侍女達からの叱責
「 それで?…… 殿下を見上げたソアラ嬢があまりにも可愛くて思わずキスをしたと? 」
「 そうだよ 」
可愛らしい顔が僕の直ぐ目の前にあって、気付いたらキスをしていたんだとルシオは言う。
文机の上に突っ伏したままで。
カールは父親であるランドリア宰相に呼ばれて出向いていた。
戻って来たらルシオが文机の上に突っ伏していると言う有り様で。
ソアラ嬢はいないし一体何があったのかと聞けば、ソアラ嬢にキスをしたのだと言うではないか。
それも唐突に。
殿下は狼になってしまったのだ。
あれ程釘を刺したのに。
「 それで……狼狽えて言った言葉が、ソアラ嬢と閨を共に出来るか試したかったと…… 」
「 そうだよっ! 僕は最低な事を言ったんだ 」
何でそんな事を言ったのかが分からない。
悲しそうな顔をしたソアラを見て、言ってはいけない事を言ったのだと気が付いたのだ。
「 それでそんなに項垂れているのですか? 」
「 僕は……どうしたら良い? 」
文机に突っ伏しているルシオが顔をあげて、カールを見た。
何時ものキリリとした眉毛が下がっていて、なんとも情けない顔をしている。
あの麗しの王太子と言われ、その美丈夫振りで国民達を魅了していた王子が……
婚約者候補である美貌の公爵令嬢の2人を相手にしていた王子が……
この有り様でなのである。
カールはこんなルシオは見た事が無かった。
ルシオは子供の頃から、常に冷静沈着でスマートな行動が出来る王子だった。
何事にも慎重だから失敗などした事も無く、失言なんて皆無だったのだ。
それが……
ソアラに限っては、出会いからとんでも無いポンコツ振りを披露した。
いや、出会う前からポンコツな事をしていたのだ。
ドレスのサイズを間違えて贈ったり。
そんなソアラとは一度は縁が切れたかに思えたが……
再び結ばれた縁でも見事なポンコツ振りを見せているのである。
そんなルシオが面白くて仕方無いのが側近のカールだ。
「 いきなりキスをしたのは最低ですが……試すのは重要な事だと思いますよ 」
王太子と王太子妃が白い結婚では困りますからと言って。
ソアラからも同じ事を言われた。
だけど試した訳では無い。
そんな事を少しも思ってはいなかった。
気が付いたらキスをしていただけだ。
キスをされた事に怒ったのか……
それとも試したと言った事に怒ったのかが分からない。
堂々巡りの考えがルシオの頭の中をグルグルと駆け巡っていた。
「 それでどうでしたか? ソアラ嬢と閨は出来そうですか? 」
「 カール黙れ! 無粋な事を聞くな! 」
ルシオは声を荒らげて、またまた文机に突っ伏した。
カールに相談した事が間違いだった。
恋をした事の無いカールなんかに僕の気持ちが分かるわけがないんだ。
そうカールもポンコツだった。
「 えっ? ……恋? 」
これは恋なのか?
ルシオは自分のソアラを想う熱に気付いていた。
ただその想いは……
ソアラが自分の妻になる事が決まったからだと思っていて。
アメリアとリリアベルのどちらかと正式に婚約が決まったのなら、多分彼女達にもこんな気持ちになるだろうと思っていたのだ。
ずっと自分の妃は大切にしよう考えていた。
喩え王命であろうとも。
自分との子を産み育て、国を担うパートナーとして共に生きていくのだからと。
自分には世嗣ぎである王子を残さなければならないのだ。
それは王太子である自分の責務。
だから……
あんな言葉が出てしまったと言う。
決して間違ってはいないのだ。
間違ってはいないがそれを口にしてはいけなかった。
あんな事を言われてたら誰だって傷付く。
「 わたくしは合格ですか? 殿下はわたくしとちゃんと出来ますか? 」
貴族令嬢であるソアラにこんな事まで言わせてしまったのだ。
ルシオは頭を抱えた。
それでなくてもソアラは常に自分との間に線引きをしていた。
王太子である自分の立場は勿論だが……
出会いが出会いだったから、そんな風になるのは仕方無いと思っていた。
だから嬉しかったのだ。
ソアラが手を繋げと甘えて来てくれた事が。
これで……
クリスマスのファーストキスに一歩近付けたと思っていて。
クリスマスには王宮でパーティーがある。
そこでダンスをして。
庭園で指輪をプレゼントをして。
そこでキスをしようと綿密に計画を立てていたのだ。
もう指輪も用意してある。
それなのに……
僕はこんな形でソアラとのファーストキスをしてしまった。
ルシオは抑制出来なかった自分を呪った。
何故こうもソアラの前ではポンコツなのかと。
クリスマスは絶対に良い思い出にしたい。
そう思ったルシオはヨロヨロと立ち上がった。
窓の外はすっかり日が落ちていて。
丁度ディナーの時間だから、ソアラを食事に誘おうと思って。
どうなるかは分からないが。
兎に角会って話をしなければ。
「 あれ? 殿下は ソアラ嬢に許しを乞いに行かれますか? 」
「 ああ…… 」
「 どうかご武運を…… 」
カールに見送られてルシオは財務部の部屋を後にした。
***
ソアラの部屋は王宮の客間を使っている。
外国からの王族が来国して来る事から、王宮にある何十部屋もある客間の1つだ。
ソアラの部屋に訪れたルシオは、出て来た侍女からソアラが熱を出していると告げられた。
「 えっ!? 熱? 」
先程診て貰った医師からは、過労で身体が悲鳴をあげたのだろうと言う診断が下りたと、侍女のマチルダが詳細をルシオに伝えた。
「 ……ソアラを見舞いたい 」
「 ソアラ様はお薬をお飲みになられて、たった今お休みになられました。お医者様からは暫く休養する様に言われています」
そう言うマチルダは何だか怒っていて。
「 殿下……お2人の間に何があったのかは敢えて聞きませんが…… ソアラ様は殿下にとってはどう言うお方なのですか? 」
「 ?……彼女は僕の婚約者だが? 」
これだけは確かな事。
ノース一族は皆知っている筈だ。
マチルダが何故こんな事を言うのかは分からないが。
「 だったらもっと大切にしてあげて下さいませ! 」
「 ?……大切にしているつもりだが…… 」
「 いいえ! 殿下はソアラ様の事を何も考えてあげてはいないですわ 」
「 ……どう言う事だ? 」
頭を下げたままのマチルダの顔は見えないが。
その声は震えている。
「 ソアラ様がここに来て3ヶ月あまりが過ぎました。その間殿下は彼女とお出掛けをなさいましたか? 」
「 ……… 」
「ずっと王宮に閉じ込めて仕事ばかりさせられて、ストレスが溜まって病気になるのは当たり前ですわ 」
最後の語尾は涙声になっていた。
その時ドアがカチャリと開いた。
ソアラかと思って一瞬ドキリとしたが……
現れたのはサブリナとドロシー親子だった。
「 慣れない王宮生活な上に、過労で熱が出るまで仕事をさせるなんて、殿下はソアラ様の扱いが酷過ぎます 」
サブリナはルシオの前に立つなりいきなり吠えた。
「 街にも遊びに行けなくて、お友達にも会えないなんて……わたくしなら耐えられませんわ!」
ドロシーはソアラよりも3歳年上で、3人の中では一番ソアラに近しい若い令嬢だ。
3人の怒りは凄まじかった。
それはもうキャンキャンと。
彼女達は王妃付きの侍女だが、ソアラが入内してからはずっとソアラに就いていた。
侍女のいない生活をしていたソアラに、王族としての生活のあり方を教えていた。
まだ本格的なお妃教育は始まってはいないが、彼女達から教わる王宮での数々の事がソアラにとっては有り難かった。
ルシオは侍女から叱られるなんて事は初めての事だ。
王族に仕える侍女は高位貴族に限れていて、王妃に仕える彼女達はかなり優れた侍女達だ。
だから……
王太子を叱るなんて事はあり得ない事なのだが。
彼女達も罰が下るのを覚悟で王太子に進言して来たのだ。
勿論、罰など下さないが。
ソアラは愛されているのだなと思った。
この短い期間で……
こんなにも彼女達から大切にされているのだ。
「 僕は……大切にして無かったな…… 」
自分達の都合ばかり押し付けて。
自分の気持ちばかりを押し付けて。
王命だからと言う言葉だけにとらわれて、彼女の気持ちに添うことをしていなかった。
ルシオは王太子宮に戻る廊下を歩いて行く。
その廊下がやけに長く感じた。




