閑話─芽生えた嫉妬の心
ルシオとソアラはあの事件の後、2人で王室御用達の店に行った。
ソアラがドレスを買って欲しいとおねだりをしたからで。
ルシオは怖い思いをしたソアラに何かしてあげたくてたまらなかった。
男にグーパンを食らわして拳を赤くしているソアラを無茶苦茶に甘やかしたくて。
「 店の中にあるピンクのドレス以外は全部買おう! 」
「 いえ! 1着で結構ですから! 」
「 君は何を着ても似合うから、店にあるドレスを全部君に着せたい 」
「 ……1着で結構です!」
まるで駄々っ子の様に全部買うと言って甘い顔をするルシオと、1着で良いと言って厳しい顔をするソアラの激しい攻防戦の結果……
ドレスを3着だけ買う事になった。
間近に迫ったクリスマスパーティー用に1着と、新年祭の晩餐会と舞踏会用に1着ずつ買うと言う事で2人の折り合いが付いた。
支払いは王室のお金じゃなく、殿下の個人資産で買うとのだと言われても、王室のお金が無くなっているこの状況下ではそれを素直に受け取れない。
何よりも……
無駄な物にお金を使いたくないのがソアラのポリシーだ。
「 王妃陛下から贈られたドレスが何着もあるのですよ 」
「 僕が贈ったドレスを着て欲しいんだよ 」
そう言うルシオの顔は限りなく甘い。
そんなルシオの顔を見て店のスタッフ達は驚いていた。
「 お店には随分と紺のドレスが多いのですね? 」
試着室で店のスタッフにドレスを着せて貰いながらソアラは聞いた。
「 王太子殿下の瞳の色は、やはり人気がありますからね。特に公爵令嬢が婚約者候補が外されてからは…… 」
……と言って、店のスタッフは慌てて口を押さえた。
まるで令嬢達が王太子殿下を狙ってるみたいな言い方だったと思って。
チラチラとソアラを見て様子伺いをしている。
殿下は麗しの王太子殿下と言われている程の王子様だ。
今までは公爵令嬢の2人が婚約者候補だったから、殿下を狙う事は無かった。
しかし……
相手が伯爵令嬢の私ならば……
勝てると思っているのだろう。
それは当然な事だとソアラは思うのだった。
試着室からドレスを着て出て来たソアラを見てルシオはデレた。
「 やはり……サファイアブルーのドレスがよく似合う 」
「 わたくしはこの色が好きなんです 」
そうか……
ソアラは僕の瞳の色のドレスが着たかったのか。
あの舞踏会の時も……
ソアラは紺色のドレスを着ていた。
ピンクのドレスも似合っていたが。
サファイアブルーのドレスは特別に似合う。
ソアラに好きだと言われたルシオはずっと嬉しそうにしていて。
そして……
ソアラはモデル体型だからか、どのドレスも手直しをしないで済んだ。
「 素晴らしいです。正に理想的な体型です 」
「 お直しをしないで店のドレスが着れる女性は初めてです 」
スリスリスリスリと胡麻を擂って来る店長やスタッフ達。
胡麻など擂られた事の無いソアラは、どんな顔をしたら良いのか分からずに戸惑ってしまっていて。
「 マゼラン!僕の婚約者は可愛らしい令嬢だろ? 」
前に言った通りだと言って。
「 本当に……殿下の仰っていた通りに……お可愛らしいお方ですね 」
店長や皆は巧みに営業スマイルをしてはいるが、ビミョーな顔をしている。
そりゃあそうだろう。
あんなに美しいアメリア様とリリアベル様を側で見ていた筈なのに……
私を可愛いとか言う殿下はおかしい。
殿下の目が悪くなったのかと思っているに違いない。
「 殿下! 皆に可愛いとか言うのは止めてください! 」
「 どうしてだ? 君が可愛いのは…… 」
ソアラはルシオの言葉の続きを遮って、ルシオの腕を引っ張った。
「 殿下! 疲れましたからもう帰りますわよ! 」
このまま店にいたら何を言われるのかたまったもんじゃないと。
ソアラに手を引っ張られながら……
嬉しそうな顔をしたルシオは店を出て行った。
そんな2人を見送った店長は……
王太子殿下は新しい婚約者候補のフローレン伯爵令嬢を寵愛していると踏んだ。
支店長は恋多き男だった。
2人の美しい公爵令嬢とは違って、あんな普通の顔をした令嬢を何故とは思うが。
兎に角王太子殿下はあの伯爵令嬢に恋をしている事は間違い無いと。
私の目に狂いは無い。
恋多き男の直感が働いた。
いや、この店にいる誰もがそう思う程に、ルシオのソアラを見る瞳は甘かったのだが。
この日王室御用達店では……
ソアラ・フローレン伯爵令嬢を、VIP待遇として扱う事を全スタッフに通達されたのだった。
全部お買い上げして貰いたい店側としては……
王太子殿下の申し出を断り、1着で良いと渋るこの令嬢はただ者ではないと思いながら。
***
帰城する馬車の中で……
ソアラはルシオにおねだりをした事を後悔していた。
あんな恥ずかしいやり取りを……
皆が見ている前で繰り広げたのだから。
どうかしていたのだ。
殿下が自分を優先してくれた事が嬉しくて。
つい甘えてしまった。
お姫様抱っこにテンパってしまった。
王子様がお姫様抱っこをしているのだ。
それも抱っこされてるのは私。
もうこんなのだれだってテンパらないわけがない。
そして……
殿下がリリアベル様にピンクのドレスを贈った時の事を想像した。
ピンクのドレスを着たあの男爵令嬢が、殿下に胸を押し付ける姿も。
それが凄く嫌だった。
胸が苦しくなる程に。
きっとこれが嫉妬なのだろうと思った。
今まで嫉妬などを抱く事は無かった。
全てを仕方無いと思って生きて来たのだから。
側にいればいる程に……
どんどん欲が出て来る。
殿下の過去は知っている筈なのに。
私のような者が……
嫉妬をするなんて烏滸がましい事なのだと分かってはいるのに。
男性を好きになると言う事は……
こんなにも苦しいものなのかと、ソアラは初めて知ったのだった。
この話でこの物語の前半の終わりです。
次話から第2章が始まります。
この続きも宜しくお願いします。
読んで頂き有り難うございます。