特別なお姫様
朝、何時も通りに謁見の間に出勤をする。
謁見の間は国王陛下に直接会う場所で、当然ながら利用するのは、外国からの要人達や国内の高位貴族に限られている。
三段の階段の上には、国王陛下の座る椅子が一脚だけ置いてあると言う格調高い部屋である。
当然ながらその国王の椅子には背を向けられないので、ソアラ達の座るテーブルと椅子は部屋の壁際に設けられている。
その大きな扉の横には配備された警備員が立っていて、大金が集まるこの部屋を守ってくれているのである。
この日はやけに騎士達が多くいて何だか物々しい雰囲気だった。
ソアラが入室すると、中にはもっと沢山の騎士達がいて。
「 お早うございます 」
財務部の6人が集まっている所へソアラが歩いて行く。
お早うと言ってソアラを振り返った皆の顔には、何やら緊張感が漂っていて。
「 何かあるのですか? 」
「 先程、サウス公爵家が納税に来ると連絡が入った 」
「 !?……サウス公爵様…… 」
「 そして……国王陛下もお越しになります 」
「 !? 国王陛下が?」
だからこんなに物々しい雰囲気なのかと、ソアラは謁見の間を見渡した、
ドルーア王国を支える四大貴族の公爵家が納税に来た時には、必ずや国王陛下が顔を出すのが慣わしだと言う。
国の税金の半分近くをこの四家で納めている事から、この大領主達を労う為に。
ソアラ達が準備を終えて緊張の面持ちで待っていると、廊下がざわざわと騒がしくなった。
「 サウス公爵様がお越しになられました 」
国王陛下が直々に挨拶に来る程の大領主がついにやって来た。
今までの領主の納税額とは桁が違う。
初めての大物の登場に気合いが入る。
ローガン・サウス。
サウス公爵家の当主。
彼は……
現国王サイラスの正妃を巡って、エリザベスに負けたナタリーと結婚した。
侯爵家の嫡男でありながらも、サウス公爵家の入婿となった男だ。
貴族にとって……
その家の嫡男を婿養子に出す事などあり得ない事なのだが、先代のサウス公爵に見初められて彼は公爵になったと言う。
開かれた扉からローガンが入室して来た。
財務部の面々にとって、今までの領主達は侯爵である自分達と同等の爵位か下の爵位でしかなかったが、サウス公爵は自分達よりも高位貴族。
なので皆は立ち上がって挨拶をする。
彼は中肉中背で口髭を生やしていて。
美人のアメリアは思いっきり母親のナタリー似である。
そして……
ローガンに続いて令嬢が入室して来た。
えっ!?
アメリア様?
ハーフアップにしたブロンドの髪を靡かせ、鮮やかな深紅のドレス姿で彼女は真っ直ぐに歩いて行く。
流石は公爵令嬢だ。
歩く姿でさえも気品に溢れていて、その優雅な雰囲気に皆は息を呑む。
「 アメリア様は何時も同行されるのですか? 」
ソアラは横にいるタンゾウに小声で聞いた。
「 いえ……今回が初めてです……殿下の婚約者候補から外されましたからね、領地の管理でもするつもりなのかも 」
それにしても殿下の婚約者選びはどうなっているのかとタンゾウがソアラに聞いて来た。
そう言えば……
財務部の皆には、自分は殿下の偽装婚約者候補だと伝えたままだったと言う事を思い出した。
「 さあ? それはわたくしには分かりかねます 」
今はただの女官としてここにいる方が仕事がしやすい。
取りあえずはこのまま黙っておく事にした。
「 国王陛下と王太子殿下のご入場です 」
サウス家の者達が納税金を運び入れた所で、国王陛下と王太子殿下の入場が告げられた。
「 !? 」
殿下も一緒なの?
国王の椅子の横の王族専用の扉から、サイラス国王陛下とルシオ王太子殿下が入室して来た。
ソアラはアメリアを見た。
どんな顔をしているのかと。
自分が新しい婚約者なのも忘れて、すっかり野次馬になっている。
ソアラが2人を交互に見ているように、この場にいる皆も2人を見ていて。
皆は更に緊張感が増した。
ここにルシオが来るとは思わなかったのか、アメリアもルシオの登場に驚いた顔をしていた。
国王陛下と王太子殿下が壇上に並ぶと、男達は胸に手を当てて頭を垂れ女性達はカーテシーをする。
何時もは……
国王陛下がおられると思って礼儀を尽くしなさいと、領主達に言っているのだが。
実際に居るとなるとその緊張感は半端ない。
サイラスが着席をした所で皆は顔を上げて、サイラスは3段下にいるローガンと話をし始めた。
アメリアは……
扉の横に立っているカールの元へ歩いて行くルシオをずっと目で追っている。
とても愛おしそうな瞳をして。
まだ好きなんだわ。
そうよね。
そんなに簡単には忘れられるはずが無い。
当然ながらルシオとの結婚を夢見ていた筈で。
ずっとルシオを見ているアメリアを見ていたら……
ソアラは泣きたくなった。
そしてカールに何か言われたのか……
アメリアがいる事に気が付いたルシオは、壇上を駆け下りて彼女の元へ行った。
「 アメリア 」
「 ルシオ様 」
駆け寄る2人はまるでドラマの様で。
背の高いルシオを見上げるアメリアは、とても嬉しそうな顔をしている。
それは学園ではよく目にしていた光景。
アメリアがルシオを好きな事は、学園の皆が分かっていた事で。
勿論、リリアベルもルシオの事を好きだったが。
ソアラは同い年であるリリアベルを応援をしていたが、殿下はきっとアメリア様を選ぶに違いないと思っていた。
公爵家は王弟が臣籍降下によって作られた爵位だ。
そうしてる内に4家となり、永い年月の間には王女が降家した公爵家もあると聞く。
血が濃いと言えば濃いに違いない。
従兄妹同士の結婚は多々あったらしいから。
だけど……
いくら血が濃いからと言っても。
正式な婚約者を決める間際になって、こんな王命を出すのはどうかと思う。
もっと早い段階で、この問題と向き合う事は出来なかったのかと思わずにはいられなかった。
***
国王陛下と王太子殿下が退室をすると、直ぐに納税金のチェックが始まった。
サウス公爵が持って来た書類は文机の上に高く積まれていて、アンソルとポンドリアが書類に記載されている内容をチェックして行く。
木箱から出されて文机の上に置かれた札束をソアラが数えて行く。
速い。
皆がその華麗な手捌きに見とれている。
ソアラが数えたお金の数をタンゾウが記載して、ソアラが数え終わると今度はタンゾウがお金を数える。
納税を終えた他の貴族達から聞いていた通りの事が、今目の前で繰り広げられている。
手慣れた財務部の面々は今までとはまるで違う税理士になっていた。
財務部の6人は今までの6人に間違いない。
だとしたら……
やはりこの女官が来たからだ。
凄腕の女官が財務部にいると言う噂は本当だったのだと。
「 この収入における経緯がおかしいですね 」
お金を数え終えたソアラが書類を確認しながら、書類の不備を指摘する。
「 そんな筈はありませんよ 」
サウス家の執事が反論する。
名うての執事である彼は勿論自信満々だ。
「 我がサウス家が不正をしていると言うのか!? 」
何も分からない女官ごときがと、ローガンがソアラを見ながら鼻で笑う。
「 おかしい事をおかしいと言っているのです。そこに女官もへったくれもありませんわ 」
「 な……生意気な…… 」
「 この収入に関する書類を見せて頂けますか? 」
「 お前が間違っていたらどうする気だ? 」
「 サウス公爵家が間違っていない事を確認する為にも、書類を見せて頂く必要があるのです 」
男達の訳の分からないパワハラにも、一歩も引かないソアラ。
自分の仕事を堂々と全うしている。
財務部の6人達はハラハラと見守っているだけで。
次第に白熱して行くソアラと執事の応酬には、税に関する専門用語が飛び交い出した。
王宮に入内してから、ソアラは税の勉強もしていたのだ。
沢山の本を読み漁って。
素人集団の6人には最早何が何だか訳が分からない。
ソアラに託すしかないのだった。
今までは納めるお金と書類を渡すだけで良かった納税が、お金を数えて書類をチェックし、不備な所を追及されているのである。
段々と青くなって行く執事にローガンも不安になっていく。
このポンコツノース一族に、こんな頭の切れる令嬢がいたなんてと驚きながら。
前政権のウエスト一族は……
それはそれは一筋縄ではいかない一族であった事から、貴族達は色んな面でかなり苦労をした。
政権がポンコツノース一族になった事から全てがゆるゆるで、この5年間はどんなに楽だった事か。
アメリアはその様子をじっと見ていた。
王太子妃になると言う将来の夢を断たれた彼女は、自分の事を見つめ直していた。
自分に何が出来るのかと。
なので……
この日、納税に行く父親に付いて来たと言う。
凄腕の女官がいると執事が話していたのを聞いて。
凄い。
彼女は自分の仕事に誇りを持っているわ。
この怖いお父様や、あの執事をやり込める程の豊富な知識も素晴らしい。
アメリアは……
堂々と男達とやり合う女官の姿に感銘を受けたのだった。
サウス家の人々は、この女官がルシオの婚約者候補のソアラだと言う事は知らない。
ソアラはお妃教育をする為に王宮に入内したので、まさかここで働いているとは思ってもいない事なのだから。
***
ルシオはこっそりとこの様子を見ていた。
何かあったら直ぐに出て行こうと思っていて。
相手は公爵なのである。
無礼だと言って怒り出すかもしれないのだ。
彼等よりも身分の上の者は、国王か王太子の自分しかいないのだからと思って。
ソアラが堂々とあのサウス公爵とやり合い、執事をやり込めて行く姿は痛快だった。
ルシオの横からその様子を見ているカールは大興奮だ。
「 父上に見せたい、いや、王妃陛下にも…… 」
カールの父とエリザベス王妃はノース一族である。
ドルーア王国の四大貴族と言われる公爵家の4家は本当に仲が悪い。
何時も王家を挟んで競い合って来たのだから、それも当然で。
そんな事からも、サイラスはこの妙な慣習を止めようとしているのだった。
ソアラが執拗にサウス公爵家を追及するのには理由があった。
やはり王家の金が無いと言う事は、ドルーア王国の半分近くの納税額を四家が担っているこの4家が怪しいとにらんでいて。
なので徹底的に調べ上げているのだ。
サウス家への取り調べは後日に仕切り直す事になった。
ソアラから指摘された宿題を持って、サウス一族は帰って行った。
「 ソアラ! 」
パタンと扉が閉められるとルシオが駆け寄って来た。
頑張った彼女を抱き締めたい。
ずっとその思いに駆られながら見守っていたのだ。
しかしその前に……
トンチンカンとアンポンタンがソアラを取り囲んでいた。
「 ソアラ嬢! 貴女は凄いです 」
「 格好良かったですぞ! 」
「 サウス公爵の顔ったら 」
「 ちょっとやり過ぎたかしら 」
皆が称賛するが……
ソアラは戸惑った様な顔をしていて。
ソアラに近付けなくて立ち尽くしているルシオを余所に、カールは皆とハイタッチをしていく。
最後に……
ソアラにもハイタッチをしようと両手を上げた。
「 カール! ソアラに触るな! 僕の婚約者だぞ! 」
ルシオがカールの手首を掴んで、ソアラにハイタッチするのを阻止した。
ルシオはソアラの手を掬い取って、謁見の間から連れ出して行った。
「 あの……殿下……何処へ? 」
「 昼食を一緒に食べよう 」
「 まだ少し早いですが 」
ソアラの体内時計は正確だ。
「 僕が今から君の休憩を命じる! 」
王太子命令だとおどけるように言うルシオに、ソアラはクスクスと笑って。
ルシオはソアラと手を繋いでいる事に気が付いた。
勿論、エスコートでは無い。
しっかりとソアラの掌を握っていて。
目指している恋人繋ぎでは無いけれども……
ソアラと手を繋ぐ事に成功したのだ。
心臓が飛び出そうな程にドキドキとしながら、ルシオは幸せを噛み締めていた。
「 サウス公爵もタジタジだったね 」
「 見てらしたのですか? 」
ルシオと手を繋いでいる事にソアラもドキドキとして。
「 ああ……相手が公爵家だから、ヒルストン達だけでは何かあった時に君を守れないだろ? 」
「 そんな……大袈裟です 」
ソアラはそう言って嬉しそうに俯いた。
ブライアンからルーナを守るようにと言われて、グーパンの方法を習った事を思い出す。
幼い頃からお姫様は何時もルーナだった。
ブライアンが騎士になった事から尚更に。
騎士から守られるお姫様が羨ましくて妬ましくて。
そんな自分が嫌になり、いつしか特別なものは何も望まないようになっていた。
自分には特別は無いものとして、普通に生きる事だけを目標にして。
私が誰かに守られるなんて。
しかしその誰かは……
騎士よりも素敵な王子様なのである。
私は……
今、お姫様だと思っても良い?
殿下は諦めていた特別を与えてくれる。
少し照れた顔をして優しく笑い掛けてくるルシオに、特別な感情が芽生えている事を……
ソアラはこの時自覚したのだった。
読んで頂き有難うございました。
来年も宜しくお願いします。
良いお年をお迎え下さい。