プロローグ
コートを着込んでも肌寒さを感じる11月の早朝。
よく晴れた空は綺麗なグラデーションで、凍った湖みたいに澄んでいた。そんな寒空の下、俺はサービスエリアでホットのカップカフェオレとチョコレートを買った。
「おかえり」
車の後部先に座ってギターのチューニングをしていたネコに、運転席から買ってきたチョコレートの箱を投げ渡す。ペリペリっと封を開ける音が、静かな車内に響く。
「ネコなのにチョコ食べていいの?」
もちろん、彼はネコじゃない。短く切った金髪の髪の、スラッと背が高く甘い顔立ちの同い年の青年だ。ただ本人が名乗りたがらなかったため、俺が一番好きな生き物の名前をつけた。
「ネコって名前なだけで人間だからいーの」
ネコの言葉に反応したのか、助手席で丸くなっていた本物の猫の雨が「にー」っと鳴いた。長時間移動する車内でも雨と俺の一人と一匹がなるべく快適に過ごせるようにと準備を整えた結果、助手席は雨が独占している。そのせいで、ネコは荷物やらで狭い後部座席に追いやられてしまっていた。
まあ、元々ネコを乗せるつもりはなかったから仕方がない。ネコはたまたま知り合った赤の他人だ。友達でも無ければ知り合いでもない。たまたまお互いの波長が合ったのと、目的が似ていたから車に乗せた。たったそれだけの、赤の他人。
雨がカフェオレをうっかり舐めないようにと、マドラーに移し替えたカフェオレを二口ほど飲んで、エンジンをかける。
「今日はどこまで行くの?」
「う〜ん……とりあえず北に向かおうかな」
「昨日もそうだったじゃん。もうちょい具体的に!」
「……京都の、北?」
「決まり!」
バックミラーに楽しげな顔で笑うネコが写る。大勢の人、主に女性に好印象を抱かせやすそうな、そんな笑顔。
低い唸りを上げ、中古のミラジーノはゆっくりとサービスエリアの出口を目指す。
思いつきで京都の北なんて言ってしまったが、行き方が今ひとつわからない。高速道路だからある程度は大丈夫だろうし、最悪ネコにGoogleマップかなにかで案内してもらえばいい。
「にしても本当に計画性なんてないなぁ。昨日までは日本列島を南下してたのに」
ネコは呆れたようにため息をつく。もう笑顔は消えている。
そもそも俺は山梨県から寄り道をしながら兵庫県へ高速道路と一般道路を使ってのんびりと進んでいた。
が、昨日の夜に突然気が変わって岩手県へ行きたくなった。ネコは南へ進むことを楽しんでいたし喜んでいたから申し訳ないけれど、そもそもこれは俺と雨だけの予定だったから、ネコの頼みは断って再び北へ向かっている。
「まあでも、高速道路を使ったらすぐだよ。3時間くらい」
「高速道路を使えば、ね。どうせ途中で寄り道して着く頃には夜だよ」
「でもほら、京都の北には海があるから魚が美味しいよ」
「猫がみんな魚好きだと思ったら大間違いだよ」
顔を顰めながら、ネコはチョコレートを口に投げ入れる。少し行儀が悪いが、特に咎める気もないから黙っておいた。
「そうなんだ。雨がサーモン好きだから、てっきりネコも好きかと思ってた」
「猫の全てを雨で考えるのやめた方がいいよ」
「そうする」
朝でも沢山の車が走る道を走りながら、ネコとくだらない話を淡々と続ける。BGMにしているノイズ混じりのラジオからは、今日の天気を知らせている。
「道混んでるかな……」
「平日だからなぁ……大きな事故さえ無ければ空いてるんじゃ」
最後まで言い終わらないうちに、交通ニュースに切り替わったラジオから、この先に長い渋滞が起きていることを知らせる男性の声が流れてきた。思わずお互い黙り込む。
「……まあ、ゆっくり行こう」
「そーだね……」
別に焦る必要は無い。だって俺とネコにはまだ時間がある。