第16話 【不香の華(ふきょうのはな)】 その10
約30分待ちの末、白月亭の席に着き、手にしていた箸で肉うどんの肉を銀髪の少年はつついていた。
昼時に行列が発生する事もあるが、流石に通常の平日ではその激しさもゆるみ始めている。
「これは何の肉だ?」
「豚肉です」
リトラスの顔が、静かに固まった。
「四つ足の肉か・・・・・私が口をつける前に、少し貰ってくれないか?」
「はあ、別にいいですよ」
貴族のお忍び姿の服装で決めているリトラスが目の前の食事に手を付けるまで、ジャンは決して目の前の食事に手を付けない。
他の兵士では、食事にお忍びの貴族をエスコートする事など不可能であったかも知れない。
「こんなに沢山乗っているとは思ってなかったのだ」
リトラスはうどんの上に乗っていた肉を長ネギ以外の全てジャンに託した。
「・・・・・・ちょっと待って下さい。ほぼ全量じゃないですか?」
「・・・・・・・・・・・」
「メニューに肉うどんと書いてある時点で、気が付いて下さいよ・・・いや、俺は別に肉が二倍ってのは嬉しいんですけどね?」
ジャンの気軽な物言いも、回数を経て気心が知れてきたからである。
「ただ、そういう名前の料理だと思ったのだ」
「まんまじゃないですか? 肉うどんは肉うどんですよ? 来店五回目にして念願のうどんですよ? なんで先に確認してくれなかったんですか・・・って言うかリトラス様、箸使うの上手ですね!」
ネレが白月亭に常備を願い出ていた木製の箸をリトラスは手にしていた。
「・・・祖父がな『どこに行ってもその場所で生きられるように』と、色々な事を・・・、教えてくれたので、直ぐに慣れただけだ」
リトラスはうどんを箸で器用に啜り始めた。
「・・・・・・え~と・・・作法などの呑み込みがとても良いのは理解できました。・・・けど、肉食べなきゃ、世界中どこへ行こうとも・・・かなり・・・お辛いのでは?」
「必要に迫られれば食べられる」
「嫌いなのですか?」
「・・・・・・嫌いではない」
貴族のリトラスに街案内をする任務を請け負った時点で、色々と粗相がないようにと彼についての情報を集めていた。
だが、リトラスの趣味についての情報は特に聞いたことがない。
「まさかとは思いますが・・・『肉を食べる人間を妖精が嫌う』とかの迷信を信じて・・・いるのですか?」
食が細いわけでもない、育ち盛りの彼が肉を避けるのが不思議だったので、とりあえずの質問をぶつけてみたが、うどんに集中していた彼からは返事はなかった。
ジャンは右手を上げ店主の厨房の奥にいるグエンと目を合わせた。
「今日はゆず入りの七味ありますか~?」
「おう! あるよ!」
目尻の横に笑い皺を浮かべたグエンが二人のテーブルに七味の容器を置いて、直ぐに厨房に下がって行った。
昼の混雑をできるだけ避けて、いつものようにリトラスを白月亭に案内したジャンは七味を肉うどんにふりかけてから、口を大きく開けて頬張った。
「ジャン・・・それは?」
「ああ・・・うどんに合う香辛料です。結構値が張るものらしいので、箸と同じで訊ねないと出てこないんですよ・・・喉にくるので、少しずつ試してみてください、一味と違って独特の香りが苦手な方も多いそうです」
リトラスはジャンの言う通りに少量で七味を試してみた。
「うん・・・私は・・・好きな味だ」
毎回熱心に街の構造を訪ねるリトラスに、ジャンは段々と好意を抱くようになっていた。
まだ幼く、消極的な態度を取ることは多いが、身分の低いジャンに貴族流の我がままを言う事もない。
首にかかる長めの銀髪、紫水晶のような瞳・・・この細く中性的な少年は、戦いの為に剣を振るう騎士のイメージからかけ離れている。
逆に何故、聡明な知識があるのに優遇される文官職を選ばないのかを不思議に感じていた。
「――――で、話の続きなのですが肉をあえて食さないのは、やっぱり妖精がらみですか?」
買い物用の布袋に入っている、オーダーメイドの妖精人形をちらりと視界に入れた。
ジャンはこの街の東西南北をリトラスに案内しているが、例の露店雑貨店と白月亭は必ず毎回コースに設定されている。
何より興味を惹かれたのは、露店の雑貨店にある商品のほとんどは店主の手作りだったという事だ。
最初はただの昆虫の羽だと思った商品も、実は手先の器用な男の手作りだったとはジャンも驚かされていた。
肉うどんを完食し、空になった器と交換されるようにレモネードが届けられた。
「何か・・・誤解が・・・」
「そうですか、俺の誤解ですか・・・なら、いいんです」
リトラスは表情に出さないものの、レモネードの入ったコップを触りながらジャンの顔色をうかがっているようだった。
「お気に障ったのなら申し訳ありません。騎士見習いの研修の為に必要なこの街の地理・・・詳しいのは俺だけじゃありませんので・・・もっと優秀な兵士を護衛に紹介します。恥ずかしながら・・・俺は“才の劣等生”ですので」
「・・・・・・・・ジャン以外は指名したくない。でもジイは・・・私の従者はもう年で・・・あまり私に合わせて歩かせるのは胸が痛い」
“勉学の為の街案内の依頼”に、ジャンを指名したのは五回目。
いざという時に、城下で迷子になる訳には行かない為の騎士の勉強だった。
リトラスの従者は高齢の為、腰を痛めており遠出はできないとの理由でジャンに白羽の矢が立った。
ダフネ隊長が「従者が怪我の為・・・」とは言っていたが、どうやら世間体の為の言い訳だったらしい。
貴族相手に気後れせず、それなりの作法の知識もあり、咄嗟の対応も可能で戦闘能力もそこそこある・・・と言う条件はジャンに当てはまっていた。
ジャンは何となくリトラスが求めている案内の要望は理解していたが、彼の警戒心は強く、何がしたいのかはっきりと口にはしなかった。
伯爵家の五男には家名の継承権はない、魔力が異様に高くても、結局は大人の都合で曲げられてしまう事が多い。
その為に騎士として地位を手に入れ武勲を上げなければ、貴族家の椅子取りゲームには参加できないのだ。
それが例え本人の意思でなくとも・・・一度貴族というフィールドに産み落とされてしまえば・・・その社会で生き残る為に、目の前のレールを強要される。
目の前のやせ細った少年は何度も自分を指名して街案内をさせるくせに、あまり自分を語らない。
揃いでオーダーした妖精人形の入っている布袋にジャンは再び視線を落とした。
「・・・・・・別に、妖精に会えるのは10歳までとか、肉を食べたら嫌われるとか、ただの迷信だと俺は思うんです。肉を食べたからって、妖精に会って嫌われるのを気にするなんて・・・出会う前提で話をしているようですが」
「・・・会ったことがあると言ったら?」
テーブルを叩き、ジャンが高い声を思わず上げた。
「――――ほらキタッ!」
「・・・・・・・どういう意味だ?」
ジャンは自分の失態に眉間を押さえつつ言葉を選び始めた。
「俺の・・・いや、ちょっと耳にした話なんですが・・・とある兵士が18歳の時“妖精”に会ったそうです。彼は肉だって身体を作るために、かなり食べてましたけどね」
「・・・・・・・・・・・・は?」
「リトラス様の出会った“妖精”じゃないと思いますけど・・・」
「会ったと言うのは本当か?」
「ええ・・・しかも噂では、そいつ“再覚醒”したんですよ」
「なぜ分かる? 実際に調べたのか?」
「・・・・・・・噂ですから、ただの憶測かもしれませんね。妖精の住んでいた場所から遠ざかった仕事に移ったら、また能力が下がっていたと・・・しかも、戻ったらまた・・・永続的ではないってことですかね?」
「何を言っている・・・それを証明するには、そんな一人の例では測れないだろう」
「一人だけなら・・・」
「他にもいるのか?」
「さあ、どうでしょう・・・単に、俺たちが妖精と呼んでいるそれは妖精じゃないかも知れないですし――――」
「・・・・・・どうせ、あなたも私の事を馬鹿にしているんだろう」
彼はそう言って視線をテーブルに落とした。
「なるほど、そう捉えましたか・・・失礼しました。決してリトラス様のご趣味を冷かしている訳ではありません・・・ですが、リトラス様の話を俺は信じます。だから、情報提供をしました。今までこの話をしたのはあなたが初めてです」
「誰でも知っている噂の話をだろう?」
「・・・・・・正直に言いましょう、直接的な友人に起こった現象であり、この話を今後漏らさないと約束して下さると助かります」
「何故だ?」
「ちょっと今その妖精のせいで、俺の周りの人間関係がとっても危うい状況でして・・・その存在を何とか隠し通したいんです。妙な行動は控えていただけますか?」
「だから・・・何故、隠す・・・」
「その妖精が強欲な人間に捕まったらどうなると思います?」
二人の間に風向きを探るような短い沈黙があった。
「・・・・・・・・邪魔だったら消す、必要だったら手元に置くだろう。人の能力を増幅させる高価な魔道具のような存在という事になる。物質的な肉体があるならば切り刻んで高価な妙薬にもなるだろうし、その肉体を標本にして飾る悪趣味な奴は腐るほどいる」
少年の静かな眼光を目にしたジャンは、凛々しく語るトレフルの姿と重ねた。
「・・・・・・まともなお答えが聞けて良かったです。ただの妖精オタクではなかったようで安心しました」
「で? ご友人が妖精に出会ったのはどの辺だ?」
「・・・・・・・・・さあ? そこまでは、詳しく聞いてませんね」
しゃべり続けた喉を潤す為に、少しぬるくなったレモネードを口に含んだ。
「そうか・・・私は採取の森で会ったんだが・・・」
ジャンは壮大に鼻からレモネードの汁を出し、しばらく咳き込んだ。




