第八話【大嫌いな奴】
行く当てもないので、最初に居た公園に戻ることにした。
季節は秋でとても過ごしやすかった。
そういえば、お腹が空いたなぁ。晩御飯はどうしようか…。
なんて考えていると公園に人がやってきた。
もしかするとご飯が貰えるかも!
そう思った私は一生懸命、可愛く鳴いた。
しかし、その数秒後。
私は可愛く鳴いたことを酷く後悔した。
アピールした相手は私の大嫌いな同級生だったのだ。
名前は神崎優斗。
中学の頃から同じクラスになることが多く
私がオタクだと分かった瞬間に誰よりも早く馬鹿にしてきた奴だった。
他の男子は数日で飽きて馬鹿にするのを辞めてきたのに
神崎だけは辞めなくて
成人式の同窓会でも私の事を馬鹿にしてきた。
私は神崎の事が大嫌いだった。
人の趣味、好みを馬鹿にして何が楽しいのか、相手を思いやる気持ちが
この人にはないのかと心底、腹が立っていた。
しかし、目の前に居る神崎はいつもと様子が違った。
とても辛そうな、悲しい表情をしていたのだ。
神崎もこんな表情をするんだなと驚いていると
彼は私に話しかけてきた。
~お前、可愛い奴だな。ご飯をねだってるんだろう?
ご飯をあげる代わりに俺の話を聞いてくれよ。
ミャ――
(仕方ないな。そんな悲しそうな顔されたら聞くしかないだろう)
~お前、仕方ないなって思っただろう?
まぁいいや。ありがとう。
俺な、好きな女の子が居たんだよ。
その子はアニメや声優が好きな女の子でさ。
俺はずっとオタク~ってその子の事を馬鹿にしてたんだけど
本当は俺もアニメが好きだったんだ。
最初は仲良くなりたくて、でも仲良くなる方法が分からなかったから
馬鹿にしちゃって。
気が付いたら素直になれなくなっていたんだ。
その子はどんどん俺の事を嫌いになっていって。
成人式の後の同窓会でも馬鹿にしちゃって。
凄い後悔していい加減、大人になって素直に彼女に気持ちを伝えようって
思ってたんだけど…。
この前、彼女は車に轢かれてこの世を去った。
ニュースを見た時、鈍器で頭を殴られたような感覚になったよ。
同姓同名の人違いだって思いたくて彼女の家に行くと
彼女の葬式が行われていて本当に亡くなったんだと実感したよ。
ちゃんと見送りたかったから
葬式に参列してたらその子と仲が良かった同級生が俺の所にやってきて
「どの面下げて参列してんだよ。
ずっと志穂の事を馬鹿にしていたくせに良く顔を出せたな」
って言ってきたんだ。
全くその通りで俺は何も言えなかった。
でも、最後まで参列させてほしいって頭を下げてなんとか参加させてもらった。
最後の供え物として手紙を書いたからそれをどうしても
棺に供えたかったんだ。
今までごめん、ずっと好きだったって書いた。
でもそれじゃ意味がないんだ。
生きてる間にちゃんと謝りたかった。ちゃんと気持ちを伝えたかった。
今更、後悔しても遅いんだよなぁ。
でもなかなか気持ちの整理がつかなくて。
いつも素直になれなくて馬鹿にして後悔して
毎日、この公園に来て一人で反省してた。
ここに来たら少しでも前を向けるかなって思って久しぶりに来たら
お前が居たって訳さ。
全く、猫に話しても意味ないのにな。
ちょっと待って!!!神崎が私を好きだった!?
そんな、まさか。
好きな子には意地悪しちゃうタイプの男だったってこと!?
っていうか手紙なんて書いてくれてたの!?
全てにおいて予想外すぎて感情が追い付かないんだけど!!
友人のどの面下げてっていう気持ちも分かる。
彼女はいつも馬鹿にしてきた神崎の事を怒っていたから
参列してる彼を見て怒りが抑えられなかったのだろう。
その気持ちは本当に嬉しい。
それと同時に神崎がそんなことを思っていたなんてと衝撃だった。
きっと彼も相当、悩んでいたに違いない。
私も彼の本当の姿を見ようとせず、一方的に嫌って
それなりに酷いことも言ってしまっていた。
その私の言動もきっと彼を傷つけてしまっていただろう。
もし、私の声が届くなら心から彼に謝りたい。
お互いがまだ子供で素直になれない者同士だったのだろう。
彼としっかりと話し合いの場を設けるべきだった。
そしたらきっと別の良い関係性になれていたかもしれない。
私自身、他の子とは仲良くしてるのに何で私にだけ
喧嘩を売ってくるのだろうと気になっていたから彼の好きだったという
言葉を聞いて妙に納得が出来た。
しかし、彼の言っていた通り、もう後悔しても遅い。
罪滅ぼしではないけれど
もしも彼の役に立てることがあるなら力になってあげたい。
最初から素直に接していれば私も彼もこうして後悔することなく
仲良く出来ていたのにな。
ミャ―
(私はあなたの味方だよ!)
~もしかして今、慰めてくれた?
ありがとな。
お前はあの子に似て優しいのな。
あれ?意外と気持ちが伝わってる?
さっき仕方ないと思ったことも伝わっていたしな。
猫になってから気持ちが通じ合っても仕方がないんだけどなぁ。
~彼女も凄く優しい子だったんだ。
困ってる人を助けてる彼女の姿を何度か見たことがある。
だからきっと彼女は今頃、天国にいるんだろうな。
俺はきっと地獄に行くと思う。そうなっても仕方ない。
ミャ―
(そんなことない、きっと天国に行けるよ。)
~えっ?
ミャ?
(えってなに?何が?)
~君が喋っているのか?彼女の声とそっくりだ。
っていうかどういうことだ?
俺は動物の声が聞こえるようになったのか?
いや、でもさっきまでは聞こえなかったしなぁ…。
ミャオ?
(えっ?私の声が聞こえてるの?)
~めちゃめちゃ聞こえてる。
(そんなことってあるの?)
~本当に彼女の声にそっくりだ。
俺があんな話をしたから彼女がこの猫に乗り移ったのか?
それで声が聞こえてるのか?
(誰も私の体に乗り移ってないよ。
そっくりなんじゃない、私が正真正銘の澤田志穂だもの。)
~えっ?澤田なのか?
本当にどうなってるんだ?全く理解できない。
(簡単に説明すると私は天国に行ってすぐに神様に転生って
決められて、猫に転生してこの世界に戻ってきたの。
さっき私が事故にあった横断歩道に行ったらお父さんが居た。
でもお父さんには私の声は届かなくて
それに母が猫アレルギーらしく、飼えないって言われた。
それでとりあえず、最初に居たこの公園に戻ってきた。
そしてお腹を空かせていたところ
あなたが現れてご飯を貰う代わりに話を聞いていたってこと。
どう?これで少しは理解できた?)
~澤田が猫になってこの世界に戻ってきた…!?
ちょっと待って。
ほとんどは理解できたんだけど、俺は好きだったっていうのを
本人に打ち明けてたってこと!?
(あ、うん。そうなるね。
でも嫌じゃなかった。神崎の気持ちが知れてよかった。
ずっと何で私にだけ喧嘩売ってくるんだろう
他の子たちみたいに仲良くしてみたいなって思ってたから
理由を知れて良かった。
私も神崎に酷いことを言ってしまってたよね?
本当にごめんね。)
~澤田がそんな風に思ってたなんて…。
今まで本当にごめん。
亡くなる前に素直にお前に伝えておけば良かった。
でも猫になってでも
こうしてまた澤田と再会できたのは本当に嬉しい。
さっき話したことが俺の素直な気持ちだよ。
今までたくさん傷つけて本当にごめんな。
(謝りすぎだよ、気にしないで。
確かにいっぱい傷ついたけど、神崎の本当の気持ちを聞いて
本当は繊細で凄く良い奴だって分かって
今まで神崎に抱いていた気持ちは無くなったよ)
~本当にごめん。ありがとう。
俺、一人暮らしをしてるんだけど
そこがペット飼っても大丈夫なのか分からないんだ。
今から大家さんに聞いてみるからちょっと待っててくれる?
(分かった、ありがとう)
そう言って彼は電話を始めた。
~もしもし、神崎です。
少しお伺いしたいのですが、そこのアパートはペットを
飼っても大丈夫なのでしょうか?
どうしても飼いたい一匹の猫がいるんですが…。
はい、はい。その責任はしっかり取ります。
分かりました、失礼します。
(どうだった?)
~壁紙がボロボロだった場合、退去されるときに
しっかりと請求しますが、それでも大丈夫なら飼っても良いですよだって。
だから俺の家に一緒に来てくれるなら嬉しいんだけど。
(野良猫で生きていく自信はないし、知らない人に飼われるより
知ってる人で私の事を好いてくれてる人に
飼われたいから、お世話になっても良いですか?)
~もちろんです。ありがとう。
澤田は相変わらず、本当に優しい女性だな。
こうして私は大嫌いだった同級生に飼われることになった。