第六話 少年の能力と提案
<おい、何の真似だ? 突然転移に乗り込んでくるなんて、危うく部屋の手前、最悪壁の中に転移するところだったぞ>
少年を座らせてカルネウスは問う。非常に怒ったような口調だ。かなり危険なことだったのだろう。
「ご、ごめんなさい。突然あなたたちの周囲がぐにゃって曲がったように見えたから助けようと思って……」
今のところ、少年に悪気があったような態度は見えない。本当に心配の一心で来たのだろうか。しかしクターナやカルネウスにも気づかれないように接近していた意図が読めない。
「どうすんの? もう転移は使えないんでしょ?」
<明日になったらつまみ出すさ。なぜついてきていたのか聞き出してからね>
未だに固い声音は変わらずにカルネウスは少年を見つめる……ことはできない。
<おい、アケラ?>
アケラは少年には興味もないようで目を閉じて座り込んでしまった。
<ああ、眠いのか。初めての龍化だし疲れたよね。ごめん、私の活動はこれまで。うるさくしたらアケラが休めないから私も寝る。後はよろしく。あ、アケラには布かけてあげてほしい>
「ちょ……何なのあいつ……」
全てを放り投げてアケラと共に眠りにつくカルネウス。何をどうよろしくすればいいのやら。
「男の子」
「僕はファルコンです。どうぞそうお呼びください」
「……ファルコン、なぜ自分の気配を消して近付いた?」
クターナもそろそろ眠りたくなってきたが、この少年に危険があるかどうか、それを確認しなければならない。
危険なら侵入者だと監視の兵士を呼べばいい。
「僕が近付くの嫌がっていましたから。こっそりついてきたんです。気配を消すのは得意ですし」
ファルコンはクターナの意図を理解していた。勘の良さを甘く見ていた。
見たところ敵意はないが、クターナやカルネウスも察知できないほど気配を消せる存在だ。敵意を隠している可能性もある。
それに怪しいところは多々ある。気配を隠せるのに子ども一人で夜の街に出てならず者に襲われるのは不自然極まりない。
「ああ、僕が一人で出歩いていたことを怪しんでいますね? この力、魔法なんですよ。ずっと発動できるわけじゃないんです」
「……魔族だったのか」
「ええ。どこの貴族の生まれかは知りませんが」
魔族は人類の中で魔法を扱える唯一の種族だ。王国の王族、貴族は全て魔族であり、また魔族は全て王族、ないし貴族の血筋であるとされる。
故に魔族であることは特権階級の証左なのだが、ときおり孤児が見つかる。とくに治安が悪化しているこの百年は増加傾向にあるという。ファルコンもその一人のようだ。
「まあ気配を消せるのが得意なだけで他の魔法は何も使えませんが。魔族特別区にいい評判は聞かないので、普通の人間として生活しているわけです」
魔族の浮浪児の多くは禁を犯して他の人類と交わって生まれた表に出せない子どもか、貧乏貴族の経済的な理由による捨て子だ。
そういった存在は貴族としての地位を与えるわけにも行かず、かといって魔法を扱える者を平民に置いておくわけにも行かずということで魔族特別区に収容されている。
クターナは特別区というものにそれほど悪いイメージを持っていないが、巷では評判が良くないのだろうか。
「周りにも僕のような子どもは結構いますよ。みんな住む家もありませんが、連携して衛兵の目から逃れ、食いつないでいます」
「そうだったのか……」
クターナは少し衝撃を受けていた。実際にそんな存在を見たのが初めてだというのもあるが、浮浪児として生きている子どもがたくさんいることは知らなかった。
「そこまで驚かれますか。同じ魔族なのに、ずいぶんと世間知らずなんですね。どこかの大貴族のお嬢様ですか?」
勘付かれた。直情を表に出したのは迂闊だった。
下手に誤魔化そうとすればますます怪しい。しかしこのまま黙っていてもファルコンは勘を確信に変えてしまう。
「わ、私が、魔族だと知って……」
やっと出た言葉がこれである。話の視点を大貴族の令嬢というところから逸らしたいにしても少々情けない。
「私が魔法を使えると知ってそこまで驚かれませんでしたし、魔法に対する意外さは持ってないみたいですから。あとは態度が平民のそれじゃありません。生まれながらのお嬢様です。加えてあの強大な竜と組むくらいですから相当な力を持つ魔族。大貴族以外には考えられませんね」
結局話を大貴族の娘に戻された。王家の娘と思われるよりはマシだが非常にまずい事態だ。
「そんな大貴族が顔を隠して行動。間違いなく政治抗争のお悩みをあなたは持っていますね? そんなにきな臭い事態に巻き込まれていながら世間知らずなのも不思議ですが」
何も言っていないのにクターナの身の上を着実に暴きに来るファルコン。本当に自分よりも年下なのかとクターナは驚きを隠せない。
「そうそう、少し前にバックル塔に人が入りましたよね? 詳細は私も知りませんが相当な身分の方が幽閉されるとの噂でした」
「……」
「そしてあなた方が転移前にいたのはバックル塔の周辺。中を実際に見たことはありませんが、それほど離れていない場所に転移するとして、これだけ立派な部屋があるとしたらバックル塔の中としか考えられません。つまりあなたは」
「もういい。全て、当たりだ」
王家の王女であることはさすがにわからなかったようだが。
「どうするつもりだ? 私の無断外出を通報するか? いや、違うか」
そんなことをすればファルコンもまた魔族の浮浪児という身の上が明るみに出ることになる。
聡いこの少年がそんな手を選ぶとは思えない。故に別の目的があろう。それが友好的なものであることを願って聞き出す。
「む、恩人に対してそんな真似はしません。最初から言っているでしょう。私があなたの協力者になります。あなたが世間知らずのお嬢様だと知って、ますますその気を強めたまでです」
世間知らず。
宮殿の悪感情を敏感に感じ取り、いつでも自立できるようにと勉学に励んでいたクターナにとって、それなりに堪える言葉である。
クターナは悪感情に晒されているとはいえ、表向きの身の安全と衣食住は保障されている立場であった。
対してファルコンは本当に明日をも知れぬ子どもである。
年下であろうと、この立場の違いに伴う経験の差に勝てるはずもないのだが、己の勉強が間違っていたのかという虚無感は避けられない。
「あの、大丈夫ですか? 疲れたのなら眠っていいですよ。僕が危害を加えることもしませんから。たぶんあなたなら僕が襲おうとしたときには反撃できるでしょうし」
それは間違いない。常に脅威に対しては敏感に察知できるように鍛えてきただけでなく、才能もあったと自負している。
本当の暗殺者相手なら難しいかもしれないが、気配を消すことが得意なだけの相手なら問題ではない。
仮に気配を殺したとしても、気配が消えたことに対しての違和感で起きることができるだろう。
「わかった。さっきから頭が回らないのは自覚してる。だから寝る。悪いけどあなたはタンスの中とかで寝て。万が一誰かが入ったときに見つかるとまずい」
カルネウスおよびアケラもそれは同じなのでそっとベッドの陰に運び、布をかけた。
「あなたがどういう意図で私に近付いたのかについても、明日の朝、きっちり話はつけるからそのつもりで。ああ、このローブのフードを取るなんて野暮なことはするなよ」
ベッドの上でクターナは警告した。少年のせいで今日はこのローブを着たまま寝るしかない。着心地は悪くないのだが寝るには違和感がある。
「はい。お休みなさい」
――――――
「スベラ……アービット……?」
深夜に助けた少年、ファルコンはクターナの素顔を見て唖然としている。
<本当に不器用だな>
カルネウスの呆れたような声。
クターナは自らローブを取ってファルコンにその顔を見せつけていた。