第五話 後始末の方が面倒くさい
「これが……アケラ?」
カルネウスの一声と共に変化が始まった。アケラの体。
胴は元より短く、細身になりながらも、前肢が伸び、後肢は中足骨が伸びて踵がかなり高くなった。二足歩行、四足歩行両方に対応した姿だ。
つぶらだった目は眼光鋭く変化し、顔も尖ったことで、勇ましい顔つきとなった。
獣とトカゲらしさが濃かった姿から神々しい、龍と呼ぶに相応しい姿に変わっている。
<おお、これがアケラの龍化か。私に似て格好いい>
「な、なんだあ。姿が変わりやがった」
「なんかやばそうじゃねーか? あんな姿の竜、聞いたことねーぞ」
男たちに動揺が走る。
<おら、やっちまえ! アケラ!>
「なんか口調おかしくない……?」
どっちがならず者なのだと言いたくなる。
「グアアー!」
雄叫びを上げてアケラが男たちに飛びかかった。素早い。ジャンプ一つで距離を詰め、小柄な体で押さえ込みにいっている。
「ぐ、ぐぅ……」
男たちはアケラに手も足も出ず、あっさり打ち倒された。それも特殊能力を使われることもなく、格闘だけで。
<全力出す前に倒しちゃった。弱すぎだね>
既にアケラは元の姿に戻っている。何事もなかったかのように尻尾で遊んでいる。
「あんた、今のは一体?」
<神龍の特性、すなわち最強の体をアケラに反映させたんだよ。アケラは神龍に適性のある体だから龍化できるんだ。私も肉体があればああやって龍化できるんだよ>
やはりあの姿は神龍に由来するらしい。カルネウス自身は肉体を失ったと言っていたが、宿主の体に最強の体とやらは反映できるもののようだ。
「あ、あのー」
「うん?」
荷物を取られそうになっていた少年がおずおずと話しかけてきた。年は妹と同じくらいか、やや下であろうか。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました。あなたがこの竜を操っているんですよね?」
<む、失礼な。私は誰にも操られていないぞ>
「ええ!? しゃ、喋った?」
男たちとの戦闘時にもベラベラと喋っていたはずだが。
いや、念話なのだから聞かせる相手を選ぶくらいのことはできるのだろう。
<これはだね、私とこの体の主であるアケラが――>
「あんたはちょっと黙ってて。話がややこしくなる」
何も知らない少年にアケラのことまで話す必要もないだろう。絶対に理解不能な話だ。それに下手に喋らせたら不要なことを口走る可能性もある。
会って数時間も経っていないが、それだけの危うさをクターナはこの龍に感じていた。
「男の子、この龍は私と協力関係にある。あなたを助けたいという私の望みを彼が汲んでくれた」
「そ、そういうことなのですね。何はともあれ助かりました。可能な限りお礼をしたいです。お望みは?」
そんなものはない、ともいかないようだ。人助けの目的は顔を隠しつつ、正体不明の正義の味方を浸透させる、ということだったが、それを直接見返りとして求めるのは違う。
正義の味方への信頼は見返りとして求めるものじゃない、とは正義の味方ごっこを提案したカルネウスがなぜか熱く語っていたことだ。
「私のことを覚えていて欲しい。訳あって顔は見せられないが、いつかあなたに頼るときが来るかもしれない」
「顔は見せられない……つまり今、既にお困りなのでしょう? ならば私があなたをお助けします!」
クターナとしてはまだ信用できない人間と接近しすぎるのは良くない。ひとまず距離を取ろうという意図で言ったことなのだが、少年は食いついてきた。
クターナよりも幼いのに妙に勘のいい少年である。適当に言いくるめられると思ったのだが。
「ダメ。あなたを信用できないから。もういい。私のこと、覚える必要もないから。忘れて」
少し胸が痛む言葉ではあるが、直接的に言って突き放すしかない。
<君も不器用だな。昔の私を見ているみたいだ>
「黙ってろって言ったでしょ」
<これは君にしか聞こえてないよ。もうちょっとうまく立ち回りなって>
「……はあ。男の子、襲われたことを衛兵に報告してきなさい。私じゃダメだから」
この少年がそうやって衛兵を連れてきたときにはもう自分たちはいない。関係はこれで終わりだと、態度で示すのだ。その方が自分の胸は痛まない。
「はい! 行っててきます!」
少年は勘が良かったから、クターナの考えにも気がつくかと思ったがそんなことはなかった。
嬉しそうに駆け出す少年。年相応に無邪気な顔だ。
「それで、力は見せてもらったけど、こんなことやってて私は自由になれるの?」
<もちろん。この辺りで活動すれば自ずと噂は広がる。さらにお偉いさんを救えれば恩義の効果はデカい。粘り強く正義の味方ごっこをすることだ。私だけでなく、君も戦ってくれ>
カルネウスの相変わらずの自信に、クターナはとりあえず身を任せることにした。幸い王都から離れたこの地でならある程度目立った噂が立っても手は回らない。
カルネウスの力は圧倒的だった。戦力の心配はない。あとは立ち位置を少しずつ得ていくだけ。
「とはいえ作戦の粗も目立ったから今日は一端帰るよ。転移、使えるでしょ?」
<あ、ごめん。アケラの龍化でだいぶ消耗しちゃったからこの距離じゃ無理。もっと塔に近付かないと>
「無能」
自分の限界くらい考えて戦ってほしい。一度全力を見せておきたいという思いがあったにしても。
徒歩で塔のすぐ近くまで来た。深夜だというのに塔の周りの警備は固い。転移なしで侵入するのは無理だろう。
<よし、これくらい近ければ問題ない。それじゃあ私に掴まって>
目をつむってアケラの体にしがみつく。ふと、後ろから何かに掴まれた気がした。
「ふう、戻ってきたか……どうした?」
<余計な荷物がくっついてきた。荷物のせいで危うく部屋まで転移できないところだったけど、力が残ってて助かった。アケラのとっさの動きも良かった>
荷物とは。そう問おうとしたとき、クターナは足下に気配を感じた。
「おえ、気持ち悪い……」
「男の子!? なぜここに……」
<お荷物だよ。直前にくっついてきたから振り払えなかった>
先ほど助けた少年が床で目を回している。転移にくっついてきたというのか。いつの間に側に来ていたのだ。常に周囲には警戒していたのにクターナは全く気がつくことができなかった。