剥奪だけでは済まないのだから。
あの男爵令嬢が、突如学園から去ったのはそう言う訳があった。
勿論、それをソアラに言うつもりは無いが。
***
雪が降るクリスマスは恋人達にとっては最高の夜になった。
この国のあちこちで恋をする2人が愛を囁き合っているのだろう。
ルシオもこのクリスマスの夜にソアラに指輪をプレゼントするつもりでいた。
庭園には……
流石に今ソアラを連れ出そうとは思わない。
王族専用の庭園はここからはかなり遠い。
何よりも……
ソアラの寝る時間はとっくに過ぎているのだ。
指輪を渡すイベントをするには忍びない。
そんな事を考えていたらあっという間にソアラの部屋の前に着いた。
「 殿下ちょっと待っていて下さい 」
ソアラがそう言ってバタバタと部屋に入って行った。
直ぐに出て来たソアラは包みを持っていて。
包みには王室御用達のあの店のロゴが入っていた。
「 これプレゼントです 」
「 ………… 」
ルシオは固まった。
まさかソアラから貰えるとは思わなかった。
「 開けても良い? 」
プレゼントはハンカチだった。
「 何時買ったの? 」
殿下がドレスを吟味してる時に買ったのだと言って。
あのお店の品物は高くてハンカチしか買えなかったのだと、恥ずかしそうな顔をしたソアラが堪らなく愛しかった。
「 有り難う。嬉しいよ 」
そして……
ルシオはソアラの手を取り彼女の前で片膝を突いた。
「 殿下!? 」
驚くソアラの手にその美しい顔を近付け……
ルシオはソアラの手の甲に唇を落とした。
「 ソアラ・フローレン伯爵令嬢 」
跪いたままにルシオがソアラを見上げた。
「 改めて言う。僕の妃になって欲しい 」
「 ………はい 」
立ち上がったルシオは、上着の内ポケットから指輪を取り出した。
そして……
口付けをしたソアラ手の指に指輪を嵌めた。
指輪はピッタリだった。
王室御用達の店はソアラの指のサイズまで知っているのが怖いところだが。
ルシオはソアラを熱い瞳で見つめ……
ソアラもルシオを見つめた。
しかし……
次の瞬間にその甘い雰囲気は完全に消された。
今2人が居る場所はソアラの部屋の前。
こっそりと聞いていた侍女達が、キャアキャアと騒ぐ声が中から聞こえて来た。
「 お2人の邪魔をしたらダメよ 」と言う声に……
ルシオは額を押さえた。
「 ソアラのプレゼントが嬉しかったから…… 」
もっとロマンチックな場所で指輪を渡したかったのにと言って、ルシオは罰の悪そうな顔をした。
どうしてこんなにも、ソアラに対してはポンコツなのかと思わずにはいられない。
どうしても感情が先走ってしまう。
ソアラはそんなルシオを見てクスクスと笑った。
とても幸せそうな顔をして……
ソアラは嬉しかった。
自分の事を探し回っていてくれた事。
アメリアに激怒してくれた事。
ルーナの腕を振りほどいた事。
そして……
跪いてプロポーズをしてくれた事。
プロポーズをするシチュエーションを考えていてくれた事も。
殿下は何時も私の事を一番に考えてくれている。
王命で決まった婚姻でも。
家族以外は気にも留めて貰える事の無かったソアラは、それが何よりも嬉しい事であった。
その夜は……
ルシオの瞳の色の宝石の指輪を何度も何度も見つめながら眠りについた。
ドキドキと……
忘れられない出来事を抱き締めながら。
ホワイトクリスマスの夜に恋人達を喜ばせた雪は、本格的に降り出して外に白銀の世界を作り出していた。