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第三話 常識外れ

 カルネウスはスベラが自身を封印したと言った。

 おかしい。カルネウスを封印したのはアンティカのはず。


 しかもそう言うカルネウスにスベラへの憎しみの心は見えない。彼は復活した直後、クターナを見て嬉しいという言葉を発していた。

 あのときは完全にクターナをスベラだと思っていたのにもかかわらず。嬉しいなど、封印した相手に向ける感情ではない。

 事実、カルネウスとは別の意識であるアケラは攻撃してきたのだ。それが正しい反応であろう。


「あんた、それが本当だとして、あんた自身はスベラが憎くないの?」


<べつに? 私はスベラのこと信じてたし。理由はわからないけど考えあってのことでしょ。まああまりいい気持ちはしないけどさ。アケラはそこまで>


 何という全幅の信頼であろうか。ここまで信頼しているのならいっそ自分がスベラだと名乗っていた方が良かったかもしれない。


「いや、やっぱり嫌だな」


<それで、スベラはどうなったの? 彼女はアケラの体内に私を閉じ込めた後、アケラごと封印して……>


「処刑されたよ。歴史の汚点として記録された上でね。勝ったのはアンティカ」


<……そうか。まあ君というアンティカの子孫がいるんだし、薄々気づいてたけど。それで、君は私を復活させて、何を望む? 私の目的に逸脱しない限り、君に私は協力しよう。スベラに似ていることもそうだが、封印を解いてくれたことに対する礼だ>


「それはどうも。目的について聞いても?」


 相変わらずカルネウスはクターナがスベラに似ていることに言及するが、今はそこに突っ込まない。目的というものは少々気になる。復活したばかりで持つ目的とは一体。


<一人、忘れられない人がいる。あの子に会って五百年前の次第を聞く。スベラが何故私を封印したのかも確かめたい>


「生きているの?」


<おそらく。彼女はただの人間じゃなかった。相当長く生きる存在だ>


「わかった。それを手伝うからあんたは私の味方になって。私は今軟禁状態なんだ」


<なんだ? 穏やかじゃないな>


「スベラに似ているからね。私は自由になりたいんだ。どうせ王位は妹が継ぐだろうから興味ないけど、軟禁状態は嫌」


<ああ、妹……君も同じなんだな。まあスベラはもっと野心深かったけどね。いいよ、私は君に協力しよう。君の境遇にも私は同情する>


「はあ?」


 同情などいらない。哀れまれる筋合いはない。そんな思いでクターナは組み敷くアケラ、いやアケラに宿るカルネウスを睨み付ける。

 そのとき、ずっと拘束を逃れようともがいていたアケラは動きを止めた。そしてその尻尾が頬を撫でた。


<ありがとうアケラ。私の思いを尊重してくれて。……さて、悪いけど、私は君にスベラの姿を見続ける。それが私の目的に沿うものだから>


「何、それ……」


 水が頬を伝う。なぜ泣いているのだろう。結局、味方になると言ったカルネウスもまた自分を見ていないからか。

 アケラはそっとクターナを押しのけて立ち上がる。


<でも誓おう。君がスベラと同一視されることで苦しまない未来を作ると。もうそんな風に泣かせることはしない。最後に笑って欲しいから>


 今までスベラを悪しきものとしか見ていない人間ばかりだった中、カルネウスはいい意味で同一視しているらしい。

 決してクターナ自身を見ようとはしないその姿勢に思うところはあるが、それでもどこか救いのようなものを覚えた。


<私を封印したとき、スベラ、泣いてたんだ。その顔で泣かれると困る>


「……あのさ、女の前で元カノの話をする男がどれだけ嫌われるか知ってる?」


 いくら良い意味で同一視しているとはいえ、スベラに固執しすぎなのは気に入らない。

 自分への優しさに聞こえていたものがスベラへのものだったのだから。

 この龍は余計な一言を挟まないと気が済まないのであろうか。


<いや、スベラは彼女とかじゃない。恩人であって、好きだけど愛していた存在じゃない>


 そういうことを言っているんじゃない。

 じっと睨み付ければ、アケラが必死に頭を下げる。寄生している本人ではなく、宿主に謝らせていることに申し訳なさを覚えてしまう。


「べつにいいよ、アケラ。未だに己の過ちを理解していないこのバカ龍が全部悪い。おい、いつまでも引きこもってないで姿を現せ」


<いや、どこ行っちゃったんだろうね? 私の体。私の意識がアケラの中に入れられてからはわからないんだ>


 もしかしたら消えているかもしれない、などとあっけらかんとした様子で語るあたり、体そのものにこだわりはないらしい。

 味方にはなってくれそうだが、いまいち使いどころが難しい手駒を拾ってしまった、とクターナは期待外れに座り込んだ。


<さて、じゃあさっそく手助けしようか。アケラもとりあえず君に協力するみたいだし。ここから脱出しよう>


「待って。脱出じゃ私は脱獄犯になってしまう」


 それだけで殺される理由には十分だ。

 そもそも脱出だけならクタ-ナ単独でも可能だ。今まで隠してきた魔導の才を駆使すれば簡単なことだ。なおその場合は魔法への対策がされて手詰まりになって終わる。故に塔内で魔法を使うわけにはいかない。


「何か他の手を使って自由にならないと。私があなたを復活させたのはこのため。なんかすごい力とかないの?」


 すごい力、とは我ながら曖昧で幼稚な表現だとクターナは思ったが、神龍の詳細な情報は伝わっていないからどう言っていいのかわからないのだ。ただ一国を吹き飛ばすのは容易だと書かれていたが。

 その神秘の力に期待している。


<もう、しょうがないな、君は。いつも私に頼ってばっかりで>


「ご託はいいからとっとと言え」


 なぜかはわからないがとても腹立たしい。いつも、とは。またスベラと同一視しているのだろう。


<ほら、そういうせっかちなところ。君に味方がいないのはそうやって相手のペースを尊重しないところだよ。スベラのせいじゃない>


「あなたとスベラのせいでしょ! 私は初対面で警戒されてばかり。マイナスからの関係を強制されてるんだから。理不尽だよ……」


<おっと……ごめん、まさかそこまでスベラが嫌われているなんて。安易に同情するなんて言っちゃいけなかったね。よし、一肌脱ぎますか。アケラ、ちょっと協力よろしく>


 カルネウスのトーンの落ちた声が届き、アケラはカルネウスの求めに応じるかのように頷いて目を閉じ、膝を畳んで座り込む。


「何? これ……」


 アケラの体から妙な力が解き放たれているのがわかる。魔力とも違う、不可思議な力の流れ。


<……よし、こんなもんかな>


「何したの?」


<この部屋に幻覚をしかけた。入った人間は君が必ず中にいるように見えるっていう>


「はい?」


<これから私と外出するよ。転移魔法みたいなものだけど魔法じゃなくて私の力だからバレない。夜だし見張りも中に入ってこないだろうけど、念のため幻覚を張ったんだ。三時間くらい持つと思う>


「外に? 何のために? 脱出はダメだよ?」


<少しだけの外出だって。ずばり正義の味方ごっこ。治安悪いとこあるでしょ?>


「確かにここ百年はあちこちで治安が悪化してるけど……」


<夜陰に紛れて人助けが私の狙い。恩人であれば後々君の正体がバレても八割は支持してくれるはず。少しずつそうやって支持を広げていくんだ。なかなかいい案だろ?>


「う、うーん?」


 言っていることはわかるがそんなにうまくいくものだろうか。まず地道すぎてどれだけ時間がかかるかもわからない。


 とはいえ、監視のある塔内でなければ魔法を使ってもバレないので、クターナの実力的な問題はない。クターナ自身の魔力量とセンスならそうそう苦戦することもないだろう。


<まあ私がこの時代の実態をこの目で見たいのもあるんだけど。さあ、もう幻覚は張っちゃったし、早く出発しよう。動きやすい格好に着がえて……って持ってないか>


「室内用の運動着はあるけど。これとか」


<ダメダメ。もっと地味なやつで。はい、これを着て>


 座り込んでいたアケラが立ち上がったときに咥えていたのは黒服一式。

 これに着替えろということらしいが、いったいいつの間に用意していたのだろう。


「まあいいや、着替えるよ」


<うん、どうぞ>


「……」


<どうした?>


「あんたオスでしょ? 女子が着替えるって言ってんだからさ」


<いや、オスっていうより男だけど。……ああ、裸見られたくないのか。大丈夫、スベラとはよく一緒に水浴びしたし、そういうのは見慣れているから気にしないで……あれ、アケラ? おい、なんで目を閉じる?>


 このデリカシーの無さ。殴りつけたいが違う竜の体に宿っているのが恨めしい。

 スベラもこれと一緒に水浴びする、とはどういうつもりなのだろう。ペット程度にしか考えていなかったということか。


<ちょ、アケラ? 何も見えない! あれ、耳も聞こえないし、匂いもわからない!?>


 カルネウスは視覚、聴覚、嗅覚が感じられないようで、パニックに陥っている。

 感覚をアケラの体に依存しているために、自分の意思によらない唐突な感覚の遮断は弱点になるようだ。いい気味である。


「はは。ありがとうアケラ。べつに鼻と耳まで塞がなくてもいいんだけど……ってわざとか」


「クルル……」


 アケラの態度を見るに、鼻と耳を塞いだのは、カルネウスをパニックに陥らせるための意図的なもののようだ。

 こうして兄の失態を補完し、たしなめるとは、妹の竜は賢い。

 妹がこうなのだから、カルネウスがクターナの心をくみ取れないのは竜たちの常識に問題があるのではなく、カルネウス自身の常識に間違いなく問題がある。

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