永遠の薬草摘みと言われた俺、ドラゴンを退治する。
スカイ侯爵家三男の俺、グラン・ゼル・スカイは鋭く尖った剣の様な岩が立ち並ぶ谷を横に見ながら険しい山の一本道を登っていた。
道の両側の谷にある槍の様に突き出た岩々は百年ほど昔この奥に存在するこの山の主を退治するために使われた極大魔法の名残らしい。
その名残である岩々が風化せず今も残っているのはその極大魔法がいかに恐るべき威力だったのか、そしてその極大魔法の効果が無かったこの山の主がいかに恐ろしい存在なのかを物語っている。
曰くその姿は禍々しく見る物を恐怖させ、
曰くその黒い鱗はあらゆるものを防ぎ
曰くその瞳は一睨みで石像と化し、
曰くその息吹であらゆるものは灰になり、
曰くその翼は破滅の風を起こす。
“暗黒邪竜王ヴァイシス”
この山の主はそう呼ばれていた。
それに対してこの俺はこの凶悪な主のいる山を登る討伐者と言う名の哀れな生贄である。
(何故こんなことに……。)
話は三年前にさかのぼる。
―――――――――――――――――――――
その日、俺は聖克教会の赤い絨毯の上を進んでいた。
絨毯の行き止まりには半円状の祭壇がありその場所をステンドグラスから差し込む光が様々な色で照らしている。
俺が進む絨毯の両脇には参列者用の椅子が並べられ様々な人が俺の一挙手一投足をじっくりと眺めていた。
この国では十五歳の成人になるとすべての国民は洗礼の儀式を受けスキル、いわゆる神の加護を授かる。
国の各場所に設けられた祈りの場で神々に祈ることで何らかのスキルを授かりレベルアップできるように成るのだ。
貴族の場合、洗礼を受けた子供は司祭の鑑定魔法を受け授かったスキルが大々的に公表される。
今日は俺の洗礼の儀式の日。
儀式自体が貴族社会のお披露目の式典となっているため周囲の高い位置には国王から始まり、公爵、侯爵、伯爵と言った高位貴族の当主とその家族集まっている。
俺が祈りの場で神々に祈ると今まで見たことのない様な七色の光が差し込んだ。父は元よりその場に集まった貴族たちは見たこともない光景にざわめいていた。
(これは何かすごいスキルを授かったに違いない。)
居合わせた者の期待が大きく膨らむ。スキルによっては陞爵も期待できる。この時、父は俺が授かったスキルに対する期待が大きくなっていたようだ。
だが、そんな中で俺に告げられたのは次の一言だった。
「スカイ侯爵家、三男、グランにはスキルがありません。」
俺のスキルを鑑定した司祭の言葉は周りの貴族たちを驚かせた。
前例のない光の洗礼を受けたはずなのにスキル無しであったことが原因ではない。
この国では貴族が貴族たる所以は有能なスキルを持っているからであり、有能なスキルを持っているものが貴族として認められる。
スキルも一般的なスキルではなく持っている人の数の少なく有用なスキルが重視される。
例えば剣術(将来的には剣聖になれる可能性はある)しか持っていなかった為に廃嫡された公爵家の長男もいたほどだ。
したがって、俺の“スキル無し”は問題外なのだ。
当然俺はその日の内に勘当、家を追い出された。
その後に日々も悲惨なものだった。
家を追い出された俺は様々な職に就職するが”スキル無し”の呪いなのか、皆が普段から使っている道具さえ使うことが出来なかった。
騎士団や探索者などの職もあるが、俺には戦闘スキルが無いため魔物を倒してレベルアップを図ることは出来ない。
魔物から攻撃を受けた場合、その攻撃を防ぐ方法もない。その魔物を倒す方法もない。傷を負ったとしても治す為の治癒のスキルが無いし人に頼む為のお金もない。
戦闘関係は全くできないと言っていいだろう。
だから俺には道具を使わないでも出来る薬草摘みの様な簡単な仕事しか無かった。
薬草摘みも問題が無いわけでは無い。
俺には探索系のスキルがない為、生活に必要なお金を稼ぐための薬草の量を摘むのも半日がかりである。
毎日毎日朝早く王都近辺の森に行き薬草を摘む。
王都近郊の森で薬草を摘むのはこの辺りには危険な魔物や動物が少ないからだ。
その為、薬草摘みは未成年の子供が小遣い稼ぎでするものだった。
子供がするような薬草摘みを成人した大人が行う。俺の行為は他の者から蔑視の対象となっていた。
そして付いたあだ名が”永遠の薬草摘み”である。
俺はこの時、これが最底辺の状態だと思っていた。しかし、しばらくしてその甘い考えが覆される事が起きた。それが三年後、今からほんの一月前の事だ。
その日もいつもと同じ様に王都近郊の森に薬草摘みに出かけたのだが、どういう訳か実家の騎士たちが森で待ち伏せしていた。俺は彼らに連行され実家に連れ戻されたのだ。
父の前に突き出された俺は驚愕の話を聞くことになった。
「サ、サウガブル山ですか?」
「うむ、そうだ。どういう訳か今年の討伐が我が家に回ってきてな……。しかも討伐には我家の者が同行しなくてはならない。あそこに行くのはたとえ調査であっても死に行くようなものだ。その様な相手の討伐にわが家の有能な者を送り込むわけには行かぬ。だが、わが家にはお前がいる。我家の恥となるお前がな。」
「し、しかし父上。かの暗黒邪竜には……。」
「……お前の名前は我家の中のひとりであったと残しておいてやろう、喜べ!無能のお前が我家の役に立つのだ!」
他の兄弟はそれなりに使えるスキルを持っているが“スキル無し”の俺は必要のない子供ということらしい。
有用な子供をできもしないヴァイシスの討伐で失うわけにはいかない。
その為にも俺が討伐と言う名の生贄にならなくてはならないと言う事である。
父は俺を馬車に強制的に乗せると昼夜問わず馬車を走らせ最短時間でサウガブル山まで俺を運んだ。
そして二日分の水と食料を渡すと俺が逃げられないようにサウガブル山の入り口に同行した傭兵連中とともに陣取った。
深い谷に囲まれたサウガブル山の山頂までの道は一本道である。その為、山の入り口に陣取れば俺が逃げることは出来ないと言う寸法だ。
王国のヴァイシス討伐は何年かに一度、百年も前からずっと行っているが失敗が続いている。
俺が助かるためには邪竜を倒すことだが今まで倒せなかったのに倒せるはずはない。それに俺はまったくレベルを上げていないのだ。
見張りの傭兵連中に追いたてられる様にとぼとぼ登ること三時間、俺は大きく開けた場所に出た。その広い場所の中心に山のように大きな黒い竜が丸くなっている。
(見たところ羽の生えた大きな蜥蜴と言ったところか……見るだけで恐怖……しないな。)
俺がゆっくりと進むと黒い頭を持ち上げた。
<0LG53o+m07Kq1LKX36CO0LO417Kp1rOv1LKi27WV0LKX0rKy34+m>
何を言っているのか判らない。
よく聞き取ろうと耳を傾けるとヴァイシスが体を持ち上げ大きく羽ばたき始めた。ヴァイシスの羽ばたきで強風が吹き、砂埃が舞う。
俺は巻き起こる風で目を開けることが出来ない上、立っているのがやっとの状態だ。
(これが破滅の嵐?目に砂埃が入って痛いだけだ。まぁ、この山に来ること自体破滅している様なものなのだが……。)
しばらくすると風が止みヴァイシスが俺を睨みつけた。その目つきの鋭さに俺はギクリとし足が石になったように動かない。
ゴルゴンやカトブレパスの様な石化の睨みだと聞いていたがヴァイシスの睨みは恐怖で動かなくなることを石になると言っているのだろう。
<1KyK0rKS07KT1LGw27WV……フム、言葉が通じないのは面倒なことだな。>
「おお、喋った!」
先程まで何やら叫んでいたのは言葉だったようだ。しかし何と言っていたのだろうか?
<我が風に耐えるとは我が領土にやってくるだけはある。だが、我が息吹はどうかな?>
するとヴァイシスが大きく息を吸い込み、体を大きくのけぞらせた。
大量の空気を吸い込んでいるのかヴァイシスの喉の辺りが見る見るうちに大きくなってきた。
(ちょっとこれは不味いのではないか?)
そう思った次の瞬間、ヴァイシスの口から黒い雷光を纏う極大の火の塊が吐き出された。
俺はとっさに手で顔をかばった。
その火の塊は辺りの物を巻き込むかの様なものだったが、俺の手に触れるや否や何事もなかったかのように消え去った。
<0LKT0rKl15S41LKX3rWW1qOA0rK11r2C1LK03oKx0LKx0rGy07KX1LKZ14i4>
(はて?これがすべてを灰とする息吹?何か変だ……そうか!これはヴァイシスの警告だ!これ以上近づくなと言う事だろうか?だが俺はヴァイシスを倒さなくてはならない……うーん、どうしたものか。)
俺が考え込みながらゆっくりとヴァイシスに近づいて行った。ゆっくりと動いたのは考える時間が欲しかったからだ。
(……たとえゆっくりとでも確実にヴァイシスとの距離は……?近づいていない?)
いつの間にか俺が一歩進むたびにヴァイシスは一歩下がる。
<0LK20rO41q6c1LGy27WT3I+4>
奇声のような判らない声を上げるとヴァイシスはぎこちなく踵を返して飛び立とうとした。
「おい!ちょっと待っ!」
俺は咄嗟にヴァイシスの背中に飛びつく。ヴァイシスは体が大きい為か反応は鈍く俺でも簡単に飛びつくことが出来た。
ヴァイシスの“あらゆるものを防ぐ黒い鱗”でけがをするかと思ったが黒い鱗は思いの外柔らかい。
そうか!逆の発想か!おそらく柔らかいことであらゆる攻撃を吸収できるのだろう。
ヴァイシスは俺が飛びついたままの格好で広場から谷の方へ向かって走り出した。どうやら飛んで移動するつもりの様だ。
(危うく置いて行かれるところだった……。)
一安心したのも束の間、ヴァイシスは勢いをつけたまま広場から飛び立った。
だが次の瞬間、急激に高度が下がる。
(低空飛行?いや、これは墜落だ!)
ヴァイシスは俺を背中に乗せたまま鋭く尖った剣の様な岩が立ち並ぶ谷に向かって落下していった。
“あらゆるものを防ぐ黒い鱗”とはいえ落下の勢いを受け止めることは出来なかった。ヴァイシスの体や首に剣の様な岩が突き刺さる。
<0LKq0rKX1IyD1LK13Ims1aa8!!>
よく判らない叫び声をあげるとヴァイシスは絶命した。
ヴァイシスの体を貫いた鋭い岩は俺が触れるとぼろぼろと崩れてゆく。おそらく役目を終えてその魔法の効果が切れたのだろう。俺は運がよかった。
ヴァイシスの体が柔軟であったこともあり、落下の衝撃はすべてヴァイシスの体に吸収されたようだ。その為、俺は軽い打ち身程度で大した怪我はしていない。
だが次の瞬間、猛烈な吐き気と頭痛に襲われた。それと同時に頭の中で同じ声が繰り返し鳴り響く。
<<パパパパーパパッパー!レベルアップしました。>>
<<パパパパーパパッパー!レベルアップしました。>>
<<パパパパーパパッパー!レベルアップしました。>>
<<パパパパーパパッパー!レベルアップしました。>>
<<パパパパーパパッパー!レベルアップしました。>>
……
……
……
終わることもなく鳴り響く音が怒涛の様に俺の意識を押し流していった。
―――――――――――――――――――――
ヴァイシスの断末魔の声は山の入り口に陣取る者達も聞こえるぐらいの大きな声だった。
「何だ!今の声は?」
ほどなく傭兵の一人がスカイ侯爵の元へ駆け寄る。
「報告します!暗黒邪竜王ヴァイシスは古の賢者の罠にかかり絶命した模様です。」
「それは真か?!」
古の賢者の罠、それはサウガブル山の周囲にある槍の様に突き出た岩々の事である。
この岩々は賢者により永続化された強化魔法が施されており砕けることは無い。
その上、岩々のある所には永続化された高重力の魔法が掛かっており岩々の上を通るものを引き寄せ岩で串刺しにするようになっていた。
だか、その高重力の効果が発動する高さはあまり高くなかった。
これはあまり高い範囲まで高重力にすると岩の方がその重力に負けてしまい崩れる為である。
その為、ヴァイシスを岩々の方へ追いやろうとしたのだが上手くいかず年月が過ぎるうちにやろうとしていた計画が失われたのだ。
「山の上から確認したところ間違いありません。それと……。」
「それと?何だ?申してみよ。」
「はい。どうやらヴァイシスを突き落としたのはご子息であるグラン……様の様です。」
「何!」
公爵は驚きのあまり息をのんでしばらく黙ってしまった。
「それで……グランは?」
「そ、それがヴァイシスの死骸の近くに見えましたが声を掛けても反応がありません。我々も確認しようと近づこうとしたのですが……。」
「賢者の罠か?」
「はい。足を踏み入れただけで体が重くなり全く進むことが出来なくなりました。ですがグラン殿の辺りは血だらけになっており生きてはいないのかと思われます。」
スカイ侯爵はしばらく考え込んだ。
賢者の罠の近くで倒れているのなら何もしないとすぐに死ぬに違いない。いや、もしかしなくても死んでいるのだろう。ならその死を最大限に利用するべきなのだ。
「判った。おそらくグランは命を懸けてヴァイシスを賢者の罠におびき寄せたのだ。そのおかげでグランと言うわしの大切な息子を失ったがヴァイシスを倒す事が出来た。グランは尊い犠牲となったのだ。」
―――――――――――――――――――――
俺が目を覚ます事には辺りがすっかり暗くなり星や月が辺りを照らしていた。
残念ながら俺には灯りの魔法を使いう事は出来ない。(と言うより魔法全般が使えない。)
星明かりを頼りに山の入り口に戻る。
だがそこには誰もいない野営の跡が残っているだけであった。
(うわ。置いて行かれた……。)
恐らく倒れていた俺を見て死んだと判断されたのだろう。
だがこれは考えようによってはチャンスだ。
偶然とはいえヴァイシスを倒してしまったのだから実家に良いように利用されるに違いない。
もう利用されていると思うが、このまま帰れば”スキル無し”の俺は更に酷い目に合う可能性が高い
なら、このままこの国の首都とは反対方向へ逃げて別の国へ亡命するべきだろう。
「そうと決まればこの鋭い岩山を抜けてゆくか……でも硬そうだな。」
少し首を傾げながら目の前の岩山に手を触れるとあっさりと崩れ去った。
「これはラッキーだな。ヴァイシスを倒すという目的が達成されたので魔法で作った岩山が簡単に崩れるようになっているのか。それにこの辺り一帯にかかっているらしい高重力も無い。これも岩山と同じ理屈だろう。」
俺は王都とは反対方向に駆け出した。
目の前の地面に足を踏み込んだ瞬間、俺の周りの景色が流れるように後ろに過ぎ去っていった。
岩山に体がぶつかった様なのだが何の抵抗もなかった。
「はい?」
ここで俺は思い出した。
俺が倒れる原因となったのは繰り返されたレベルアップの音だ。レベルアップ時のファンファーレの音が繰り返されたことで俺は気絶した。
つまり俺は気絶するぐらいの回数レベルアップの音を聞かされたのだ。
それだけレベルアップしたのなら強化されて今のようなことが起こるのも無理はないことなのだろう。
「たしか低レベルで高レベルの相手を倒した場合、レベル差分補正が付きその補正は等差級数的に増加する。一体俺のレベルは……。そうだ、レベルアップしたのならあのコモンスキルを習得しているはずだな。」
そう呟くと初回のレベルアップ時に覚えるコモンスキルの起動名を唱えた。
「ステータス」
……
だが何も起こらなかった。
「?起動名を間違えた?すてーたす、ス、テ、イ、タ、ス、す、て、い、た、す……。」
だが何度唱えても何も起こらない。今の状況からすると間違いなくレベルアップしているはずなのだがステータスが表示されない原因がさっぱり分からなかった。
”ステータス”と言うコモンスキルはレベルアップした誰でも使えるようになり自分の能力値やスキル、レベルを見ることが出来る便利なスキルだ。
必須と言っても良い。
「ま、まさかスキル無しというのはここまでひどいのか……。」
あまりの衝撃にしばらくうなだれていた。
「俺がレベルを見ることが出来ないのは仕方がない。町に行けば探索者協会がある。そこで登録すれば鑑定してもらえるだろう。」
俺は気を取り直して前に進み始めた。……今度は慎重かつゆっくりと……。
―――――――――――――――――――――
ヴァイシスが討伐されて一月後。スカイ侯爵家では……。
「やったぞ!ヴァイシス討伐の功績でニノ姫様が我がスカイ家に降嫁される。これで我がスカイ家も公爵家だ!」
「おめでとうございます。旦那様。これで命を代償に討伐されたグラン様もお喜びだと思います。」
傍に控えていた執事も感無量という感じで懐からハンカチを取り出して涙を拭っている。
「う、うむ。そうだな……。」
だがスカイ侯は一抹の不安を覚えていた。
あの後、ヴァイシス討伐が真実であるか王都の役人を案内した時にヴァイシスの死骸はあるがグランの遺体はなかったのだ。それに幾つかの岩山が崩れていたということもある。
(き、気のせいだ。ヴァイシスの死骸の劣化からみてグランの遺体は朽ち果てたのだろう。……気のせいだ。)
だがそのスカイ侯は不安が的中することを今はまだ知らない。
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グランが目覚める少し前。レベルアップの音がなくなり変更された能力がグランの頭の中に響き渡る。
しかし当のグランは気絶しているためその内容を把握することは叶わなかった。
<<レベルアップに伴いユニークスキルが変化します。ユニークスキル、無効(魔法)が無効(全・任意)に。無効攻撃(魔法)が無効攻撃(全・任意)。現在の状態は対象に制限がありません。対象の制限の再設定を推奨します。なお、特例として無効対象にこのユニークスキルは含まれません。>>
この世界のドラゴンは魔法生物の頂点と言われる存在です。
ドラゴンブレスは極大化魔法であり、その鱗は魔法により強化されているという代物です。
空を飛ぶのも魔法の効果によるもので翼の効果ではありません。
尚、名前の由来はDSの1,2,3のラスボスの名前を切り貼りしたものです。