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対価の要求

 




 何だろうこの優しい空間は。



 財務部の部屋に引っ越して来たルシオは、執務机に座ってソアラを見ていた。


 大きく開いた窓からは、秋の涼しい風が時折彼女の前髪を揺らしている。

 風に乗って微かに香る彼女のシャボンの香りが鼻をくすぐる。


 彼女は香水を付けていないんだな。


 ルシオの周りにいる女性達は皆が皆香水を付けている。

 侍女や女官達でさえ。

 だから……

 それが当たり前だと思っていた。

 女性は皆香水を付けるものだと。



 カリカリとペン先の音だけがしていて、熱心に仕事をする俯いた顔に引き付けられる。


 まつ毛が意外と長い。

 それに薄化粧だ。


 そして……

 王太子の自分が側にいるにも関わらず彼女は黙々と仕事をしていて、こうも自分の存在を意識しない女性とは初めて出会った。


 第一王子として産まれただけでもそうなのだが、その美貌も相俟って常に周りから注目されて来た。

 決められた婚約者候補がいるにも関わらず熱い視線を浴びせられて来た自分を、彼女は全く気にも止めないのだ。



 そんな彼女との空気感が中々に心地よい。


 彼女はどんな性格なのだろう?

 好きな食べ物は?

 趣味は?

 学園時代はどう過ごした?



 ソアラ嬢の事をもっと知りたい。


 ルシオは……

 どんどんソアラに惹かれて行くのを感じていた。



 彼女は自分の結婚する相手なのだから、そう思うのは当然の事だと理由を付けて。




 ***




 ソアラは、各領主達から提出された税金の金額が書かれた書類を帳簿に書き込んでいた。


 トンチンカンとアンポンタンは帳簿を付ける事をしていなかったのだ。

 領主別の書類を束ねるだけで。


「 わざわざそんな物を付ける必要があるのか? 」

「 帳簿を付けるとお金の流れが分かります。先ずはそこから始めます 」


 次の税金が集まって来るのは2ヶ月後の秋の収穫期が終わってからである。

 それまでに財務部のお金の流れを調べたい。


 ソアラは経理部で培った事を財務部の6人に教え、彼等もそれを受け入れて熱心にソアラの話を聞くのだった。



 ふとソアラが顔を上げると……

 ルシオと目があった。


 財務部の席はコの字型に並べられている。

 ソアラは一番末席の執務机に座っていて、ルシオも向かい側の末席に座っている。

 どちらの文机も昨日まで山の様に書類が積まれていた文机だ。


 ルシオには財務部の部長であるヒルストンの文机を使う様に皆は言ったが、ルシオは敢えてソアラの前の席に座った。


「 僕は臨時だからここで構わない 」と言って。



「 殿下……わたくしに何か言いたい事が? 」

「 君の顔を見ていたんだ 」

「 えっ!? 何か付いてますか? 」

 慌てて自分の頬を押さえる仕草が可愛らしい。



 すると……


「 目と鼻と口が付いていますよ 」

 横やりを入れて来たのはタンゾウ。


 彼はソアラの横の席に座っていて、さっきからソアラに帳簿の付け方を聞いたりとやけに馴れ馴れしい。


 タンゾウに向かってソアラが楽しそうにクスクスと笑う。

 自分よりもかなりソアラと親しくなっている。

 それが何だか悔しくて。



「 僕がそれを言いたかったのにと思っていますか? 」

 ルシオの横の席で執務をしているカールが、ルシオの顔に自分の顔を近付けて小さく囁いた。

 殿下が冗談を言うのは珍しいですよねと言って。


「 カール! お前煩いよ! 」

 結局は言えなかったのだ。

 タンゾウのせいで。


「 早く昼食を誘った方が良いですよ。また昨日の様に彼等と行っちゃいますよ 」

「 分かってる 」

 その為にこの部屋に引っ越して来たのだ。

 彼女ともっと親しくなる為に。



「 ソアラ嬢! もう昼だ。今から一緒に昼食を食べに行こう 」

「 ………まだ30分程有りますので、これをそれまでにこれは終わらせます 」

「 ソアラ様は時間に正確なんですよ 」

 殿下、後30分待ってて下さいと言うタンゾウ。

 彼女の事をいかにも知っているかの様な口ぶりが腹立たしい。


 それに……

 何でお前がソアラ嬢の名前を呼んでいるのだ!?


 彼女は僕の婚約者なんだぞ!と、言いそうになるのを辛うじて押し止めた自分を誉めたい。

 臣下の前で低レベルな事は言いたくは無い。



 そう思いながらルシオは30分待った。

 執務をしながら。


「 殿下……終わりました。お昼を御一緒いたします 」

「 ああ……もう30分経ったのか? 」

 執務に専念していたから気が付かなかったと言えば、カールがこの30分は何もしておりませんよねと言う。

 ルシオはカールの口を捻り上げた。



「 お2人は仲が宜しいのですね? 」

 ワチャワャする2人を見ながらソアラはクスクスと笑う。


「 従兄弟ですからね 」

 またまたタンゾウが口を挟む。

 私は殿下とカールの再従兄弟だと言って。

 それが何なんだとルシオはタンゾウを睨み付けた。


「 では、お昼に行きましょうか? 」

 タンゾウが当たり前のようにソアラに手を差し出した。


 こいつ……

 彼女をエスコートをしようとしている。

 僕の目の前で。


「 ソアラ嬢は僕の婚約者だ!」

 声を荒げてそう言うと、ルシオはソアラの手を掴んだ。


 結局……

 低レベルな事を言ってしまったルシオだった。




 ***




 国王宮にある財務部の部屋から王宮にあるサロンに向かう。


 その道すがら……

 ルシオに頭を下げながらも王宮のスタッフ達が驚いた顔を2人に向けていて。

 王太子殿下が女官の手を引っ張って歩いているのは、どう言うシチュエーションなのかと頭を捻る。


 そう。

 ややこしい事にソアラは女官の制服を着用しているのだ。



 着いたサロンは、王族が来賓達との昼食やお茶をする時に利用するサロン。

 アメリアやリリアベルとの食事やお茶会もよくここを利用した。

 天気の良い日は王族専用の庭園でお茶会をする事もあったが。


 そこに王太子が女官を連れてやって来たのだ。

 サロンのスタッフ達も驚きを隠せない。

 メニュー表を王太子と女官に渡しながら、懸命に女官の顔を見ている。

 何処の女官?と思い出そうとしながら。



「 僕は何時もの軽めの昼食で構わない、そなたは? 」

「 わたくしは……カツサンドと照り焼きサンドをお願いします 」

「 !? 」

 ルシオも驚いたが、それを聞いていたボーイやメイド達も驚いた。


 ここに来る女性でそんなガッツリ系を頼んだ女性は初めてで。

 特に若い令嬢は王太子殿下の前では殆ど食べないのが常であった。


 アメリアやリリアベルだって、ルシオの前では紅茶とお菓子を少量口にする程度だ。


 王太子殿下を前にして勇気ある女官だ。

 しかし……

 何処の女官なのかが思い出せない?

 見た事のある顔なのだが。

 皆は遠巻きからソアラを凝視していた。



 テーブルに置かれたカツサンドや照り焼きサンドを、ソアラはモグモグと美味しそうに食べている。


 朝6時に起きて30分のウォーキングをしっかりとして、7時に朝食を食べて午前中しっかりと仕事をしたのだ。

 朝食をガッツリ食べていてもお腹は空く。



 幸せそうな顔して食べている顔がとても好ましい。


 ルシオは暫くソアラの食べっぷりを見ていた。

 本当に美味しそうにパクパクと食べている。


「 そんなに美味しい? 」

「 ええ……やはり王宮のシェフは腕が違いますね 」

 それを聞いた壁際に立って様子を見ているシェフが、嬉しそうにしている。



「 殿下もお食べになります? 」

 ルシオにサンドイッチが載せられたトレーを差し出した。


 ルシオはこんな事をされたのは初めてだ。

 戸惑うルシオに……

 ソアラがあっ!と、自分が不敬な事をしてる事に気が付いた。


「 あっ!? つい……弟にするみたいにしちゃいました 」

 スミマセンと頭を下げるソアラは耳まで赤くして。


 少し涙目になっている顔を見てると……

 ギュッと抱き締めたい衝動に駆られてしまう。



「 旨そうだ! 僕も頂こう 」

 にっこりとソアラに笑ってトレーに手を伸ばしたルシオに、シェフとボーイが慌てて駆け寄って来た。


「 殿下! 新しい物をお持ち致します! 」

「 僕は彼女のトレーの照り焼きサンドを食べたいんだ 」

 ルシオは片手を少し上げて2人を制した。



 そして……

 トレーの上にある照り焼きサンドをルシオは手に取って口に入れた。


「 あっ!? 旨い…… 」

 こんなに美味しいサンドイッチは初めてだと言って、ルシオはカツサンドも口に入れた。



 王太子殿下がこんなに砕けた事をしてくれた事が嬉しかった。

 その反面……

 自分のお行儀の悪さに泣きそうになる。

 お母様がこれを知ったら泣き崩れるかも知れない。


 殿下に優しく見つめられると……

 どう言う訳か自然に振る舞えてしまうのだ。


 王太子殿下なのに……

 どうしてかしら?


 美味しそうに照り焼きサンドを頬張るルシオを、ソアラはじっと見つめていた。



「 そなたの弟の名は何と言う? 」

「 ……はい…… イアンと申しまして……15歳で……学園に通っております 」

「 じゃあ、僕の妹のシンシアと同級生だな 」

「 はい、シンシア王女殿下の話はイアンからよく聞いております 」

「 ほう? シンシアは学園ではどんな風だと? 」

「 とても快活で素敵なお方だと 」

「 ハハハハ……あれは我が儘だから学園の者はさぞや困っているだろうな 」

 落ち着いたら、そなたの家族と僕の家族とディナーを共にしようとルシオは嬉しそうに笑った。

 


 僕の家族って……

 国王陛下と王妃陛下ですよね!?

 ひぇ~!?

 無理無理無理……

 皆が卒倒しちゃうわ。


「 先ずはそなたをシンシアに紹介するのが先だな 」

 近い内に、皆でディナーを共にする様に父上と母上に伝えておくとルシオは言う。


 まあ……

 これは婚約者候補として来てるのだから仕方無いわよね。

 王宮にいる限りは、私はここで婚約者候補のふりをしなければならないのだから。


「 分かりました 」

 ソアラは小さく頷いた。



 もしかしたら……

 何かのご褒美を要求しても構わないわよね。

 偽装婚約と言うややこしい事をさせて、何の見返りも無いなんてあり得ないわ。


 やはりしっかりと交渉するべきだわ。



 午後からルシオは公務で外出をする事になっていて、丁度カールが迎えにやって来た。


「 殿下、ノース様、お話ししたい事があります 」

「 改まって何だい? 」

「 わたくしにこんな極秘の仕事をさせる対価を頂きたく存じます 」


 対価!?

 まあ……

 確かにそうだ。


 婚約者候補だからと言って、彼女を無料でこき使う訳にはいかない。

 彼女の言う通りに何らかの対価を与えても良いだろう。


「 ああ、何なりと言いたまえ 」

 そんな事を言うタイプでは無いと思っていたから些かショックではあるが。


 対価は宝石類の類いかドレスか……

 それは要求されなくても贈るつもりでいた。

 今度はきちんと彼女のサイズのドレスを。



 いや、これはもしかしたら両親が住む邸宅かも知れない。


 それは()()()()()()()()()()()そうしようと思っていた事だ。

 王太子妃となる彼女の実家が、馬車も置けない邸宅だと言うのは頂けない。


 カールも同じ事を考えていて、空き家になっている邸宅を何軒か頭に思い浮かべていた。



「 希望は何かありますか? 」

 カールがソアラの言う対価を書き留めようと、上着の内ポケットからメモ帳とペンを取り出した。


「 はい、もう見付けてありますので、殿下から口利きをお願いしたいと思っておりまして…… 」

 ソアラはカールの持っていたメモ帳とペンを、スッと取り上げサラサラとそのメモ帳に記入した。


「 この調査が終わり次第、わたくしとデスラン伯爵令息のトニス様との婚姻を取り持って頂きたく存じます 」

 ソアラがデスラン伯爵の名前を書いたメモ帳をカールに渡しながら言った。


「 !? 今……誰との婚姻と言ったか? 」

 一体何を言われたのかと……

 ルシオとカールは目をパチクリとしてソアラを見つめる。



「 この()()()()()()()として、デスラン伯爵家のご次男のトニス様との婚姻を殿下に取り成して貰う事を要求いたします! 」



 ソアラはルシオを見つめて言った。












 

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