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 朝一のコーヒーはうんと濃く淹れてあげた。アメリカンを好む彼への、ちょっとした仕返しだ。

「結構なデートでした。」

 昨日の感想はこれで充分だろう。あとはコーヒーが物語ってくれる。

 叔父さまは参った素振りを見せながらも悪びれずに笑った。


「仲良くなれそうなんだけどな、おまえたち、」


 口ぶりから、私も佐喜彦さんも猫をかぶっているのが筒抜けなのだと、わかった。佐喜彦さんは身を引かせる為なんて見当をつけていたみたいだけど、この真実を知ったらどんな顔をするだろう。


「朝ごはん、どうします?」

「いいや、夕飯遅かったから。」

「何時に帰ったんですか?」

「十二時ちょい過ぎくらい。」


 昨日の件もそこそこに、普段どおりの会話が続いた。


 佐喜彦さんが現れたあの日以来、二人で迎える朝は初めてだったけれど、私たちは何も変わらない。

 考えてみれば、私が知らなかっただけで、彼らの関係はもっと以前から始まっていたのだから、叔父さまからしてみれば今日だって、いつもと何ら変わらない朝のはずだ。


「シャツと下着、まとめておいて下さいね。今日は二回まわしたいんです、洗濯機。」

「一回でいいぞ。今週洗うもん少ねえから。」


 しいていえば、私の仕事が少し盗られたくらいだ。


「まめなんですね、佐喜彦さんって、」

 不機嫌に告げてあげた。

「本当、女みたいな奴だよ。」

「でも佐喜彦さんが『男』なんですよね、」

「……おまえにそんな話すんの、あいつ、」

「私の勘です。今の反応で確定しましたけど。」


 畳み掛けた意地悪はなかなかの威力だったようで、叔父さまは赤面を隠すように額を覆って俯いた。そんな様子に目を背けず、容赦なく見据えてあげる私も、いい趣味をしているのだろう。

 佐喜彦さんとの仲をまだ歓迎するつもりなんて無いけれど、彼のこういう所は結構アリだと思っている。


「叔父ちゃんとしては、依世ちゃんがそーゆーコト話しちゃうようになったのが、ショックなんだよなあ、」


 反面、あざといとも思う。

 大げさなリアクションとか、子供扱いを強調する所とか。


「むしろ喜んでほしいですよ。下世話ができるくらい大人になったんですから。私だってもうすぐ二十(はたち)なんですから。」

「あと一年もあんだろうが、」

「一年なんて目前と同じって言ってたじゃないですか、」

「ばあか。二十と四十までの一年じゃ、次元が違うんだよ。」


 さっきまでの恥じらい顔がもう別の笑顔に変わっていて、長い指がこつんと額を小突いてきた。



 やっぱり好きだ。この人が好きだな。

 取るに足らないこんなやりとりで、絶対に告げられない気持ちが、胸をえぐる。



 どうしてこの人と、血を繋げて生まれてしまったのだろう。

 どうしてこの人より、二十年も遅く生まれてしまったのだろう。


 今までだって考えなかったわけじゃない。気づかないふりをして、悩まないようにうまくすり抜けてきたけれど、最近それが容易じゃなくなってきた。たぶん、あの人のせいだ。



「どうして佐喜彦さんなんですか、」



 一番言いたいことには頑なに口を噤むくせに、ふとしたとき簡単に声にしてしまうのは、悪い癖だ。


 直球すぎるくせに漠然とした問いに戸惑ったのは、叔父さまではなく私自身だった。


「いえ、その……笑美子さんと全然違うっていうか……、佐喜彦さんが一方的にみえますし……叔父さまは、正直それほど本気って思えなくて、」


 慌てて補足すると、叔父さまは黙りこんでしまった。

 怒っているとかではなくて、真剣に考えているといったふうの黙りかただった。

 顔色を窺いながら返答を待つこと数十秒、叔父さま閃いたといわんばかりに、ぱっと顔を輝かせた。


「ほらあれだ。ペンギン、」

 ペンギン? 首を傾げて聞き返した。


「ペンギンだけじゃねえのかな。アヒルとかヒヨコが産まれてすぐにっていう、あれ、」

「すりこみ、ですか?」

「そう、それ。」


 やっと完全にすっきりしたように、指を鳴らす。無邪気なしぐさのあとは急に年相応に落ちついて、ふう、と小さく笑った。


「意外と悪いもんじゃなかったんだよな、お互い。」


 叔父さまは満足気に説明しきったようだったけれど、私はなんだかもやもやした。話が理解できないのではない。むしろ悔しいことになんとなくわかってしまう。


 叔父さまのいうペンギンが佐喜彦さんで、佐喜彦さんは卵から孵って、真っ先に叔父さまをみつけて、うしろをずっと追い続けて、それが二人の始まりで……なんだかそれは、すごく悔しい。

 すごく、もやもやする。それなら私だって十九年も前から、とっくにしていたのに、刷り込み。



 私と佐喜彦さんの違いは何だろう。有利不利でいったら同等のはずだ。

 女という点では私が有利。でも容姿の良さは佐喜彦さんの圧勝だ。

 血が繋がっていない点に於いては、佐喜彦さんが有利だけど、身内だからこそ私は、叔父さまとの付き合いが長い。

 経済力はどう足掻いても佐喜彦さんには及ばないけど、世間体としてはまだ私のほうが見栄えはいいと思う。姪とはいえ女なんだし。


 自分を慰めるつもりで色々考えてはみるけど、結局のところ、同性だろうと恋人の地位を譲っているのが事実なのだから、勝敗だけをみるのなら私は完全に敗者だ。



「居心地が良い、ってことですか?」

 少しむくれて聞いてみると、まあそんな感じだな、と叔父さまは嬉しそうな顔をした。


 憶測にすぎないけれど、きっと佐喜彦さんの愛はすごく大きい。感情的にも、物理的にも。

 好きになった人をちょっとやそっとじゃ諦めないのだろうし、口説くためにはどんなサプライズだって用意しそうだ。きっと映画の台詞みたいな恥ずかしい言葉だって、平気で捧げてしまうのだろう。



 愛しています



 佐喜彦さんの囁く声が、微笑む視線が、容易に浮かぶ。

 色白(しろ)い肌、とおった鼻すじ、長い睫、品のある物腰で、恥ずかしげもなく愛のことばを告げるのだろう。きっと彼のことだから、花束くらい持参しても不思議じゃない。



「身内の惚気って、聞いててあまり良いものじゃないですね、」

「おまえから聞いてきたんだろ。そこまで男捨てちゃいねえよ。」


 適度に笑い合ったところで、新しいコーヒーを淹れてあげることにした。

 一夜明けた彼の顎には、短く髭が生えていた。だらしないあくびをしながらかきあげた髪の中に、一本だけ白い毛がひかる。


 叔父さまは、もう結構おじさんだ。


 今はまだ三十代だから薄毛の様子は無いけれど、あと五年後にはどうなっているかわからない。

 それでもきっと私は、この人が白髪だらけになろうと、はたまた禿げてしまっても、手も顔も皺々に乾いてしまっても、若く美しい男の恋人を作ってしまっても、恋い焦がれ続けてしまうのだと思う。




「それって、一種の意地なんじゃないのかな?」


 若く美しい男…の部分だけ伏せて正直な気持ちを述べると、佐喜彦さんは容赦なく指摘してきた。

 飲み終えたグラスを優雅にまわしながら、私をばっさりと切り捨てる。


「依世は元を取りたいんだよ。」

「もと?」

「十九年分の、片想い料。」


 佐喜彦さんは伝票を持って席を立ち、そろそろ出ようか、と、反撃の隙を与えてくれなかった。

 本日私はまた、佐喜彦さんに拉致されている。



 例によって学校から出たところを、あの若者らしからぬ外車に連れ去られた。

 今度はどこに連れて行けって命令なの? 最初から観念して乗り込むと、発進と同時に今日は叔父さまの頼みではないと明かされた。


 彼の話によると、再来週は二人の「記念日」らしい。

 何の記念日かはあえて聞かないけれど、そのプレゼントを一緒に選んでほしいのだとか、明らかに人選ミスである依頼を持ちかけてきたのだ。


「たしかに、依世って少しださいもんね。」

 そういう意味の人選ミスじゃないと言い返したいところだけど、実際否めない。


 全く無頓着なつもりはないにしろ、約束も無い急なおでかけに同行できる恰好なんて、そうそうしてるものじゃない。ましてや、同行者は佐喜彦さんだ。


「そうよ、ださいの私。あなたと行くような店なんて、場違いだわ。」

「それなら、先に依世の服を買いに行こう。」

 逃げるための口実が思わぬほうへ向いてしまった。


「プレゼントさせてよ。」

 迷いもせず、意見もきかず、身侭な運転手は行き先を決めた。






 到着したのはいかにも洒落たセレクトショップだった。

 普段の私には、まったく縁の無いような店だ。


「あら、サキ。いらっしゃい。」


 入店するやいなや、顔見知りらしき店員が声をかけてきた。四十手前くらいだろうか。涼しげな印象の美人で、佐喜彦さんに負けず劣らずスタイルがいい。


「お嬢さん連れなんて、珍しい。」

 私を見て意味ありげににこりとすると、佐喜彦さんは楽しそうに、

「彼氏の姪なんだ。」「好感度、上げようと思ってさ、」なんて、最悪な説明をした。


 そこからとんとん拍子に私のコーディネートは完成した。

 無論、私の意見など一切取り入れない、されるがままの着せ替え人形状態。

 非凡な容姿の人間が二人がかりで見繕ってくれるのだから、そりゃ口を出す必要なんて無い。


「うん、すごくいいね。」

 上下素材と色の違うワンピースに、飾り程度の細いベルト。それからエナメルのパンプスとスエード生地のジャケットを組み合わせたものが、彼らの最終決定だった。佐喜彦さんが満足そうに私を眺める。


「りささん、このまま着させて帰るからタグ取ってあげて。」


 店員さんが外す値札を盗み見ると、合計で軽く八万を超えていた。「それから、これとこれも。」驚くのも束の間、彼は更にレジでバッグとブレスレットも追加して、カードで一括した。




「あなたって、なんなの?」


 車に戻ったところでようやく聞けた。佐喜彦さんは「何が?」なんて首を傾げる。


「仕事よ。この車もおかしいと思ったけど、カードの使い方も異常だわ。」

「言えないな。依世とはそこまで親密じゃないからね。」


 親密じゃない相手に使う額じゃない。そんな言い分も聞き入れず、佐喜彦さんは、じゃあ親密ってことにしちゃおうか、なんて茶化してきた。


「まさか……あなた、叔父さまもお金で釣ったのね、」

 謎は解けたと言わんばかりに食いつく。


「釣れれば楽だったんだけどね。」

 佐喜彦さんは笑いながら、最初はその手で画策したが全く相手にされなかったと、ちょっとした二人の過去を教えてくれた。その話に触れたところで、私の興味は一筋縄ではいかなかったであろう彼の恋路へと向いてしまった。


「その、最終的には、………どうやったの、」


「泣き落とし。」

 余裕のある声色で、さらりと格好悪いことを言う。


「うわ。かっこわる。」

「本当にね、忘れたいよ。」


 本当に恥じているのか、はたまた後悔しているのかが疑わしい。むしろ良い思い出を語るようにもみえる。きっと私の勘が正しい。

 揚々と運転する彼を横目に、ため息を混ぜて呟いた。



「私も、泣いてわめいたら回収できるのかしら、」

「何を?」

「十九年分の片想い料。」

 先ほど指摘されたフレーズをそのまま使った。



「回収、したいの?」

 佐喜彦さんが聞く。


 わかんない。投げやりに答えると、彼は続けて聞いてきた。


「あなたが費やした時間や気持ちは、文也が何をしてくれたら見合うのさ、」

 何を? 佐喜彦さんの声をそのままに、頭のなかで自問自答する。


 抱きしめてくれたら? キスしてくれたら?

 セックスしてくれたら? お嫁さんにしてくれたら?

 若く美しい同性の彼より、姪である私を選んでくれたら?



 ぜんぶ、違う気がした。



 じゃあどうしたいの? 回収、したいの? どうしたら満足なの?

 どうして、笑美子さんを恨んだの? 妬んだの? 死んでほしいなんて願ったの?


 どうして未だに受け容れられないの?



「考えたことないわよ、そんなこと。」

 精一杯の、逃げ腰な回答を選んだ。佐喜彦さんは溜め息まじりに笑う。



「だとしたら、さっきのは撤回。依世は、ひた向きな自分が好きなだけなんだ。」

 穏やかな口調と拍子を合わせるように、幅の広い二重瞼がぱちぱちとまばたきする。



「僕も同じだったよ。」



 同じ。


 結束とみせかけた漠然としたその言葉が、私は好きじゃない。

 ましてや、この人からなんて説得力も何もあったものじゃない。

 少し不機嫌に、視線を窓へ逸らした。薄っすらと反射した窓のなかで、私の不機嫌に気づかない佐喜彦さんが、笑顔のまま運転を続けている。彼はまるで昔話でもするかのように、話し続けた。



 一人のひとを愛し続けるのって、心地良いんだよね。

 盲目でも、報われなくても、嫌いになってしまうよりずっと楽だもの。

 相手が受け容れてくれなくても、拒絶さえされなければ、それで充分なんだ。

 そうやっているうちに、月日なんてあっという間にすぎてしまうだけ。だから、元をとりたいなんて考えないんだ。


 彼の語調に、嫌味なんて無かった。



「あなたのそういう所、結構好きだよ。」


 最後には見下さず、馬鹿にもせず、そんなも言葉をくれた。


 またもやもやした。叔父さまと刷り込みの話をしたときとは違う、もやもや。

 喉のなかで煙が充満しているような歯痒さが気持ち悪い。


 とにかくみじめだった。



「……見透かしてんじゃないわよ、偉そうに。」



 吐き捨ててやった。続けて、どうして叔父さまなのよ、と小さく詰め寄った。


 みじめだった。

 どんなに時間や想いを費やしても、尽くしに尽くしても手に入らなかったものを、こんな突然現れた()になんか横取りされて、その当人に、横取りされても平気なのだろうみたく決めつけられて、あげく賞賛なんかされて、反吐が出る。



「どうして叔父さまにしたのよ。」

 ついには声をあげてしまった。


 平気なもんか。

 勝手に決めないで。十九年、十九年よ? 生まれてからずっと、あの人しか見ていなかったのよ?

 あなたにも過去、愛した人がいたのかもしれない。

 それは、報われなかったかもしれない。

 あなたは叔父さまと出逢うまでに、二十三年も掛かったかもしれない。


 だからといって、私とあなたは同じなんかじゃない。



「あの人は、あなたにとって、都合がいいだけじゃない。」



 男が男を愛する世界なんて知らない。でも、これだけは言えた。


「……指輪、外さない叔父さまが、都合いいんでしょう? あの人はもう一生、笑美子さん以外の()を選ばないから、そこに付けこんでいるだけでしょう? そりゃ楽よね。いっそ嫌いになるより、あの指輪さえあの人の一部なんだって心酔しちゃえばいいんだから。」


 箍が外れたみたいに私はまくし立てた。

 そのなかにはきっと、言ってはいけない言葉も混じっていた。



「私とあなたは同じなんかじゃない。私は死んだ相手なら仕方ないなんて、思えないもの。」


 死んでほしかったのよ、私、笑美子さんに。



 彼は軽蔑するだろう。

 わかってる。今の彼は、出逢ったときとは違う。

 私も、ほんの少しずつ変わりつつある。


 同じ人に恋い焦がれる者同士、同族嫌悪みたいなものはみえていた。

 でも最近、それが同族嫌悪だけなのか、わからなくなり始めていた。

 不透明なものだけど、たった今、賞賛もくれた。

 それはきっと、有難く受け取るべき言葉だった。


 そんな後悔も虚しく、引くに引けなくなっていた。



「本当に死なれてからも、後悔すらできないわ……死んでくれて、良かったとしか、思えないの。」



 さいごにそう告げたところで、佐喜彦さんは車を停めた。


 こちらを向かず、俯き加減で黙っている。

 軽蔑すればいい。私のなかみがどれだけどろどろな物で詰まっているのか。ひた向き、なんてきれいな物なんかじゃないって。


 原因不明のもやもやで、喉ははち切れそうになっていた。




「同じだよ。」



 車内に声が響いた。

 隣で、いつの間にか彼がこちらを見据えている。


 視線が交わるともう一度、やっぱり僕たちは同じだ、と、頷いた。



「依世は勘違いしているよ。僕は、笑美子さんを神聖視なんてしない。」



 隣に座るのは紛れも無く、いつもの、さっきまでの佐喜彦さんだ。

 きれいで品があって、性的なにおいがしなくて、少し腹黒くて、時々無邪気で、あまり見透かせてくれなくて。



「あんな女、大っ嫌いだよ。文也を独りにしたくせに、まだ縛りつけている。指輪だって本当は目障りで仕方ないさ。いっそ棄ててやりたいけど、文也に嫌われたくないしね。」


 さらりと毒づいた。

 予想外の猛毒を飲みこんだ私の喉は、原因不明のもやもやが流れて消えて、すうっと軽くなってゆく。


「死人には敵わないなんて、くだらないよ。でも、死んでくれて清々してるって言ってしまったら、下衆だってばれちゃうじゃないか。あなたみたいにね。」


 さらにさらに猛毒を吐きながら、けらけらと笑った。さらにさらに喉は軽くなってゆく。



「もっとも、僕はあなたなんかよりずっと上手く騙しきるけど。」



 しまいには挑発的な態度で締めくくった。

 それ自体が滑稽な芝居みたいで、少し笑えた。



「……本当に、とんでもない下衆ね。」

 口元を隠しながら言ったけれど、一緒になって笑っていたのはすぐにばれた。


「でも、本音だよ。」

 佐喜彦さんは念を押した。


 大嫌いってこと? 尋ねると「うん」と頷いて返した。

 死んでくれて良かったってこと? 続けて尋ねると、今度は「それもね。」と頷いた。


「癪だよね。文也が本当に望んだ世界に僕は居なくて、今の僕が幸せなのは、彼女が消えてくれたお陰なんだ。生きてても死んでも邪魔な女だよ、笑美子さんは。」



「……あなたって、すごく気持ち悪いわ。」


 私と同じことばかり考えてる。



 言いかけて、やめた。

 代わりに話をすり替えて、「記念日のプレゼント、いっそ指輪にしたらどうかしら、」と提案した。


「いい案だね。あの指輪が目につく度に僕の指輪も見えるなら、少しは悪い気しないかも。」

 佐喜彦さんは嬉々と乗っかってきた。

「逆よ。あなたのプレゼントが見える度に、笑美子さんの指輪が目につけばいいのよ。ざまあみろだわ。」

「かわいくないなあ、文也と違って。」

 彼に評された「かわいくない」が面白くて、もう一度笑った。

 佐喜彦さんも自分で言って、笑っていた。




 和くんから連絡が入ったのは、車が動きだしてすぐのことだった。

 三週間ぶりのお誘いは相変わらず唐突で、断りを返そうとしたところで佐喜彦さんが口を挟む。


「彼氏でしょ? どこ向かえばいい?」

 あまりにも自然に聞いてくるので困った。

「プレゼントも決まったし、今日はもう充分だよ。」

 彼がそう言うのなら、きっと充分なのだろう。お言葉に甘えて待ち合わせの場所の近くまで送ってもらうことにした。


「すごくきれいになっちゃって、きっとびっくりするよ、彼氏。」

 別れ際に佐喜彦さんは予言したけれど、実際の和くんの反応は随分と薄いものだった。



「どうしたの、それ。」

「叔父さんの恋人の見立てなの。」

「おじさんって、いつもの人?」

「うん。」 

「恋人、いたんだ。」

「うん。」


 話が逸れそうだったので、一応、「どうかな?」と感想を求めてみた。


 和くんは、うーん……と上から足先までまじまじ眺めたあと、やがて、

「彼氏のママに初めてご挨拶する服って感じ。」と述べた。



 やっぱりそう見える? それらしいポーズをとってふざけると、二人揃って吹き出した。そのあと、トイレで元の服に着替えた。


「おれはそっちが好きだなあ。」


 佐喜彦さんいわく、「少しださい」ほうの服を、和くんはへらっと評価した。

 久しぶりのデートはバッティングセンターとボーリングで遊んで、帰りにラーメンを食べた。

 きっとどれも、佐喜彦さんには似合わない。

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