王女の謀
シンシアはソアラが自分の義理姉になる事を、どうしても受け入れられなかった。
自分の義理姉が伯爵令嬢と言う低い身分である事もそうだが、何よりも彼女の普通さが気に食わなかった。
「 お兄様には、こんな何の特徴も無い普通の顔をした令嬢なんか似合わない 」
兄のルシオは、女性であるシンシアよりもはるかに美しい顔をしている。
その際立った美しさから、国民からは麗しの王太子殿下と言われている所以だ。
何故父と母は、兄に全てを与えたのかと恨めしく思った事もある程で。
勿論、シンシアの顔も可愛いのには違いないが。
シンシアはそんな我が国の王太子の横に並ぶ令嬢は、美しい令嬢でなければならないと思っていた。
アメリア様やリリアベル様のレベルでなければ認めないわ。
ソアラを初めて見た時には、選んだエリザベスに文句を言った。
しかし……
「 子供は大人の世界に口を挟むものではありませんわ! 」と言って、全く取り合ってくれなかったと言う。
シンシアよりも七歳年上のルシオはシンシアの自慢の兄である。
優しくて頼りがいがあって。
カッコ良くて誰よりも素敵な兄。
シンシアの頼み事なら何でも聞いてくれて。
アメリアやリリアベルとのお茶会を中止にして、シンシアの我が儘を優先してくれた事も一度や二度では無かった。
その2人に対しては何時も王子様然としていて、とても紳士的に接する兄に憧れていた。
「 4年前の立太式でのお兄様はそれは素敵だったわ 」
白馬に乗って行進する姿に国中の女性達が悶絶したと言う。
11歳だったシンシアの目にもしっかりと焼き付いていて。
何時かは自分も素敵な王子様が現れるのだと、兄の姿を見て理想を抱いていたのだった。
だってわたくしは王女なのだからと。
わたくしこそが王子様に相応しい存在。
シンシアは他国の王子に嫁ぎたいと思っていた。
格下の貴族なんかは真っ平ごめんだと。
大体、我が国の公爵家の4家は仲が悪い。
その仲が悪い公爵家に降嫁するなんて事はあり得ないと思っていて。
侯爵家などは論外だ。
本来ならばノース家の嫡男のカールがシンシアの降家先の候補になるのだが。
やはり従兄妹の血は近い。
なによりも……
カールはカールなのだから無理なので。
「 お兄様みたいな王子様が理想だわ 」
ブラコンのシンシアはそう思っていた。
何なら他国の王女でも良いのでは無いかと、これまた母親に提案してみたら……
「 他国の王女なんかとんでも無い! 貴女は何も分かって無いのだから、これ以上の口出しは許しません 」
エリザベスからはピシャリと窘められたのだった。
ある日……
ある令嬢から、シンシアとお茶会をしたいと言う申し出があったとカールから聞いた。
婚約者候補を外されてからは、リリアベルとのお茶会が減った事を寂しく思っていたシンシアは快く引き受けた。
ルシオの紹介だとカールが言った事もあって。
「 殿下は、わたくしが婚約者候補だと勘違いして、わたくしに跪いて手の甲に口付けをすると言う挨拶をして下さったのよ 」
そう言って微笑んだ令嬢はとても可愛らしい顔をしていた。
財務部にいた女官姿の令嬢とは雲泥の差だ。
明るい性格で気配り上手なルーナを、シンシアは気に入った。
直ぐに仲良くなり王宮で何度がお茶会をした。
「 殿下にお伝えしたい事がありますので、お呼び頂いても宜しいですか? 」
シンシアがルシオを呼ぶと、ルシオは直ぐにやって来て2人で楽しそうに話をしていた。
この2人……
お似合いだわ。
お茶会に来る度に……
ルーナ嬢はお兄様を呼んで欲しいとお願いして来るし、お兄様が来れない時はお兄様の事をあれこれと聞いて来る。
ルーナ嬢はお兄様の事が好きなのだわ。
お兄様も……
ルーナ嬢と話をしてる時は嬉しそうにしてる。
もしかしたら……
2人は想い合っているのに、王命が下ったからお兄様には仕方無しにソアラ嬢と仲良くしてるのかしら?
そうに違いない。
ならばと。
この公爵家の人達が揃うクリスマスパーティーで、ソアラ嬢はお兄様に相応しく無いと皆に思わせたら良いのでは?
公爵家の人々達からもそう言う意見が出れば、お父様もルーナ嬢を選んでくれる筈だわ。
同じ伯爵令嬢なんだから。
可愛らしい顔の方が良いと思うに決まってる。
なので母親に頼んで、無理矢理にこのクリスマスパーティーに参加した。
皆にソアラ・フローレン伯爵令嬢が王太子妃として相応しくないと思わせる為に。
シンシアはソアラに仕えている侍女のドロシーから、ソアラは紺色のドレスを着る事を聞き出した。
シンシアがピンクのドレスを着ると皆に通達をしたのはルーナの為だった。
そう言えばソアラはピンクのドレスを着ないと思って。
ピンクのドレスはルシオの好きな色のドレスなので、ソアラも着るかも知れないと思ったからで。
まあ、ソアラは元々着る予定は無かったのだが。
そうして……
ルーナにはピンクのドレスを着て来る様にと連絡したと言う。
この作戦はとても上手くいった。
皆がソアラ・フローレン伯爵令嬢に批判の目を向けている。
シンシアは満足感でいっぱいだった。
***
「 わたくしの確認不足です。王女殿下に不快な思いをさせました事をお詫び申し上げます 」
ソアラは深く深く頭を下げた。
どんな理由があったにせよ、ルール違反をしてシンシア王女殿下を不快にさせたのは事実。
誠心誠意謝罪するしか無いと思いながら頭を下げた。
「 なっ!? シンシアのやつ! 」
ソアラが頭を下げる所を、少し離れた場所から見ていたルシオは直ぐにそこへ向かった。
シンシアは……
一体どんな理由があってソアラに頭を下げさせてるのだと。
王族と同じ色のドレスを着てはいけないと言うルールがある事は知ってはいたが……
ソアラとシンシアが、同じ色のドレスを着てるなどは気にも止めていない事だった。
男性陣がそこに疎いのは仕方が無い。
それはカールも同じで。
ソアラがシンシアに頭を下げてる姿に驚きながら、ルシオの後ろを追った。
しかし……
その時。
「 お許し下さい! 」
ルーナがソアラの前に庇うように立ち、シンシアに頭を下げた。
ピンクのドレスがヒラリと揺れて。
「 ソアラは舞踏会には参加した事が無いので、そんなルールがある事を知らなかったのです。舞踏会に程に出ているわたくしが教えて上げるべきでした。悪いのはわたくしです! 」
責めるならわたくしを責めて下さいと言ってルーナは深く頭を下げた。
顔を上げると……
その薄い茶色の大きな瞳には涙を浮かべていて。
明るい栗色のウエーブのかかった髪を揺らして、皆をゆっくりと見渡した。
その姿はとても崇高な姿だった。
「 えっ!? 」
ルーナは何を言ってるの?
学園ではマナーの授業がある。
私が満点だったのを知っている筈なのに。
私が知らない訳がない。
「 まあ! ルーナ嬢は優しいのね 」
シンシアは口を押さえながら感嘆した。
友達思いの本当に素敵な令嬢なんだわと、すっかり感動したシンシアはルーナの手を取った。
ルーナはシンシアとのお茶会でソアラの事も話していた。
2人は幼馴染みで、王宮の経理部で一緒に働いていて。
学園時代は侯爵令嬢達から苛められていた自分を、ソアラがずっと庇ってくれたのだと。
顔が可愛いからと言うだけで、理不尽に苛められたと言っていたのだ。
ソアラ嬢に恩を感じているのね。
シンシアはルーナに心を打たれた。
「 ええ……優しいルーナ嬢に免じて許しますわ 」
シンシアはチラリとソアラを見て扇子を広げて口元を隠した。
「 貴女……優しい友達がいる事を感謝する事ね 」
「 あっ! ……有り難うございます 」
ソアラはまた深く頭を下げた。
何だかよく分からないが……
ルーナが庇ってくれたから、シンシア王女殿下の怒りが収まったのだ。
ソアラはルーナにも頭を下げた。
その様子を見て、ルシオはソアラ達がいる輪の中に入る前に足を止めた。
ルーナ嬢がいてくれて良かったと思いながら。
本来ならば口を出すべきでは無いが。
相手は王女だ。
彼女を律する事が出来るのは……
両陛下と自分だけなのだからと、2人の間に割って入るつもりでいた。
ルシオに向かってルーナがとびきりの笑顔で微笑んだ。
本当に可愛らしい顔をしている。
ピンクのドレスが良く似合う。
彼女はよく気が付くし、気配りも出来る素晴らしい令嬢だ。
そして……
勇気がある上に行動力もある。
ソアラは良い友人を持っているとルシオは改めて思うのだった。
この女……
ルシオ様が近付いて来たタイミングでソアラ嬢を庇ったわ。
リリアベルはじっくり見ていた。
このルーナと言う令嬢を。
やっぱりあの時に庭園で騎士と抱き合っていたのはこの女。
しかもこの女が自ら言ったのだ。
「 ソアラは舞踏会には参加した事が無いから と。
友達は言っていた。
王宮の舞踏会で騎士と抱き合っていた令嬢は、経理部に勤務する事になったと。
舞踏会にはデビュタントの時と最近に1回しか行った事が無いと言うソアラ嬢の言葉が気になって少し調べたのだ。
経理部にはソアラ・フローレンとルーナ・エマイラの2人しか令嬢はいないと言う。
間違いない。
あの女はこの女だ。
いや、2人を見れば一目瞭然だ。
どちらが男好きのする顔なのかは。
リリアベルはあの時、ソアラに助けられた事に凄く感謝していた。
そして何よりも……
あの路地裏にソアラを呼び出した理由を、彼女が言わなかった事が嬉しかった。
それはルシオに自分のどす黒さを知られたくなかったからで。
自分の勘違いのせいであんな事になったのだから。
まだルシオへの恋心は残っていた。
リリアベルとソアラとルーナは同学年だ。
あの事件の後に……
リリアベルは学園祭の人気投票では、何時もルーナ・エマイラ伯爵令嬢と言う名前が1位だった事を思い出した。
王太子になる為の教育に忙しくて当時は興味は無かったが。
何しろ……
あのアメリアに勝たなければならなかったのだから。
もしも……
ルシオ様の婚約者候補で無かったのなら……
1位は自分だったのにと、今更ながらにルーナにライバル心が芽生えるのだった。
そして……
後でシンシアにルーナの正体を教えようと思った。
この女はルシオ様に相応しく無い女だと。
***
会場の皆がこの騒ぎの成り行きを見つめていた。
ルーナがソアラを庇い、ソアラが謝罪した事をシンシアが受け入れる事でこの騒ぎは終息した。
ルシオも取り敢えずは満足だった。
シンシアは後から叱ろうと思っていた。
皆の前でソアラを戒めた事を。
まさかシンシアがそんな事をするとは思わなかった。
まだ子供なのにと。
どんな理由であったのかは知らないが……
ソアラは自分の婚約者になる令嬢だ。
そこをしっかりと分からせなければならないと思っていて。
俯いて立ち尽くしているソアラの側にルシオが行こうとした時……
「 お待ち下さい! 」
落ち着いた女性の声が辺りに響いた。
声の主はアメリアだった。
アメリア・サウス公爵令嬢。
彼女はドルーア王国では最高峰の貴族令嬢だ。
「 シンシア王女殿下はおいたが過ぎましたね 」
アメリアはそう言ってシンシアの前に進み出た。




