勘違いした王命
カール・ノース公爵令息はノース家の嫡男だ。
叔母はこの国の王妃であり父親は宰相。
従兄弟である王太子と同い年であり、小さい頃は遊び相手として、今は彼の秘書官として仕えている。
次の政権は……
王太子の妃となるサウス家かイースト家のどちらかが握るのだと思っていた事からお気楽なもんである。
カールの立場は、ルシオ王太子夫婦が王子を産めば、その王子の妃となる娘を産まなければならないと言うプレッシャーが無いのだ。
今回妃に選ばれ無かった方の家と、今度はウエスト家の令嬢が王太子妃の座を争わなくてはならなくなる。
なので、次世代のノース家の面々は、暫くの間はお役ごめんとなるので結婚も急がなくて良いと言う。
しかし……
今回はサウス家やイースト家からも妃が選ばれ無い事になった事から、新たな妃選びをしなければならなり、ルシオの側近であるカールはしなくても良い苦労をしていた。
本来ならば……
サウス家のアメリア嬢かイースト家のリリアベル嬢から選べば良いだけの事なのだから。
主君であるルシオの結婚が決まったら、自分の伴侶を決めようと思ってのんびりしていたのだが。
ここに来て色んな事が変わってしまって、彼は戸惑っている所である。
***
ある夜、カールは父親の部屋に呼ばれた。
同じ家に住んでいても家で会話をする事は殆ど無い。
政治的な話をする時は宮殿にある宰相の執務室に呼ばれるので、自宅の部屋に呼ばれる事は珍しい。
お茶を運んで来た侍女達が下がると、カールはルシオとソアラの事を聞かれた。
「 殿下は何故舞踏会でソアラ・フローレン嬢と踊ったのだ? 」
「 あの時、男達が彼女の友達を連れ去ろうとした事で、警備の悪さと、今まで彼女にした所為の謝罪も込めての謝罪のダンスだった様です 」
「 謝罪のダンス? 」
それはまた奇妙な事だ。
新しい婚約者候補を決める為に陛下が開いた舞踏会の最初のダンスの相手を、そんな理由で踊るとは……
あの時のダンスのお相手が誰になるのかは、注目されてるのを殿下ご自身も知っていた筈なのだが。
因みにあの時捕まった男達は、常習的に夜会で令嬢達を食い物にしていた侯爵家のどら息子達だ。
辱しめを受けた令嬢達が訴えないのを良い事に、やりたい放題をしていたと言う極悪人だった。
捕まった彼等には、北にある収容所に生涯幽閉される禁固刑が決まった。
勿論、侯爵家からは勘当されたのだが。
監督責任として、侯爵家は子爵に格下げさせれると言う結末になった。
被害者が貴族の若い令嬢達だと言う事もあり、世に出る事は無かったが。
全てがソアラの勇気あるグーパンのお陰だ。
ランドリアが髭を撫でて考え込んでいるのを見ながら、カールは言葉を続けた。
「 殿下はソアラ・フローレン嬢に対して、同情的な感情だと仰っておられますが……それだけでは無いような気がします 」
殿下はあの舞踏会以来、経理部の部屋に近い階段を使う様になっている。
遠回りなのに。
彼女のグーパンの話を、時折思い出した様に嬉しそうにされていて。
そして……
デートに遭遇した時は怒りながら男を調べろと言って来た。
これは恋をした事の無い私でも気付く案件だ。
カールはランドリアにその事を伝えた。
「 同情から愛に変わる事もある 」
ランドリアはカールの肩を叩いた。
ランドリアは若い頃は恋多き男であった。
サイラス王太子と姉のエリザベスを応援しながら、数多くの令嬢と浮き名を流したプレイボーイだった。
1番の優良物件である王太子には既に婚約者がいるのだから、婚約をしていない公爵令息が令嬢達からモテるのは当然で。
しかし息子のカールは男と女の恋の駆引きである恋愛にはあまり興味が無い様で、心配をしている所である。
「 先ずは殿下が片付いてからです 」と、言うばかりで。
***
国王陛下の執務室では、両陛下とランドリア宰相が密談をしていた。
今、ドルーア王国の王室では大変重要な問題が起きていた。
ルシオが1ヶ月もの間、公務で地方に出向いていたのには訳があった。
王家の持つ財政が危うくなっているのである。
財務部で調べてはいるが……
その原因が何なのか分からなくて、ルシオ王太子に調査に行かせて、領主達の持つ帳簿や資料を持ち帰らせたのだが。
しかしだ。
王族のお金を管理している財務部の人達の能力では、明らかにする事は出来なかった。
何故なら……
その全てがどんぶり勘定だから。
王族のお金を管理する財務部はノース家の面々が担っていて、要は財務部の面々は能力不足と言う事である。
このボンクラばかりが経営している点が一族経営の弱点だと言えよう。
何でもナアナアで済ましてしまうのだから。
だからと言って……
経理部の者に依頼する事は出来ない。
経理部の人々は一般貴族である。
そんな彼等にノース家のぼんくら度を知られる訳にはいかない。
そのぼんくらに政権を担わせているサイラス国王が、能無し国王と揶揄される事になり兼ね無いのだ。
全てをシークレットで行わなければならない。
それには信頼出来る能力者が必要だった。
そこで……
ランドリアがソアラ・フローレン伯爵令嬢の名を上げた。
「 彼女が適任です 」
彼女は有能な経理部の女官だ。
王太子殿下の婚約者になるのならこれ以上の適任者はいない。
将来は身内になるのだから。
「 陛下……わたくしがソアラ・フローレンを、ルシオの婚約者にしたかった理由がお分かりでしょ? 」
「 ああ……そなたはやはり余には無くてはならない王妃だ 」
先見の明があると言ってサイラスはエリザベスを絶賛した。
オーホホホと、エリザベスは高笑いをする。
ランドリアも一緒に。
本当の理由は……
自分の将来の為だけにソアラを選んだのだが。
一石二鳥となった事にエリザベスは喜んだ。
そんな2人の思惑を他所に、サイラスはルシオの心を心配していた。
「 アメリア嬢とリリアベルとの婚姻が無くなったばかりだ。王太子にも他の令嬢と交流する機会を与えたいと余は思うのだが 」
「 殿下がソアラ嬢の事を気になっているのは確かです 」
2人の出逢いは最悪だったけれども。
いや、その最悪の出逢いがあったからこそ、殿下が彼女を気に掛けていると思われますとランドリアが熱弁をする。
「 しかしだな……彼女は断って来て、王太子はそれを受け入れたと聞いたが? 」
「 そこから始まる恋もありますぞ! 殿下は間違い無くソアラ嬢を好いていると我が愚息のカールが申しておりました 」
何時も側にいるカールがそう言うのだから間違いないと言って、ランドリアは更に食い下がる。
サイラスの横では、エリザベスが扇子を広げて口元を隠してソファーに座って2人のやり取りを静観している。
サイラスは暫く考えた。
即位して5年。
彼は国王としての貫禄も備わって来ていた。
サイラスは自分の妃は自分で選んだのだと自負している。
エリザベスの夜這いもあったが……
それを受け入れたのは自分の決断だったのだからと。
だから……
あの2人の令嬢の内の、どちらかを選ぶ事なんて出来無いと言っていたルシオの事が気になっていた。
どちらかを選べ無いのは……
どちらも選びたくは無いの裏返しでは無いのかと思っていたからで。
王太子に好いた令嬢が出来たのならそれに越した事は無い。
それも……
頭の良い令嬢だ。
彼女は私達王家に新しい風を運んで来るのだ。
サイラスは自分に酔いしれるタイプである。
ルシオは完全に父親似。
「 それには……陛下が後押しをしてあげる必要があります。一度切れた縁ですので、殿下は躊躇っておられるのです 」
「 そうか……我々もルシオもソアラ嬢が必要だと言う事だな 」
サイラスは何かを決めた様な顔をした。
そんなサイラスを見て……
してやったりとニヤニヤと笑う姉弟がそこにいた。
過去のエリザベスの渾身の夜這いも……
この姉弟の企みだったと言う事はサイラスは知らない。
勿論、今回の企みも。
こうして……
ソアラはルシオの婚約者候補に返り咲いた。
しかし今度は……
王命が下ったのだ。
『 ソアラ・フローレン伯爵令嬢をルシオ王太子の婚約者候補とする 』
議会で国王サイラスが告げた。
***
王命が出された後、ソアラは王宮の応接間に呼ばれていた。
そこには両陛下とルシオ王太子、そしてランドリア宰相とその息子で王太子の側近であるカールがいた。
「 そなたを王太子の婚約者候補にしたのは訳がある 」
ランドリア宰相が、王室が今どう言う状況なのかをソアラに説明する。
「 ……と、言う理由だ。情けない事に財務部では収支が合わない理由が明らかに出来なくて……そこでそなたにその調査を依頼したいと言う訳だ 」
全てをシークレットで行わないとならない事から、ソアラには宮殿に住んで欲しいと言う。
お妃教育として宮殿に滞在すれば、ソアラが王族の住まいの奥にある財務部に出入りしても不自然では無いのだと。
「 王太子殿下と協力をして調査もお妃教育もして頂きたい 」
ランドリアが言うとソアラは少し考えた。
そして……
「 分かりました。お受け致します 」
ソアラは座っていたソファーから立ち上がり腰を折って丁寧に頭を下げた。
お仕事ならばやらなくては。
偽装婚約候補なら私が選ばれた理由が分かるわ。
王宮の恥だから中々言いにくく、きっともう切羽詰まった事になってしまっているのだろう。
国に仕える文官の私が、王室の危機を救うのは当然の事。
この王命を受けて……
わたくしが、見事消えた金の流れを突き止めて見せますわ!
ソアラの経理部魂が燃え上がった。
「 王太子殿下……精一杯お役に立てる様に頑張ります……宜しくお願いします 」
「 ………あ……ああ、宜しく頼む 」
ソアラは、斜め前のソファーに座っていたルシオにも丁寧に頭を下げた。
ソアラは大きな勘違いをしてしまっていた。
この王命は王太子と結婚をする事では無く、調査をする為に出された王命だと。
***
とうとう王命が発令された。
最早、妃になるしかないのだとフローレン家の人々は嘆いた。
本当は……
分不相応だと悲しむ家族に本当の事を言って安心させてあげたい。
だけど……
調査の事は家族にも伝えてはいけないと言われている。
口が固いのは経理部のポリシー。
なので家族には、王太子殿下の婚約者候補になり、お妃教育をする為に宮殿に行くのだと説明した。
今までは……
公爵令嬢と言う高位貴族令嬢が王太子妃になっていた事から、お妃教育などは無かったが。
やはり伯爵令嬢には必要だと言われたのだと言って。
これはエリザベスから言われたのだが。
戻って来てから説明すれば良いわよね。
「 きっとお妃教育で失格して戻って来るから、部屋はそのままにしておいてね 」
ソアラは明るく言った。
この言葉に誰も異を唱えなかった。
皆が思っていたのだ。
そうなるだろうと。
きっと王妃様からダメ出しをされるに違いないと。
「 我々はミランダ様に賭けていたのに…… 」
執事のトンプソンとシェフのリチャードが嘆くのを無視して、ソアラは少しの荷物を持って家を出た。
家の前には王室の紋章の入った大きな馬車が停まっていた。
騎士達が膝を突いてソアラを出迎えてくれる。
タウンハウスに住む人達は大騒ぎだ。
中には万歳万歳と叫んでいる者もいて。
こんなタウンハウスから王太子妃が出るなんてと言って。
そうよね。
表向きは私が婚約者候補に決まったと言う事ですものね。
皆……
私が戻って来たらガッカリするだろうな。
そんな事を考えながら……
ソアラは騎士にエスコートされ豪華な馬車に乗った。
こうして……
ソアラは入内したのだった。




