私が嫌いなものとそいつを殺し尽くす強大な力を手にしたことに対する思いと人類の行く末について
暑い、暑いのだ。
ただただこう思うばかりである。
部屋に、こもっているばかりだ。
夏になり、春の快適さは空のかなたに飛んで行った。
夏と言えば良いところなんぞ一つもない。
何故なら虫が出るからだ。
これがいけない。
私が嫌いなのは虫である。
特に奴が嫌いだ。
日本中いや世界中を脅かしたかの存在。
真っ黒で流線的なフォルム。
長い触覚。
六本の足。
その生命力は並みの生物を凌駕し、なんでも食べる悪食。
空をも支配する。
「G」
奴の嫌いな点を挙げろと言われれば幾らでも挙げられる。
我が家には、対Gの最終兵器が3本ある。
それに加えトラップも設置している。
出ないはずなのだ。
だが昨日問題が発生した。
奴が出たのだ。
数多のトラップを超え奴は台所に顕現した。
時は深夜1時。
水飲んで寝るかと寝所から台所へと向かい灯りをつける。
コップを取り出し、水を注いだところまでは良かった。
ふと奥の壁で何かが動いたような気がして、そちらの方をちらと見た。
するといたのだ、不俱戴天の仇「G」が。
は?
当初は目を疑った。
何故だ、何故出るのか。
ここにはトラップもある。
生ごみはちゃんと処理をした。
まあ、なんだ男なら溜まるものも自分で処理をしてちゃんと捨てた。
処理をしてできたちり紙が原因で「G」が来ると風のうわさで聞いたことがあるのだ。
考えても理由など思い当たらなかった。
まさに理由なき犯罪だ。
奴は住居侵入罪を犯した。
これは許されがたいことである。
死を持って償え。
思考すること3秒。
迷いなく「G」をこの世から抹消することを選んだ私は、ピレスロイド系の2本を玄関から持ってきて奴に構える。
さらば、私の敵よ。
貴様がどのような虫生を送ってきたかなんて知らぬがここで果てるがいい。
奴をじっと睨みつけトリガーを引く。
噴出口から白煙が迸る。
1本は相手を凍らして動きを止めるタイプの武器だ。
1秒でもその煙に当たれば動きが止まる。
もう1本は殺すことに特化したタイプの武器。
その射程は少し短いがその分破壊力は高い。
煙は狙い違わず奴の方へと進む。
勝負は一瞬で決まる。
白煙が薄まりやがて消えた。
そこに立っていたのは私一人だけだ。
勝った。
確信する。
奴は足一本、触覚の先でさえも動かすことすらかなわぬ骸になったのだ。
幾ら生命力が高かろうと人類の叡智には到底かなわない。
思えば600万年。
人類は成長をし続けてきた。
その結果がこれだ。
矮小な虫を殺戮する強大な力を手にすることが出来た。
私は満足感に包まれながら奴の骸を始末した。
奴の骸を始末しながら私は人類の行く末について思った。
人類は力を手に入れすぎたのではないだろうか。
かつて人類は素手で「G」に立ち向かったという。
奴の対地対空性能や素早さ、生命力に当時の人々は絶望しただろう。
だが彼らはあきらめなかった。
人類の諦めの悪さは「G」の生命力に匹敵する。
彼を知り己を知れば百戦殆からず
孫子のこの名言に従い「G」の生態や弱点を調べ上げ有効な策を練った。
それと同時に自分たちが「G」に対抗するためにはあまりにも素早さが足りないと気付いた。
そこで開発されたのが「殺虫スプレー」だ。
素早さが足りず間合いを詰めることが出来ないのなら遠距離から攻撃すればよいのでは。
この考えに至った祖先の方々には畏敬の念を抱かずにはいられない。
画期的なこの考えは世界中で支持された。
世界中で殺虫スプレーが開発、販売され瞬く間に奴らは駆逐された。
しかし奴の生命力を私たちは舐めていた。
そのうちに薬剤抵抗性を持つものが現れ始めたのだ。
新世代の「G」に私たちは苦戦を強いられた。
当てても当てても効果が表れない。
世界は再び絶望に包まれたと思われた。
しかし各メーカーはこんな時の為にと実験と開発をしていた!
彼らが新しく販売をした殺虫スプレーは新世代にも効果があり、相手の動きを止めるなどの追加効果もあった。
かくして宇宙は絶望の権化「G」より救われたのだ。
しかし輝かしい歴史の裏にはどす黒い闇がある。
それは殺虫スプレーも例外ではなかった。
殺虫スプレーも当初は有機リンを使用したものがあった。(今もあるが)
しかしそれは人類にも害があったのだ。
他にもツィクロンBと言われる殺虫剤はホロコーストに使われたと言われている。
殺虫剤は人類の叡智であり世界から闇を払う素晴らしいものである。
しかしそれが人類に害をなすこともある。
身の丈に合わない力は身を滅ぼす。
私たち人類がすべきことは身の丈を伸ばすことではないのだろうか。
そんなことを考えてしまう季節、夏が嫌いだ。
夏は取り留めのないことが頭に浮かぶ。
それを言葉にし、文に留める。
それが何よりも楽しく思える。