新しい風
この日はノース家が納税にやって来た。
勿論、当主は宰相ランドリア・ノース公爵だ。
嫡男であるカールも一緒だった。
サウス家の時とは全く違って。
国王陛下や王太子殿下が登場しても、一族の忘年会を一足早くやっている様な楽しい雰囲気だった。
財務部の6人も全く緩んでいて、カールと世間話をしながら書類のチェックをしている。
しかし……
この中で一人気炎を吐いているのは、全く他人なソアラ。
さっきから神妙な顔付きでお金をせっせと数えている。
このノース家が一番怪しいとにらんでいて。
この一族のゆるゆるな顔を見ていると、自然とファイターになるのである。
しかしこの一族。
ただ……
顔だけは良い。
ここにいる皆の顔の偏差値が凄過ぎる。
朝、鏡に映っていた自分の顔を思い出す。
何て普通の顔なんだと。
連日の仕事で若干疲れているから余計にそう思うのだった。
その一族の中でも、一番の美しい顔がソアラの目の前にいて。
お金を数えるソアラを楽し気に見ているのである。
ソアラの座る文机の前に自分が座る椅子を持って来て、片肘を文机の上に付いてソアラを見ている。
「 殿下……何か御用ですか? 」
扇形になっている紙幣の上からルシオを見やった。
「 お金を数える君を見ていたくて 」
「 ? 」
成る程。
お金を数える姿が珍しいのか。
確かに……
王子様が財布を出す姿は想像出来ない。
小銭を財布から出す所も。
そもそもお金を触った事も無いのかも知れない。
勿論、数えた事も無いのだろう。
王子様がお金を数えてる物語なんか読んだ事は無い。
その王子様が……
嬉しそうな顔をしてお金を数える自分を飽きもせずに見ている。
それならばとソアラは必殺技を披露した。
お願いだから私の顔は見ずに……
手元だけを見ていて下さいねとばかりに。
ルシオは手を叩いてソアラの必殺技を喜んだ。
ノース家の人々は、そんな楽しそうな2人の様子を見ていた。
あまりジーっと見るのもなんなので。
チラチラとチラ見をしながら。
「 なあ、カール。殿下とソアラ嬢は偽装婚約じゃ無いのか? 」
「 えっ? どうして? 」
ソアラが入内して来た時にそう言っていたと、財務部の部長のヒルストンはカールに説明した。
「 財務部で調査をする為の偽装婚約だって!? 」
「 違うのですか!? 」
食い込んで来たのはタンゾウだった。
いや、3人の親達も真剣だ。
何を真剣になっているのかと、カールはテーブルの上に置いてあるお茶をカップに注いだ。
納税の期間中は、侍女やメイド達はこの謁見の間には立ち入り禁止なので、お茶は自分達でいれる事になっていて。
「 ソアラ嬢は殿下の婚約者ですよ 」
「 だけど……婚約者候補と…… 」
「 それはまだ正式な発表をしてないから候補と言ってるだけです 」
「 この納税期間が終わったら、正式に婚約をする予定です 」
カールはそう言ってソアラの前にいるルシオを見た。
ルシオはまだソアラの前に座っていて、ソアラを甘い甘い顔で見ている。
「 正式な婚約者…… 」
「 では、ソアラ嬢は王太子妃になるのですか? 」
「 殿下と結婚をするのですから当然です! これは正式な王命ですから 」
ソアラ嬢も勘違いをしているようだと、ルシオが言っていた事をカールは思い出していた。
婚約者候補としたのがいけなかったのだ。
きっとこんな風に勘違いをしている人達が多い筈だ。
早く正式な婚約を発表せねばとカールは強く思うのだった。
財務部の6人はショックを受けていた。
ソアラからは調査をする偽の偽装婚約だと聞いていたからで。
この仕事が終わりソアラが王宮を出たら、フローレン家に正式に婚姻の申し込みをしようと思っていた。
特に親達はかなり本気だった。
この頭の良い令嬢のDNAを自分の家系に入れたいと考えたからで。
***
「 殿下は 暇なのですか? 」
もう、必殺技は出し尽くしたのだ。
こんな綺麗な顔が目の前にあるのが耐えられない。
何よりも……
こんな至近距離で見られている事にも限界だ。
「 君の美しい顔を見ていたいんだ 」
「 なっ!? 」
何の冗談?
慌てたソアラはお札を落としそうになった。
「 間違えたらどうするのですか!? 邪魔ですので向こうに行って下さい! 」
真っ赤の顔になったソアラは、お札を束ね直しながらルシオを睨んだ。
「 分かった分かった。退散するよ 」
間違えたら大変だと言って、座っていた椅子から立ち上がってソアラから離れた。
ルシオがカールの所にやって来た。
とても楽しそうな顔をして。
「 邪魔だなんて言葉、初めて言われたよ 」
怒った顔が本当に可愛らしいと言って。
カールを始めノース家の人々は、勿論こんなルシオを見るのは初めてで。
いや、王太子殿下に邪魔だと言った令嬢も初めてなんだが。
アメリアとリリアベルといる時とは全く所為の違うルシオを見ていると、王命は偽装では無かったのだと財務部の6人は改めて認識したのだった。
どうやら殿下は彼女に想いを寄せているようだと。
「 2人の仲は順調のようだな 」
国王の椅子に座りランドリアと話をしていたサイラスは、2人の様子を見て満足そうな顔をした。
「 陛下の後押しのお陰ですね。殿下がとても楽しそうです 」
「 ああ、良い顔をしている 」
ルシオはソアラを好いているとランドリアから聞いたサイラスは、王太子の恋を応援していた。
自分の時は……
エリザベスを想いながらも中々告げられずにいた事から、業を煮やしたエリザベスに夜這いまでさせてしまったのだから。
そして……
カールからルシオの気持ちを聞いていたランドリアも満足していた。
王妃陛下にこの様子をお伝えせねばと心が弾んだ。
全ては……
エリザベス王妃の企みから始まった事なのだから。
***
その後はファイターに戻り、ゆるゆるの申告書を提出して来たノース家にもソアラは容赦なくミスを指摘し、やり直しを命じた。
身内だから少々の事は多目に見てくれと、ランドリアに言われたが。
そんなもんは関係無い。
ソアラは彼等とは全くの他人なので。
ノース公爵家の納税も終わると、次の日にはイースト公爵家がやって来た。
リリアベルの家である。
イースト家も完璧では無かった。
凄腕の女官がいると聞いて完璧にして来たのだ。
あのポンコツノース家に笑われないようにと。
しかしだ。
凄腕の女官は1ペナの狂いも許してはくれなかった。
このポンコツのノース家に、こんなに頭が切れる令嬢がいたのかと、仕切り直しを言われたイースト家もスゴスゴと帰って行った。
そして……
ドルーア王国の四大公爵家の最後の公爵家、ウェスト公爵家当主メイソン・ウェストがやって来た。
前政権の宰相の息子である。
流石は5年前まで政権を牛耳っていただけあって彼等は完璧だった。
「 私は財務部で働いていましたから 」と言う男が、ウェスト公爵家の執事をしていて。
ソアラもその繊細な書類を見て感嘆した。
「 ウェスト公爵家の納税が間違いない事を確認致しました 」
財務部の部長のヒルストンが、納税証明書と領収書をメイソンに渡した。
とても悔しそうな顔をして。
公爵家の4家は仲が大層悪いので。
イースト家の納税も同じようだった。
仕切り直しになった3家は修正した書類を再度持参して、公爵家の4家の納税が終わった。
「 やったーっ!!」
「 もう、後は楽勝ですね 」
最大の難関を乗り越えて皆は安堵の声をあげた。
ノース家以外の3家には、かなりの神経をすり減らした事により皆はくたくただった。
何よりもあの当主達を前にしただけで震え上がってしまうのだから。
特に……
各家々の当主や執事達と、度重なる神経戦を繰り広げたソアラは、流石に疲労の色が顔に出ていて。
なので翌日から皆が交代で休みを取る事になった。
「 先ずは、我が財務部のエースのソアラ嬢から休みを取って下さい 」
「 わたくしからで良いのですか? 」
「 はい、殿下からも休ませるようにと言われておりますから 」
「 殿下が…… 」
ルシオは公務で外出をしたりとかなり忙しそうだった。
だけどどんなに忙しくても、1日に1回は必ずソアラの顔を見に来ていた。
ある時は……
「 ソアラ!今から公務で出掛けて来る 」
「 あっ!?……行ってらっしゃいませ 」
王族専用の扉から入って来たルシオは、それだけをソアラに言って、爽やかな笑顔を残して出掛けて行くのだ。
「 殿下ったら…… 」
何だかくすぐったい。
殿下の姿を見ると……
暖かい物が身体の中に広がって行く。
ずっと誰にも気遣って貰えなかったソアラにとっては、こんな風に自分の事を気に掛けて貰える事はたまらなく嬉しい事だった。
***
休みは自宅に帰りたかったが、この期間は帰らずに王宮で過ごす事にした。
何かあったら直ぐに駆け付ける算段で。
「 呼びに来て頂いたら何時でも来れるようにしておりますから 」
ソアラがそう言うと皆はとても有り難がってくれたのだった。
そうして迎えた久し振りの休日は……
だからと言って寝坊する訳でもなく何時も通りに6時に目覚め、何時も通りにウォーキングをした。
12月の朝の6時はまだ陽が昇る前なので空は真っ暗だが、このウォーキングコースはかなりライトアップされて歩きやすい。
どうやら最近以前よりもかなりライトアップされたと聞く。
このライトアップされた素敵な小道は、王族のお客様との夜の散策を楽しむ為なのだろう。
最近は他国からのお客様が頻繁に訪れている事もあって。
こうしてソアラは貴重な休みの日を、読書をしたりマッサージの得意なサブリナにマッサージをして貰って、疲れきっていた身体と精神を休める事に費やしたのだった。
そして……
心配していた呼び出しをされる事も無かった。
翌朝は毎朝のルーティンを終えて女官の制服に着替えたソアラは、謁見の間に向かった。
何時ものように。
サブリナさんのマッサージは最高だわ。
頭がスッキリしているもの。
取り敢えずは最大の難関だと言われていた公爵家の4家が終わったのだ。
勿論、まだ大貴族である侯爵家も残っているし、辺境伯などの大物も控えているが。
兎に角前半戦は終わったと言える事から、ソアラはとても気分が軽やかだった。
「 お早うございます 」
「 お疲れ様です 」
扉の前に立っている警備員に挨拶をすると、彼等が謁見の間を開けてくれた。
何時ものように。
開けた瞬間に……
女性の声がした。
誰かいるの?
この部屋には財務部の男達6人と、警護をする騎士達以外は出入りする者はいない。
侍女やメイド達も出入り禁止で、掃除や給仕も自分達でしている事から、女性の声はしない筈なのだが。
そして何時もなら……
ソアラがやって来ると「 お早う 」と言う声が飛び交うのだ。
ソアラが来るのを待ち構えているかのように。
しかしその声は無く……
女性の可愛らしい声と、彼等の笑い声が聞こえて来るだけだった。
男達が女性を囲んでいるから、女性の姿はソアラには見えなかったが。
聞き覚えのある女性の声に身体が凍り付いた。
その可愛らしい声の主はルーナ・エマイラ伯爵令嬢。
「 ソアラ! 」
立ち尽くすソアラに、女官姿のルーナが駆け寄って来た。
「 私も昨日からここで仕事をしているのよ! 」
可愛らしく笑いながら、両手を目一杯広げたルーナはソアラに抱き付いた。
ルーナも女官姿だった。
ソアラと同じ女官の制服のドレスなのに、彼女が着るとそのドレスの裾は何時もフワリと揺れる。
ルーナの……
甘いバニラの香りがソアラを包み込んだ。
新年一発目です。
今年も宜しくお願い致します。
読んで頂き有難うございます。