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アーモンド×アーモンド

作者: 村崎羯諦

 アーモンドが健康に良いって僕はピアノを演奏しながら、ヨレヨレになったTシャツをいつまでも捨てきれずに大事にするということ。おデブさんのくせにというわけではないけれど、ヒグマにだって立ち向かえる勇気ってものを想像してみたら、僕たちはきっと今よりも優しい気持ちになれると思う。


 ジニーとアニは兄妹。僕たちは地球人であり、宇宙人ではない。だけど、地球もまた宇宙の一つなんだから、ジニーは僕を突然呼び出して、最近アニが何かに悩んでるって相談を持ちかけれた時、心当たりがありすぎる僕は噛んでいたガムを思わず飲み込んで、その日の空は夏の日にしては青みが少なくて、どこか霞んでいるような気がした。


「何もないところをじっと見ていたり、そうかと思ったらまるで何かを思い悩んでいるかのようにぐっと眉をひそめてやがる。俺はアニのことをアニがオムツに向かって排泄していた頃から知っているけれど、こんなことは初めてだ」


 ジニーとアニは年が離れている。どれくらい離れているかというと、そういえば僕が最後にアニを見たのは彼女がスクールバスに乗りこみながら、通り沿いを歩く僕を見つけた。ジニーにとってアニは大事な家族で、だからこそ僕はジニーが悩んでいるのをみるととても心が痛んだけど、僕とジニーは昔からの幼なじみだった。そして、ジニーと同じように僕もアニのことを本当の妹のように思っている。月にはもうアメリカとロシアの陸軍基地が作られていて、現地で採用された月人同士で血を血で洗うようなことが起きているらしいから、以前僕がアニから涙ながらにこう打ち明けられた時、7月4日はアメリカの独立記念日だった。


「ジニーから毎日殴られてるの。私が悪いことをしたからとかじゃなくて、ただただ私が気に入らないんだって。最初は些細なものだったのに、どんどん激しくなっていってるの。このままじゃ私、いつかジニーに殺されちゃう」


 ジニーは優しい人間で、僕はそれを聞いた時、どうして僕たちはもっとこの広い宇宙のことを考えないんだろう。嘘つき女、嘘つき女と僕が言って、アニがさらに泣く。アーモンドの花は桃の花と似ていると聞いたことがあるけれど、アーモンドの中にはアミグダリンっていう物質を含んでいるものもあるということを知って、アミグダリンは加水分解されると猛毒のシアン化水素を発生させるらしい。あれだけ素敵な食べ物にさえ毒があるのなら、欠陥だらけの僕たちは何度だって同じ過ちを繰り返すのかもしれない。だってジニーは優しい。それから僕の幼馴染。僕はアニのことも好きだけれど、それよりもジニーの方が好きで、きっと火星には見渡す限りのアーモンド農場が広がっている。そして火星人はアーモンドの毒で死ぬ。近所のウォルマートに並べられているのは、僕たちの身体が昨日食べたものでできているから。


 僕が宇宙で一番好きなSF作家は右耳のピアス穴から入り込んだバイキンのせいで死んだし、結局アニは泣きながら立ち去っていった。心配する必要ないよと僕はジニーに言ったけど、スニーカーにこべりついた泥のように青いトンボが鳴いた。それからしばらくしてジニーから深夜に連絡があって、車を出して欲しいとお願いされたということは、僕が車でジニーの家へ向かいに行った。車の中は冷房がガンガンに聞いていて、アメコミのテーマソングをかけていたから、僕のラッキーアイテムは黒のスーツケース。毎朝の占いみたいにどこかの誰かがいつだって最悪な運勢を背負わされている。どうか僕にそのことを連絡して欲しいけど、ジニー

はビニールシートでぐるぐる巻きにされた人の背丈ほどもある何かを背負っていて、右手にはスコップが握られていた。お迎えありがとうとジニーは言って、ジニーは僕から車のキーを奪い取って、車を走らせながら、僕たち二人は差し合わせたように一言も喋らなかった。僕は頭の中でホイットマンの詩を誦じた。ぶすんぶすんという細切れの空調の音が五月蝿い。


 人のいない山奥で車を止めて、ジニーが車に担ぎ込んだビニールシートを解く。僕はジニーと一緒にスコップで穴を掘る。穴を掘る、穴を掘る。穴を掘って僕たちはそこに冷たくなったアニをそっと横たえて、首筋に浮かんだ汗が背中を垂れていくのかもしれない。ジニーが僕も一緒に穴の中に入るように言う。僕がジニーに言われた通りアニの横で仰向けになって、夜の土の冷たさが背中越しに伝わってきたり、湿った土の臭いがした。ジニーが僕たちに土をかけ始める。横を見ると、そこにはボコボコに殴られて、顔の骨が砕けて、変な形になっているアニの顔が近くにあったからというわけじゃないけど、僕がそっと彼女の手を握りしめると、アニの手はすごく小さかった。もちろん死んでいたからすごく冷たかったけれど、昔アニが本当に小さかった頃に、ジニーとアニの三人でお出かけをしたときに僕とジニーでアニの両手をそれぞれ握って、アニを浮かせてブランコ遊びをやったことを思い出して、高い高い樹々の隙間から見える夜空の星がすごい綺麗だった。


「あの頃は良かったね」


 僕が口を開けると、そこにジニーからかけてきた土が入って咳き込む。咳き込む、咳き込む。気がつけば僕の身体は半分くらいが土に埋まっていて、横にいたアニの顔は全部が埋まっていたということは、僕が握りしめていたアニの左手の感触だけはずっと感じていた。耳を澄ませる。虫の鳴き声に混じって聞こえてくるジニーのすすり泣く声が、土の冷たさと徐々に大きくなっていく土の重みを感じながら、僕は土が中に入ってしまわないようにそっと目と口を閉じた。耳と鼻も自由に閉じることができるのであればいいのになあと僕は思ったということはつまり、もう一度ジニーとアニと過ごした昔の思い出が蘇った。


 みんな一生懸命なんだから誰も責めることはできないよ。僕は呼吸ができない苦しさとぼやけていく意識の向こう側では、アニと繋がった僕の左手が少しだけぎゅっと握り返されるような感覚がしたと言うこと。

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