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眠れぬ夜

 




「 カール!ソアラ嬢が何か誤解をしているのか? それとも我々が父上の王命を誤解しているのか? 」

 公務に向かう馬車の中で、ルシオは自分の膝の上に肘を突いて考え込んでいた。


 これは……

 父上にもう一度確認をしなければならない。

 こんな時に公務で出掛けなければならないのがもどかしい。



「 この()()()()()()()として、デスラン伯爵家のご次男のトニス様との婚姻を殿下に取り成して貰う事を要求いたします! 」


 あの後のソアラとのやり取りを思い出す。


「 偽装婚約とはどう言う意味か? 」

「 この婚約は財務部のお金の調査をする為のもので、だから経理部のわたくしに白羽の矢が立ったと言う事ですよね? 」

 極秘の調査をしなければならない事から、わたくしを殿下の婚約者候補にして、お妃教育と言う名目で入内させたのでしょ?とソアラは言った。



 妙に鼻息が荒い。


「 経理部の女官としてのプライドに掛けて、わたくしが見事任務をやり遂げて見せますわ!では殿下、ノース公爵様行ってらっしゃいませ 」

 ()()()()()は唖然とするルシオに丁寧に頭を下げて、財務部まで戻って行った。


 彼女は仕事をしに来ただけだから女官の姿なのか?


 ルシオとカールは、女官姿のソアラの後ろ姿を見送る事だけしか出来なかった。



 馬車の窓から外を眺めながらルシオはずっと考え込んでいた。


 喩え誤解があったとしても……

 今のルシオはフリーだ。

 アメリアとリリアベルの婚姻が白紙になった事で、あらゆる令嬢がルシオに釣書を送って来ていると言うのに。


 この状況下で……

 今一番ルシオの近くにいるソアラが……

 別の男との婚姻を取り成せと言って来たのだ。



「 カール……色んな事を抜きにしても……僕はトニス・デスラン伯爵令息よりも劣っているか? 」

「 いえ……殿下程の美丈夫はこの国には2人とおりませんよ 」

 カールがそう断言する。


 そうだ。

 様相には自分も自信がある。


 物心がついた頃からあらゆる人々にその美貌を称賛されて来た。

 顔だけの王子だと言われないようにと、勉学にも励み騎士団での訓練も欠かした事は無い。


 なのに……

 彼女は()()トニスが良いと言うのか?



「 やはり彼女と殿下の出会いが最悪だったからですよ 」

 だからソアラ嬢は殿下()()()相手にしていないとカールは嬉しそうに言う。


 なんかとは何だ!? なんかとは!



「 それに……殿下とマリアン・ロイデン嬢とのデートを彼女に見られたんですよね? 」

 そんな2人の逢瀬の場面を見てるのですから、引いてしまうのも致し方ないのでは?とカールが知ったような口を聞く。


「 逢瀬なんかじゃないぞ! 店に一緒に入っただけだ! 」

 1回目のデートは仕方無いとしても……

 2回目のデートはするべきでは無かったと後悔している所だ。


 勿論その時にソアラと一緒に店にいた男が、トニス・デスランだと言う事はあの後調べて分かっている。

 あの時ソアラとトニスがお見合いをしていた事も。



 悶々としながら公務を終えて帰城したルシオは、直ぐにサイラスに謁見を申し出た。

 父親であっても国王であるサイラスには直ぐには会えない。

 返事を待つ間がもどかしい。


「 殿下、陛下が執務室に来るようにとの事です 」

「 分かった 」


 国王であるサイラスに確認をした所……

 彼はルシオとソアラの婚姻の王命を出したのだとはっきりと言った。


「 そなたが彼女の事を好いておるのは間違いないか? 」

 ランドリアがカールから聞いたと言っておったがとサイラスは言う。


「 だから王命でそなたの後押しをしたのだが? 」

「 !? 」

 ソアラ嬢との出逢いが最悪だった事で、そなたが躊躇していると聞いたと。


 ルシオは驚いてサイラスを見た。

 いきなり王命を出した事を不思議に思っていたが、自分の知らない所でそんな話があったのかと。



 しかし……

 この気持ちが何なのかはまだ分からないが……

 彼女といると楽しいし、彼女をずっと見ていたいし、もっと彼女の側にいたいと思うのは間違いない。


 ソアラとの婚姻の王命が出た時に嬉しく思ったのも事実だ。



 兎に角、僕が間違っていないのは確認が取れた。

 そうなれば彼女が何故そんな勘違いをしているのかだが。


「 まあ、ソアラ嬢が殿下の事をこれっぽっちも好きでは無い事は分かりますが……何故偽装婚約だと思ってしまったのでしょう? 」

 ルシオは自分の執務室に戻ってカールにサイラスとの話を伝えた。


「 僕の事をこれっぽっちも好きでは無い…… 」

 ルシオは小さく呟いた。

 カールの言った言葉にかなりのダメージを与えられた。



「 そもそもソアラ嬢が殿下の婚約者候補に挙がったのは財務部の件の前ですよね? 王妃陛下がソアラ嬢に決めたと言って…… 」

 なのにソアラ嬢が財務部の調査の為の偽装婚約だと思っている理由は何なんだろうと、カールが腕を組みながら首を捻る。

 殿下の事を嫌いなのは分かりますが……と、しつこい。



「 考えれば考える程に彼女は殿下を避けてるように感じますね。ソアラ嬢は殿下と率先して会おうとはしてませんよね? 」

 食事を誘いに行っても既に済ませていたりするのは、断りたいからでは?とカールは容赦がない。


 ルシオは最早再起不能に近付いている。



 確かにそうだ。

 あれは……

 僕とは食事をしたくない事の意思表示なのかも知れない。

 面と向かってでは王太子の僕の誘いを断る事は出来ないのだから。


 今日の昼食も無理矢理だったような気がする。



 彼女には既に婚姻を断られており、今度は他の男との間を取り持てと要求して来た。


「 いくら王命でも……彼女がトニスを好いているのなら……彼女の望みを叶えてあげたい 」

「 まあ、彼女には失礼な事しかしてないので、間を取り成して上げる事位はしなくてはならないですね 」

 お妃教育としてここに来てるなら、トニスとの縁談は難しいですからねと言って。



 トニス・デスランを調べたカールの報告では、真面目で実直な男だと言う。

 26歳で騎士団に勤める文官で女の噂も皆無だ。


 彼が悪い男なら止めさせるのに。


「 トニス・デスラン伯爵令息は前科ありの殿下とは大違いの男ですからね 」

「 前科って…… 」

「 婚約者候補が2人もいて、ずっと2人と逢瀬を繰り返して来たのですから 」

 世間的には殿下はそんな2人を見捨てて、他の女に乗り換えた酷い男と言う立場ですからとカールが言う。


 ルシオは頭を抱えた。


「 カール! 近い内に街に視察に行くぞ! 調整をしろ! 」

「 御意 」



 しかしその前に……

 先ずはソアラ嬢の誤解を解いて……

 それから彼女の本当の気持ちを聞きたい。


 ルシオはソアラの滞在している客間を尋ねた。



「 えっ!? もう寝る準備をした? 」

 時間は夜の8時前だ。

 侍女達はもう仕事が終わったと言っている。


「 お呼び致しましょうか? 」

「 いや、いい 」

 侍女達にそう言うと、ルシオはソアラのいる客間を後にした。


「 殿下……残念ですが……やはりソアラ嬢は殿下を避けてるんですよ 」

 面白がって付いて来たカールが張り切っている。


「 ………そのようだな 」

 大人がこんな早い時間に寝るなんてあり得ない。



 その夜……

 ルシオは眠れなかった。



 思い返せば僕達の出逢いは本当に酷いものだった。


 ソアラ嬢が横にいるのにルーナ・エマイラ伯爵令嬢の手を取り……

 彼女の前でルーナ嬢に跪いて手の甲に口付けをしたのだ。


 僕の妃になると思った令嬢があまりにも可愛くて、嬉しさのあまりに舞い上がってしまったのは事実だ。



 そして……

 マリアン侯爵令嬢とデートをしてる時に遭遇してしまった。

 もしかしたら、ミランダ・ドルチェ侯爵令嬢とデートをしたのも知っているのかも知れない。


 この時程自分が王太子と言う特別な立場にいる事を憂いた事はない。

 自分は……

 何処にいても何をしても人々からは注目される存在なのだから。



 今日の昼食時に……

 ソアラ嬢から学園時代のアメリアとリリアベルの話が時折出て来たのも、僕と彼女達の事を見て来たからだろう。


 ずっと婚約者候補だったアメリアとリリアベルとの別れがあったばかりなのに、ルーナ嬢の手の甲に口付けをし、他の令嬢と次々にデートをしているのだ。



 節操の無い不誠実な男だと思われるのも当然だ。



 誰かを想い……

 眠れない夜を過ごすなんて事は初めての事。


 窓から夜空を眺めながら……

 ルシオは得体の知れないシクシクと痛む心を持て余すのだった。













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[一言] 王子さまが不憫で涙を禁じえません。(唇の端をひくつかせながら)
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