近付く距離
ルシオの案内でソアラは財務部に向かった。
財務部は国王宮の一角にあり、厳重な警備員達がルシオに敬礼する前を通って、財務部の部屋に入室した。
「 殿下!? 」
ソファーで寛いでいただろう6人の男が、ルシオが入って来たのを見て慌てて立ち上がる。
「 この部屋に何時来ても、お前達は寛いでいるな 」
「 殿下が来られる時間帯が休憩時間なだけですよ 」
仕事をしてる所を見た事が無いと呆れるルシオに、男達は後ろにいるソアラに目をやった。
「 殿下……そのご令嬢が例の…… 」
「 ああ、ソアラ・フローレン伯爵令嬢だ 」
ソアラが調査に協力をすると言う事は、当然ながらこの財務部の6人の男達も知らされている。
王室の蓄えが減って来ている原因が分からないと、ランドリア宰相に泣き付いたのはこの6人なのだから。
男達はエリザベスとランドリア姉弟の従兄弟達とその息子達である。
ヒルストン、ラナチン、ダルカンはエリザベスとランドリアの従兄弟達で3人兄弟だ。
そして各々の息子達がアンソル、ポンドリア、タンゾウと皆が自己紹介をした。
身内がこの国の財政を管理しているのだと聞いて驚いた。
ましてやたった6人だなんて少な過ぎる。
経理部はざっと30人はいる。
その30人が黙々と毎日を帳簿とお金を照合していると言うのに。
それにしても……
6人の親子達の名前が……
トンチンカンの親達にアンポンタンの息子達だなんて。
人の名前で笑うなんていけない事だわ。
ソアラは必死で笑いを堪えようとするが。
我慢できずにブッと吹いてしまった。
「 何か気になる事でも? 」
トンチンカンが聞いてくる。
アハハハハハ……
いきなり笑い出したソアラに、ルシオやトンチンカンとアンポンタンは驚いて。
「 何処に笑い所がありましたか? 」
今度はアンポンタンが怪訝な目を向けている。
「 ご……免なさい……でも……アハハハハハ 」
こりゃどうにも止まらない。
トンプソンにも教えてあげたい。
これは彼が絶対気に入る笑いネタだ。
誰かと共有したい。
「 ソアラ嬢……何がそんなに…… 」
しつこく笑うソアラに、ルシオが腰を折って顔を覗き込んだ。
すると……
ソアラは背伸びをしてルシオに耳打ちをした。
耳に手を当てられ、ソアラの内緒話にドキドキとしながら耳を傾ける。
耳元で囁く声に耳が赤くなる。
「 トンチンカンに……アンポンタン…… 」
ルシオは小さく呟くとソアラと同じ様にブッっと吹き、そして笑い出した。
アハハハハハ……
2人で腹を抱えて笑い合う。
ソアラは涙を拭いながらも笑っていて。
令嬢がこんなに笑うなんて。
誰かと笑い合う事がこんなに楽しいなんて。
ルシオは口に両手を当ててケラケラと笑うソアラを……
とても可愛いと思った。
***
笑い疲れたソアラが……
やっとの事でトンチンカンとアンポンタンに挨拶を終える。
ルシオも爆笑していた事から、何を笑っていたのかを問い詰める訳にも行かなくて。
彼等は凄く不機嫌な顔をしていた。
不味いわ。
あんなに笑われたら良い気はしないわよね。
だけど……
やはりこれは譲れない事だから言わなければ!
「 わたくしが王命でここに来たからには、使命を全うしたいと思います。殿下! 今から不敬な事を申し上げましても宜しいでしょうか!? 」
いや、さっきの笑いも十分不敬ですからと、トンチンカンは眉をしかめた。
「 !? ああ、君が気付いた事は何でも言って構わない。その為にここに来たのだから 」
笑い疲れたルシオがどかっとソファーに座りながら、どうぞとばかりに片手を上げて掌を上に向けた。
「 有り難うございます! では言わせて頂きます 」
ソアラはすぅぅっと息を吸った。
「 お金に携わる部屋がこんなに汚いのはいけませんわ!貴方様方がこんなにだらしないからお金の管理が出来ないのですわ! 」
いきなり正論を言われてトンチンカンとアンポンタンは固まった。
財務部の部屋は壁一面の棚の中に色んな色の資料が乱雑に並べられていて、大きな金庫のある部屋にも書類が高く積まれている。
勿論、金庫の中もぐちゃぐちゃだ。
ここにはドルーア王国の国民による税金が集まって来る場所である。
ここに集められた税金は王室の管理するお金と政府が管理するお金に分けられる。
政府が管理するお金は経理部に回され、経理部が各部署に必要なお金を振り分ける仕組みになっているのである。
経理部に行くお金の事は問題は無いが……
王室のお金はこのトンチンカンとアンポンタン達だけが管理しいて。
今まで通りに振り分けていると言うのに、王室の財産が徐々に少なくなって来ているのだ。
この原因を突き止める為にソアラが呼ばれたのである。
未来の王太子妃になるのだから、シークレットの部分を見せても問題は無いとして。
勿論、ソアラだけはそうは思ってはいないのだが。
「 先ずはこの部屋の整理整頓をして頂きます!」
財務に関する説明は整理整頓が終わったら聞きますとソアラは言う。
「 この部屋には……侍女やメイドの出入は出来ないぞ! 」
「 侍女やメイドが掃除を出来ないならば、自分達がすれば良いだけですわ! 」
「 我々は掃除なんか……したことが無いぞ! 」
「 掃除だけをすれば良い問題ではありません!テーブルの上にはこんなに乱雑に積まれた書類があり、棚には適当に押し込んだ資料が入っていて、これでは過去の調査をするにも困りますわ 」
ルシオが棚を見やると確かに書類が無理矢理押し込まれてあった。
僕が苦労して持ち帰った領主達の資料も、多分もう何処にあるのか分から無いだろう。
ソアラの言う通りだ。
「 それから……部屋の整理整頓が出来ないなら、お金の管理もきちんと出来てはいないですよね?」
「 これでもちゃんと考えて置いてあるんだ。それに……我々はお金の管理はちゃんとしている 」
ソアラは言い訳ばかりするトンチンカンの机の上にある書類をガバッと持った。
その間からお金がチャランチャランと落ちる。
「 !?……… 」
アンポンタン達があわててお金を拾う。
「 これはその…… 」
「 言い訳は結構! 」
さあ今から掃除及び整理整頓をしますよと言って、ソアラはアンポンタンに掃除道具を持って来る様に命じた。
それを見ていたルシオはクックと笑って。
完全に彼女のペースだ。
これなら任せられる。
きっと彼女がいればこのお金の流れの謎が明らかになる筈だ。
そして……
ソアラにはこんな一面もあるのかと嬉しくなった。
弱くて可哀想な女性だと思っていたが。
この様子を見てる限りは……
舞踏会の夜にあの男にグーパンを食らわした事も理解出来る。
それを思い出して……
ルシオはまたクックと笑った。
掃除道具を取りに部屋から出て行ったアンポンタンと入れ替わりにドアがノックされた。
「 殿下! ご自身の公務も溜まっておりますよ 」
何時まで油を売ってるんですかと言いながら、カールが入って来た。
「 うわっ!? 何ですかこの部屋は? 」
これでは計算が合わないのも当然だと言ってカールは肩を竦めた。
カールは綺麗好き。
王太子の執務室は完璧だと自負している。
「 カール! お前も掃除を手伝え! 」
トンチンカンはランドリアの従兄弟達。
アンポンタンはその子供でカールとは再従兄弟にあたる。
「 私は殿下の公務で手一杯でーす 」
手伝いなんかごめんだと、カールはソアラに挨拶をすると直ぐに、ルシオに執務室に戻る様に促した。
緊急に目を通して貰わないとならない書類があると言って。
「 では、お前達!ソアラ嬢の言うとおりに、先ずはこの部屋を片付ける事からしろ! 」
そう言うとルシオは名残惜しそうにソアラを見つめた。
?
何?
殿下が何か言いたそうにしている。
ソアラがルシオを見上げてじっと顔を見ると、ルシオはさっと目を逸らし、踵を返して部屋を後にした。
危なかった。
思わずソアラの頬に手がいきそうになった。
いくら僕の婚約者になったからと言っても、今日王宮に来たばかりの彼女に触れて良いものでは無い。
アメリアとリリアベルにはこんな気持ちになった事はない。
エスコートやダンスは何度となくしたが。
まさか……
この僕が令嬢に触りたいと思うなんて。
何処がおかしいのだろうか?
ルシオは歩きながら自分の掌を見た。
「 殿下……暴走しないでくださいね 」
考え込んでいるルシオにカールが怪しげな目を向けている。
「 仕事を終えたら迎えに来てエスコートをしよう。そうしたら彼女の手を握れる……と考えてますか? 」
ルシオが振り返えるとカールがニヤニヤとしている。
「 ………煩い! 」
心を見透かされたルシオはそう言って、カツカツと靴音を鳴らして王太子宮の自分の執務室に向かった。
早歩きをして。
早く仕事を終わらそう。
エスコートなら彼女の手を握れると思って。
***
「 えっ!?誰もいない…… 」
仕事を終わらせたルシオがソアラを迎えに来ると、財務部の部屋にはもう誰も居なかった。
部屋には鍵が掛けられていて。
「 今日は早く終わった様です 」
ドアの前に立っている警備員が報告をして来た。
時間は夜の7時を回っていた。
エスコートしようと思って自分の公務を頑張ったのだが。
何時もなら公務が終わる時間はもっと遅い時もある。
もう片付けが終わったのか……
いや、文官の仕事は夕方の5時には終わるのだから、時間通りに終わったのだろう。
そんな風にきっちりとしている所も好ましい。
だったら一緒に夕食を食べよう。
食事を終えていたとしても……
食後のお茶をしても良い時間だ。
***
「 えっ!? もう 」
「 はい、ソアラ様は今日はお疲れになられたみたいで、もう湯浴みも済ませて、ベッドの中で本を読んでおられます 」
「 お呼びしましょうか? 」
ソアラから下がる様に言われたと言って、マチルダとドロシーが部屋から退室しようとしてる所に出くわしたのだ。
何でも自分でなさるからお世話する事が無くて、こんなに早く仕事が終わるなんて初めてだと言って。
「 いや、いい 」
まさか湯浴みを終えた彼女を呼び出す訳にもいかない。
そうだな。
慣れない王宮に疲れたのだろう。
あの膨大な資料の整理は大変だったろうに。
明日の朝食を一緒に食べれば良いと思って……
ルシオは皇太子宮に戻ったのであった。
***
「 えっ!? もう財務部の部屋に行っただと? 」
「 お妃教育は財務の事を学ぶと仰ってましたわ。流石は経理部に勤めている方ですね 」
ソアラ様は頭が良いのですねと言って、侍女達が洗濯物を籠に入れて持って行った。
翌朝。
ソアラと一緒に朝食を取ろうと誘いに来たルシオは驚いた。
時間は8時を回っていたが。
これでも早起きをして来たのだ。
逸る心を押さえて。
王族達の生活は宵っ張りであるから朝がゆっくりだ。
それは来賓達との接待などを開く事が多いからで。
議会が夜遅くまで長引く事もある。
朝食は2人分用意しろと侍女に命じていたルシオは、目の前の席に並べられたもう一組のカトラリーを見ながら、1人で朝食を食べた。
昼食こそは一緒に食べようと思いながら。




