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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第二章

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公爵令嬢の矜持





 クリスマスパーティーが開かれている会場から廊下に出た所で、アメリアとソアラ、ルシオとルーナの4人が対峙していた。


 ルシオのアメリアを非難する声で、廊下を行き交う人々が立ち止まって遠巻きにヒソヒソと話ながら興味津々で見ていた。



「 今、何をしていたとおっしゃいましたわね!? その言葉は……そっくりそのまま殿下にお返し致しますわ!! 」


 アメリアは元々目力のある凄い美人である事から、怒気を滲ませた顔は震え上がる程に美しい。



「 それはどう言う意味だ!? 」

 アメリアの射抜くような視線がルシオに注がれる。


「 殿下に、そのピンクの令嬢と庭園で何をしていたのかを聞いてもよろしいかしら? 」

「 ……一緒にソアラを探していたんだ! そなたが呼び出したソアラをだ !」


 激しい応酬を繰り広げながら睨み合う2人。

 こんな光景は誰もが見た事は無かった。



 ルシオとアメリアは学園時代の3年間はずっと同じクラスで、その3年間は生徒会の会長と副会長をしていた。

 意見が違う事はあっても、こんな風に感情的に言い争うような事は無かった。


 冷静に話し合い、より良い結論になるまで2人で何度も何度も生徒会室で議論をしたものだった。



 そもそも冷静沈着な王太子であるルシオが、人前で感情を露にするなんて今まで無かった事で。

 ましてや優しい彼が令嬢を怒鳴り付ける姿なんて、想像すら出来ない事だった。




 ***




 ルーナからソアラがシンシアに頭を下げていた経緯を聞いたルシオは呆れた。


「 そんな事でシンシアはソアラに頭を下げさせたのか!? それも皆の前で…… 」


 そして……

 ルーナは自分がソアラを庇ってあげた事もさりげなく伝えた。



「 ソアラはそなたのような友達を持って幸せだ 」

 それを聞いたルシオはルーナに感謝するのだった。



「 遅いな…… 」

 暫くルーナと話していたルシオだったが……

 手荒いに行った筈のソアラは戻っては来なかった。


 迎えに行かせたカールも戻って来ないし、彼からの報告も無い。


 心配になったルシオはソアラを探しに行くと言って、ルーナに礼を言って席を立った。



 カールはサニタリールームから少し離れた場所にいた。

「 ソアラは? 」

「 まだ出て来ませんね 」

「 カール様がこんなに離れた場所におられたのなら、ソアラが出て来たとしても気付きませんわ 」


 ルシオの後をルーナも付いて来ていた。

「 わたくしも()()()()()()()()探しますわと言って。



「 あそこには……男の私は立てませんよ 」

 見れば……

 パウダールーム前で立ち話をしていたりと、結構な人数の女性達が部屋の周りにいた。


「 出て来たのなら何故戻って来ない? 」

「 騒ぎを起こした事で、会場には戻って来にくかったのかも知れませんわ 」


「 だったら何処へ行ったんだ? 」

 もしかしたら部屋に戻ったのかと時計を見れば……

 時計は夜の8半を過ぎていた。


 ソアラの寝る時間だ。

 ルシオは少し笑いそうになった。


 本当に可愛いと。



 その時……

「 先程シリウス様が若い令嬢と庭園に行かれたわ 」

「 雪が降ってロマンチックな夜ですからね 」

 サニタリールームから出て来た年配の夫人達が、若いって良いですわねと言いながら、ルシオに頭を下げて通り過ぎて行った。



「 あっ!? もしかしたら……その令嬢ってソアラかも 」

 それを聞いたルーナが口元を押さえた。


「 !? 」

 立ち止まってルーナを振り返ったルシオに、ルーナはシリウスがソアラに挨拶に来た事を説明した。


 ソアラの前に跪いてソアラの手を取りキスをしたのだと言って、イタズラっぽい目をしてクスクスと笑った。



「 ソアラは真っ赤になっていたわ 」

「 ……… 」

「 ここで会って一緒に庭園に行ったのかも……シリウス様は……素敵な方ですから 」

 ルーナは背伸びをしてルシオの耳に顔を近付けながらそう言った。



 ルーナなら付いて行きそうだが……

 ソアラが安易にシリウスに付いて行くとは思えない。


 ルシオはそう思ったが……

 騙されて連れて行かれた可能性もあると言う考えが湧き上がる。



 シリウス・ウエストはルシオより2歳年上だ。

 彼の学園時代は色んな令嬢達と浮き名を流したと言う噂を聞いた。


 婚約者のいない公爵令息に令嬢達が言い寄らない訳が無い。

 もう1人の公爵令息のカールは、令嬢を相手にしない事から余計に。



 甘いルックスの彼は……

 狙ったら落ちない女性はいないと言う話はルシオも聞いた事がある。


 学園を卒業して隣国に留学した事からその後は知らないが、彼が結婚をしたと言う話は聞こえて来ない。


 男慣れのしていないソアラに……

 彼を近付けさせたくは無い。



「 庭園に探しに行く 」

 カールにはサニタリールームの中を調べるように命じ、ルシオは庭園に向かって駆け出した。


「 わたくしも一緒に探します! 」

 ルーナはルシオの後を追った。



 庭園は雪が降っている事でかなり寒い。

 人影は疎らだが、それでもカップル達がベンチに座ってホワイトクリスマスを楽しんでいる姿が見えた。


 本当は……

 自分もソアラに指輪を渡して結婚の申し込みをする筈だったのにと、ルシオは上着の内ポケットに忍ばせた指輪に手を当てた。



「 これ以上奥は行かないだろう 」

「 いえ! もっと奥にいるかも知れません! 早く探さないと…… 」

 ルーナは庭園の奥に行こうと言ってルシオの腕を引っ張った。


 奥はかなり暗く人も少ない。



「 いや、引き返そう 」

 確か……

 部屋のドアは閉まっていた。


 ルシオは休憩室の前を通った時に、部屋のドアが閉まっていた事を思い出した。


「 くそっ!」

 そう呟くと……

 踵を返し会場に向かって駆け出した。



 そして戻って来た時に……

 休憩室から出て来たアメリアと一緒にいるソアラの姿を確認したのである。


「 良かった……アメリアといた…… 」

 ルシオはアメリアといる事に安堵した。



 しかしそれと同時に……

 今度はアメリアと一緒にいる事に怒りがこみ上げて来たのだった。


 アメリアにハンカチを落とされこの部屋に呼び出されたのだと。


 その証拠に……

 ソアラの手には固くハンカチが握られていたのだから。




 ***




「 そのピンクの令嬢と2人っきりで、人気の無い庭園に行ったのですか? 」

「 ソアラを探しに行っただけだ。 邪推が過ぎるぞ!アメリア! 」

 ルーナ嬢はソアラを心配して、一緒に探してくれた心優しい令嬢なのだからと言って。



「 たとえそうだとしましても……2人が庭園に消えた所を見た人が、どう思うのかを考えないのですか? 」

 殿下らしくも無いとアメリアは眉を顰めた。



 アメリアの指摘に冷静になったルシオは、自分の行いが間違っていた事に気付いた。


 迂闊な事をしてしまったのかも知れないと。


 いくらソアラを探しに行く為だとしても……

 ルーナと一緒に行くべきでは無かったと。


 彼女にはブライアン・モーマット騎士と言う婚約者がいるのだから。



「 現にわたくしも2人が薄暗い庭園から歩いて来た姿を見た時に、2人の仲を怪しいと疑ってしまいましたわ 」

「 それは……そなたがそう思っただけで…… 」


 ソアラも自分を疑っているのかと思ってソアラを見れば……

 ソアラはじっとルシオの顔を見つめだけだった。



「 ソアラ…… 」

 ルシオがソアラに誤解だと言おうとした時に、またもやルーナがルシオの腕を掴んだ。


「 ルシオ様とわたくしは純粋にソアラを探していただけです! わたくしはソアラの親友ですし、それにわたくしには婚約者がいます。()()()()()()()()ですが…… 」

 ルーナはそう言って。



 えっ!?

 名ばかり?


 ソアラはルーナを見た。

 ブライアンとの婚約が名ばかりですって?



 その時……


「 わたくしは貴女を知りませんが? 」

 アメリアがその冷たい視線をルーナにやった。


「 あっ!わたくしは…… 」

「 わたくしは貴女と知り合いになどなりたくはありませんから、名乗らなくて結構ですわ ! 」

 自分の名前を名乗ろうとしたルーナを、アメリアはピシャリと拒絶した。



 ルーナの顔がみるみる赤くなる。

 下唇を噛みしめながら。


 渾身の一撃だった。

 今まで皆に注目をされ、ちやほやされて来たルーナが完璧に拒絶されたのである。


 名前を名乗るなと言う凄い屈辱を浴びせられたのだ。



 アメリアがもう一度ルーナを見た。


「 そうね。一言だけ言わせて頂くわ……貴女に婚約者がいようがいまいが、貴女の軽薄な行動が殿下のお立場を悪くする事を肝に銘じる事ね 」


 アメリアが向けた突き刺すような視線に……

 ルシオはルーナが自分の腕に手を回している事に気が付いた。



「 これは……ルーナ嬢は……フレンドリーで……そうなんだ!彼女は誰とでも親しく出来る令嬢なんだ 」

 ルシオはそう言いながら慌ててルーナの腕を外した。


 いつの間に腕に手を回したのだと思いながら。



「 殿下は()()男爵令嬢の事をお忘れになっていらっしゃるのかしら? 」

「 いや…… 」

「 殿下はあの時も……最初はそうおっしゃっていましたわ 」

 アメリアは深く溜め息を吐いた。



 ボディタッチや胸を押し付けて来る男爵令嬢を()()()()()()()()()だと言って、ルシオは最初は彼女を庇っていた。


 しかし……

 そんなルシオに対して男爵令嬢の行動はどんどんとエスカレートして行き……

 とんでも無い事をルシオに仕出かしたのだった。


 そのとんでも無い事とは……

 ルシオとアメリアだけが知る事だが。




「 わたくしが……()()男爵令嬢と同じだと…… 」

 酷いですわと言ってルーナは目に涙を浮かべた。


 勿論、ルーナも()()男爵令嬢の事は知っている。

 当時はソアラと一緒に彼女の事を不敬だと言って軽蔑したものだった。



 皆は思った。

 同じだと。

 婚約者のいる前で殿下の腕に自分の手を回して、殿下に触れていたのだから。

 

 さっきは殿下に顔を近付けていたと、皆は扇子を広げて囁き合うのだった。



「 殿下。同じ過ちをなされない事を願いますわ 」

 では失礼致しますと言って、アメリアはルシオにカーテシーをしてその場を後にした。



「 アメリア様! 」

 リリアベルがアメリアの後を追い掛けた。


 通り過ぎる時にルーナをひと睨みして。




 ***




「 アメリア様は……わざとルシオ様の為にあんな事をおっしゃったのね? 」

 ルシオとルーナが暗い庭園から一緒に出て来たのをリリアベルも見ていた。


 アメリアはルシオに変な噂を立てられないように、わざと皆の前でソアラを探していたと言う言葉を引き出したのだ。


 全てがルシオの為に。

 ピンクの女の事なんか知ったこっちゃない。



「 リリアベル様……貴女も殿下の事をルシオ様と呼ぶのはもうお止めなさい 」

 でないとあのピンクの令嬢と同じだと思われますわよと、アメリアはニッコリと笑って馬車に乗り込んだ。



 そう言えば……

 アメリア様は殿下とお呼びしていたわ。


 アメリアも幼い頃からずっとルシオの事は名前で呼んでいたのだ。


 あくまでも貴族令嬢として王族への礼儀を重んじるアメリア。

 同じ公爵令嬢であるリリアベルは脱帽した。



「 全く……アメリア様にはいつまで経っても敵わないわ 」


 これからはわたくしもルシオ様を殿下と呼ぶ事にしますわ。


 そして……

 ピンクのドレスはもう着ない。



 リリアベルの好きな色は水色なのだから。










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