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扉の向こうへ

 




「 ソアラ! 私も昨日からここで仕事をしているのよ! 」

 ソアラに抱き付いて来たルーナはとても甘い香りがした。


 背の低いルーナはソアラとは背の高さが10センチは違う。

 ソアラの背が高いのではなくルーナの背が低いのだが、ルーナと並ぶとソアラの背がかなり高いと思われてしまうのだ。


 背の高いソアラが羨ましいとルーナは言うが、とてもそんな風に思っているとは思えない。

 彼女は自分の可愛らしさを存分にアピールする振る舞いをするのだから。



「 ルーナは……どうしてここに? 」

 私が財務部の仕事をしている事は極秘だった筈。


 お妃教育として入内している筈の王太子殿下の婚約者候補が、まさか女官の格好をしてここにいるとは誰も思わないだろう。


 ましてやこの何処にでもいるありふれた普通顔だ。

 女官姿のソアラはここに来た人達の印象にも残らないみたいで、誰もソアラだと気付く者はいなかった。



「 ソアラがここで働いていて、大変そうにしているとブライアンが教えてくれたのよ。だからソアラの力になりたかったの 」

「 ブライアンが? 」

 ルーナの婚約者であるブライアンは騎士だ。


 何度かこの部屋の護衛に来た事がある。

 その時は何のリアクションも無かったから、私の存在に気付いて無いのかと思ってた。


 私の横にルーナがいなかったから、私の存在に気付いたのかも知れない。

 何時もはルーナしか見えていないのだから。



 ソアラがそんな事を考えている間も、ルーナは可愛い声でお喋りを続けていて。


「 私もここで働けるようにして欲しいと殿下にお願いをしたの 」

 ソアラが居なくなってずっと寂しかったわと言って。



「 昨日、殿下にこの部屋に案内して頂いたのに、ソアラが居なくてガッカリしたわ 」

「 殿下に? 」

「 そうなの。朝、出勤したら……いきなり殿下が経理部に現れたからビックリしたわ 」


 そして……

 強引に私をここに連れて来たのよと言いながら、クスクスと笑った。

 その顔がとても可愛らしい。



「 今度は私の手に口付けはしなかったけれどもね 」

 ……と、ソアラに顔を近付けて小さな声で囁いた。


「 ……… 」

「 あの時殿下は私を選んだのに…… ブライアンがいたから……」

 ルーナはそう言って肩を竦めた。

 ペロリと舌を可愛く出して。



 ソアラは……

 どす黒い感情が湧いてくるのを必死で抑えていた。




 ***




 財務部の6人が2人の元へやって来た。

 するとルーナはソアラの腕に自分の手を回して来た。


「 経理部に()()()()()()みたいな可愛い令嬢がいるなんて知らなかったなぁ 」

「 昨日は()()()()()()が大活躍だったからね 」

「 納税に来たハウンド侯爵も誉めていたよ 」

「 そんな……私なんか大した事ありません。皆様が優秀なだけで…… 」

「 いや、仕事を覚えるのが早いと皆で話しているんだ 」


 ルーナはソアラの腕に手を回しているから、2人は並んで立っているのだが。

 しかし皆はルーナだけを見ていて。



 そう……

 これは何時もの事。

 ルーナがそこにいれば皆はソアラの存在を忘れる。


 この6人でさえも。


 今まで……

 あれだけソアラの事を必要としていた彼等も例外では無かった。



 次の瞬間……

 ルーナがソアラから腕を離して女官のドレスの裾をフワリと翻した。


 女官の制服のドレスは翻る事は無いのだが。

 彼女が動くと何故だかフワリと翻る。

 ルーナはその動作の1つ1つが可愛らしかった。



「 殿下! お早うございます 」

 可愛らしい声でそう言って……

 王族専用の扉から現れたルシオの元へ駆けて行った。


「 やっとソアラに会えましたわ。ソアラも私が来た事を喜んでくれましたわ 」

 有難うございますと言って、ルーナはルシオに可愛らしくチョコンとお辞儀をした。



 ルーナは気配りが出来る令嬢だった。

 周りの事を常に見ていて……

 それだから誰よりも素早く動けるのである。


 誰かが荷物を運んでいたら直ぐに駆け寄って手伝う。

 おっとりしている様に見えて彼女の行動は素早い。



 学園でもそうだった。

 先生達の手伝いを率先してやるから先生達からの受けも良かった。


 そんな所があざといと言われて一部の女生徒達からは苛められていたが。


 しかし……

 ルーナのそれは先生や男子生徒に限った事では無いので、それは彼女の性分なのだと言う事をソアラは知っていた。



「 わたくしのお願いを叶えて頂けて嬉しいです 」

「 いや、我々もそなたの申し出に感謝している 」

 ルーナは少し恥ずかしげにルシオを上目使いで見つめていて。

 ルシオもルーナを優しく見つめている。


 互いに見つめあって話をするルーナの姿がアメリアと重なった。



 殿下とアメリア様のこんな姿を見ても何とも思わなかったのに。


 寧ろ……

 今すぐに殿下がアメリア様と結婚をすると言っても、私はきっと喜んで祝福出来るだろう。


 あの時、殿下とデートをしていたマリアン侯爵令嬢と結婚すると言われてもだ。



 だけど……

 ルーナだけは嫌だ。


 彼女はブライアンと言う婚約者がいるのに、何故殿下にそんな顔が出来るの?

 殿下の前でそんな可愛らしい所作をする必要がある?



 ソアラは……

 ブライアンの家でお茶会をした時の事を思い出していた。


 あの時ブライアンはルーナに恋をした。

 その瞬間をソアラは目撃したのだ。


 初恋の(ひと)が、自分の友達に恋に落ちる瞬間を。



 殿下もあの時……

 ルーナに恋をしたのかも知れない。

 彼は跪いてルーナの手の甲にキスまでしたのだから。



 ソアラは自分が婚約者に選ばれたのは、経理部に勤務していたからだと思っていて。

 2人しか女官のいない経理部で、一人は婚約者がいるのだから必然的に自分が選ばれたのだと。


 王太子が恋をしたと言うのなら、お相手の令嬢に婚約者がいても王命でなんとでもなる筈だ。


 だから……

 ルーナとブライアンの婚約を解消させる事も可能なのである。


 ソアラは胸がズキリと痛んだ。



 そして……

 更にショックな事をヒルストンから言われる。


「 殿下! 昨日はソアラ嬢がいなくても、滞りなく終わる事が出来ました 」

 ルシオに挨拶をしたヒルストンが昨日の報告をし出した。


「 !? 」

 これは……

 どう言う意味?


 ソアラの心臓がバクバクと早鐘の様に鳴る。



「 ……と言う訳です。我々もかなり成長しましたから 」

「 そうか……それは何よりだ 」

「 もう…… 」

 ヒルストンが更に話を続けるが……

 それから先は聞きたくない。


 ソアラは指先がどんどんと冷たくなるのを感じていた。


「 ここにはルーナ嬢がいれば大丈夫です! 」

 ヒルストンは嬉しそうにルシオにそう言った。



 私は……

 もう必要が無いと言う事?


 この2ヶ月間ずっと皆で頑張って来て……

 仲間だと思っていたのに。


 他の5人を見れば……

 皆もうんうんと頷いていて。



「 皆様! そんな事を仰ったらソアラが可哀想ですわ 」

 その時、ルーナが声を上げた。


 怒った様な顔をしながら可愛らしく皆を睨み付けるルーナに……

 抑え込んでいたどす黒い感情が湧き上がって来た。



 私が何時あんたが来て喜んだと言った?

 あんたと離れられてせいせいしていたのよ?

 あんたがいるから私は常に皆から無視されるのよ!


 頭の中はぐちゃぐちゃだった。


 もう……

 消えてしまいたい。



 その時……


「 では、今日からソアラは僕が連れて行くからね 」

「 えっ!? 」

 俯いていたソアラと、ルシオの前にいたルーナが同時に驚きの声を上げた。



 ルシオはソアラに視線を合わせた。

 その美しい顔が優しく微笑んでいる。


 そして……

 ソアラに向かって手招きをした。


「 ソアラ! おいで 」

 とても甘い顔と、とても甘い声で。


 呼ばれるままにソアラはルシオの側に歩いて行く。

 中々足が前に出て行かない。


 何だか泣きそうで。

 下唇を噛み締めながら……

 ソアラは一生懸命ルシオに向かって歩いて行く。



 この時……

 ソアラは初めてルシオに自分から手を差し出した。

 手を繋いて欲しくて。


 一瞬目を見開いて驚いた表情をしたルシオは、直ぐにソアラと手を繋いだ。

 とても嬉しそうな顔をして。



 手を繋いだ2人は……

 そのまま歩いて王族専用の扉から出て行った。



「 待って! やっとソアラと一緒に仕事が出来ると思ったのに 」

「 ルーナちゃん! そこは王族専用の扉ですから、貴女は入れません! 」


 扉が閉まる寸前に……

 そんなやり取りをする声が聞こえた。













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― 新着の感想 ―
[一言] うわあ、やっぱりそっちの子でしたか、ルーナちゃんとやらは。 でも最後の場面で少しだけ溜飲が下がりました。 少しだけ。 きっとまた何か仕出かすのでしょうねえ。 続きを楽しみにしております!…
[一言] 強力なザマァじゃなくても、あざとい女がスルーされるって、こんなにスッキリするのかと驚きました。 某公爵令嬢と王子様のストーリーの最後の方は、心が痛くて未だ最後まで読めないけれど、このお話は…
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