第18話 【ふろがまと、しらたき】 その5
城内では“幻影の騎士”と謳われている名誉騎士のケイルは、ネレを膝に乗せたまま固まっていた。
甥っ子のリトラスの面倒をみはじめたのは、彼が8歳の頃からだ。
今のネレのように頭と瞳が大きく、アンバランスで壊れそうなサイズ感ではなかった。
リトラスの妹と同い年ぐらいだが、男女の習い事の差の為、そちらとはほとんど交流がなかった。
無意識にケイルは、ネレが膝の上からずり落ちないように太腿に力が入り、ネレの背中が当たる腹筋も少しだけ緊張していた。
貴族達の間で流行っている、少女や妖精をモチーフにした高級品の球体関節人形が頭に浮かび、自分が今、膝の上に乗せている物体が“壊れ物”だと認識するのがやっとである。
何とも言えない空気を変える為に、シャドンは咳払いをひとつする。
「・・・・・・失礼しました。此度はジェラニオ様より大切な業務を承ったので、この場に参上しました・・・ええっと、まずはトレフル様にこの書類を、複写は4部でしたね・・・ゥッ!」
腹を片手で押さえ、上腕を震わせつつ、シャドンは身体を斜めにしながら書類をトレフルに差し出した。
それを受け取りながらトレフルはポーカーフェイスを保ちつつ込み上がる笑いに堪え、ロティスに至っては後ろの壁に手をついて顔を隠している。
20年以上鍛え続けた戦士の肉体の感触は、柔らかく弾力があり、高反発クッションをネレに思い出させた。
――――あ、コレ、なんかイイ・・・
何とも言えない心地良さに、つい背中に体重をかけてしまった。
「おい・・・私の膝の上はおまえのような者が座って良い場所ではない」
やっとのこと、ケイルの頭に浮かんできた言葉だった。
「あ、ごめんなさい! 楽にして、好きなところに座れと言われたもので、ここしか思いつきませんでした」
とりあえず、ネレは筋肉クッションに・・・貴族のケイルの膝の上に座ったまま頭を下げた。
「・・・・・・何故そうなる」
ネレが遠慮がちにケイルから身体を離した瞬間にバランスを崩し、ぐらりと傾いた。
『あっ』
成人男子四人の声が重なった。
ずり落ちかけたネレの身体をケイルが片腕で支えたが、ガクンと、ネレの頭が揺れた衝撃で首に巻きついていた白い襟巻が外れ、床に落ちてしまった。
何故か落ちる過程で白い襟巻がくるりと丸まり、毛糸玉のように部屋の隅まで転がり、壁にコツンと当たった所で止まった。
壁にぶつかった衝撃で、毛玉はちょこんと、頭と尻尾を広げた。
その場にいた全員がその様子を目で追っていた。
『・・・・・・・・・・・は?』
それは、てらてらと光る白い毛並みに細い銀糸が混じり、白兎を思わせる紅くつぶらな瞳をパッチリと開いて、ピンク色の鼻先をフンフンと鳴らしていた。
その首回りには、翠色の一筋の模様が浮かんでいる・・・何処からどう見てもかなり珍しい色のリスに見えた。
「なんでそいつが・・・ネレと一緒にいるの・・・」
ロティスが前髪をくしゃりと握りながら言った。
「あ、ロティス様、このコをご存知なんですか?」
「こんな変わった毛色のリスなんて、そうそういるもんじゃないでしょ・・・」
「え? シャドンさんも知ってるんですか?」
「ネレ、どうやって手なずけた?」
トレフルはすぐさま立ち上がり、シラタキに手を伸ばしたが、するりと避けられてしまい、中腰のまま寂しげな表情を一瞬浮かべた。
「トレフル様も知ってるんですか?」
「いや、待て、話が見えないんだが・・・その白いリスと、今回のリトラスの件は関係ないだろうから話を・・・」
中途半端にケイルに抱きかかえられていたネレは、もぞもぞと身体をよじっていたので、シャドンは書類を配り終えた手で、ネレをずいっとケイルの腕から引き抜いた。
「いえ・・・このコはボクと一緒にリトラス様に上空に吹っ飛ばされた被害者仲間なんです」
「一緒に吹っ飛ばされたって? なんで?」
ごく自然な所作で、シャドンはネレを抱きかかえたまま、空いていた席に着いた。
ケイルの膝の上を冷たい空気がふわりと撫でた。
「・・・はあ、なんか、飛びかかって来た普通の茶色いリスの大群と一緒に、ボクの服にしがみついていた感じで・・・あれ? じゃあ、もしかして、シラタキだけリトラス様の魔法に耐えてたって事かなぁ???」
――――このコ以外、リス達は殆ど気絶していたような?
「う~ん・・・ごめん、ネレちゃん、順を追って説明してくれるなかな?」
シャドンは困ったような優し気な笑顔でネレに質問した。
ネレは、食堂の手伝いをしながら、採取の森で食材についての勉強も兼ねて食料の調達をしていた。
せっかく集めた食材をリスの大群に奪われかけた時に、強風に煽られ上空に舞い上がり、リトラスとともに着地した事のくだりを説明し、ケイルに睨まれつつも・・・背中に手を突っ込まれ、悲鳴を上げ、ジャンとケイルが現れ、その白いリスが姿を消したところまでを話した。
結局のところ、全員が「はあ?」と、なったので、扉の前で立っていたジャンが室内に呼ばれ、ネレが上空に舞い上がった目撃証言をし、その場に居たケイルも、ネレの説明とリトラスの話に相違がない事を確認した。
「と、言うか・・・シラタキって、なんだ? 名前を付けてしまったのか? 飼うのか? どうやって?」
大人しく席に着きつつも、何故か食い気味のトレフルに、その場に居た全員が少し引いていた。
その間、部屋の隅で警戒していた白いリスが、そろそろとネレの方に近づいて来た。
トレフルは捕まえたい気持ちを必死に押さえながら、視界の端でその様子を伺っていた。
「・・・えっと、名前は先ほど勢いで付けてしまって・・・でも、すぐに採取の森に放そうかと思ってたんですけど、ボクから離れなかったので連れてきてしまって・・・すみません。孤児院では家畜用の鶏以外は飼っちゃいけないから、トレフル様にも相談しようと思いまして・・・」
シャドンの膝の上にネレが座り、ネレの膝の上に白いリス・・・シラタキがピンクの鼻をひくつかせながら鎮座していた。
「じゃあ、仕方がないな、私が飼う事に・・・・・」
「トレフル様、コレたぶん魔獣ですよ? 魔力持ちのリスの亜種じゃないですか? 研究室に渡した方がいいんじゃないですか?」
「ロティス、何を言っている? 私は既にこのコを拾得物として申請済みだ。研究室に渡すつもりはない!」
「ネズミなだけに、ただのモルモット素材じゃないですか? 実験動物として研究室は大歓迎ですよ!!」
「ネズミじゃない、リスだろう? しかも珍しい白リスだ、本来の種と違う白い獣は神聖視されるものでもあるし、貴重種だ」
「これ・・・リスかなあ?」と、小さな声で呟きながらネレはシャドンと視線を合わせたが、彼はその白い獣とネレの瞳を見比べて、合点がいったようにゆっくりと瞬きをしながら頷いて見せた。
つまり、「そういう事にしておけ」という合図のようなものだった。
「ハイハイ、そうですね! ハツカネズミっぽい白いリスですね! ついでに書類を真っ白にしちゃう害獣ですよ? 正気ですか? コイツのせいで仕事が進まなくなりますよ?」
「っう!? ・・・た、確かに書類を白紙にされては困るが・・・」
一向に話が進まない様子に、ケイルは眉間に皺を寄せ、足を揺すり始めていた。
「じゃあ、採取の森で保護対象にすればいいんじゃないですか? 責任者はトレフル様なのですし・・・こういう時の為の権限お持ちでしょう」
シャドンが細い息を吐きながら妥協案を出した。
「よし! シャドン! その案を採用だ!」
彼はシャドンに人差し指を向け、固い意思を示したが・・・。
「・・・・・いい加減、本題に取り掛かって貰いたいのだがな?」
窓も開いていない部屋の空気を、ケイルの静かな声が小刻みに震わせながら体感温度を3度ほど下げたのだった。




