3.彼の中に誰かがいる。(3)
「近い! 顔が……近い!」
両手で突き放そうとしたが、宵人はすばやく身を引いてそれを受け流した。
つんのめって転びそうになったところを、彼の大きな手で支えられた。
俺はとっさにその手を振り払い、身構えた。
「くそ……」
宵人はあざけるように笑い、両手を広げて「やってみろよ」と挑発する。
さすがに俺も頭に来てパンチを繰り出したが、本気ではできなかった――フィギュアを手にして笑っていた宵人の顔がよぎってしまった。
相手は易々とかわし、逆に俺の腕を取ってねじり上げた。
必死に身をよじったが、どうしても振りほどけない。
「う……!?」
もう片方の手で顎を掴まれると、俺はキッと睨むように相手を見上げた。
宵人は微笑みながら指先で俺の胸板を味見するようになぞった。
大きくてたくましい手なのにその動きは繊細で、ぞくぞくする感じに襲われた。
「それなりに鍛えてるね。何かやってるのかい?」
「やめ……宵人、どうしちゃったんだよ……?!」
「宵人はいない。ここにいるのは芥だけだ」
それがどういう意味だかわからないまま、宵人はがっしりした歯を剥き出して笑った。
指先が俺の尻のほうへと滑り降りていく。
「あいつの面倒を見てくれてありがとう。俺の面倒も見てもらう」
「やめ……」
俺が悲鳴を上げかけたその瞬間、宵人の眼の中で光が揺らいだ。
数度まばたきすると、右のこめかみのあたりを押さえ、めまいに襲われたようによろめく。
「宵人?!」
彼はぽかんと口を開けたまま、あたりをきょろきょろと見回した。
きょとんと俺を見る。
「ココ兄ちゃん」
俺は呆気に取られ、しばらく彼を見つめた。
表情や仕草が元の宵人に――子供に戻っているのだ。
「ん……あれ? ぼく、寝てた?」
ともかく彼をタオルで拭い、服を着せた。
ドライヤーで髪を乾かしてやっている最中、宵人は『黒猫ニンジャ』のオープニング曲を歌い始めた。
「ココ兄ちゃん、一緒に歌ってよ」
一緒に口ずさむ一方、俺はパニックになっていた。
こいつは一体……? さっき宵人の中にいたのは誰なんだ?
こいつの頭は一体どうなってるんだ!?