第17話 【雪と妖精と猫の関係性】 その3
朝、ベッドの中でまだ寝ていたいと母に文句を言った。
結局、布団をはがされてくすぐりの刑となって無理やり起こされた。
朝食は安物のお茶と、乾いたパンと、野菜の入った炒り卵だ。
母と娘だけのいつも通りの質素な食事。
この町では片親の家庭は珍しくない、しょっちゅう戦争が起きて、若い男性を中心に徴兵されている。
ごくたまに、異母兄弟が近所で発生するのはこの町では珍しくもなかった。
健康な青年が定住して、家庭を持つこと自体が希少であったし、頻繁に発生している紛争が年がら年中慎ましやかな家庭を壊していた。
そして、昨日までの不自由で不満ばかりの生活が、幸せと言う形であったと初めて気が付く。
国境すれすれに存在したその町は、特に都会でもないがそれなりに栄えていた。
砂漠が近く、国境を越える為の旅人や傭兵の中継地点として重宝されていた。
流れ者が多いせいもあり、生まれも育ちも職業の差別もそれほど酷くはなく、暮らしやすかったが、それと引き換えに・・・当然のごとく戦争に巻き込まれた。
町中の慌てふためく人々にぶつかり、掌と膝を軽く擦りむいて血が滲んていた。
叫びながら、母を呼んだが・・・彼女は逃げる町民とは正反対の方向へ足を進めて、二度と振り向くことはなかった。
「生きろ! ブロンシュ!」
母の衣服は血に濡れ、何かの物語に出てくるような赤いドレスに見えた。
まるで魔女だ。
そのおどろおどろしい後ろ姿が、凛として美しくもあった。
右手に剣を持ち、決意を固め、両肩で風を切るように歩むその後ろ姿を戸惑いながら見送った・・・自分も生きる為に覚悟を決め、他の大人に手を牽かれながら母が進む方向と正反対に駆け出した。
何となくは気が付いていた・・・・・・・。
まわりと比べて、自分の母親の教育が普通ではない事に。
自分もまた・・・小さな手荷物の中に毒薬と言う武器を忍ばせて、非力なりに生き残る戦いの準備をしていた――――。
悪夢とも正夢とも区別のつかない夢から覚めて、重い瞼をこじ開けた。
「ネレ・・・顔がやばいぐらい腫れてるわよ」
「また、お母さんが出てくる夢をみてた」
いつもより少し遅めに目を覚ましたネレの瞼に、ルノンは濡れ布巾を当てた。
「最近・・・ネレは寝てるとき、眉間にしわ寄せてるけど?」
腫れたまぶたの上でひんやりとした濡れ布巾を押さえた。
「・・・・・・・頭が痛いの・・・寝てていい?」
「大丈夫よ、今日はゆっくり寝てなさい。飲み水は枕元に置いておくわ・・・今、朝食のスープとパンを準備するわね」
夢の中の“荒っぽい自分の母親とは雲泥の違いだ”とネレは思った。
多分、あれはずっと昔の前世の記憶であると確信した。
――――なんで、今さら?
日本とは違う風景、建物や衣服の感じはこの世界に近かった。
たぶんそのせいだ・・・酷似しているこの世界の風景に触発されて、記憶の欠片が繋がり始めている。
「そうだ・・・あれは“才”のある世界だったはず・・・」
「――――ん? 何か言った?」
何故だか気味の悪いぐらい優しいルノンに、昨夜気絶するように眠った直前の出来事を聞いたが、彼女は困ったように首を傾げるだけで、頭痛の原因は、泣きすぎであろうとの結論だった。
流し過ぎた水分を取り戻すように、乾いた身体は水を欲しがり、差し出された水の器を一気に空にした。
ルノンとの二人部屋でベッドの上で横たわるネレは、その安息にほっとしていた。
ふと、食べ終わった食器を片付けていた彼女に、
「ねえ・・・ルノン・・・セレポレはもう戻って来ないんだよね?」
と、質問した。
遠くに子供達の楽し気な声が耳に入っていたが、同時に彼女の諦めの湿度を含むようなため息が聞こえた。
「ネレ・・・・・・・あの子はもう戻って来ない。セレポレの記憶の件は最善の方法だったと思うわ。だから、もうあの子の話をみんなの前でしてはダメ」
「どうしてその事をルノンは知っているの?」
ルノンの表情筋が“しまった!”と、わかりやすくひきつった。
「なんと言うか・・・秘密を共有する相手が居ないと辛いわよね? だから私が適任だって事で・・・だから・・・」
「ルノンは誰に聞いたの? この件は秘密だってトレフル様が言ってたよ?」
「ごめん・・・セレポレの記憶操作は・・・・・・・私がお願いした事だから」
「どうしてっ・・・?」
「“どうして”って? ・・・・・・・・・それはね、シャドンさんも、トレフル様も、貴方達を護る為にそうしたのよ。じゃあ、聞くけど・・・貴方がシャドンさんの立場だったら、貴方を悪人に差し出したかしら?」
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
考えもしなかった質問返しに、ネレは言葉が見つからなかった。
「即ち、“敵を騙すならまずは味方から”・・・でしょ? これが“炎の覇権”だったら、今頃本当に戦争が始まっていたわ」
「ほのおのはけん・・・ってなに?」
「あなたが産まれるずっと前に起きた戦争は、火器を操る“炎の覇権”が原因だったの・・・と、まあ、あなたはまだ分からないでしょうけど」
「・・・・・・・・それってもしかして石油の事?」
「あら、もしかして“燃ゆる黒い水”を知ってるの?」
「・・・・・・・・・・・・石油があるんだっ!? 歴史ももっと詳しく勉強しなきゃ・・・ルノン! ほん・・・」
ベッドから起き上がろうとするネレのおでこに、ルノンの人差し指が刺さった。
「石油についての本は殆どが発禁物で一般人の閲覧は禁止! 国家間での重要機密扱い! あれは・・・と、とにかく、今日は身体を休めなさい!!」
バサリと勢いよくネレは頭から掛布団をかけられる。
「まったくネレといい・・・セレポレといい・・・ああいう才も世の中では必要で、それだけの事だから・・・」
ルノンは掛布団越しに、独り言のように呟いた。
大人しく布団の中で少しうとうとしていたが、段々と目がさえてきてしまった。
ネレはベッドから抜け出し、着替えてスコップを片手に携えた。
孤児院の庭からするりと背の高い柵の隙間を抜け、いつも通る表の道は使わず、兵舎と兵舎食堂に続く裏道の雑木林の地面を眺めながら歩いていた。
最近は昼間も北風が吹き始め、髪の短いネレには首から頭が寒すぎるので、色的に目立たない灰色の猫耳フードをかぶり、防寒対策をしていた。
がさがさと雑草をかき分け、スコップを片手に土の色を確認しながら何かを探していた。
枯れ枝も目立ち始めた雑木林の中で、地面を確認しながら少しずつ歩んでいる小さいネレの姿は・・・少し離れた場所から見ると、どう見ても小動物にしか見えなかった。
「・・・・・・・ネコ?」
その姿に目を奪われ、一人の少年が好奇心でその様子を伺っていた。
「・・・・・・・じゃない・・・?」
どこかで見たな? と、不思議に思いながら、リトラスは尾行を始めてしまっていた。
視線の先の灰色の小動物は、地面を見つめながら、ぼそりと何かを呟くとしゃがみ込み、目印のような白く平たい石を手に取り、スコップを振り上げたが・・・地面寸前で手を止めた。
灰色のフードを深くかぶった顔は見えず、乾いた小さなため息が聞こえた。
手に取った平たい大き目の白い石を見つめ、元の場所に縦に差すように置いた。
灰色の小動物がすっくと二本足で立ち上がったので、それが猫耳フードをかぶったただの子供だと確認ができた。
――――あの子供はこないだの・・・木箱の子供?
静かに後をつけるが、雑木林の中で油断すると自分の髪が枯れ枝に引っかかったり、服に何かが当たったり、気配を消すのが一苦労だった。
リトラスは昨日出会った細身の貴族の男を思い出した。
アルベルト・ジーン・ザーガン、何の特徴もない男だ。
相手の目と鼻の先まで近づいて、必要最低限の力だけで敵を押し負かす。
――――普通では不可能だ・・・あれはどんな“才”なんだ?
雑木林と言えど、たまに巡回する兵士が何度も踏んだ獣道ができていたが、何故か目の前を進む子供は脇道に逸れて、地面を探っている。
ガサガサと、無造作に生える雑草の群れを分けて、小さな身体をさらに丸めて地面を見詰める姿はやはり小動物にしか見えなかった。
だが、今度の動作は少し違っていた。
意を決したかのように、スコップを振り下ろし、一心不乱に掘り始めた。
その行動は・・・リトラスにはまったく理解不能だった。
ある程度の深さを掘った後に、子供は・・・ネレはその穴を覗き込んだ。
「――――う゛えっ!」
掌で口を押さえながら、素早く掘った穴を埋め、元々そこにあった目印のような平たい白い石を盛った土の上に置いた。
ネレは勢いよく立ち上がり、歩きやすい獣道に飛び出し、その道の先へと駆けて行った。
リトラスは声をかけるタイミングを完全に失い、差し伸べようとした手が宙を掻いた。
ネレが探っていた辺りの草むらを覗くと、リトラスのブーツに小さなスコップが当たった。
呆然としながら拾ったスコップを片手に、彼の頭は“?”で一杯になっていた。
間が空いてしまい、申し訳ないです。もりしたです!
何してたかと言うと・・・書いてましたよ? と言うか、文章を普通に直してました。
まさか、こんなに修正が必要だとは・・・思ってました(笑)
「は? 300,000文字? 30万文字? さんじゅうまんもじ!?ってなに?」
6月時点では実は3/2しか直っておらず、
「いかん、一気にやらないと内容のつじつまを忘れてしまふ!?」
という感じで、慌てました・・・・。
梅雨時と、いきなりの真夏日で床に伏すを繰り返し・・・ていますが、じわじわ頑張ります。
ではでは、おやすみなさい(つ∀-)




